ざんねんなスポーツ事典

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独立済み[編集 | ソースを編集]

団体[編集 | ソースを編集]

NFL[編集 | ソースを編集]

デトロイト・ライオンズ
  1. AFLと合併前のNFLでは4度優勝を果たした。
  2. しかし、1958年にボビー・レーンを放出して以降は2018年まで地区優勝3回のみで、NFC唯一スーパーボウル出場がない。
ミネソタ・バイキングス
  1. スーパーボウルには過去4度出場しているが全敗、そして1976年を最後に遠ざかっている。

その他[編集 | ソースを編集]

サンウルブズ
  1. 日本協会が2019年ワールドカップへ向けた強化策として結成され、2016年よりスーパーラグビー参加しているが、レベルの高いリーグゆえ勝ち星に恵まれない。
  2. 加えて日本協会がスーパーラグビーに対する考え方が変わったため、2020年を最後にスーパーラグビーから除外が決まってしまった。
浦安D-Rocks
  1. チーム名に「浦安」とあるのに浦安市内での主催試合ができない。

人物[編集 | ソースを編集]

陸上競技[編集 | ソースを編集]

日本人[編集 | ソースを編集]

柏原竜二
  1. 箱根駅伝の2代目山の神。
  2. しかし大学卒業後は故障続きでマトモに走れずに引退してしまった。
佐分慎弥
  1. 2005年日本選手権100mで初出場初優勝の番狂わせを演じ、世界選手権リレーにも選ばれたが、右太もも裏を痛めたため辞退。
瀬古利彦
  1. 1980年のモスクワオリンピックでメダルを期待されていたが、日本のボイコットで出場できず。
  2. その後は国際マラソン大会で世界記録を樹立するなどの活躍をするが、1984年のロサンゼルスオリンピックでは14位に終わった。
  3. 引退後に箱根駅伝で解説を行った際、母校の早稲田大学をやたら持ち上げる実況をしてしまいブーイングを受けた。
    • ほかにも駅伝の解説時、彼が高く評価した選手が伸び悩み、逆に低く評価した選手が軒並み高記録を出すという真逆の結果になり、ネット上では逆神扱いに。
土谷和夫
  1. 宮崎商業高校から八幡製鉄を経て日本大学に入学。在学中には箱根駅伝で4年連続の区間賞を獲得。
  2. 1964年の東京五輪では男子10000mに登録されていたが、直前になってマラソンの代表選手だった円谷幸吉が10000mへの出場を希望。
    • これを陸上総監督だった織田幹雄が承認し、結果的に土谷は日本代表ながら東京五輪には出場できなかった。
    • 因みに土谷の代わりに10000mに出場した円谷は6位入賞と健闘、更に男子マラソンでも銅メダルを獲得し「日本陸上界を救った」と絶賛されたのだが…。
渡辺康幸
  1. 早稲田大学在学時は上記の瀬古の指導を受け、箱根駅伝やユニバーシアードなどで活躍。
    • しかしヱスビー食品入社後は慢性的なアキレス腱の故障に悩まされ、2002年に引退。

外国人[編集 | ソースを編集]

ユセフ・ナグイ・アサド
  1. 1970年代から80年代にかけて活躍したエジプトの男子砲丸投げ選手だったがとにかくオリンピックに出られなかった。
    • 1968年メキシコ大会:予選で参加標準に2cm届かず代表入りを逃す。
    • 1972年ミュンヘン大会:代表入りするも大会中に発生したイスラエル選手団襲撃事件により競技に参加せず帰国。
      • 砲丸投げは9月8日予選、9日決勝の予定で事件は5日に発生した。
    • 1976年モントリオール大会:現地入りしたがアフリカ諸国選手団の集団ボイコットにより開会式前に帰国。
    • 1980年モスクワ大会:ソ連のアフガニスタン侵攻に対する抗議のためエジプトもボイコットし参加できず。
      • 代替として行われたリバティ・ベル・クラシックでは優勝するも記録自体はモスクワ五輪の銅メダリストにも及ばず。
    • アフリカ競技大会や地中海競技大会では何度も金メダルを取っているだけあって五輪に出られていたら入賞は間違いなかった。
孫基禎
  1. 南北朝鮮と日本の狭間で翻弄され続けた悲劇の金メダリスト。
  2. 1936年のベルリン五輪で大日本帝国代表としてマラソンに出場し金メダルを獲得したが本人は日の丸をつけることを快く思っていなかった。
    • しかもこの時は東亜日報が日の丸を塗りつぶした孫の写真を掲載し発禁処分を食らった。
    • 後年になっても日韓の間で様々な国際問題の火種になりかけた。
  3. 五輪後は明治大学に進んだが特高警察に朝鮮独立派としてマークされていたこともあり陸上部に入れなかった。
    • おそらくベルリン以後はマラソンランナーとしてほとんど活躍できなかったと思われる。
  4. 本人は現在北朝鮮が支配している平安北道の新義州で育ったが独立当時にソウルにいたためその後はずっと韓国で過ごし故郷の地を踏むことはなかった。
    • しかも朝鮮戦争の際には人民軍に捕まり自宅軟禁された。
  5. ソウルオリンピックで最終聖火ランナーを務められたのがせめてもの救い。
ピーター・ノーマン
  1. オーストラリアの陸上選手で1968年メキシコ五輪男子200mの銀メダリストだが大会後は表舞台から追放された。
    • 表彰式で金メダルのスミスと銅メダルのカーロス(ともに米)が行った黒人差別反対のジェスチャーに同調したため国内から猛烈なバッシングを浴びた。
      • 当時のオーストラリアは白豪主義の時代でレイシストが闊歩し先住民が人間扱いされていなかった。
    • メダリストにもかかわらず貧しさに苦しみ晩年は各種の病気でボロボロだった。
  2. 後に名誉回復されたが金と銅の2人とは異なり没後のことだった。
    • 2006年没で名誉回復は2012年。
    • せめてキャシー・フリーマン(先住民出身)が最終聖火ランナーを務めたシドニー五輪くらいで名誉回復できなかったのだろうかと思う。

バレーボール[編集 | ソースを編集]

浅尾美和
  1. 「ビーチの妖精」と呼ばれマスコミの注目度が高かったが、ツアーの戦績が伸び悩み、西堀健実とのペアの解消してからは相手が目まぐるしく変わっていた。
川合俊一
  1. 引退後、ボキャブラ天国において×××疑惑が出てしまいよく誤解されたという。
  2. ある野球選手が学生時代に出演したとされるセクシー系ビデオの役者にそっくりで街中でその役者の役名で呼ばれたという。

レーシングドライバー[編集 | ソースを編集]

フェリペ・マッサ
  1. 元F1レーサー。ワールドチャンピオンの懸かった2008年最終戦ブラジルグランプリで優勝し、チャンピオン獲得と思われていたがライバルのルイス・ハミルトンが土壇場でポイント逆転のオーバーテイクをし、タイトルを獲得できず。
  2. その後2009年シーズン中盤で負傷し後半戦を欠場。2010年以降も精彩を欠き、フェラーリドライバーとしての連続未勝利記録を更新してしまう。
    • ちなみにこの負傷事故(他車から脱落したパーツがヘルメット直撃→脳しんとう)が、F1(というよりフォーミュラーカー全体)の頭部保護デバイス導入の切欠となった。
  3. 2016年シーズンを最後に引退することを表明していたが、シーズン終了後にチームメイトが移籍、来シーズンは新人乗せるからベテランとしてもう1シーズンお願い、と言われ引退を撤回、契約を1年延長するという何とも締まりの無い最後になってしまった。
ロバート・クビサ
  1. かつてF1ドライバーとしては優勝も経験してれば表彰台も数回あり、割と優秀なドライバーだった。
  2. ただ、オフシーズンに趣味で乗っていたラリーイベントでクラッシュ、ガードレールが車内まで刺さってしまい、手首から先を失う可能性がある大クラッシュをしてしまう。
    • 治療が功を奏し、手を失う事態は避けられた。だがここからがざんねんドライバーへの始まりに。
  3. 手は失わなかったものの、やはり後遺症は避けられずに右手の握力が低下。このためドライビングに悪影響が起こり、特にWRC時代は毎戦のようにクラッシュしていたために、チームが財政難になったとまで言われている。
  4. 2019年にF1に復帰したが、暗黒時代のウィリアムズだった故にざんねんな成績を強いられた。
  5. レースドライバーはヘルメットのせいで髪の毛がざんねんになりがちだが、クビサはその中でもひっじょーにざんねんな髪の持ち主。あの渡辺明に対抗出来るレベル。

その他の種目[編集 | ソースを編集]

石川遼
  1. アマチュアの身分で最年少優勝を果たす。
  2. 安定した成績を収めていたとはいいがたいが過剰報道でアンチが増えた。
  3. 海外での実績は後輩の松山英樹に負けてしまった。
今井メロ
  1. 成田三兄弟の中でも最も悲惨な人生を歩んでいると言っても過言ではない人物。
    • ウィンタースポーツの選手の中で残念さでこの人を超えられる人がいるとしたら国母和宏ぐらいしかいないだろう。
    • 風俗で働いたり、離婚や妊娠中絶したり、生活保護を受けたり、それ以外にも数え切れないほどの悲惨な体験をしている。
    • 2017年にはとうとう×××なビデオに出演する羽目に。
アデリナ・ソトニコワ
  1. 自国開催のソチ五輪で金を獲得するも、前後の大会の女子フィギュア・シングルの金メダリストであるキム・ヨナやザギトワとは違ってすぐに忘れ去られた。
    • それと共に怪我により2016年以降は公式戦への出場がなく、結局2020年に引退を発表した。
    • それと共に金メダル獲得時には韓国による嫌がらせもあった。
ベラ・チャスラフスカ
  1. 旧チェコスロバキアの体操選手として活躍し東京・メキシコのオリンピックで多くのメダルを獲得したが人生が壮絶すぎた。
    • 引退直前の1968年には祖国の民主化運動を支持する「二千語宣言」に署名しソ連軍などの介入により一時はメキシコ行きすら危ぶまれた。
      • その大会には無事出場し現地で結婚式を挙げ引退したが署名が原因でスポーツ界を追放された。
      • 大阪万博のチェコスロバキア館PRのため来日やアメリカでの映画出演などの話もあったがことごとく政権に潰された。
        • 消息が途絶え一時は処刑されたという噂すら飛んでいたらしい。
      • 1979年には規制が緩和されメキシコで体操のコーチに就任したがその直前に弟を謎の事故(謀殺の疑いあり)で失っている。
        • しかもそのメキシコ生活が原因で夫と離婚している。
        • 別れる直前の夫(元陸上選手)は完全にDV亭主と化していた。
  2. いわゆる「ビロード革命」によりチェコスロバキアが民主化した後は大統領補佐官として活躍したが多忙のため心を病みかけた。
    • そのため一度政界を離れチェコオリンピック委員会会長などスポーツ関連の活動に専念しようとした矢先の1993年に長男が元夫を死亡させる事件が起きる。
      • マスコミから猛烈なバッシングを浴び14年にわたり精神を病み公の場に出られなくなった。
  3. 2010年ごろにようやく精神が落ち着きずっと好きだった日本との友好活動に力を入れ2020年の東京五輪を見に行くことを望めるところまで回復した。
    • しかし癌に蝕まれ2016年に死去しその願いは叶えられなかった。
      • もっとも健在だったとしても当時の社会的な状況からして日本へ行けたかどうか疑わしい。
  4. 引退後にプラハの国立大学(体育学部)へ入学しようとした際によりによって体操の実技で点が足りず不合格になった。
長義和
  1. モントリオール五輪に出場した自転車トラックレーサー。モスクワ五輪を捨てきれず競輪学校合格も辞退してまでアマチュアを続行するが、日本のボイコットで出場が消滅。競輪への道も当時存在した年齢制限のため閉ざされてしまい引退せざるを得なかった。
ライアン・リーフ
  1. 1998年のNFLドラフト全体2位でサンディエゴ・チャージャーズに入団するが、18試合に先発出場し4勝14敗、QBレーティングは48.8で散々な成績に終わり2002年に引退。
    • ちなみに全体1位はあのペイトン・マニング。1位と2位なのに雲泥の差ができてしまった。

試合・シーズン展開[編集 | ソースを編集]

陸上競技[編集 | ソースを編集]

2007年世界陸上競技選手権大阪大会
  1. 大会スローガンは『「大阪」発、世界新記録。』だったが、2001年のエドモントン大会以来3大会ぶりに開催全競技で世界記録が更新されなかった。
  2. 暑さ対策としてマラソンコースにドライミストを噴霧したり、マラソンの開始時刻を朝7時にするなどの対策を打ったが、それでも選手に熱中症・脱水症状が原因と思われる痙攣が多発する事態に…。
  3. 日本勢は女子マラソンにおける土佐礼子の銅メダルのみという結果に終わった。
    • 更に男子競歩50kmでは8位争いをしていた山崎勇喜選手が誘導員のミスで50kmに足らない状態でゴールしてしまい、途中棄権となってしまうアクシデントも起きてしまった。
2011年世界陸上競技選手権大邱大会
  1. 大会中、毎日発行されるデイリープログラムの表紙を飾った選手が次々とメダルを逃す「デイリープログラムの呪い」が起きた。
    • 1日目…男子棒高跳び予選でスティーブン・フッカー(オーストラリア)が3回の試技を全て失敗し予選敗退。
    • 2日目…男子100m決勝でウサイン・ボルト(ジャマイカ)がフライングで失格。
    • 3日目…男子110mハードル決勝で1着でゴールしたダイロン・ロブレス(キューバ)がレース後にレーン侵害により失格。
    • 4日目…女子棒高跳び決勝でエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が6位。
    • 5日目…女子競歩20km競歩でオルガ・カニスキナ(ロシア)が優勝し、呪いは解かれたと思われたが…。
    • 6日目…女子三段跳び決勝でヤルヘリス・サビヌ(キューバ)がハムストリングを痛め4回目以降の試技を棄権し6位。
    • 7日目…女子200m決勝でカーメリタ・ジーターとアリソン・フェリックス(両者ともアメリカ)がベロニカ・キャンベル=ブラウン(ジャマイカ)に敗れ銀メダル・銅メダルに。
    • 8日目の女子100mハードル決勝でサリー・ピアソン(オーストラリア)が圧勝し、ようやく呪いが消滅。
2019年世界陸上競技選手権ドーハ大会
  1. 大会期間中は酷暑のため深夜中心に競技を実施したが…。
    • それでも酷暑なのは変わらず、特にマラソン及び競歩では棄権者が多数。
      • これがきっかけとなり、2020東京五輪のマラソン・競歩の札幌開催に変更された。
    • 深夜開催ゆえ、スタジアムも空席が目立った。

その他[編集 | ソースを編集]

ソウル・バルセロナ・アトランタ・シドニーオリンピックの日本選手団
  1. 1984年ロサンゼルス以前と2004年アテネ以降はメダルを量産する中、20世紀末期のこの4大会は日本のメダル数が少ない。
    • この4大会日本の成績が低迷してた理由はいろんな説がある。簡単にいえば日本のスポーツの強化が遅れていた。
    • そのためこの時代の主力世代だった1960年代生まれは日本人のオリンピック金メダリストが少ない。
ソルトレイク・トリノ・バンクーバーオリンピックの日本選手団
  1. 夏季オリンピックの低迷期は20世紀末期の4大会だが、冬季オリンピックの低迷期は21世紀初期の3大会。
  2. ソルトレイク→銀1つ、銅2つのわずかメダル2個、トリノ→メダルは金メダル1つだけ、バンクーバー→銀3つ、銅2つのメダル5個取れたが金メダルゼロ。
  3. トリノオリンピックは荒川静香とその関係者とファン以外の日本人にとっては嫌な思い出しかない大会と言われる。
    • まあソルトレイクよりはマシ。バンクーバーと比べると微妙。
  4. そのため1980年代生まれは夏季オリンピックの金メダリストは北島康介・吉田沙保里・伊調馨などたくさんいるが、冬季オリンピックの金メダリストは2人(荒川静香・小平奈緒)しかいない。
ラグビーワールドカップ1995 予選プールC 日本対ニュージーランド
  1. 1試合最多失点の大会記録となる「17-145」で大敗(ブルームフォンテーンの悪夢)。
2015年春の高校選抜ハンドボール大会男子
  1. 準々決勝の浦添対法政二で浦添の4点目が反則による無効とされるもスコアラーのミスが発覚。現場は大きな混乱を招いた。
  2. その後決勝の北陸対浦和学院が途中で打ち切りになり、両校優勝、3チームが3位と言う扱いになった。
  3. 準々決勝以降の再試合も検討されたが、日程やコンディションの問題のため断念。
2000年シドニーオリンピック 男子100kg超級決勝 篠原信一(日本)対ダビド・ドゥイエ(フランス)
  1. 1分半過ぎに篠原の内股透かしが決まったかに見えたが、何故か主審のクレイグ・モナガンはドゥイエの有効ポイントと判定。
    • その後ドゥイエが注意を受けポイントで並んだが、終盤にドゥイエが内股返で有効を奪いそのまま試合終了、有効一つの差でドゥイエの優勢勝ちとなってしまった。
  2. 終了直後、山下泰裕監督や他の日本選手が猛抗議したが「試合場から審判が離れた後は判定を変えることは出来ない」という審判規定によりドゥイエの金メダルが確定。
  3. 試合後に「誤審?全て自分が弱いから負けたんです」と語った篠原は、後に「この試合の敗因は問題となった判定ではなく、その後に気持ちを切り替えて逆転できなかった自身の弱さ」と振り返っている。
  4. 因みにこの二人は3年前にフランスで開催された世界柔道選手権の決勝でも対戦し、明らかに不可解な判定でドゥイエが勝利したという事件もあったのだが…。
1994年F1世界選手権第3戦 サンマリノグランプリ
  1. 土曜日の予選でロバート・ラッツェンバーガー(シムテック)、日曜日に本選でアイルトン・セナ(ウィリアムズ)がそれぞれ事故死。
    • 金曜日の予選でもルーベンス・バリチェロ(ジョーダン)が金網に激突し鼻骨を骨折している。
    • それ以外にも多くの事故や負傷者が発生し、BBCのレース解説者のマレー・ウォーカーは「私の知る限り、グランプリレース史上、最も悲しい日」と形容している。
  2. レース自体はミカエル・シューマッハ(ベネトン)が優勝したが、亡くなった2選手への配慮もありシャンパンファイトは中止となった。
    • 2位のニコラ・ラリーニ(フェラーリ)はキャリア唯一の表彰台だったが、レース中に事故が頻発したこともありほとんど話題に挙がらなかった。

競技場[編集 | ソースを編集]

新国立競技場
  1. 説明不要。
    • 夏は涼しいが冬は寒い、維持費がとにかく高い、聖火台は設置し忘れる...
秩父宮ラグビー場
  1. 施設の問題からラグビーワールドカップ2019の会場に選ばれなかった。
  2. 試合数が非常に多いため、ラグビーシーズン終盤になると芝が痛みまるで砂場。
  3. よく秩父市にあると間違われる。
江戸川競艇場(ボートレース江戸川)
  1. 全国に24個あるボートレース場の中で、唯一SG開催の実績がない。
  2. 向正面の真上に高速道路(首都高速中央環状線)がある影響で、大型の映像装置が存在しない(全国ではここと徳山のみ)。
びわこ競艇場(ボートレースびわこ)
  1. 過去、SG競走が2回(1957年のモーターボート記念と2003年のチャレンジカップ)しか行われていない。
    • 近畿の他3場(三国・住之江・尼崎)と比べると若干規模が小さいからだろうか?
大津びわこ競輪場
  1. 2004年から売上減少のため年間の収支が連続して赤字となっており、2011年3月11日から13日までFⅡ競走の「びわこファイナルカップ」を最終開催として閉鎖される予定だった。
    • ところが最終開催の初日に東日本大震災が発生したため、2日目以降が中止に。
      • それ以降の開催・場外発売も行われなかったため、事実上2011年3月11日をもって閉場となってしまった。
船橋オートレース場
  1. 国内のオートレース場で最も歴史が長く「オートレース発祥の地」と呼ばれたが…。
    • 平成以降は売り上げを減らし続け、2016年3月21日の開催を最後に廃止となってしまった。
アタテュルク・オリンピックスタジアム
  1. イスタンブールにあるトルコ最大のスタジアムだが名前倒れしている。
    • もともと2008年オリンピック・パラリンピック誘致のために作られた競技場だが2021年時点でまだ五輪開催歴はない。
      • 2020年大会でも使用予定だったが東京に敗れ幻に終わった。
  2. 五輪に限らず全世界規模の大会を開催した実績もまだない。
    • ただしUEFAチャンピオンズリーグ決勝の開催実績はある。
フラウィウス円形闘技場
  1. 現在では現代イタリア語名の「コロッセオ」と呼ばないと通じない。
    • 上記の正式名を知っている人は一体どれくらいいるのだろうか。
  2. 古代技術の粋を詰め込み模擬海戦すら可能だったとされるが異説有。
  3. 剣闘士の競技や公開処刑という主目的の都合上とにかくたくさんの人々が殺された。
    • こけら落としの大会で数百名の剣闘士が死亡したというくらいなので通算で何人が命を落としたか分かったものではない。
  4. 競技場として使われなくなった後に石材をかなり切り出された。
    • 現在は半壊状態。
北京国家体育場
  1. 史上初めて夏季と冬季の両オリンピックで開閉会式が行われた競技場だが稼働率がいまいち。
    • サッカーの北京国安が本拠地としていたこともあったがあくまで本来の本拠地が建て替え中の間だけだった。
      • 本来の本拠地である工人体育場の方がずっとアクセス至便。
  2. 「鳥の巣」という別名を持つだけあって外装が複雑で工事が当初の予定より遅れ2008年の五輪ぎりぎりのオープンになってしまった。
  3. 2020年には嵐がライブを行う予定だったが幻に終わった。
    • その後活動休止してしまいリベンジの見込みは一切立っていない。
ポンティアック・シルバードーム
  1. アメリカのミシガン州ポンティアックに存在した世界初のエアドーム式競技場。
    • もともとアメフトのために作られた競技場だったが多目的に使用され問題も引き起こした。
    • そもそも名前を初めて聞いたらGMの車に聞こえてしまう。
  2. 1994年サッカーW杯で使われた際には冷房装置がなく室温が40度を超える灼熱地獄と化した。
    • これによりFIFA内部でドーム式競技場に対しマイナスイメージが定着してしまったとか。
  3. 大都市のデトロイトから50km近く離れていたため観客動員に難があった。
    • そのせいでここを本拠地にしていたNFLのライオンズが逃げ出しスタジアムは競売にかけられた。
    • その後サッカースタジアムに改装する計画が出たが工事中に屋根から落ちた氷の塊で被害を出し断念された。
    • 最終的に廃墟と化し2017年に解体された。
      • しかもその時は2回も爆破したのに完全に崩すことに失敗している。
ゼトラ・オリンピック・ホール
  1. 1984年のサラエボ冬季五輪でフィギュアスケートや閉会式が行われた会場だったがその後の運命が凄惨すぎた。
    • ボスニア紛争の際にボスニア人側の物資集積場となったがセルビア人勢力に攻撃され破壊された。
    • さらに屋外に設けられていたリンクは共同墓地に転用され内部の木製椅子は棺の材料にされた。
  2. リンク自体は後に再建されたが横の墓地は今でもあの紛争と包囲の傷跡として残されている。

学校[編集 | ソースを編集]

立教大学
  1. 野獣先輩などで有名なAV「真夏の夜の淫夢」にこの大学の野球部の選手が複数出ていたせいでいろいろいじられてしまう。
    • 特にその中でもプロ入りが有力視されていた選手はそのせいでドラフトを取り消され、海外に行く羽目になった。
  2. MARCHのうちこの大学だけ50年以上(2022年時点)にわたって箱根駅伝に大学として出場していない。
    • 一応大学創立150周年にあたる2024年に出場することを目標としているようだが・・・。
      • 予選大会6位で55年ぶりの本大会出場を決めたのだが、第100回&創立150周年という記念すべき年の1年前に出てしまったのはある意味ざんねんというか…。
        • なお、箱根を走った10人より駅伝監督の上野監督のほうが10000mの持ちタイムが速いという事実が発覚。
          • さらに1月22日に行われる都道府県対抗駅伝には上野監督が長野県代表で出場するという。監督自身が箱根を走れば良かったのでは…。

その他[編集 | ソースを編集]

駅伝競走
  1. 日本では箱根駅伝などメジャーな競技だがガラパゴス感が強い。
    • 一応国外でも大会を行っている国はあるようだが。
    • IAAF公認だった国際千葉駅伝も出場選手のスケジュール問題で終了してしまい有力な国際大会が消滅している。
    • バブル期にはジャパンマネーのおかげでパリやニューヨークでも行えたがもちろん今はない。
  2. 大学男子では関東と他地方の格差が圧倒的。
    • 逆に大学女子では関東ではない立命館や名城ばかりが全国大会で栄冠を手にしている感が強い。
スカッシュ
  1. 開催地決定翌日の2020年東京オリンピックの実施種目の決選投票でレスリングに敗れ落選。
    • 2015年に決定した追加種目に野球・ソフトボールは選ばれるもスカッシュは選ばれず、↑の決選投票で争った3競技で1人負け。
    • そして2024年のパリオリンピックの追加種目にも選ばれなかった。
      • そして2028年に行われることになった。
    • 高円宮憲仁さまが生きていたら…。
  2. 何度かオリンピックの新種目の候補にあがっているが、chakuwikiにスカッシュの知識がある人がいないのか、chakuwikiのこの項目にすらスカッシュはない。
体育会系
  1. 本来は課外活動の分類の一種であるが、その特有の文化が諸悪の根源とされている。
    • 日本社会の各方面を蝕み我が国の後進的な部分の原因とする見解も大きい。
  2. 今やちょっとしたことでパワハラを訴える選手も現れている。
    • スポーツ界でも良識ある指導が求められる世の中になってしまった。
      • 20世紀・21世紀における人権思想の進歩を踏まえれば当然のことである。
  3. そもそも「体育会系」という名称だが中身はファシズム文化そのものである。
    • かつて大日本帝国の体制(特に軍隊)を支えアジア太平洋地域に死と破壊を撒き散らしたような風土が令和の今まで残っているというのは恥以外の何物でもない。
    • 北朝鮮やナチスとも類似性がかなりある。
クリケット
  1. 競技人口は世界ではサッカーに次いで2位なのに、日本ではあまり人気がない。
    • っていうかイギリス連邦以外での人気が皆無。人口が多いのはインドのおかげと言ってもいい。

関連項目[編集 | ソースを編集]