ざんねんな歴史上の人物事典/イギリス

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中世[編集 | ソースを編集]

ジョン[編集 | ソースを編集]

  1. 英国の王で、ライオン・ハートことリチャード1世の弟。
    • あだ名は欠地王。父親のヘンリー2世から「お前の兄達に領土を分け与えてしまった為に、お前に与える領土が無くなった」と告げられたため。
      • 欠地王の名の通り、在位中に大陸領土を失陥するは、イギリス本土もローマ教皇に寄進するわでその名に恥じぬ(?)働きを見せる。
      • あまりにも不憫すぎると思ったヘンリー2世は、ジョンの領地を確保しようとリチャードら兄の領地を割譲しようとするが、それがきっかけでヘンリー2世と兄たちの親子ケンカ(戦争)が始まってしまう。
        • ジョンは、自分の為にケンカをしてくれている父ヘンリー側に付かず、何故か兄たちに味方をする。
    • 領土を失うわ、ローマ教皇から破門されるわと、無能で不名誉な王様ということで、以降の英国王室から「ジョン」と名乗る王(ジョン2世、3世…)は存在しない。
    • 光栄の歴史シミュレーションシリーズで蒼き狼と白き牝鹿にも登場し、劉禅(三國志)、今川氏真(信長の野望)と並び、「三バカ君主」の一角を担っている。
  2. リチャードが十字軍遠征に行っているどさくさに紛れて、フランス王の協力の元、自分がイングランド王になろうと画策する。
    • 結局、重臣や諸侯の指示を集めることができず、そうこうしている間にリチャードがイングランドに戻ってきてしまったので、王になるのを断念する。
      • それ以外にも何度か、あの手この手で自分の領土を得ようと画策するが、いずれも失敗に終わっている。
  3. リチャードが亡くなって、どうにかイングランド王に即位。
    • 婚約者のいる女性(12歳の幼女)と半ば強引に婚姻を結んだことで、その婚約者がフランス王に訴えを起こしたため、フランス王の怒りを買う。
      • 結果、イングランドの大陸領土を大半を失うことになる。
    • イングランド領内のカンタベリー大司教任命権について、ローマ教皇と悶着を起こし、怒った教皇からキリスト教の破門を言い渡される。
      • 破門を受けたことで、ローマ教皇がフランスに肩入れし始めるのと、王としての権威が失墜するので、ヤバいと感じて全領土をローマ教皇に寄進することになる。
    • その後、ブーヴィーヌの戦いでフランスと戦い、完敗し、大陸領土の奪還に失敗してしまう。
      • その戦費を捻出するために国民に重税を取り立て、その上、負けて帰ってくるのだから、国内では不満が爆発し、諸侯から反乱を起こされる。
  4. 数少ない功績が、「王様だからって、なんでもかんでもやっていいってわけじゃないんだぞ!」という意味合いで王権の制限を記したマグナ・カルタに(半ば強制的に)調印させられたということと、現在のリヴァプールにあたる街の建設を許可したことくらい。

エドワード2世及びその寵臣たち[編集 | ソースを編集]

  1. 上記の失地王ジョンに匹敵する最低のイギリス王と名高い、プランタジネット朝のイングランド王。
  2. 即位前にスコットランドの反乱を鎮めるよう父親のエドワード1世に命じられたが、舞踏会で着るような華美な服を大量に陣中に持ち込むなど、この時点でバカ丸出しであった。
  3. 親友であるピアーズ・ギャヴィストンと×××な中であり、彼を寵愛しすぎるあまり、何でもギャヴィストンの言うとおりにしてしまった。
    • エドワード1世が死んだとき、「こりゃアカン」と思ってギャヴィストンの追放令並びに「追放令を解いてはならぬ令」が出されたが、即座に「追放令は解いてはならぬ令を廃止する令」を出して追放を無かったことにしてしまった。
    • ギャヴィストンの為にわざわざ「王の次に偉い」という爵位を新造してしまった。
    • しかもギャヴィストンもそこまで評価されねばならないほど有能というわけでもなかったので、バカの共依存同士になってしまい国政は悪化の一途をたどった。
      • 戴冠式の折には自分がエドワード2世に重用されているのをいいことに、露骨に諸侯や外戚を見下すという小悪党ぶりを発揮したが、エドワード2世は不問とした。
  4. あまりにギャヴィストンへの依怙贔屓が過ぎたため2度も追放令が出たがその都度エドワード2世は復権させており、遂に堪忍袋の緒が切れた貴族たちによりギャヴィストンは殺されてしまった
    • 自業自得ではあるが、エドワード2世が一向に態度を改めず甘やかしすぎたのもギャヴィストンの死を招いたんじゃなかろうか。
  5. ギャヴィストンの死後、今度はゴマすりのディスペンサー親子を寵愛し、王妃イザベラを冷遇したため、とうとう王妃までエドワード2世を見限ってしまった。
    • イザベラはフランス王シャルル4世即位の折にフランスに向かい、そこでディスペンサー親子に国外追放された貴族たちと出会って、彼らと結託してディスペンサー反乱軍を結成した。嫁さんに反乱されてしまったのである。
    • 国王軍は戦うどころか諸手を挙げて反乱軍を歓迎してしまう。どんだけ嫌われてたんだ。
    • 案の定ディスペンサー伯はコテンパンにやられ、「反逆者」として絞首刑となった。既に反乱軍は皇太子を擁立していたので「反逆者」扱いである。
  6. かくして、議会はエドワード2世の廃位を決定。史上初めて議会から廃位を命じられた国王として永久に名を残してしまった。
    • 最後は幽閉された挙句、イザベラの密命を受けた騎士たちにケツの穴に焼いた火箸を突き刺されて死亡した

ヘンリー8世[編集 | ソースを編集]

  1. テューダー朝イングランドの王。
    • 男子後継者を残したいという思いもあっただろうが、とにかく好色で精力絶倫な王として知られる。
    • 若いころは美形でモテていたらしいが、後年は肥満体となり、生活習慣病で脚の血流が悪くなったせいでできた腫瘍に悩まされていたという。
  2. 結婚離婚(無実の罪で処刑含む)を繰り返し、6人の女性と結婚する。
    • ローマカトリックの教義では、一夫一妻制で死別などの理由がない限り離婚は認められないのだが、離婚が自由にできるようにするため、カトリックから分派してイングランド国教会を立ち上げて、これを国教にしてしまう。
    • 離婚ができないとなると、妻を無実の罪にかけて処刑するという事も行った。
    • 最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンは、ヘンリーの兄アーサーの結婚していたのだが、アーサーが早世したのでヘンリーとの再婚を持ちかけて婚約した。
      • アーサーの結婚相手としてイングランドに嫁いだときから、ヘンリーはキャサリンに一目ぼれしていたという。
      • カトリックの教義で、兄嫁との結婚は死別による再婚含めタブーとされていたが、「キャサリンはアーサーとの愛の営みを行ってなかったので婚姻関係ではなかった」と強引に主張。結果、キャサリンとの結婚を勝ち取る。
        • 後年、愛人のアン・ブーリンと正式に結婚したいがため、「実はキャサリンとアーサーは愛の営みをしていて婚姻関係があったので、キャサリンとの結婚はやっぱり無効」と主張。この主張を通すがためにローマカトリックと決別し、イングランド国教会を設立した。
  3. 結婚とは別に、愛人も多い。
    • 2番目の妻となるアン・ブーリンの母親のエリザベス、姉のメアリーとも愛人関係を結んでいたという。
      • ちなみに、ヘンリー8世の娘の名も、メアリー(メアリー1世、ブラッディ・メアリー)とエリザベス(エリザベス1世)。

ウィリアム・シェイクスピア[編集 | ソースを編集]

  1. イギリス、エリザベス1世時代の劇作家で詩人であるがよく小説家と勘違いされる。
  2. ハムレット、マクベス、オセロ、リア王などの四大悲劇やロミオとジュリエットが有名なせいで悲劇が好きと思われがちだが夏の夜の夢やヴェニスの商人などの喜劇の劇作の方が多い。
  3. シェイクスピアの経歴には不審な点がいくつかあり、それが原因でシェイクスピアの別人説がある。
  4. ざんねんな食べ物事典のアイスティーと同様に某AVのせいで夏の夜の夢が風評被害にあっている。
  5. ニシンが好物であったらしく、腐ったニシンを食べたせいで食中毒になりそれで死亡したとされている。

ウィリアム「キャプテン」キッド[編集 | ソースを編集]

  1. 知っての通り有名な海賊であるが、実はすっごく残念な人物。
  2. 元々私掠船の船長だったが、欲をかいて「イギリスの船以外であればどの船を襲ってもよい」と曲解し、手当たり次第に他国船を襲い単なる海賊に成り下がる。
  3. ところがキッド本人は短気で臆病者であり、部下が「やべっすよ船長! 撤退しましょう!」と進言したのを聞き入れず、バケツでぶん殴って殺害し海に放り捨てるほどのろくでなしであった。
    • そのため、部下からも慕われておらず、バケツ撲殺事件以降は逃亡者も増えた。
  4. 最終的に友人に裏切られて海軍に逮捕され、裁判の際に「俺は宝を隠したんだ! 殺すと手掛かりがわからなくなるぞ!」という命乞いを行ったせいで死刑が確定。
    • 縛り首の末に死体はタール漬けにされ「海賊を行った者の末路」という立て札まで置かれるという、哀れな末路を迎えた。
    • この命乞いのせいで、海軍の思惑とは逆に余計に海賊が増えてしまったのもかなりざんねんである。

近代[編集 | ソースを編集]

ヴィクトリア女王[編集 | ソースを編集]

  1. 約60年にわたってイギリスを治め大英帝国の繁栄を象徴する女王であったが、彼女自身が血友病の因子を持っていたため、その後何代にもわたって子孫たちが血友病に苦しめられることになってしまった。
    • ちなみに血友病は男性でないと症状が出ないため自身はこの病気にならなかった。
    • ロシアのニコライ二世やその家族がラスプーチンにはまってしまったのも息子の血友病が原因であり、その血友病もヴィクトリアの遺伝由来とされている。
    • なお現在は血友病を持つ彼女の直系の子孫が全員死亡したためヨーロッパの王族に血友病を持つ人物はいない。

エドワード8世/ウィンザー公爵[編集 | ソースを編集]

  1. イギリス・ウィンザー朝の第2代国王。
  2. イギリス国王としては歴代最短の在位期間わずか325日で退位し、以降はウィンザー公爵を名乗った。
    • 離婚歴のある平民のアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと結婚するためであり、「王冠を賭けた恋」と呼ばれている。
  3. 退位後にウォリスと結婚して以降はナチス・ドイツに接近していった。
    • ドイツに滞在中の挨拶はナチス式敬礼で通していた。
    • 当時はドイツによるオーストリアやチェコ・スロバキアの併合などが実施されるなど、国際関係が緊張していった時期であったので、この夫婦のドイツシンパな言動はイギリス王室を始め、政府、マスコミから強く反発されている。
  4. こんなことが重なり、イギリス王室への国民人気は失墜していったのである。
  5. 幼少期に乳母から虐待されていた。
    • その経験から神経性胃炎と双極性障害を長らく患っていた。
    • 大人になってからも、自分に気に入らないことがあれば大声で泣き叫ぶなど、非常にガキっぽい面があった。

ジョージ6世[編集 | ソースを編集]

  1. イギリス・ウィンザー朝の第3代国王。
  2. 兄貴のエドワード8世が突然退位したので、やむを得ず即位する羽目になった可哀想な人。
    • それまで国王になる教育は一切受けていなかった。
    • 即位時の心境について、「ひどいことが起こってしまいましたと母(メアリー王妃)に告げ、私は取り乱して子供のように泣き崩れた」と自分の日誌を遺している。
  3. 昔は吃音症を患っていたために公式な場での演説を非常に苦手としていた。
    • それにも関わらず、大英帝国博覧会の閉会式の閉幕スピーチを担当したが、このスピーチは彼にとっても聴衆にとっても、極めて惨澹たる結果となってしまった。
    • セラピストのライオネル・ローグの治療を受けて克服した。
  4. 1947年に南アフリカを公式訪問した時に、あまりに酷い人種差別政策をとる南アフリカ政府に対して「あいつら(白人の政府関係者)を全員射殺したい」と漏らしたことも。
  5. 晩年は、在位中の心労とヘビースモーカーが原因で、肺がんになったり動脈硬化を起こすなど、みるみる健康が悪くなっていった。
    • そして1952年2月6日、就寝中に発症した冠動脈血栓症によって56歳で崩御した。
  6. しかし第二次大戦時には各地を慰問して国民の士気を鼓舞し続けたことにより、イギリス王室への国民からの支持を集める貢献を果たしている。

関連項目[編集 | ソースを編集]