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自然科学[編集 | ソースを編集]
アイザック・ニュートン[編集 | ソースを編集]
- 「木からリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した」というのは俗説。本当は落ちていたリンゴを見て発見した。
- 実は錬金術師も兼ねていた。
- 微分積分学のせいで、受験生に嫌われている。
- 集中力は度外れているが、そのせいで子供時代も大人時代もやらかしている。
- 子供時代:計算に集中しすぎて隣の奴に弁当を食われた→「ああいけねえ、計算に集中してさっき食べたの忘れてた」
- 大人時代:考え事の余り、鍋に卵と間違えて時計を入れ、卵を眺めていた。
アルバート・アインシュタイン[編集 | ソースを編集]
- 「アルベルト・アインシュタイン」と書くことも。
- 20世紀を代表する天才物理学者として有名だが、実は数学と物理以外はてんで駄目で、大学受験に失敗している。
- 地理や歴史、生物、言語学の点数が低かったため、チューリッヒ連邦工科大学(日本でいう東工大クラスの名門大学)に落ちている。幸い翌年に入学が認められたが…。
- 子供の頃は「のろま」と思われていじめられていた。
- また、言葉を話せるようになったのも小学校に入学してからだと言う。
- 生真面目な性格だと言われているが実は女好きで、しかも浮気性だった。
- 最初に大学時代の友人だったミレヴァ・マリッチという女性と結婚したが、のちに離婚し、再従姉のエルザ・アインシュタインと再婚している。
- ミレヴァとの離婚はアルバートによる息子2人に対する虐待が原因と言われている。
- ちなみにアルバートはノーベル賞を受賞した際の賞金を慰謝料としてミレヴァに渡している。
- ミレヴァとの離婚はアルバートによる息子2人に対する虐待が原因と言われている。
- 最初に大学時代の友人だったミレヴァ・マリッチという女性と結婚したが、のちに離婚し、再従姉のエルザ・アインシュタインと再婚している。
- 親日派であり日本への原爆投下を悲しんだというが、実はユダヤ人だったアインシュタインはドイツへの対抗措置としてアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領に対して原子爆弾の製造を提言していた。
- 言語の発達が遅かったことや得意分野と苦手分野の差が激しかったこと、私生活がルーズだったことなどからアスペルガー症候群(高機能自閉症)やADHD(注意欠陥・多動性障害)などの発達障害を持っていたと言われている。
アントワーヌ・ラヴォアジエ[編集 | ソースを編集]
- 「質量保存の法則」などを発見した科学者。フランス革命の際、ギロチンで斬首刑にされることに。
- ギロチンで斬首刑にされる際「斬首後、可能な限り瞬きを続ける」と発言し、本当に瞬きをしたらしいが、真偽は不明であり、今となっては知るよしもない。
エヴァリスト・ガロア[編集 | ソースを編集]
- 5次方程式の解の公式が存在しないことの発見などで名を馳せた、才能ある数学者だったのに、恋愛絡みで決闘を行ったせいで、若干20歳の若さで死亡した。
- 決闘もせず、長生きしてれば数学史も大きく変わったかもしれない。
オスニエル・チャールズ・マーシュとエドワード・ドリンカー・コープ[編集 | ソースを編集]
- アメリカで「化石戦争」と呼ばれる中生代考古学界のルネサンスを開いた二人の考古学者。
- 合計142種もの恐竜を発見し、現在では32種が有効とされる。
- マーシュはアロサウルスやトリケラトプス、コープはコエロフィシスなど有名な恐竜を数多く発見している。
- 合計142種もの恐竜を発見し、現在では32種が有効とされる。
- コープがエラスモサウルスの復元をミスって尻尾の先に頭蓋骨を付けてしまい、それを見たマーシュが「逆やん、バーカ!」と論文で揶揄したのが原因で仲たがいし、化石発掘競争が開始。
- 巨人の星みたいな光景を想像してはいけない。この二人は金に飽かして互いの発掘地層を掘り荒らしたり、資料を盗んだり、化石を爆破したりとやりたい放題であった。
- 相手の発掘チームを発見しただけで石を投げつけていたという。文字通りの「戦争」であった。
- 最終的に両者は破産して終わる。バカかこいつらは。
- ちなみに「ブロントサウルス」を発見したのはマーシュであるが、事前に発掘されていた「アパトサウルス」と同一の化石だと「薄々想像がついていた」にもかかわらず、別の恐竜の骨を混ぜて新種と言い張ったため、ブロントサウルスは長いこと竜脚類の親分みたいな扱いだった。
- なお、最近その「別の恐竜の骨」がブロントサウルスであり、アパトサウルスとは別の恐竜ではないかという怪我の功名みたいな説が出ている。
武田邦彦[編集 | ソースを編集]
- 正直「自然科学」より「その他」の項目の方がいい気がするほどのアレな人。
- とにかく定説に何でもかんでも逆張りをしないと気が済まないオッサン。
- 「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」は危うくベストセラーになりかけたが、すぐにと学会から「環境問題のウソのウソ」という本が出てしまう。
- 「ペットボトルのリサイクルは日本の伝統文化に反する」という主張の為にデータを捏造したことが発覚。
- タバコは無害だと言い張る。JTですらそこまでは言ってないのに。
- 「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」は危うくベストセラーになりかけたが、すぐにと学会から「環境問題のウソのウソ」という本が出てしまう。
- こういう芸しかできないもんだから、近年は医療デマのスポークスマンに成り下がっている。
トーマス・アルバ・エジソン[編集 | ソースを編集]
- 最終学歴が小学校中退。
- 発明数は多いがゼロから発明したものは割と少なく、改良するのが得意だった。
- しかし、ライバル意識がメチャクチャ強く、特に元弟子であるニコラ・テスラとのバトルは有名。
- テスラの主張する交流電源を「危険だ」と印象操作するために、交流の電気椅子まで発明し、しかも失敗した。
- しかし、ライバル意識がメチャクチャ強く、特に元弟子であるニコラ・テスラとのバトルは有名。
野口英世[編集 | ソースを編集]
- 日本では北里柴三郎や志賀潔などと並んで有名な医学者だが、功績と言えるものはほぼ皆無である。
- 「梅毒スピロヘータを末期患者の脳から発見したこと」(≒梅毒の末期症状として痴呆があらわれることを証明した)くらいしか功績が無い。
- 今まで最大の功績と言われていた梅毒スピロヘータの純粋培養も今では否定されている。
- 若い頃は金遣いが荒く、借金によって多くの人に迷惑をかけた。
- また、会津では今でも英世は郷土の偉人とされているが、英世本人は地元があまり好きではなく殆ど帰省しなかったという。
- 晩年はアフリカで黄熱病(蚊が媒介するウイルス感染症)の研究を行い病原体を特定したと思い込んでいたが、実はそれはレプトスピラというワイル病(黄熱とよく似た症状の出血性疾患)の原因となる別の細菌だった。
- そもそも当時はウイルスという概念が無かったため、発見ができなかった。
- そして英世自身も黄熱ウイルスに感染してしまい、51歳の若さで亡くなってしまった。
ピタゴラス[編集 | ソースを編集]
- 3平方の定理などの功績を残した、古代ギリシャを代表する数学者。
- 「万物は数なり」を教義とする、ピタゴラス教団なる教団を創設し、全ての数は「有理数」だけで表せると主張する。
- ところが、ピタゴラスの弟子、ヒッパソスが偶然にも√2(=1.414213562373…)を計算し、「無理数」であることを知って驚愕する。
- 当時(紀元前5世紀頃)の学説では有理数が絶対であり、無理数の存在を受け入れられなかったため、ヒッパソスを溺死させた。
渡瀬庄三郎[編集 | ソースを編集]
- 日本の生物学者であり、米国ウッズホールにあるMBLに学生および講師として滞在した最初の日本人であり。屋久島・種子島と奄美群島の間の生物相が違うことに気づき気づき、渡瀬線(渡瀬ライン)の名で知られているなど結構な有名なのだが…。
- その一方、実験用としてウシガエルとその餌としてアメリカザリガニを輸入してしまい、これが日本で定着した結果各地で軋轢を生みだすことになった。
- その極めつけが沖縄と奄美で問題になっていたハブに対抗するためにマングースを移入するという事を決めてしまう。
- そもそもハブとマングースは動いている時間が違っていたので効果がなく、ヤンバルクイナやアマミノクロウサギなどの在来種、果ては養鶏に対する深刻な被害も発生しており駆除対象となっている。
- その後天然記念物保護法の発令に向けて運動し、「日本犬保守運動」と称した在来犬種の保護運動に尽力した模様。
皇室・王室関係[編集 | ソースを編集]
ヨハン・フリーゾ・ファン・オラニエ=ナッサウ[編集 | ソースを編集]
- 2003年に婚約を発表したのだが、相手のかつての異性関係が問題となり最終的に自身や自身の子孫のオランダ王位継承権を放棄することになった。
- 結婚後に相手に関するWikipediaの不都合な書き込みをオランダ王室のコンピューターから修正し、それがばれてしまった。
- 結婚前には本人の性格から同性愛者疑惑が出たため王室が公式に否定をする羽目になったことがある。
- 死に方もざんねんである。雪崩警報が出ていたにもかかわらずスキーを決行し、結局雪崩に巻き込まれ重体。そのまま意識が戻らず44歳で亡くなった。
エディンバラ公フィリップ[編集 | ソースを編集]
- エリザベス二世の夫。
- とにかく失言癖がひどい。
- オーストラリア先住民に「まだ槍を投げあっているのですか?」と言ったり、仕事が遅いカメラマンや駐車違反の切符を切った警察官にキレて「この野郎」や「くそったれ」と言ったり、「宇宙飛行士になりたい」と言った子供に「君は太りすぎているから無理だろう」と言ったり言いたい放題。
- 日本でもイリオモテヤマネコの保護と称して西表島の住民の退去などの提案が書かれた手紙を住民に渡し、西表島の住民から総スカンを食らった。
- 実は本人も旧ギリシャ王室出身のため英国王位継承権はあるのだが、いかんせん妻や子と違いかなり前の先祖までさかのぼらないと英国王室の家系にたどり着けないため英国王になれる可能性は天文学的倍率に近い。
- ちなみにヨーロッパの王室一族は先祖が英国王室の家系の人物であるため、王族の配偶者以外はほとんど英国王位継承権を持っている。
チャールズ3世[編集 | ソースを編集]
- ご存知現在のイギリス王太子。
- 2022年に国王に即位。
- 1970年代からの現カミラ夫人との交際をダイアナ妃との結婚後も続けていたため評判がガタ落ちした。
- 1990年代にカミラとの携帯電話での会話が流出したのだが、その会話内で「私はあなたの×××になりたい」と発言し、世界中が引いた。
- ダイアナ死去後にカミラを連れて公式行事に出席するようになったが、これまでのカミラの愛人イメージから「帰れ」と総スカンを食らった。
- そのためカミラと結婚した後もカミラ夫人が英国王室の他の家族から嫌われているといううわさが絶えない。
- 英国民の中にはエリザベス二世の次の国王を彼ではなくウィリアム王子にすべきだと主張しているものもいる。
- 疑似科学とされるホメオパシーやハーブ療法を支持しているためこの点でも批判されやすい。
- 2019年に今上天皇の即位礼正殿の儀に参列した際、祝砲を放つ場面で他の参加者たちが祝砲が放たれる方向を向く中、彼だけ下を向いて式次第を見ているという何とも間の悪い様子がテレビに写ってしまった。
- 母親が長生きしてしかも生前退位する気配も全くないため、母親より年下のヨーロッパの国王(オランダ、スペイン、ベルギーなど)や日本の天皇が次々生前退位して子供たちに譲る中で彼だけ待ちぼうけを食らっている。
- 2022年に母親の崩御に伴ってついに国王になったのだが、国王名となる「チャールズ」はその前に名乗っていた一世、二世共にあまりよろしくない末路(一世は清教徒革命で処刑、二世は名誉革命で亡命)を辿っているため早速心配されることに…。
ギャネンドラ[編集 | ソースを編集]
- ネパール王国最後の国王。
- 2001年に起きた事件で前国王と王太子が亡くなり即位。
- しかし、事件の首謀者ではないかという疑惑から、国民からは総スカンを食らい、最終的に王室の廃止に至った。
- 祖父である4代前の国王が政変によりは父や兄を連れてインドへ亡命した際に、残された彼が国王に祭り上げられたことがある(1年足らずで元に戻った)。
ボカサ1世(ジャン=ベデル・ボカサ)[編集 | ソースを編集]
- 中央アフリカの皇帝。
- 即位時、皇帝(Kaiser)という役職がまだ残っていた国は日本とイランとエチオピアだけだったらしい。
- 従兄である大統領のダッコを倒し、自身がその椅子を奪って臣従させただけに飽き足らず、「王」を通り越して「皇帝」に即位。念のために書いておくが、皇帝即位は1976年である。
- 即位式典には国家予算2年分を費やし、イランや日本の皇族を呼ぼうとしたが無論速攻で断られた。
- 宮内庁曰く「相手がどういう意図で呼んだのか理解に苦しむ」とのこと。
- 一応祝電は送っている。それ王公族も呼んだらしいが結局来たのはリヒテンシュタインだけ。
- あまりのバカバカしさに、アメリカは即座に金銭的支援を打ち切っている。
- 実は独立前の宗主国であるフランスのお偉方とコネがあったのでこういう成金趣味極まりない即位室が行えたんだとか。
- 宮内庁曰く「相手がどういう意図で呼んだのか理解に苦しむ」とのこと。
- 案の定、色に溺れ好き勝手しまくったために国民の怒りを買い、あろうことかダッコに政権を奪われ、わずか3年で廃位される。
- ちなみにクーデターを支援したのはフランスだった。
- 結局、世界各地を逃げ回った挙句に逮捕され、死刑まで求刑されたが、強制労働刑まで減刑され、結局また脱獄して悲惨な余生を過ごした。
クラウス・フォン・アムスベルク[編集 | ソースを編集]
- オランダ女王ベアトリクスの王配。
- ドイツ生まれで少年時代はヒトラーユーゲントに所属。戦後外交官となる。
- ベアトリクス王女(当時)と交際が発表されるや否やオランダ国民は猛反発した。
- 戦時中ナチスドイツ占領下にあったオランダ国民にとって、王族(しかもオランダ王室は男子に恵まれず王女も当然国王候補)と旧敵国の人間との結婚は受け入れ難いという感情があった。
- ご成婚の式典会場となった教会周辺には反対派のデモ隊が押し寄せ、爆弾が投げ込まれる騒ぎになりオランダ軍が警備に8,000人の兵を出動させ、ようやく式を挙行する。
- 翌年、2人に長男ウィレム=アレクサンダー(現国王)が誕生する。これはオランダ王室史上100年ぶりに生まれた男子であった。
- これが原因となりクラウスは鬱病を発病した。しかし、病状を国民に定期的に公表するなどした結果、やがて国民に深く愛されるようになった。
- 晩年はパーキンソン病を患い、2002年に76歳で薨去。
ラーマ10世[編集 | ソースを編集]
- 2016年からタイ国王。
- 前代(プミポン国王)が偉大過ぎて彼の人気はいま一つ。
- できれば妹の方(シリントーン王女)に国王になってほしかったと思う人が多数。
- まずタイではなくドイツに住んでいる。
- 日本に訪問した際にトイレが我慢できなくなり、料金所で立小便した。
- これに対する報復としてタイに日本の首相が飛行機で降り立った際に、空軍機をなかなかどかせないという事をやったことがある。
東久邇宮稔彦王[編集 | ソースを編集]
北白川宮能久親王[編集 | ソースを編集]
- 寛永寺貫主・日光輪王寺門跡を継承し、輪王寺宮と称した。
- 激動の幕末の時代北白川は新政府に徳川慶喜の助命と東征中止の嘆願を行うも拒絶されてしまう。
- その後東北に逃亡、奥羽越列藩同盟の盟主に擁立され、事実上幕府軍側につくことになる。
- この時海外のマスコミでは「日本に2人の天皇がいる」として「幕府軍によって天皇にされた」という説があるが確証はない。
- 幕府軍降伏後、親王をはく奪されるも後に復帰する。その後、プロイセンに留学する。
- 日清戦争後、台湾が日本に割譲されることになったが、このことに納得がいかない現地住民をおさえるために台湾征討近衛師団長として出征する。
- そして現地でマラリアに罹り、台南にて死亡した。
- これにより北白川を神とした神社創建の機運が高まり、台湾神宮や台南神社や通霄神社など台湾各地に創建された神社で主祭神とされたが、敗戦後にこれらすべて廃社となった。
- 女性関係もすごく、1877年にプロイセン留学中にドイツ人貴族夫人とあろうことか婚約を発表するも、反発にあい失敗する。
- 翌年、旧土佐藩主の娘と結婚するも10年足らずで離婚。伯爵伊達宗徳の次女と結婚している。
- これ以外にも5名の女に手を出して10人の庶子を産ませてしまう。
- さらに北白川死去後に皇室が把握していなかった自分の子供という男が2人名乗り出て伯爵家を賜ることで解決した。
- 翌年、旧土佐藩主の娘と結婚するも10年足らずで離婚。伯爵伊達宗徳の次女と結婚している。
モデラー[編集 | ソースを編集]
川口克己[編集 | ソースを編集]
- 後のガンプラブームを作り出した大学生モデラー集団「ストリームベース」のメンバーでもあり、のちにバンダイの社員となる。
- この手の企業は「オタクは採用しない」ので、過去の経歴は隠して入社試験に臨んだという。
- 一応ガンプラ関係の仕事も相応以上にやっているが、途中で子会社ポピーに左遷されたりと定年目前でありながら役員待遇でもなく、出世競争の範囲外とされている。
- 公式ブログやツイッターではある意味残念だったりする一面も存在する。
村上克司[編集 | ソースを編集]
- バンダイで天皇と呼ばれたくらいの実力者だった人物。
- 工業デザイナーとしての実力やバンダイを一時退社した際にタカラの変身サイボーグを設計開発した逸話を持つ。
- バンダイでは戦隊だったりライダーだったりガンダムだったりと色々やってる。
- その一方でスポンサーである玩具会社の意向のごり押しとか自身のアイデアごり押しとかでガンダム関係とかからは疎まれていたという。
- サイコガンダムとかバイク戦艦とか。
その他[編集 | ソースを編集]
- どれにも当てはまらない人物はこちらへ(ある程度集まり次第分割します)
唐沢貴洋[編集 | ソースを編集]
- 説明不要。
- 例の事件がきっかけで100万を越える殺害予告を受けてしまう。
- 中には封筒に入ったカッターの刃が送られてきたり、親族の墓に落書きされるなど、悪質なものもあった。
- この「100万」という数字は不確かなものである。これ以外にもいくつか説があるが、どれも確実性に欠ける。
- 騒動の2年後に殺害予告を書き込んだ人が逮捕された際に「95万回」と報道されたのが由来だが、実際には誹謗中傷全般も含めた数とされる。とはいえ既に騒動から10年以上経過しており既に到達しているものと思われる。
- 例の事件がきっかけで100万を越える殺害予告を受けてしまう。
- 一人ではできる業務の量や範囲も限られるものだが、なぜか一人では過剰なほどの範囲をホームページで「できます」と言っている。また、おそらく専門外で、おまけにとても高度な専門知識を要する医療裁判を引き受け敗訴してしまう。
- ある女性が右肩関節痛にて大学附属病院の整形外科を受診した際、ステロイド薬の過剰投与により副作用が生じた、という内容のもの。
- 医療裁判は特に専門的な医学知識が必要で、また医療技術は専門性が日々増していることから、事例研究のみならず医学及び最新技術に精通する必要がある(医学博士を保持する弁護士もいるほど)。さらに証拠は患者側でなく病院(被告側)にあるため、立証が極めて難しい(この事実もざんねんであるが)。
- 自身と一字違いで医療に詳しい弁護士がいたため、それと間違えたとは言われているが(なおその一字違いの弁護士と同じ法律事務所の弁護士が被告側の弁護人だったため、利益相反になっていたというオチつきである)。
- なお当人は自身の著書で『時には、生徒の立場に立ち、学校と戦い、時には、医療過誤の被害者の立場に立ち、病院と戦い、時には、労働者の立場に立ち、企業と戦ってきました。』とあたかも功績のように語っている(一番最初は不明だが、一番最後は依頼を放置した挙句見当違いのログを開示させようとして失敗しているオチ付き)。
- 複数回事務所の解散再編・移転を繰り返しているが、それに伴い実父(公認会計士)の事務所も付いていっている。このため「親のすねかじり虫」と揶揄されている。
- なお、実父は新日本有限責任監査法人の代表を務める、祖父は明治大学にて教鞭をとっていたなど、非常に優秀な様子もネタにされる要因となっている。
- 必ずしも弁護士でなくてもできるIPアドレス開示請求(これだけではほとんど問題は解決しない)を行い、それで高額な手数料を取る、というのも批判の対象となっている。
- 新司法試験制度による弁護士の供給過剰というざんねんな背景があるのだが。
- と、このように逆恨みや嫉妬を動機とした謂れなき批判を受け続けていることが非常に残念である。
菅源太郎[編集 | ソースを編集]
- 菅直人元首相と菅伸子夫人の息子。あくまで政治家では無く、政治運動家である。
- 中学校では生徒会長を務めていたが、ある日の演説で政治的主張をしてしまった(しかもその内容はきわめて左寄りなものだった)ために全校生徒からの評判はきわめて悪く、生徒会長を罷免された過去を持つ。
- 市民運動家だった父親の影響からか、源太郎氏も幼い頃から政治に興味を持っていたらしい。
- 過去に2回衆議院選挙に出馬しているが、どちらも落選している。
- ちなみに選挙区は岡山1区。
- なお直人氏は「自分の選挙区を譲ったわけでは無いので、世襲では無い」と言っていた。
紅林麻雄[編集 | ソースを編集]
- 静岡県警の刑事で、数多くの難事件を僅かな手がかりで解決するという偉業を成し遂げている。しかし...
- 事件解決が早かったのは適当な人物を犯人にでっち上げて逮捕していたというオチ。しかも適当な人物には拷問をかけて無理矢理犯人ということにしていた。
- これだけでも最低最悪だが、事件の真犯人から金を受け取っていたともされている。
- 結局今までの悪行は全てバレてしまい、警察を辞職した。
- 彼の存在は日本警察最大の黒歴史として語り継がれている。
- ヒューマンバグ大学に登場する青林隆雄という刑事のモデルにもなっている。
辻政信[編集 | ソースを編集]
- 大東亜戦争初期のマレー作戦で功績をあげ「作戦の神様」と言われたが、近年は独断専行や部下への責任転嫁などが厳しく批判されている。
- 最近では神様どころか「悪魔」と言われている。
- 中国系住民を大量虐殺した「シンガポール華僑粛清事件」や米軍やフィリピン軍の捕虜が大量に死亡した「バターン死の行進」の主犯であるが、それらの責任を部下になすり付け、辻自身は戦犯として訴追されなかった。
- 辻はタイで玉音放送を聴いて「自分が逮捕される可能性が非常に高い」と考え、数年間海外に逃亡していた。
- 責任から逃れて戦犯にならなかったどころか、戦後は国会議員になっている。
- 戦後に書いた回顧録がベストセラーにもなった。
- 冒険旅行のために内戦状態だったラオスに行き、その後の消息は不明となっている。
- まだ反日感情が残っていた現地住民の怒りを買って暗殺されたと言われている。
- 石川の黒歴史。
- 「良くも悪くも凡庸な役人だった東条英機」と異なり、こちらはガチで狂人扱いされることが多い。
竹田恒泰[編集 | ソースを編集]
- 旧皇族である竹田宮家の子孫。
- 明治天皇の玄孫と称している。もちろん先祖がご落胤だったとか自称したとかではなく一応事実である。しかし…
- 4代前の竹田宮恒久王の配偶者が明治天皇の娘という関係だからである。
- なのに女系天皇に反対している。
- 男系でたどると現在の天皇と共通祖先は今から室町時代の伏見宮貞成親王までさかのぼらないといけない。
- 戦後に臣籍降下した伏見宮系の中でも、竹田宮(と北白川宮・朝香宮・東久邇宮)は明治天皇の娘と姻戚関係を結ぶことで血族関係を強化したというのは事実である。
- 実際明治天皇の男子で成人したのが病弱な(後の)大正天皇しかおらず、かなり昔に分岐した(邦家親王の代で大繁栄した)伏見宮系を切り札として使うという観点は特に間違ってはいなかった。
- 但し、明治時代であっても「分家筋は八代下ったら臣籍降下する」という話であり、父が三男であった恒泰氏はあの時代でも臣籍降下していた可能性は高い。
田母神俊雄[編集 | ソースを編集]
- 一時期ネットの右翼の方々から絶大な人気を誇るも、2014年の東京都知事選挙では4位止まりという結果に…。
- しかしそれでも供託金を没収されなかったという点では幸運だったのかもしれない…。
- ちなみに当時の安倍晋三首相も田母神氏ではなく舛添要一氏を応援していた。
- 2024年に出馬した際も4位止まりだった。
- 主な支持層も右翼から参政党支持者にがらりと変わっている。
- ものすごく女性や弱者に対して厳しい御方。
- 「体罰やいじめで騒ぐのは左翼思想だ」と発言し非難を浴びた。
- やたらと根性論を主張する精神論者。
- でも他人には厳しいくせに自分には甘い御方でもある…。
- 福島県郡山市出身なのに原発推進派。
- ちなみに田母神という苗字は福島と宮城には割と多いらしい。
- 航空自衛隊のトップである幕僚長にまで上り詰めたが、「大東亜戦争(太平洋戦争)はコミンテルンの陰謀。大日本帝国はちっとも悪くない。」という論文を発表し、物議を醸す。
- 当時の首相だった麻生太郎氏は田母神氏をクビにしている。
- 「ユーモアがあって明るくて良い人です」と自己紹介をしているが、そのユーモアはあくまで「本人がユーモアだと思い込んでいるもの」ばかりでありお世辞にも笑えないものも多い…。
- 「平成の牟田口廉也」と言われている。
- 2016年には公職選挙法違反(主に2年前の都知事選関係)で逮捕されてしまい、主な支持者であった右翼の方々からも見放されてしまった。
- 寄付金を韓国パブで遊ぶために使ったらしい…。ちなみに田母神氏を告発したのは右派系メディアである日本文化チャンネル桜。
- 元航空自衛官だったというだけあって軍事面のコメントは比較的マトモな意見が多いが、政治面での主張に穴が目立つ。
- 近年は親露・反ワクチンの主張が目立っている。
東條由布子[編集 | ソースを編集]
- 東条英機の孫。一応自称ではなく本当である。
- 結婚されて姓は岩浪に変わっていたが、夫から「東條英機を擁護するなら東條姓でやってほしい」言われたため東條ということになっている。
- …そのわりに自分の著書の祖父の描写が誤りが多いとたびたび批判されていた。
- というのも彼女の父親英隆は東條英機の長男であるが、英機とはそりがあわず満州国警務部に赴任した際に、当時関東軍参謀長であった英機を免職にするか永久に昇給停止にすることを人事担当者に要求したほど。
- 戦後英機が収監先の巣鴨プリズンから面会を期待する旨の連絡を英隆に送った際も「何を未練がましいことを言うか」と突き放した。
- 由布子自身、親族とは言っても実際には祖父のことを直接にはほとんど何も知らないまますごしていたためである。
- なお由布子氏は祖父が東京裁判で死刑判決を受けて執行されたことに対し、「祖父は敗戦の責任があるのだから、その責任を取って死刑になるのは当然」という旨の発言をしている。
- また、天皇陛下が靖国神社に行けなくなった理由がA級戦犯(東条英機など)が祀られているからだということについても「申し訳ない」としながらも、A級戦犯の分祀には反対している。
- 「東条英機が開戦を回避できなかったために皇居に向かって号泣した」というのは由布子氏が広めた嘘であると言われている。
- 小学生時代は英機の孫であるというだけで(教師を含め)周りからいじめられていた。
- 担任教師が「東条(由布子)くんのお爺ちゃんは泥棒よりも悪いことをしました」と配慮の無い発言をしたためである。
- 参議院議員選挙に出馬したこともあるが、東条英機の孫娘であるというのがやはり災いして、落選してしまった。
- ちなみに同じく戦争責任者の孫である細川護熙氏(近衛文麿の孫)はちゃんと選挙に当選しているので、やはり軍人というのは公家(文官)に比べて印象が悪いのだろうか…。
藤村新一[編集 | ソースを編集]
- 通称ゴッドハンド藤村。理由は読めばわかる。
- 日本の考古学の歴史を覆すとまで言われた前期・中期旧石器時代の石器を次々発見したことで、考古学に大いに貢献した。
- しかし、自分で作った石器を埋めている瞬間が新聞に掲載されてしまい、今までの功績が全て白紙に戻った。
- 検証した結果、ほとんどの地層で藤村の発見した石器に類するものは発見できず、全ての功績が捏造である事が判明した。
- これ以降は陰鬱な話となるのであまり書きたくないのでいったん筆をおく。しかし、このオッサンにより教科書に嘘が載ってしまったことは覆しようのない事実であり、考古学会に与えた悪影響はおそらく戦後最大と思われる。
- 諸外国から「日本人は歴史を捏造するのがお好き」というレッテルを貼られることに。
- この事件の結果、日本から前・中期旧石器時代が完全になかったことにされてしまった。
ラダ・ビノード・パール[編集 | ソースを編集]
- パール判事とも呼ばれる、イギリス統治時代のインド出身の法律家。
- 東京裁判(極東国際軍事裁判)では連合国側の人間だったにもかかわらず、「こんなのは正当な裁判じゃない。勝った者たちによる一方的な私刑だ!」と言ったことから日本のネット右翼の方々からの人気が高い人物だが…。
- 大日本帝国の悪行については普通に批判していた。
- パール判事が批判したのはあくまで東京裁判の正当性のことであって、だからと言って戦前日本を肯定していた(≒あれは日本の自衛戦争だったと認めた)わけではない。
- 実は当時のインドでは人気が低かったらしい。