ざんねんな野球事典/試合・大会
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NPB[編集 | ソースを編集]
公式戦[編集 | ソースを編集]
日本シリーズ[編集 | ソースを編集]
- 1975年の日本シリーズ
- 広島東洋カープが初めて出場した日本シリーズであったが、剛腕:山口高志を擁する阪急ブレーブスに4敗2分と1勝も出来ずに敗退した。
- おかげで重松清の小説「赤ヘル1975」でも、日本シリーズについてはほぼ書かれていない。
- 1978年の日本シリーズ 第7戦 ヤクルト対阪急(後楽園球場)
- 6回裏一死の場面でヤクルトの大杉勝男が阪急先発の足立光宏のシュートを掬い上げ、レフトのポール際に大飛球を放った。
- レフト線審の富澤宏哉はこの大飛球を「ホームラン」と判定。
- この判定を巡って阪急レフトの蓑田浩二が抗議。阪急の上田利治監督も「レフトポールの外を通過したからファウルだ!」と猛抗議。
- 上田監督は阪急の全選手を一度引き上げさせ、審判団・阪急首脳陣・レフトの蓑田を交えて「判定の取り消し」と「富澤線審の交代」を要求。
- 一度は試合の再開に応じかけたが、後者の「富澤線審の交代」がルール上認められないため拒否されると再び猛抗議に…。
- 結局コミッショナーの金子鋭や阪急球団代表の渓間秀典らの必死の説得を上田が受け入れ、ようやく試合再開。
- 中断時間はシリーズ最長の1時間19分に及ぶものとなってしまった。
- 再開後に先発の足立は左膝の状態が悪化し降板。高卒ルーキーの松本正志が急遽2番手としてマウンドに上がったが、チャーリー・マニエルに一発を浴び0-3となってしまう。
- 7回からはエースの山田久志が3番手としてマウンドに上がったが、8回裏二死から大杉に文句なしの一発を浴び万事休す。
- 戦意喪失の阪急打線はヤクルト先発の松岡弘の前に完封負けを喫し、阪急の3年連続の日本一はならなかった。
- シリーズ終了翌日の10月23日に阪急の上田監督と渓間球団代表は混乱の責任を取って辞任。
- 抗議時の先発だった足立は翌1979年、僅か4試合の登板に終わり1980年限りで現役を引退。
- 上田は後に「大杉君の一打は絶対にファウルだと思っている」「ファンや試合再開に備えてくれた足立には悪いことをしました」「時間の長さじゃなくて思いの深さ」「未だに家の中には半分が『正しい』、半分が『長過ぎた』というファンからの投書が残っていますよ」と当時を振り返っている。
- 1989年の日本シリーズ
- 第3戦までに近鉄が3連勝するも、加藤哲郎の発言が 「巨人はロッテより弱い」 と報道されてから、巨人が4連勝して逆転優勝を収めた。
- 加藤曰く、第3戦の試合後のダッグアウトであるスポーツ新聞の近鉄の担当記者から「(巨人は)ロッテより弱いんちゃうの?」と振られ、「あれだけええピッチャーおったら(リーグ)優勝するで。でも打線はアカンなぁ」と答えたら、後半の部分だけがいつの間にか「巨人はロッテより弱い」という話にすり替えられたと後に主張している。
- 2000年の日本シリーズ
- 福岡ドームで第3戦から第5戦が開催される予定だった10月24日から10月26日にかけて、別のイベント(日本脳神経外科学会)が開催された影響で、東京ドーム2連戦→休養日なしで福岡ドームで第3戦→2日間中断→福岡ドーム2連戦→休養日なしで東京ドームで第6戦(巨人の日本一が決定)という変則日程になってしまった。
- この出来事がきっかけで翌年以降は例え自力優勝が消滅している状況でも全球団の全本拠地球場を日本シリーズの期間中は使用予定として押さえるという規定ができた。
- 2003年の日本シリーズ
- ざんねんなバラエティ番組事典/フジテレビ系に書いたとおり、日本一のかかった第7戦の放送がめぐりにめぐってテレビ東京系列になってしまったためリアルタイムで見られない人が多かった。
- トラキチにとっては非常に最悪な結果に(33-4)。
- 第4戦以外はすべてロッテが10点とって勝利した。
- 阪神・ロッテともに長い暗黒期を抜け出してきたチームの対決。
- 阪神は87年から02年まで92年を除き15年間で14度のBクラス、ロッテも86年から04年まで95年を除き19年間で18度のBクラスだった。
- 片や早々に優勝を決めたチーム、片や2位から下剋上してきたチームの対戦。
- しかし、蓋を開ければあの惨状であった。
- 2010年の日本シリーズ
- 第1戦の地上波中継がテレビ愛知とテレビ大阪だけ、第2戦は東海テレビのみ、第5戦は千葉テレビと三重テレビとCBCテレビだけしか放送されない異常事態になる。
- 前回ロッテが日本一になった試合として2005年の日本シリーズの映像がしつこく流されたことに阪神ファン発狂してしまう。(33-4の元ネタ)
- 2014年の日本シリーズ 第5戦 阪神対ソフトバンク
- トラキチにとっては悪夢以外の何物でもない。阪神の西岡剛が一塁へゴロを放つとファーストがバックホームで2死を取り、再びファーストへ投げたが、ファーストが捕球できず、外野へ転がる間にランナーが帰ったが併殺プレーにおいて西岡がラインの内側を走ったことによる守備妨害でアウトとなり、そのままソフトバンクの日本一が決定。
- 西岡は2005年の日本シリーズでも活躍し、2度阪神を苦しめたとの皮肉も。
- 2021年の日本シリーズ 東京ヤクルト対オリックス
- このシリーズは、京セラドーム→東京ドーム→ほっともっと神戸という変則的なものだった。
- …というのが、第6・7戦が予定されてた日に、京セラドームで某アイドルグループのライブがあったためやむを得ず神戸で開催というなんともお粗末なものだった。
- さらにこの時期は、明治神宮野球大会ともろに被ってしまい神宮球場が使えなくなり、東京ドーム開催に。
ドラフト会議[編集 | ソースを編集]
- 1998年度日本プロ野球新人選手選択会議
- 松坂大輔(西武1位)を筆頭に藤川球児(阪神1位)、福留孝介(中日1位)、岩瀬仁紀(中日2位)、上原浩治(巨人1位)、里崎智也(ロッテ2位)、新井貴浩(広島6位)らが指名された史上屈指のドラフト当たり年。
- しかし「ダイエー以外なら大学へ進学」と明言していた新垣渚(沖縄水産高)はダイエーとオリックスが1位指名で競合した末、オリックスが交渉権を獲得。
- オリックスは編成部長の三輪田勝利を沖縄に送ったが、新垣側は交渉を拒否。
- 入団交渉が膠着状態になった同年11月27日、三輪田は那覇市内のマンションで投身自殺を図りそのまま死亡。
- 三輪田の死後に行われた記者会見でオリックスの井箟重慶球団社長は「球団に責任があったとは思っていない」と発言し、各方面から非難を浴びることになった。
- オリックスは編成部長の三輪田勝利を沖縄に送ったが、新垣側は交渉を拒否。
- また西武が5位で指名した大和銀行の後藤光貴の入団が取り消されるトラブルも起きた。
- これは後藤の指名直前にダイエーが大和銀行の水田章雄を指名していたため、「事前の承認なしに同一チームから2人以上の投手を指名することは出来ない」という野球協約に引っ掛かったというものだった。
- ヤクルトが指名した8人の選手のうち、4人(3位橿渕、6位高橋、7位丹野、8位丹波)は5年以内に戦力外になってしまった。
- 唯一活躍したと言えるのは一軍通算231試合に登板した5位の河端龍ぐらいか。
- 2014年度日本プロ野球新人選手選択会議
- 中日ドラゴンズが社会人の有力野手4人を獲得するなど即戦力重視の方針で指名したものの、2018年まで誰一人として一軍でまともに活躍できず批判が殺到。
- 即戦力外ドラフトと揶揄された。
- 2021年に残っていた2名が戦力外に。1名がすでに21年シーズン中にトレードされたことで全滅。
- トレードされていた選手は2023年にまさかの再トレードで中日に復帰。思わぬ形で再び最後の一人となった。
- ヤクルトも同じ年に即戦力重視の指名を行ったが、たった3年でドラフト1位含む5人+育成1人が戦力外。残る2人も2019年と2020年に戦力外となり全滅した。
- ある意味こっちのほうが悲惨だが即戦力外ドラフトだと言われないのはなぜだろう。
- 同じ年の楽天のドラフトも僅か4年で3位以下の5人の内4人が戦力外となっており、残り1人も「即戦力」の期待に応えられているかというと…。
- 高卒入団の3選手は1位こそようやく活躍しだしたが、残りの2名(育成含む)は2019年オフに移籍。
その他[編集 | ソースを編集]
- セ・パ交流戦
- パ・リーグの強さが顕著になり、セ・リーグが勝ち越せたのは2009年のみ。
- 交流戦優勝球団もパ・リーグ球団が12回 (うちソフトバンクが8回) 。
- その究極と言えるのが2010年で1位から6位をパ・リーグが占めた。
- 2021年ようやくセ・リーグが勝ち越し。ただし交流戦優勝はオリックスだった。
- 2015年から2018年まで、交流戦で勝ち越したリーグがドラフト会議で優先的に指名できるルールだったのが、4回ともパ・リーグが勝ち越したこともあり、1年おきに交互に優先権が与えられるルールに変わった。
- しかも開催されるのがシーズンの前半のみで、後半では開催されないので面白みに欠ける。
- 前半・後半で分けて開催されれば少しは面白みも出るのに。
- クライマックスシリーズ
- 一昔までは「リーグ優勝=日本シリーズ出場」だったのに、いつから導入された、このクライマックスシリーズのせいで「リーグ優勝=日本シリーズ出場」でなくなり、面白くなくなったと嘆くファンも多い。
- 2015年のセ・リーグ
- 交流戦でパ・リーグに大きく負け越し、7月にはリーグ全球団の勝率が5割未満になる異例の事態が発生した。
- 2015年のパ・リーグクライマックスシリーズファイナルステージ ソフトバンク対ロッテ
- CSファイナルでは3度目となるソフトバンク対ロッテ。前回(2010年)は同年3位のロッテがパ・リーグ優勝球団のソフトバンクに勝利しており(あの「史上最大の下剋上」のシーズン)、さらにCSの前身であるパリーグプレーオフ(2005年)においても同年2位のロッテが同年1位のソフトバンクに勝利していた。
- しかもそれが5年周期であったことから「下剋上」・「ゴールデンイヤー」と銘打ったロッテであったが、パ・リーグ優勝球団のソフトバンクに3連敗し敗退を喫した(アドバンテージ分を除く)。
- なおその5年後の2020年もこの組み合わせになったがソフトバンクが勝利。
- 2019年のパ・リーグクライマックスシリーズファイナルステージ 西武対ソフトバンク
- パ・リーグ優勝球団の西武が、同年2位のソフトバンクに4連敗し敗退。ファイナルステージで (アドバンテージを除き) リーグ優勝球団が4連敗するのはパ・リーグで初めて (セ・リーグでは2014年に前例あり) 。
- なお、西武は昨年度も同じくCSでソフトバンクに敗退したため、2年連続でパ・リーグ優勝球団が日本シリーズに出られないこととなった。
メジャーリーグ[編集 | ソースを編集]
- 2003年10月14日 MLBナショナルリーグチャンピオンシップシリーズ第6戦 シカゴ・カブス対フロリダ・マーリンズ(リグレー・フィールド)
- この年のカブスはナショナルリーグ中地区で5年ぶりに優勝。
- ディビジョンシリーズでも3勝2敗でブレーブスを下しリーグチャンピオンシップシリーズ(以下NLCSと表記)に進出。
- マーリンズとのNLCSでも第5戦終了時点で3勝2敗と、ワールドシリーズ進出に王手をかけた状態で第6戦を迎えた。
- 試合はレギュラーシーズン18勝を挙げたエースのマーク・プライアーの好投もあり、7回終了時点で3-0でカブスがリード。
- 8回表、一死二塁で打席に入ったルイス・カスティーヨが打ち上げたフライはレフトファウルゾーンに飛び、モイゼス・アルーが捕球体勢に入っていた。
- ところがここでフライの落下地点付近にいたファンがボールに触れて弾き落としてしまい、打球はファール扱いに。
- レフトのモイゼス・アルーは捕球を妨害したファンに向かって怒りを露わにした。
- この後、妨害がなければアウトになっていたはずのカスティーヨがフォアボールで出塁。
- 続くイバン・ロドリゲスやデレク・リー、マイク・モーデカイらの集中打を浴び、カブスはこの回8点を取られまさかの大逆転負け。
- この第6戦でファウルフライを妨害したとして地元ファン・メディアから戦犯として扱われたのはスティーブ・バートマンという26歳の青年だった。
- 妨害後、リグレー・フィールドの客席の全方位からバートマンに罵詈雑言が浴びせられ、カブスが逆転を許した後には身の安全を確保するため退席させられた。
- 試合終了後、バートマンの自宅には嫌がらせ電話が殺到。メディアからの取材やCM出演の依頼は全て拒否し、マーリンズファンから届いた多数の贈り物は全て慈善団体に寄付した。
- 結局翌日の第7戦もマーリンズが勝ち、カブスは58年ぶりのワールドシリーズ進出を逃してしまった。
- 因みにマーリンズはワールドシリーズでもヤンキースを4勝2敗で下し、2度目の世界一に輝いている。
- ただし事件から数年後になると、8回表一死一・二塁でミゲル・カブレラが放った平凡なショートゴロをアレックス・ゴンザレスがエラーしたのが大量失点のきっかけになった、という意見も強くなった。
- 結果として敗戦投手になってしまったプライアーも試合後、「負けたのはバートマンのせいじゃない」と彼を擁護した。
- カブスがナ・リーグ優勝を果たしてワールドシリーズに出場し、「山羊の呪い」を解くのは13年後の2016年まで待つことになった。
- そしてこの年のワールドシリーズを4勝3敗で制したカブスは実に108年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成。
- 翌2017年7月、カブスは名前の刻まれたチャンピオンリングをバートマンに贈呈。
- バートマンは「2003年のファウルボール事件で生じた私や家族にまつわる長い物語が、これでようやく終わることを望んでいます」という声明を発表した。
高校野球[編集 | ソースを編集]
- 2006年春の選抜高校野球大会
- 前年夏の甲子園・秋の明治神宮大会優勝の優勝候補筆頭・駒大苫小牧が出場辞退したせいでどこが優勝しても「ナンバー2を決める大会」になってしまった。
- 決勝の横浜対清峰は21-0という記録的大差がついてしまい最後まで後味の悪い大会になった。
- 2011年春の選抜高校野球大会
- 東日本大震災で中止も検討された中、なんとか開催にこぎつけるも入場行進中止、鳴り物禁止、延長戦なし、終盤の逆転劇なし、ナイターなし、サヨナラゲーム1試合だけという非常に盛り上がりに欠ける大会に。
- 被災地からの出場で被災後数日連絡が取れてなかった東北高校は、全国から大声援を受けるも初戦で大垣日大に0-7で完敗。
- 東北に勝利した大垣日大の学校や宿舎に(上記の明徳義塾のような)苦情電話が殺到。続く2回戦で大垣日大の選手は本来のプレーができず東海大相模に5-13で完敗。
- なお優勝したのはその東海大相模。
- 2012年夏岩手大会決勝 花巻東対盛岡大付
- 3回表一死一・ニ塁の場面で、盛岡大付の選手が放ったレフトポール付近の打球を三塁塁審が本塁打と判定。
- 花巻東の伝令が「ファウルじゃないのか」と抗議したが判定は覆らず。
- 試合は3-5で花巻東が敗れた。
- 花巻東の伝令が「ファウルじゃないのか」と抗議したが判定は覆らず。
- この試合は岩手大会の準決勝で、アマチュア史上初となる160km/hを記録した大谷翔平の最後の夏の甲子園出場をかけた試合だったため注目度が高く、翌日のスポーツ紙は「大谷、審判の誤審に泣く」「花巻東、誤審の前に消える」などと誤審と決めつけるような見出しに。
- 岩手大会を優勝した盛岡大付も1回戦で立正大淞南に4-5で惜敗。
- 更に閉会式で、高野連の奥島孝康会長が講評の中で「とりわけ残念なのが、大谷投手を甲子園で見られなかったこと」と発言してしまった。
- 2013年夏準々決勝 花巻東対鳴門
- 花巻東の選手がサイン盗みを行っていたことが発覚しネットで大問題に。
- さらにカット打法も問題になる。
- 続く準決勝で花巻東の選手は本来のプレーができず延岡学園に完封負け。
- 2017年夏3回戦 仙台育英対大阪桐蔭
- 仙台育英の選手が大阪桐蔭の一塁手中川卓也の足を蹴った疑惑でネットが大炎上。
- もし大阪桐蔭が勝っていたら前人未到の4季連覇もありえただけに…。
- 続く準々決勝で仙台育英の当該選手は欠場となり、広陵に完敗。
国際大会[編集 | ソースを編集]
- アジアシリーズ
- スポンサーの撤退や日程、さらに参加国の都合により、2013年を最後に行われず。
- 2014年にはWBSCより公認を得られていた。
- 2013年大会は中国が出場辞退したため、なぜかヨーロッパ代表が出場した。
- 日韓クラブチャンピオンシップ
- アジアシリーズの代替として開催されるも、2009年と2010年のたった2回で打ち切られた幻の大会
- 日本シリーズ優勝チームとKBOリーグ韓国シリーズ優勝チームの直接対決方式。
- 二回とも日本のチームの勝利に終わり、韓国のチームは勝利できないまま終わった。
- 2006ワールドベースボールクラシック 第2ラウンド1組
- アメリカ戦ではボブ・デービッドソンによる誤審がクローズアップされてしまった。
- 王監督は試合後「特に野球のスタートした国であるアメリカで、そういうこと(誤審)があってはいけない」とコメント。
- 更にメキシコ‐アメリカ戦でも明らかな誤審が二つあり、この判定に奮起したメキシコ代表が2-1でアメリカに勝利。1勝2敗で並んだ日本・アメリカ・メキシコのうち、失点率が最も低かった日本が準決勝に進み、アメリカの第2ラウンド敗退が決定してしまった。
- 一部には「この大会はワールド・ベースボール・クラシック(World Baseball Classic)ではなく、ワールド・ボブ・クラシック(World Bob Classic)だ」と揶揄する声もある。
- 韓国が日本に勝って準決勝進出を決めた際、マウンドに国旗を立てた行為も大きな問題になった。
- 2009ワールドベースボールクラシック
- 第1・2ラウンドではダブルイリミネーション方式が採用されたが、日韓戦が5回に及ぶなど欠陥が多く露呈した。
- 第2ラウンド2組1回戦でアメリカがプエルトリコにまさかの1-11コールド負け。
- 敗者復活に回った後、プエルトリコに6-5でリベンジするなど準決勝進出を果たすも、1位決定戦でベネズエラに6-10、準決勝でも日本に4-9でそれぞれ敗れベスト4で終わった。
- 2013ワールドベースボールクラシック
- 日本のメンバー集め難航で強気に出た韓国と米国が優勝候補と目されながら早期敗退、日本のイケイケムードがあだとなり決勝進出失敗。
その他[編集 | ソースを編集]
- 全日本アマチュア野球王座決定戦
- 1991年から1997年にかけて開催されていた、事実上のアマチュア野球日本一決定戦なのだが…。
- 時期的な問題点(社会人側が秋の日本選手権優勝チームなのに対し、大学側は春の全日本大学野球選手権の優勝チーム)・明治神宮大会と開催時期が近いという事情が現場の不評を買うことになり、1997年限りで廃止された。
関連項目[編集 | ソースを編集]
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チーム | セ・リーグ/パ・リーグ | |
選手 | 日本人 | あ~お/か/き~こ/さ~そ/た~と/な~の/は~ほ/ま~わ |
外国人 | あ~お/か~こ/さ~の/は~ほ/ま~わ | |
シーズン展開 | ~1970年代/1980~90年代/2000年代/2010年代/2020年代 | |
その他 | 試合・大会(NPB公式戦 )/球場 |