もしあの市町村が改名していなかったら/九州

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もしあの市町村が改名していなかったら > 九州

福岡[編集 | ソースを編集]

小倉市[編集 | ソースを編集]

  1. 駅名と市名が一致していた。
  2. 史実よりさらに小倉への一極集中が進んでいた。
  3. 旧小倉市域は中央区になり、後に分割されて南区が出来た。
    • 方角が付いた行政区は、史実より少なかった。具体的に:小倉北区→中央区。小倉南区→曽根区。八幡東区→八幡区。八幡西区→黒崎区。
  4. 西暦2000年には、高崎市と一緒に市制100周年記念行事を開いていた。
  5. 市名を「おぐら市」と読み間違える人が多くなる。
  6. 逆に小倉百人一首や小倉あんを「こくら」と読み間違えるパターンもあり。
  7. 史実で北九州市に所在する施設や団体は、「小倉」を称している。例:小倉高専、リヴァーウォーク小倉、西鉄小倉線。
    • 小倉市と福岡市を合わせて、「小福(しょうふく)」という名称も使われている。例:小福高速道路公社、小福ゆたか線。
  8. 歴史的因縁で、何かにつけて小倉市と長崎市が対比される例がザラにあった。

八幡市[編集 | ソースを編集]

  • 北九州市
  1. 「新幹線駅は八幡駅ではなく小倉駅に停車するの?」と疑問に思う人は史実よりも多くなっていた。
  2. 史実ほど小倉への一極集中が進んでいなかった。
  3. 旧八幡市域は中央区になり、後に分割されて黒崎区(あるいは西区)が出来た。
  4. 京都府の八幡町は八幡市を名乗れず、山城八幡市(あるいは京八幡市、石清水市)になっていた。

門司市[編集 | ソースを編集]

  • 北九州市
  1. 「新幹線駅は門司駅ではなく小倉駅に停車するの?」と疑問に思う人は史実よりも多くなっていた。
  2. 史実ほど小倉への一極集中が進んでいなかった。
  3. 山口県下関市との越境合併が現実のものとなっていた。

若松市[編集 | ソースを編集]

  • 北九州市
  1. 「新幹線駅は若松駅ではなく小倉駅に停車するの?」と疑問に思う人はさすがに厳しいか・・・
  2. 史実ほど小倉への一極集中が進んでいなかった。
  3. 会津若松市は若松市があるために若松を名乗れず会津若松市になったと誤解された。

戸畑市[編集 | ソースを編集]

  • 北九州市
  1. この場合、小倉と一体化した都市圏になっていたかも。
  2. おそらく小倉vs門司vs八幡で取り合った挙句の棚ぼたでもない限り難しそう。

宇島市[編集 | ソースを編集]

  1. 昭和の大合併の際、この市名が嫌で離脱した町村はそのまま合併しなかった。
  2. 平成の大合併で昭和の大合併で加わらなかった町村も合併に加わり、この時に「豊前市」を名乗れた。

宮田町→宮田市[編集 | ソースを編集]

  1. 若宮の「宮」、宮田の「田」というような説明がされるが、どう考えても某自動車会社の力が働いたとしか思えない。
  2. 九州自動車道の「若宮 宮若」という逆に読んでも同じになる案内標識は誕生しなかった。

若宮町→若宮市[編集 | ソースを編集]

  • 宮若市
  1. 若宮の「若」、宮田の「宮」といった説明がされる。
  2. この地名で批判が上がった時は「中野+野方=中野」を使っていた。
  3. 九州自動車道の「若宮 宮若」という逆に読んでも同じになる案内標識は誕生しなかった。

前原市[編集 | ソースを編集]

  1. 未だに「まえはらし」と読み間違えられていた。

佐賀[編集 | ソースを編集]

山口村→山口町[編集 | ソースを編集]

  1. 肥前山口駅が「江北駅」に改名されることはない。

大分[編集 | ソースを編集]

由布院町→由布院市[編集 | ソースを編集]

  1. 同地名はいまだに「由布院」と呼ばれる。
    • 桃鉄の駅名も「由布院」。
    • キャッチコピーとして「布院」が使われていた。
  2. 駅名と市名が一致する。

熊本[編集 | ソースを編集]

松橋町→松橋市[編集 | ソースを編集]

  1. 隣の「宇土市」と間違われることはなかった。
  2. 読みは「まつばせ」だが「まつばし」と未だに読み間違われる。

本渡市[編集 | ソースを編集]

  1. 天草市の名は苓北・上天草との全島合併まで持ち越されていた。

一の宮町→一の宮市[編集 | ソースを編集]

  1. おそらく紀の川市のような市名になっていた。
  2. 愛知県一宮市と混同してしまうので、「阿蘇一の宮市」として合成地名を名乗っていたかも。
  3. 宮地駅が一の宮駅に改称されていた可能性も。

北小国村→北小国町[編集 | ソースを編集]

  1. 北小国・南小国がより分かりやすかった。
  2. 平成の大合併で「小国町」としての合併が実現していた。

宮崎[編集 | ソースを編集]

妻町→妻市[編集 | ソースを編集]

  1. 九州で唯一漢字一文字の市になった。
  2. 東九州自動車道の西都ICは「妻IC」になっていた。
  3. 婚活ブームに乗って「『妻市民の妻』募集」みたいなイベントをやっていた。
  4. 市名の由来になった都萬神社の知名度がもっと上がった。
  5. 「つま」つながりで愛知県愛西市と交流していた。

吾田町→吾田市[編集 | ソースを編集]

  1. 吾田駅の改称は無かった。
  2. 史実以上に飫肥や油津を凌駕していた。

鹿児島[編集 | ソースを編集]

姶良村→姶良町[編集 | ソースを編集]

  1. 学校の名前はやっぱり「鹿屋市立吾平小学校」。
  2. 「吾平山上陵」が一大観光地(参拝地)となっていたら、町名との違いで勘違いする観光客が続出していた。
  3. 現実に姶良町となった自治体は、とりあえず別案であった錦江町を名乗ることにする。
    • 平成の大合併では合併時期によっては「姶良市」が誕生せず、加治木市を名乗っていたかも。
    • そして現実で錦江町となっている自治体も既に使われているがために別案を捻り出すことに・・・。
      • こっちが南大隅町になり、現実の南大隅町が「佐多岬町」になるとか。
    • 史実の姶良町にある「姶良」を名乗る施設も「錦江」になる(錦江インターチェンジ、JR錦江駅など)
      • 史実の錦江駅は「西加治木」などと名乗っていた。
      • きんこうWAONならぬ、錦江サティ。
  4. 農協はこちらが姶良町農協を名乗り続け、(姶良郡内のJAが合併して1992年に発足した)史実のJAあいらは異なる名前になる。「JA霧島あいら」とかになるだろうか。

上伊集院村→上伊集院町[編集 | ソースを編集]

  1. 平成の大合併で鹿児島市ではなく伊集院町と合併して3万人超で伊集院市となっていた。

西南方村→西南方町[編集 | ソースを編集]

  • 坊津村→坊津町→南さつま市
  1. 史実ほど坊津の地名は知られていない。
  2. 昭和の大合併で東南方村であった現枕崎市と合併して南方市になっていたかも
    • 西なのか南なのか東なのかわけわからなくなりそう。

東南方村→東南方市[編集 | ソースを編集]

  • 枕崎町→枕崎市
  1. 枕崎台風の名前は南東方台風になっていた。
  2. 坊津町(西南方村)と合併して南方市になっていたかもしれない。

東襲山村→東襲山町[編集 | ソースを編集]

  • 霧島村→霧島町→霧島市
  1. 読めない。
    • ちなみに読みは「ひがしそのやま」。
  2. 1950年の東襲山村(2代目)が分立することはなかった。あったとしても重久村となっていたかも。
  3. ちなみに西襲山は日当山(旧隼人町)にある。旧郷名であり広域地名でもあるので、平成の大合併で襲山市を名乗っていたかも…?

菱刈町→菱刈市[編集 | ソースを編集]

  1. 菱刈金山の町として積極的にアピールしていた。
  2. 町に市名を奪われる大口の立場やいかに…

北種子村→北種子町[編集 | ソースを編集]

  1. 種子島の自治体は北・中・南で揃っていた。
  2. 平成の大合併で「種子島市」が誕生していた。

亀津町[編集 | ソースを編集]

  1. 平成の大合併で島内の3町が合併してここで初めて「徳之島町」になっていた。

名瀬市[編集 | ソースを編集]

  1. 奄美市の名前は最低でも奄美大島全域合併まで使われなかった。
  2. 沖縄県名護市との勘違いも続いていた。

十島村→三島村[編集 | ソースを編集]

  1. 読み方はじっとうそん。史実では1947年にトカラ列島の下七島がアメリカ軍の統治下になり、1952年にトカラ列島が本土復帰したときに、北緯30度以北に区域を変更したうえで、三島村に改称。
  2. 地方自治法上の手続きでは区域の変更と名称の変更だが実質的には分割。
  3. 読み方が違えど、十島村が2つ存在することになった。
    • ちなみにトカラ列島が本土復帰した2月4日から政令施行日の2月10日までは実際に十島村という自治体が2つ存在した時期がある。その時は北十島村と南十島村という名前が便宜的に使われていたらしい。
    • 北十島村と南十島村の再統合もありえたかもしれない。というか返還と同時に再統合ということだったかも。

沖縄[編集 | ソースを編集]

コザ市[編集 | ソースを編集]

  1. カタカナということで一部で揶揄されるが、歴史的経緯ゆえ批判はそれほどでもなかった。
  2. 未だに「コザ暴動」が起きた市のイメージが残る。

越來村→越來市[編集 | ソースを編集]

  • コザ村→コザ市→沖縄市
  1. カタカナの市名は南アルプス市まで存在しなかった(篠ノ井の「ノ」などを除く)。
    • 全部カタカナの市名はいまだ存在せず。
  2. 屈指の難読市名として知られていた(ちなみに読みは「ごえく」)。
    • 「えつく」などと読み間違えられる。
  3. 復帰時か後の合併で越市に改名していたかも。
  4. コザ暴動は越来暴動と呼ばれていた。

首里市[編集 | ソースを編集]

  1. 那覇は経済の中心として特化し、県庁は首里地区に移転していた。
  2. 現実の首里地区のように那覇地区の町名は那覇○○町のような感じになっていた。

石川市[編集 | ソースを編集]

  1. 他県名を名乗る市が消滅しなかった。
  2. 旧具志川市の町名に具志川の名が入っていた。
    • 字具志川だけは入らない。

平良市[編集 | ソースを編集]

  1. 全島合併はできなかったかもしれない。
    • 市内にある宮古警察署は改名しなかった。
  2. 宮古市と混合されることはなかった。