もしあの市町村が改名していなかったら/関東

提供:chakuwiki

もしあの市町村が改名していなかったら > 関東

茨城[編集 | ソースを編集]

もしあの市町村が改名していなかったら/茨城

栃木[編集 | ソースを編集]

黒磯市[編集 | ソースを編集]

  1. 東北新幹線の駅名と同じく塩原町側は黙っていない。
    • 多分西那須野も黙っていない。

西那須野町→西那須野市[編集 | ソースを編集]

  • 那須塩原市
  1. こちらも同じく塩原町は黙っていないだろう。
    • おそらく黒磯も黙っていない。

烏山町→烏山市[編集 | ソースを編集]

  1. 現実以上に那須のイメージが無かった。

国分寺小金井町→国分寺小金井市[編集 | ソースを編集]

  • 下野市
  1. 史上初の漢字6文字市名が誕生していた。
  2. 中央線沿線民はブチ切れた。
    • 国分寺・小金井のどっちでもないから話のネタになるぐらいかと・・・
    • 中央線沿線と勘違いする事案が続発(一応栃木の中央部を走る路だが・・・)

今市市[編集 | ソースを編集]

  1. 日光のイメージはいまだに旧日光市に限定される。

群馬[編集 | ソースを編集]

大間々町→大間々市[編集 | ソースを編集]

  1. 名前のことでとやかく言われることはだいぶ少なくなっていた。
  2. 赤城駅を再び新大間々駅に戻す話がでていた。

水上町[編集 | ソースを編集]

  1. 今でも「すいじょう」と間違えられている。
    • 場合によっては史実以上に埼玉県の水上公園の事を「みなかみこうえん」と間違える人がいる。
  2. 町役場は旧月夜野町役場ではなく旧水上町役場に置かれていた。
    • 名を完全に取られるのだから現実どおり月夜野町が水上町役場になり、旧水上町役場が水上支所になる可能性が高いだろう。

月夜野町[編集 | ソースを編集]

  • みなかみ町
  1. 気象などでは今でも漢字の水上が使われていた。
  2. 町名を譲ったため町役場は旧水上町役場に置かれていた。

群馬町→群馬市[編集 | ソースを編集]

  1. 前橋市を含めた大合併を想定していた。
    • 前橋合併後、前橋ICを群馬ICに改称する動きが出る。

原町(吾妻郡)[編集 | ソースを編集]

  1. 吾妻郡東村を編入した際は「東原町」になっていた。
    • この場合、読みも存続して「あづまはらまち」になっていた可能性が高い。
    • 町名が「あずまあずま」とも読めるネタは存在しなかった。

東村(利根郡)[編集 | ソースを編集]

  1. 群馬県にある東村は4つになっていた。
    • 元は5つあったので…

埼玉[編集 | ソースを編集]

もしあの市町村が改名していなかったら/埼玉

千葉[編集 | ソースを編集]

津田沼町→津田沼市[編集 | ソースを編集]

  1. 船橋市習志野との間で混乱はなかった。
  2. 習志野ナンバーは今より好意的に受け止められていた。
    • 寧ろ「津田沼ナンバー」になっていた。
    • 習志野ナンバーが習志野市に由来しているという誤解は当然無かった。
  3. 習志野高校は市立津田沼高校になっていた。
    • 県立津田沼高校が県立習志野高校になっていた。
  4. 津田沼電車区が習志野電車区→習志野運輸区に改称されなかった。
    • 某掲示板の名無し名称は「名無し野電車区」ではなかった。

大網町[編集 | ソースを編集]

  1. 白里海岸の知名度は今より低かった。
  2. 代表駅と自治体名が一致するため、市の知名度は今より高かった。

成東町→成東市[編集 | ソースを編集]

  1. 音が似ている鳴門市と姉妹都市などなんらかの関係を築いていた。

八日市場市[編集 | ソースを編集]

  1. 読めない市名になることはなかった。
  2. 「ようかい(妖怪)ちば」ということで妖怪ウォッチがらみの町おこしを行っていた。

福岡町(匝瑳郡)→福岡市[編集 | ソースを編集]

  • 八日市場市→匝瑳市
  1. 福岡市が博多市として市制していれば福岡市として市制できていた。
    • 史実の福岡市に先立たれた場合、「下総福岡市」として市制施行することもありうる。
  2. 八日市場駅は福岡町時代にできているので変わらず。

佐原市[編集 | ソースを編集]

  1. 市名と代表駅の名が一致した。
  2. 未だに「佐倉市」と間違われる。
    • 下手すると市原市や茂原市とも間違えられる。

香取町→香取市[編集 | ソースを編集]

  • 佐原市→香取市
  1. 香取神宮の知名度が今よりも高かった。
  2. 逆に平成の大合併で佐原市になった可能性もある。

夷隅町→夷隅市[編集 | ソースを編集]

  1. 人口的に多い大原町は…。
  2. 千葉県に平仮名地名は生まれなかった。
    • 史実以上に千葉県民も「かな書き地名」を叩かれてる。
      • 特に埼玉を叩く場合。

大原町→大原市[編集 | ソースを編集]

  • いすみ市
  1. 人口的に多い大原町も納得。
  2. 千葉県に平仮名地名は生まれなかった。
    • 「かな書き地名」を作らずに難読自治体名をなくすことに成功していた。

千代田村→千代田町[編集 | ソースを編集]

  1. 柏レイソルは千代田レイソルになっている。
  2. 千代田区は神田区になっていた?
    • 麹町区からの反発を考えると厳しい。
    • 千代田区成立時期を考えると気にせずに付けそう。
    • いやむしろ四街道市の一部だった印旛郡千代田町と紛らわしいはず。

東葛市[編集 | ソースを編集]

  • 柏市
  1. 柏レイソルは東葛レイソルになっている。
  2. 柏駅の改称が検討されていた。
  3. 東葛の呼称は主に市域のみに使われ、広域に対しては「東葛飾」が使われる。
  4. 現実の柏○○高校は東葛○○高校になるが、東葛飾高校はそのまま。

五井町→五井市[編集 | ソースを編集]

  1. ジェフ市原を誘致する際に市名が縁起が悪いと問題になっていた。

八幡町→八幡市[編集 | ソースを編集]

  1. 福岡県八幡市が既に存在していたので「本八幡市」か「下総八幡市」になっていた。
  2. 総武線快速の停車駅が市川駅ではなく本八幡駅になっていた。
    • それが引き金となり、本八幡市と間違えられやすくなる。

印旛村→印旛市[編集 | ソースを編集]

  1. 市役所は印西市役所を使わず、ニュータウン内に新設される。
  2. 村に市名を取られるが、郡名由来なのですんなり落ち着く。

大和田町[編集 | ソースを編集]

  1. 睦村と合併後も大和田を名乗ると想定。
  2. 大和田市として市制施行する。
  3. 八千代台駅は京成高津駅として開業。

幕張町→幕張市[編集 | ソースを編集]

  1. 幕張新都市駅の計画が進んでいたかどうか…。
  2. ニュースで幕張市と出るのが当たり前になっている。(史実は訂正)

久留里町→久留里市[編集 | ソースを編集]

  1. 久留里城の城下町として大々的にPRしていた。
  2. 木更津市と間違えられなくなる。

旭村(山武郡)[編集 | ソースを編集]

  1. 県内のかなり近い場所に旭市があるため混同されていた。
  2. 横芝駅は八日市場の例もあるのでそのままか?
    • もし旭駅として開業した場合、史実の旭駅は旭町駅のままになっていた。
      • 「上総旭」を名乗ろうにもあまりにも微妙な位置なので勘違いされる。
        • 地理的にも「上旭」「下旭」あたりが妥当か。
      • こっちの旭村が町制したら…
  3. 光町との合併の際「旭光町」になっていた。

滑河町[編集 | ソースを編集]

  1. 代表駅と町名が一致していた。
  2. 僭称地名にならずに済んだ。
  3. 平成の大合併で現成田市か現香取市に「下総市」ができていたかもしれない。

神崎米沢町[編集 | ソースを編集]

  • 神崎町
  • ※神崎町と米沢村が合併して一度はこの名前になったが、即日改称した。
  1. 天津小湊町、大網白里市といい2町をそのまま合成した地名がまた増えていた。
    • 場合によっては上記1市1町+横芝光町以外にもこの類の市町村が千葉県内にあったかもしれない。

本大須賀村[編集 | ソースを編集]

  • 昭栄村→大栄町→成田市
  1. 大須賀村と合併した際に大須賀町を名乗っていた。

江戸川町[編集 | ソースを編集]

  • 流山町→流山市
  1. 江戸川区は別の区名になっていた。
  2. 流山駅と江戸川駅の名称は変わらず。
    • 南流山駅が「南江戸川」を名乗ったらネタにされる。

東京[編集 | ソースを編集]

23区[編集 | ソースを編集]

淀橋区[編集 | ソースを編集]

  1. 史実とあまり変わらない…のか?
  2. 本来の新宿と新宿駅の位置が異なることが現実より話題になっていた。
  3. 新宿副都心は「淀橋副都心」と呼ばれた。
  4. 旧町名の「柏木」や「角筈」は改称されることはなかった。
  5. 東京23区では葛飾区にある新宿(にいじゅく)の方が知られるようになる。
    • 新宿駅が角筈駅あるいは淀橋駅として開業していればと思ったが、正直それでも宿場の内藤新宿の知名度だけでこっちが上回るかと・・・
  6. 明治から旧東京市内にあった牛込と四谷は「淀橋区」の区名に抵抗していた。

麹町区[編集 | ソースを編集]

  1. 丸の内や神田や秋葉原(正確な地名は外神田)も「麹町」に一括される。
  2. 現実の中央区が別の区名を名乗った場合、「中央区」への改称運動が起こる。
  3. 神田○○町は史実どおり。

神田区[編集 | ソースを編集]

  • 千代田区
  1. 丸の内や霞が関、麹町も「神田」に一括される。
  2. 現実の中央区が別の区名を名乗った場合、「中央区」への改称運動が起こる。
  3. 神田○○町は出来ない。
  4. 麹町○○町が出来るかは微妙。仮に出来ても神田のように全域にはならない。

王子区[編集 | ソースを編集]

  1. さいたま市北区と間違えると言われる事は無かった。
    • 言われてないでしょ。逆はあるだろうけど・・・
  2. 史実以上に「赤羽区に変えろ」と言われた?

滝野川区[編集 | ソースを編集]

  • 北区
  1. 旧王子区からの反発は想像に難くない。
  2. 史実以上に「赤羽区に変えろ」と言われた?
  3. 板橋駅を改称する動きが出る。
  4. 滝野川区役所は、(実史の)都電荒川線滝野川駅前?

荏原区[編集 | ソースを編集]

  1. 都内に存在した郡は全て自治体名として残った。
  2. 品川のイメージが現実より港区寄りになっていた。

深川区[編集 | ソースを編集]

  1. 江東区の下町イメージが現実より強くなっていた。

城東区[編集 | ソースを編集]

  • 江東区
  1. 江東区の郊外イメージが現実より強くなっていた。
  2. 旧深川区が神田や日本橋のように深川○○町になっていた。

日本橋区[編集 | ソースを編集]

  1. 京橋や銀座や築地も「日本橋」に一括される。
  2. 日本橋○○町は出来ない。
  3. かといって京橋○○町も出来ない。

京橋区[編集 | ソースを編集]

  • 中央区
  1. 日本橋も「京橋」に一括される。
  2. 日本橋○○町は史実通り。

牛込区[編集 | ソースを編集]

  • 新宿区
  1. 新宿や四谷や高田馬場や落合も「牛込」に一括される。
  2. 新宿と牛込の関係は池袋と豊島区に近い感じになりそう。
  3. フジテレビの(旧)本社は牛込区内。(昭和時代、フジテレビ宛ハガキの送り先は、「東京都新宿区牛込局区内 フジテレビ」だった。)

四谷区[編集 | ソースを編集]

  • 新宿区
  1. 新宿や牛込や高田馬場や落合も「四谷」に一括される。
  2. 「四谷怪談」のイメージが強く残ることになる。

芝区[編集 | ソースを編集]

  1. 赤坂や六本木や麻布も「芝」に一括される。
  2. 区名が関西弁で悪い言葉とされるため区名変更運動が起こる。
    • 東京でそこまで関西弁を意識することは無いと思うが?

志村→志区[編集 | ソースを編集]

  1. 津市と並び、ひらがな最小文字数の自治体になる。
    • なお、ローマ字だとどちらも三文字になる。
      • 志区は「4」で一文字にしようとするが、却下される。
  2. 志村坂上駅・志村三丁目駅は、それぞれ志坂上駅、志三丁目駅になる。
  3. 「志久」と間違えられる事案が多発。
    • 東上線沿線では、「志木」と間違えられる。
  4. し区では「死」を連想させることから、「こころざし」区への改名運動が生まれる。
  5. 大町とか大村とか考えると「志村区」のほうが妥当では?

赤塚村→赤塚区[編集 | ソースを編集]

  • 板橋区
  1. 「成増区」と呼称されていた。
  2. 板橋駅は開業時点で赤塚駅が存在するため、武蔵赤塚駅に改称されていた。
    • 成増駅を赤塚駅に改称する運動が起きていた。
  3. 赤塚不二夫作品に出る架空の地名はどうなっていたのか・・・?

野方町→野方区[編集 | ソースを編集]

  1. 中野の「野」と野方の「方」で「野方区」と説明されることになる。

松江町→松江区[編集 | ソースを編集]

  1. 東日本で松江といえば東京の松江を連想する人が多かった。
  2. 島根県松江市と何らかの提携をしていた。

小岩町→小岩区[編集 | ソースを編集]

  • 江戸川区
  1. 新小岩が小岩区ではないという事態になっていた。
  2. 総武線快速の停車駅が新小岩駅ではなく小岩駅になっていた。

多摩・島嶼部[編集 | ソースを編集]

昭和町→昭和市[編集 | ソースを編集]

  1. 昭和記念公園のイメージが立川よりこっちのイメージになっていた。(実際は両市にまたがる)
  2. 平成に入ってから昭和関連のイベントがやたら行われるようになった。
  3. ここはむしろ「拝島市」のほうがいいような。
    • 拝島の方が中心ぽいが、合併当時、昭和は「町」で拝島は「村」。
    • 拝島昭和市でいいのでは。
  4. 昭和時代のクイズ番組で、『「昭和」「大正」「明治」、この中で、自治体名に無いのは?』というクイズが出される。(答え・「明治」…「明治村」は愛知県にあるレジャー施設、「大正」は大阪市に大正区がある。)
    • 1957年まで明治村は存在した。昭和町・昭和村も現時点で1区1町2村存在する。ちなみに平成を名乗る市町村は(今のところは)存在しない(大合併でどっか名乗ってもよかったのに)。
  5. 拝島村が昭和3年の時点で合併していたらこうなっていたと思われる。

拝島村→拝島市[編集 | ソースを編集]

  • 昭島市
  1. JTBの中心駅は拝島駅になる。
    • 市役所も拝島駅の近くにあったかも。
  2. 上記の通り、昭和=町で拝島=村であったことが問題になってくるが、昭和町の合併以前は中神村外八ヶ村組合だった…などと言い訳をする。

秋多町→秋多市[編集 | ソースを編集]

  1. 秋田市から紛らわしいと抗議されていた。
  2. 五日市町との合併の際に「あきる野市」ではなく「秋川市」になっていた。
    • むしろ「秋留市」になったかも。

五日市町→五日市市[編集 | ソースを編集]

  • あきる野市
  1. 多摩地域の町村制当初からあった町は全て市になっていた。
  2. 路線名と市名が一致する。

氷川町[編集 | ソースを編集]

  1. 青梅や檜原あたりも「奥多摩」と呼ばれていた。

谷保村→谷保町[編集 | ソースを編集]

  1. 国立駅が史実通りである場合、市制施行時に再び「国立市」への改称が議論されていた。
  2. 谷保が生き残った場合でも谷保駅に合わせて「やぼ」から「やほ」への地味な変更が行われていたかも。

吉祥寺村[編集 | ソースを編集]

  1. 武蔵野村にならず吉祥寺村としてそのまま町→市になっていた。
  2. 武蔵境駅周辺住民も吉祥寺を名乗れた。
  3. 吉祥寺のブランド化は逆に無かったかも・・・

牟礼村[編集 | ソースを編集]

  1. 三鷹村にならず牟礼村としてそのまま町→市になっていた。
  2. 三鷹駅は「牟礼駅」か「連雀駅」として開業していた。
    • 信越本線(現・しなの鉄道北しなの線)の牟礼駅は「信濃牟礼駅」になっていた。
  3. 三鷹高校は牟礼高校として開校していた。

小川村[編集 | ソースを編集]

  1. 小平村にならず小川村としてそのまま町→市になっていた。
  2. 史実の小平駅は「本小川駅」、新小平駅は「新小川駅」として開業していた。
    • 「あんハピ♪」の小平先生は小川先生になっていた。
  3. 史実の都立小平高校が小川高校として開校し、小川高校は町田南高校など別の校名で開校していた。

府中駅[編集 | ソースを編集]

  • 府中市(東京都)
  1. 日本で唯一の「駅」がつく自治体となっていた。
    • 府中以外にも駅を名乗るところはあったので全国で認められていた可能性が高い。
  2. 地方自治法制定時に下記の日野宿同様「市町村」表記の例外として認められていた。
    • 例外ではなく、市町村以外に「駅」という自治体の単位が存在していた。
      • ただ、そもそも町村制移行に市町村以外を名乗れていたのがいずれも神奈川県(当時神奈川だった三多摩を含め)だったので、東京都及び神奈川県でのみ特例で認められていたということかも。
      • 市制施行する際に「府中市」になるか「府中駅」のままになるか検討されていた(日野なども同様)。
  3. 広島県の府中市と揉めることもなかった。
  4. 京王線の府中駅は「京王府中駅」と名乗っていた。
  5. 鉄道駅は「停車場」など別の呼ばれ方をしていた。

日野宿[編集 | ソースを編集]

  • 日野市
  1. 日本で唯一の「宿」がつく自治体となっていた。
    • 全国各地の宿場が「宿」という自治体になっていた。
    • 市町村のほかに「宿」、「駅」、「新田」、「浦」などの自治体が存在していた。
  2. 甲州街道の宿場町があったことが現実より知られていた。

横田村→横田市[編集 | ソースを編集]

  1. 横田基地は横田市が中心にあるという誤解が広まっていた(史実でも3番目に広い面積を持つ)
  2. 東村山市がなぜ東村山なのかという説明が難しくなった。
    • もともと武蔵七党の村山党に由来するものだが、その中心部が村山でないことから、史実以上に村山市の同名回避だ、という誤解が広まっていた。

箱根ヶ崎村→箱根ヶ崎町[編集 | ソースを編集]

  1. 町名と代表駅が一致する。
  2. 岐阜県瑞穂市と誤解されることはなかった。

狭山村(北多摩郡)[編集 | ソースを編集]

  1. それでも市制時点で狭山市が存在するため、狭山市にはなれない。狭山市も旧武蔵国だし。
    • 「多摩狭山市」か、「南狭山市」か・・・
  2. 西武線の駅名は「青梅橋駅」のままだった。
    • 「青梅と紛らわしい」から改称したわけだから改称されるのは史実通りかと。

新島本村[編集 | ソースを編集]

  1. 東京都内に村を「そん」と読む自治体があると誤解されていた。
    • 「にいじまほんそん」と誤読されていた(正解は「にいじまほんむら」)。
      • 本村(ほんそん)地区があることもあり、誤読を嫌って「にいじまほんそん」に改称していた。
        • 改称していたら東京どころか東日本で唯一の村を「そん」と読む自治体になっていた。

神奈川[編集 | ソースを編集]

神奈川町→神奈川市[編集 | ソースを編集]

  • 神奈川町→横浜市
  1. 県名と県庁所在地名が一致していた。
  2. 横浜を編入し、横浜港開港当時の建前である横浜は神奈川の一部が実践されることになった。
  3. 現実の中区が横浜区になり、神奈川区が中区になっていた。

中川村→中川区[編集 | ソースを編集]

  1. 旧来の市街地として発展していた川和地区から反発があった。
    • それでもグリーンライン開通後は交通の要衝になるし区役所もあるので妥当かも。
  2. 名古屋市中川区と間違えられる事案がそれなりにある。
  3. それでも「センター北駅」「センター南駅」は改称されず。

川和町→川和区[編集 | ソースを編集]

  • 横浜市都筑区
  1. ブルーライン開通後ニュータウンとして発展してきた中川地区から反発があった。
    • もしかしたらブルーラインも川和を経由していたかもしれない。

二俣川村→二俣川区[編集 | ソースを編集]

  • 横浜市旭区(一部は保土ヶ谷区)
  1. 相鉄の交通の要衝であり免許センターもある二俣川の知名度がさらに上がっていた。
  2. 保土ヶ谷区に編入された部分も二俣川区になっていた。

日吉村→日吉区[編集 | ソースを編集]

  1. 実現するとしたらおそらく後者。
  2. 横浜と川崎の合併が成立すればありえそうな気がする。

町田村[編集 | ソースを編集]

  • 潮田町→横浜市
  1. そのまま町田区になる。
  2. 町田は神奈川というネタが成立しない。
  3. 鶴見市場駅は鶴見町田駅になっていた。

三崎町→三崎市[編集 | ソースを編集]

  1. 横須賀や逗子、葉山あたりでも今より「三浦」が使われていた。

関本村[編集 | ソースを編集]

  1. 市制施行まで関本の名が続いた場合、足柄高校は関本高校として開校していた。
  2. 広域地名ではないので昭和の大合併あたりで「足柄市」になっていたかも・・・
  3. 足柄のさほど南でもないとか言われることもなかっただろう。

土肥村→土肥町[編集 | ソースを編集]

  1. それでも神奈川か静岡なのかよく分からない。
    • なんとなくより静岡のイメージが強くなった気が・・・

与瀬町[編集 | ソースを編集]

  1. 相模湖の知名度がかなり下がっていた。
  2. 中央本線の駅名も「与瀬駅」のまま。
  3. 「与瀬に行くのはよせ」というダジャレが生まれる?

上溝町[編集 | ソースを編集]

  • 相模原市
  1. 上溝のまま市制施行し政令指定都市に。
  2. 相模原駅、小田急相模原駅も別の名前になっている。

鶴見村[編集 | ソースを編集]

  1. 神中鉄道の大和駅は深見駅あるいは相模鶴見駅として開業。
  2. 橘樹郡生見尾村は鶴見町にならず生見尾のまま町制施行し、生見尾区になる。
    • 「生麦区」だろう。
      • 生麦が東寺尾はともかく、鶴見を差し置いて町名を名乗るのは難しい。
  3. 鶴見駅は何で鶴見市にないのかと言われる。
  4. よその大和がそのままであれば、東大和市が「大和市」を名乗っていた。
    • その後、和光市が「大和市」から見て東にあることから「東大和市」を名乗っていた。

湘南村[編集 | ソースを編集]

  • 城山町→相模原市
  1. なんで山側なのに湘南というの?という指摘が相次いでいた。
  2. 湘南市構想の名前が違っていたかもしれない。

大船町→大船市[編集 | ソースを編集]

  1. 鎌倉色は史実より薄れ、逆に湘南色が強くなっていた。
    • 湘南市構想に参加していた。
  2. 中心街・市役所も大船駅の近くになる。
    • 戸塚が史実以上に「大船市戸塚」と呼ばれるようになる。
    • 戸塚〜大船間、大船〜藤沢間に新駅が出来ていた。
  3. 史実通り戦後間もなく合併した場合、何らかの陰謀論が流れていた。
    • 「GHQの戦後改革の中で古都鎌倉の名を残すのは不適切であり~」とか。
  4. アンサイクロペディアの大船市の記事が現実になる。
    • 逆に「鎌倉市」という誤解が増えていた。