もしあの年のプロ野球シーズンで○○だったら/セ・リーグ

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ここでは、優勝争いやプレーオフ・CS進出争いを除いた「もし」を扱います。新規投稿は年代順にお願いします。

1980年代以前[編集 | ソースを編集]

広島が1971年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • 根本陸夫監督4年目のこの年は6月に首位の巨人に3.0ゲーム差まで迫りましたが、後半戦は2位争いに終始し最後は3位の大洋とゲーム差無しの4位でシーズンを終えました。
  1. 翌1972年から1974年にかけての3年連続最下位は無かったかもしれない。
  2. 根本監督ももう少し指揮を執っていた。
    • 別当薫や森永勝也の監督就任は無かった。

巨人が1975年に最下位にならなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 当然、巨人は未だに最下位を経験していない事になる。
  2. 張本勲や加藤初を補強していなかった可能性がある。となると、1976・1977年の連覇はなかった?
    • もっとも、仮に5位だとしても13年ぶりのBクラスと言う事で同レベルの戦力補強は行われていたかも。
  3. 最下位になるのは史実5位の大洋だろう。

巨人が1979年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 1979年の巨人は江川事件の影響によるドラフト会議ボイコットやV9戦士の衰えなどが響き、4年ぶりのBクラス転落となってしまいました。
    もしこの影響が深刻化し最下位に転落していたら…?
  1. 長嶋茂雄はこの時点で監督を解任されていた。
    • 地獄の伊東キャンプも無く、1981年の優勝・日本一も無かったかもしれない。
    • 長嶋の後任は史実より早く藤田元司となっていた。
  2. 世間からは「江川を無理に獲得した報いだ」と批判されていた。
  3. ヤクルトは巨人と入れ替わって5位になるが、広岡達朗の監督辞任は史実通りな気がする。

阪神が1989年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 1989年、阪神は6月を境に順位が下降し8月には一時最下位転落の危機に見舞われたがなんとか3年連続の最下位は免れました。もしこの年最下位でシーズンを終えていたら?
  1. 村山監督は史実以上に無能扱いにされていた。
    • 成績によっては1996年の藤田監督と同様にシーズン終盤に解任されていた。監督代行はチーフコーチの河野旭輝が務めていたか。
  2. 史実通り2018年も最下位だった場合、平成のセ・リーグは阪神最下位で始まって阪神最下位で終わったことになっていた。
  3. ≒「もしセシル・フィルダーが活躍できなかったら」かもしれない。

1990・2000年代[編集 | ソースを編集]

横浜大洋ホエールズが1991年にあと1勝していたら[編集 | ソースを編集]

  • 1991年、横浜大洋ホエールズは64勝66敗の5位でした。つまりあと1勝でもしていれば5割だった事になりますが、もしそうなったら?
  1. 阪神タイガースは歴代初の借金丸抱え最下位となり、中村勝広監督はその時点で辞任していたかも。
    • おそらく92年の成績は史実より悪くなる。優勝争いはできずせいぜいAクラス止まりであり、史実より早く暗黒時代が到来していたかも。
    • 1998年のパ・リーグがまた別の意味で盛り上がっていた(5位の近鉄が66勝67敗2分けだった)。
  2. もしその1勝がジャイアンツからだった場合、ジャイアンツはホエールズと並んでちょうど5割となり4位タイ(当該カードの勝敗が14勝12敗となった関係で5位扱いされた可能性も)となる。その場合、藤田監督は史実より一年早く辞任していたかも。
    • 後任は史実通り長嶋茂雄か。

阪神が1993年・1994年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • 1992年、阪神は亀新フィーバーもあり久々に優勝争いに加わり惜しくも2位タイで優勝を逃してしまいました。翌1993年、1994年はその優勝争いの反動もあってか4位に転落しましたが、もしAクラスで終えていたら?

両年共通[編集 | ソースを編集]

  1. 1995年以降も少しはまともな成績を残していた。
    • 中村勝広も現実より長く監督を続けていた。
      • 藤田平(当時2軍監督)の昇格がなかったか遅れていた。
        • 藤田が監督就任しなければ新庄剛志の「野球のセンスがないと見切った」発言もなかった。
    • 阪神大震災発生後も「がんばろうKOBE」のオリックスとともに被災者を元気付けていたかも。
    • その分ヤクルトが低迷していた。
      • 野村監督の退任も早かったかもしれない。
        • 阪神野村監督就任もなかった?
    • 新庄・亀山・山田・関川・久慈などは史実よりも長く阪神に在籍していたかもしれない。
      • 場合によっては2003・2005年のリーグ優勝時にも在籍していた。
      • 関川・久慈は中日にトレードされていなかった。
        • 久慈は実際に2003・2005年のリーグ優勝時に在籍していたが、途中で移籍しなかった。
        • その場合矢野が阪神に移籍しなかった可能性もある。
          • 正捕手は関川か山田が務めていた。
      • 亀山は1995年の怪我もなく20代の若さで引退しなかった。
        • 「1992年だけの一発屋」扱いされなかった。
    • あるいはその反動で、1995年以降の成績が歴史実際より悪かった可能性もある。
      • 下手すれば、1995年~2001年は7年連続最下位に終わっていた可能性も…
  2. 2003年までに1度か2度リーグ優勝を経験していたかもしれない。
    • 可能性があったのは史実で野村監督効果で首位浮上した1999年辺りかも。
  3. 90年代の阪神が「暗黒時代」や「ダメ虎」と呼ばれることもなかったかも。
  4. 縦縞の帽子やグレーに縦縞のビジターユニフォームがもう少し長く使われたかも。

1993年[編集 | ソースを編集]

  1. 松永浩美が前評判どおりの活躍をしていた。
    • 「野田・松永のトレードもなんのその」と言われていた。
    • 「甲子園は幼稚園の砂場」という迷言捏造もない。
    • FA移籍第1号は松永ではなかった。
    • 背番号「02」はその後も使われていた。
      • 「01」というのも出てきたかもしれない。
        • 「03」から「09」をつける選手が現れた可能性もありえる。
    • ≒松永が開幕シリーズでの肉離れによる離脱しなかったらである。
  2. 仲田幸司は一発屋に終わらなかったかも。
  3. 1992年と同様にヤクルトと優勝争いしていた。
    • 最低でも巨人か中日と3位争いしていたかも。
  4. 史実通りオマリーが首位打者になったとして、史実以上の打率を記録した。
  5. 「PKO問題」という言葉が阪神ファンの間で現実以上に流行語になっていた。

1994年[編集 | ソースを編集]

  1. 新外国人ディアーが現実以上に活躍していた。
    • 翌年以降も在籍していて、グレンやクールボーを獲得しなかった。
    • オマリーも残留していた。
      • ヤクルトに移籍し、阪神戦で打ちまくることもなかった。
  2. FA移籍してきた石嶺和彦も本領発揮が出来ていた。
  3. そもそも8月の対巨人3連戦に勝ち越してそれ以降も首位争いに加わっていた。
  4. もしかしたら「10.8決戦」は巨人VS阪神あるいは中日VS阪神になっていたかも。
    • もし阪神が優勝していたら、「2年前の雪辱を果たした」と言われるようになっていた。
      • 同年は関西国際空港の開港もあり、まさに「関西の年」になっていた。
    • 「10.8」の直前まで恐らく阪神・中日・巨人の3つ巴の戦いになっていた。

ヤクルトが1994年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 1994年、ヤクルトは2年連続リーグ制覇から一転して投手陣の不調・故障離脱が相次いだこともあり低迷し、「10.8決戦」の翌日に同率で並んだ横浜と最終戦で直接対戦しヤクルトの勝利で横浜の最下位とヤクルトの同率4位が決定しましたが、もしこの年最下位でシーズンを終えていたら?
  1. 野村克也は監督は辞任していた。
    • 若松勉の監督就任が早まった。
    • もしかしたら関根潤三が復帰したかも。
    • のちに阪神や楽天の監督に就任することもなかった。
  2. 翌1995年のリーグ優勝・日本一はなかった。
    • リーグ優勝は広島か巨人になっていた。
  3. 入れ替わりに阪神がAクラス入りすることが多くなるかも。
  4. いずれにしても広沢克己とハウエルは巨人に移籍していた。
  5. この年デビューした、つば九郎が(現実以上に)疫病神扱いされていた。

中日が1995年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

いわゆる10.8決戦の翌年である1995年の中日は当然ながら優勝候補と呼ばれましたが、4月後半から黒星を重ね6月に高木守道監督が休養、さらに7月には監督代行であった徳武ヘッドコーチまで交代と最悪の状態で結果的に首位ヤクルトと32ゲーム差の5位に終わりましたが、もし最下位に転落していたら?

  1. 後任は史実通り星野仙一。
  2. 史実最下位の阪神は5位となり第二次暗黒時代突入は遅れ……なかったかどうかは不明。
  3. 4年間の高木守道政権は最下位で始まり最下位で終わった事になる。
    • その場合、2012年からの再任があったかどうか。
  4. 翌年以降が史実通り(2位→最下位→2位→優勝)の場合、2010年代のヤクルトよりかなり先にジェットコースター球団と言われる。
  5. ドラクエが疫病神扱いされたりして(この年VI発売、前作のV発売が最下位だった1992年)?

横浜が1996年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の横浜は4月を15勝6敗の首位で負える快進撃を見せましたが、5月以降は失速し最後は優勝した巨人から22ゲーム差・最下位の阪神から僅か1ゲーム差の5位でシーズンを終えました。
    もしこの年、最下位でシーズンを終えていたら…?
  1. 大矢明彦監督は…この年が就任1年目なので即進退問題には発展しないだろう。
    • 但し翌年以降の成績は史実より良くならず、1998年のリーグ優勝・日本一も無かったかもしれない。
    • 権藤博の監督就任も無かった?
  2. 阪神(史実最下位)は…藤田平監督の休養発表は9月だったので、後任は吉田義男というのはおそらく変わらない気がする。

巨人が1997年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 1996年、巨人は広島と最大11.5ゲーム差をつけられながらも逆転優勝を収め、「メークドラマ」なる言葉まで生まれましたが、翌1997年はその反動か低迷し、一時は最下位かというところまで行きましたが、もしこの年最下位でシーズンを終えていたら?
  1. 球団として22年ぶりの最下位となり、長嶋監督(当時)はおそらく辞任。
    • よって2000年の日本シリーズはON対決にはならなかった。
    • 長嶋氏の終身名誉監督もない。
    • 後任は誰に?
      • 翌年にも長嶋監督の辞任騒動があった際に森祇晶の名前が挙がっていたことを考えたら、森の可能性が高かったかと(ただし、ファンの猛反対で頓挫していたかもしれないが)。
      • 堀内が史実より早く就任していた、あるいは原がコーチを経験せずに監督に就任していた可能性も。
  2. 巨人人気低迷が現実以上に進んだ。
    • W杯初出場決定も重なり、サッカーに流れるファンも多数出ていた。
    • プロ野球人気そのものが低迷していた。
      • 日本テレビは巨人戦の中継を史実より早くやめていた可能性がある。
    • 現実の5位に終わった2005年みたいになる。
  3. 「負けドラマ」が大流行していた可能性も。
  4. この年移籍した清原に対する風当たりも、現実以上に強かった。
    • 最悪自由契約にされた。
      • その場合阪神あたりが清原を拾っていたりして。
    • 流石に移籍1年目で即自由契約と言うのはあり得ない気がするが…。
  5. 中日は翌1998年に優勝できていたかも。
    • 横浜は1960年以来優勝できないままだった。
  6. ナベ○ネは大激怒。ジャイアンツどころか読売グループまで現実以上の人事再編をしていた。
    • ジャイアンツだけでも、選手コーチ合わせて最大20人は解雇した可能性も。
  7. 1975年の最下位が引き合いに出される。
    • 当時の監督も長嶋氏だった為尚更。
    • ここまで長嶋氏が神格化されることも無かった。
  8. この年の阪神はAクラス入りしていた可能性もある。
    • 暗黒時代も早く終わっていた。
      • 現実よりマシな成績で、1999年あたりで(本当に)優勝争いしたかも。

阪神が1997年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の阪神は5月に新外国人グリーンウェルの活躍のなどで前半戦終了までのほとんどを3位で過ごしましたが、後半戦に失速してしまい最終的に5位で終わりました。

もし前半戦の勢いが続いていたら?

  1. =もしグリーンウェルが怪我をせずその後も活躍出来ていたらである。
  2. この年オフに中日から大豊泰昭を獲得しなかったかも。
    • そうなれば矢野輝弘も移籍して来ないので、その後の阪神の球団史が大きく変わる。
    • アロンゾ・パウエルも移籍して来なかった。
  3. 桧山進次郎が清原和博と三振王争いしなかった。
  4. もし同じくAクラス入りしたのが史実1・2位のヤクルトと横浜の場合、「前年のAクラスBクラスがそっくり入れ替わる順位」が17年早く実現していた。
  5. 翌1998年以降もまともな成績を残せていた。
    • 野村克也と星野仙一が監督就任したか怪しい。
    • 翌1998年のエイプリルフールの優勝会見が、普通に優勝前祝いとして盛り上がれた。
      • もし1998年が僅差の2位だった場合、のちに「元祖Vやねん!」とネタにされる。
    • この年の勢いが続いていれば、1998年か1999年に優勝出来ていたかも。
      • もしそうなれば、1998年当時の吉田義男監督は1985年の日本一を経験したこともあり、現実以上に阪神のレジェンドになっていた。
  6. それでも翌年の開幕戦は甲子園球場で開催出来なかった。
    • 同じ関西のオリックスブルーウェーブと近鉄も史実通りAクラスだとグリーンスタジアム神戸と大阪ドームが使えないので、倉敷マスカットスタジアムを使っていた。
      • あるいはホーム開幕権返上でビジターゲームになっていた。
  7. 一方でこの年の巨人は最下位に転落していた。
  8. その後が史実通りの場合、広島の連続Bクラスが一年早く始まった事になる。

阪神が1999年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の阪神は6月上旬まで好調で、6月9日には中日と同率ながら1992年以来2209日ぶりの首位に立つなど期待されていましたが、投手陣のコマ不足や一部の主力選手と野村監督との確執の表面化などで6月中旬以降は急失速してしまい、最終成績は2年連続の最下位となってしまいました。
    もしこの年、阪神がAクラスでシーズンを終えていたら…?
  1. 2000年・2001年も少しはまともな成績を残していた。
    • 阪神の暗黒時代も史実より早く終わっていた。
    • 野村克也の監督在任中に優勝出来た。
      • それでも野村監督の退任は史実通り。
      • 野村監督の阪神時代が黒歴史扱いされることもなかった。
    • その分横浜と広島が低迷していた。
      • 権藤監督の退任が早まっていたかもしれない。
  2. 新庄・坪井・山田・大豊などは史実よりも長く阪神に在籍していたかもしれない。
    • 場合によっては2003年および2005年のリーグ優勝時にも在籍していた。
    • ダレル・メイも野村監督と対立せず、阪神に残留していた。
    • 赤星憲広と藤本敦士以外の「F1セブン」のメンバーも現実以上に阪神で活躍できていたかも。
    • ジョンソンは…後半戦の大豊の活躍が史実通りなら退団していたか。
  3. 史実通り阪神2軍がウエスタン優勝・ファーム日本一になったとしても、「いっそのこと1軍と2軍を入れ替えよう」と言われることはなかった。
  4. 同年のオールスターゲームに阪神の選手がもっと選ばれていた。
    • 甲子園球場での第2戦がもっと盛り上がっていた。
  5. 「明日も勝つ!」発言はネタにされない?

広島が2001年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の広島は68勝65敗7分で5年ぶりに勝ち越し、勝率は3位でしたがこの年のプロ野球は勝率ではなく勝利数で順位を決定していたため、69勝の横浜を上回れず4位でシーズンを終えました。
  1. 2000年代の広島の成績が史実より良くなっていた。
    • おそらくマツダスタジアムへの移転までにもう一回ぐらいAクラスを経験していた。
    • 黒田博樹は史実より数年早くメジャーへ移籍していた?
  2. 菊地原毅の78試合登板が問題になっていたかもしれない。

阪神が2003年に100勝以上していたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の阪神は最終的には87勝51敗でしたが、8月頭まで3連敗無し、オールスター前には勝率7割台も記録と、一時は100勝を超えるのではないかと言われていました。
  1. 大独走を許した他球団(特にこの年阪神戦6勝22敗に終わった横浜)の嘆きは、史実以上となっていた。
    • 阪神日本一なら、「パリーグ弱体化の象徴」にまでなっていたかもしれない。
      • 1993年から2002年までの10年間、パリーグチームの日本一が2回しかなかったため、既にパリーグの弱体化が噂されていたため。
      • 史実通りホークスが出場しても、5戦目までに阪神日本一が決まっていたかもしれない。
      • ただ2010年代と言うか2004年以降の結果が史実通りの場合、この時の反動と言われそう。
  2. 史実では唯一負け越した中日にも、勝ち越せていた可能性がある。
  3. 翌年以降ももっといい成績を残せていたかもしれない。
    • 逆に巨人は2005年最下位に転落していたかも。
    • それでも星野仙一監督の退任は現実通りだろう。
      • 星野監督の後任がどんでんだったのも史実通り。
  4. その後、阪神が日本シリーズでの敵地連敗に陥ることもなかった。
    • 2005年・2014年両年とも、最悪でも敵地で1勝はできていた。
      • 2005年の「33-4」もなかった。
  5. 「≒もし8月の長期ロードで負け越さなかったら」とも言える。
    • リーグ優勝決定も早くて8月末のロード明けすぐか、遅くとも9月初めにセ・リーグ最速を更新していた。

巨人が2003年Bクラスになっていたら[編集 | ソースを編集]

  • 前年度日本一となった巨人ですがこの年は松井秀喜のメジャー挑戦もあり阪神に15.5ゲーム差を付けられてヤクルトとの同率3位となりましたが、もしBクラスになっていたら?
  1. 1990→1991年(ぶっちぎりリーグ優勝→Bクラス転落)と同じだと言われる。
  2. 原監督が辞任してもそれほど騒がれない?
    • ただし史実とほぼ同じ星(71勝66敗3分け)の場合は?
  3. もし広島より下(史実では4.5ゲーム差)だとしたら相当に騒がれる。
    • 横浜は史実以上にネタにされそう。最悪借金独占まであった(史実の2003年広島の借金は4)かも。

横浜が2004年に最下位を回避していたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の横浜は8月以降、広島との5位争いが続き、ヤクルトとの最終戦に勝っていたら5位でシーズンを終えていましたが、2-3で敗れ3年連続の最下位となってしまいました。
    もし最終戦で勝ち、最下位を回避していたら…?
  1. 横浜の翌年以降の成績が史実より良くなっていた。
    • もしかしたら山下大輔はもう1年か2年ぐらい監督を続投していたかも?
      • 翌年以降が史実通りならば2005年は留任、2006年に最下位の責任を取って退任となったか留任して2007年も続け2008年に退任となるか。
        • この場合牛島和彦の監督就任は無かった。場合によっては大矢明彦の復帰すら無かったかも?
  2. 史実5位の広島は最下位でシーズンを終え、山本浩二監督は責任を取ってこの年限りで監督を退任していた。
    • 翌年も史実通り広島が最下位の場合、2008年以降も横浜ではなく広島が連続最下位になっていた?

巨人が2005年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 2005年、巨人は開幕から4連敗し6月2日まで最下位でその後もチームは不調でしたがなんとか5位でシーズンを終えました。もしこの年最下位でシーズンを終えていたら?
  1. 巨人が30年ぶりに最下位を経験し、大きなニュースになっていた。
    • 平成以降のセ・リーグ全球団が最下位を経験したことになる。
      • さらに史実通り2016年に中日が最下位に転落していた場合、21世紀に入って12球団で最下位を経験してない球団は2018年現在西武のみとなっていた。
        • そして2021年史実通り西武が最下位になった場合、広島(2022年現在この2005年が最後の最下位、その前が1993年)が12球団一最下位から遠いとしてひそかにもてはやされたりして?
    • 『モリモリッ!ばんちょー!!キヨハラくん』内でネタで描かれていたカイアンツ(巨人)対楽ちん(楽天)の逆日本シリーズがシャレにならなくなっていた。
    • さらにこの年優勝したのは阪神なので阪神ファンから「ざまあ」と罵られていた。
      • というかアンチ巨人全てからも同じことを言われていた。
  2. 堀内は史実以上に無能監督扱いされていた。
    • 参議院議員になれなかったかもしれない。
  3. 清原だけでなく桑田もこの年限りで退団していた可能性も。
    • メジャーに行けず、引退していたかもしれない。
  4. 史実で最下位だった広島は5位でシーズンを終えるも、山本浩二監督は結局この年限りで退任。
    • ただ、2012年以前にAクラス入りできていた可能性も。
  5. 翌年以降の巨人の成績が現実よりも低迷していた可能性もある。
    • 2007年のリーグ優勝は中日(史実2位)になっていた。

巨人が2006年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

前年度の成績を受け堀内監督は辞任、原辰徳監督が復帰する事となりました。しかし結果は開幕ダッシュにこそ成功したものの6月勝率2割台、交流戦11位など一時期は最下位に転落し優勝した中日と23ゲーム差、最下位の横浜と6.5ゲーム差の4位で終わりました。もし最下位に転落していたら?

  1. さすがに復帰して1年で見切られる事はないと思うが、原監督の存在が小さくなっていた事は間違いない。
    • 史実より先に退任していた気がする。
    • おそらく2019年からの監督復帰はない。
      • 高橋由伸の後任は誰になる?桑田真澄か、元木大介か、それとも中畑清?
  2. 少なくとも2年連続80敗(史実では79敗)は確実にしている。
    • この年の広島と2017年の中日がネタにされたりして(史実ではどっちも前年度80敗越えの最下位→79敗。なお横浜、阪神、ヤクルトは2年連続80敗を経験している)?
  3. 巨人は翌年から史実通り3連覇できただろうか。
    • 中日や阪神の優勝回数が増えていた可能性大。
  4. 史実最下位の横浜は5位になる。この場合、牛島監督は留任していた可能性が高い。
    • 翌年が史実通りならば少なくとも2008年までは監督を続けていただろう。ただしその後は結局……。

ヤクルトが2007年に最下位を回避していたら[編集 | ソースを編集]

古田敦也選手兼任監督2年目のこの年は投手陣らに怪我人が続出し、最終順位は5位の広島と1ゲーム差の最下位に終わってしまいました。もし最下位を回避していたら…?

  1. 古田監督はもう数年指揮を執っていた。
    • ただし翌年の成績が史実通り5位なら成績低迷の責任を取って辞任していた。
    • もしかしたら高田繁の監督就任は無かったかもしれない。
  2. 史実5位の広島は最下位に転落。
    • ブラウン監督はもしかしたらこの時点で監督を辞任していたかも…?

2010年代以降[編集 | ソースを編集]

ヤクルトが2010年Aクラス入りをしていたら[編集 | ソースを編集]

2010年のヤクルトは前半不振で高田繁監督が休養、小川淳一ヘッドコーチが指揮を執りいわゆる「メークミルミル」で借金を完済しましたが結局4位に終わりました。

  1. この年は優勝した中日、2位の阪神、3位の巨人までの差が1ゲームしかなかったので、どこが落ちていたか不明。
  2. 万が一優勝した場合、史実より12年早く巨人以外のセ・リーグ全チームが寅年に優勝した事になる。
  3. 翌年、普通に優勝していたかも。

阪神が2012年Aクラス入りをしていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 金本はあと1・2年現役を続行できていたかもしれない。
    • 城島や桧山の引退も遅れていた。
    • ブラゼルは帰国しなかったし、平野もオリックスに復帰しなかった。
  2. どっちみち藤川球児は渡米したかも?
    • というのも井川が渡米した頃から密かに目指していた。
  3. 西岡や福留の獲得もなかったかも。
    • あるいはどちらかだけ入団していたかも。
      • 西岡が入団した場合、城島や平野恵一も「グラティ」をしていたかも。
        • 金本は一緒にやらないと思われる。(実際テレビ出演時に語っていたので)
        • ブラゼルは「ブラダンス」があるのでそれを続けるかも。(史実のロッテ時代も続けていた)
    • 西岡の獲得がなければ「2014年の日本シリーズにおける西岡の守備妨害で阪神が敗退」という思わぬ事態は起きなかった。
  4. 和田豊の監督在任中に優勝出来た。
    • もしかしたら史実でCS優勝だった2014年にリーグ優勝出来ていたかも。

広島が2012年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • この年の広島は前半戦を3位で折り返し8月に勝率5割をキープしましたが、9月に8連敗で大きく負け越し4位に終わってしまいました。
  1. 史実より1年早い15年ぶりのAクラスで盛り上がった。
  2. カープ女子の増加・ブレイクや91年以来の優勝が早まった。
    • 野村謙二郎の監督在任中に優勝出来た。
  3. CSで中日には勝ち越せても巨人には勝てなかったかも。

中日が2013年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 高木守道監督(当時)が2度目の辞任をすることはなかった。
    • ということで、谷繁元信捕手がプレイングマネージャーになることもなかった。
    • 高木監督は2013年のシーズン当初から「今年限り」と宣言していたから基本的にそれはない。ただしフロントまで責任を追及されず、後任監督は旧フロントの意向から山崎武司あたりになっていた可能性もある。
      • 高木監督の辞任が現実味を帯びてきたあたりでの動きを考えると、おそらく史実よりかなり早く立浪和義が監督に就任していた。
    • 当然旧幹部(ガッツポ坂井など)は粛清されなかったので、落合博満がGMとして中日に復帰するのは言わずもがな。
  2. (史実でAクラス入りした)広島は、16年連続Bクラスということになっていた。
    • おそらく野村監督はこの年限りで解任されていた。
    • そして、カープファンからは高橋慶彦の監督就任を熱望する声が史実以上に高まっていた。まあ、フロントは絶対に呼ばないだろうが。
      • 後任は史実通り緒方孝市か?
  3. CSは第1ステージで阪神に勝てたかもしれないが第2ステージの突破はまず無かっただろう。
  4. 翌年以降の連続Bクラスもなかった?
    • というか2010年代の暗黒期の成績が史実より良くなっていた。

2013年にDeNAがAクラス入りしていたら[編集 | ソースを編集]

8月終了時点で3位カープと3.5ゲーム差だったDeNA。もしAクラス入りしていたら?

  1. 横浜の町は盛り上がる。
  2. 中畑監督はますます持ち上げられる。
  3. そもそも交流戦の成績がまともなら(史実は7勝17敗で最下位)可能性はあった。
    • 逆に交流戦の成績が史実通りならばそれはそれで凄いのだが。
  4. CSの相手はおそらく阪神。
    • 史実の3年後と同じく阪神を破りファイナルステージまで進む事はできるかもしれないが、おそらくはそこまでだろう。
  5. アレックス・ラミレスのこの年限りでの引退は変わらない。ただ、BCリーグやオリックスに所属せずDeNAのスタッフとしてチームに残り、そこから監督就任したかも。
  6. ↑と同じく、広島は16年連続Bクラスと言う事になる。
    • 史実とは逆にDeNAが先に暗黒時代を抜け出した扱いになるかもしれない。
  7. トニ・ブランコをトレードで出した中日ファンの無念は史実以上だった。
    • ましてやその後が史実通りになろうもんなら…………。

2014年の横浜DeNAの3月・4月の勝率が良かったら[編集 | ソースを編集]

  • 2014年の横浜DeNAの5月以降の勝率を見れば、セ・リーグ首位だったのに5位で終わってしまったのは、中畑監督が休養を考えるほど3月・4月の勝率が酷かったことが原因でした(勝率.280)。もし、3月・4月の勝率が良かったら?
  1. 間違いなく、勝率は5割を超えるが3位で終わりそう。
    • 1位:巨人、2位:阪神、3位:横浜DeNAになっていた。
      • 阪神と広島のゲーム差(0.5)を思うと阪神がBクラスに落ちていた可能性は低くない。
    • 当然ながらCS初出場も2年早まっていた。
      • そして1998年以来の日本シリーズ出場も早まった。
  2. ユリエスキ・グリエルを獲得しなかったかもしれない。

2015年の交流戦で大敗しなかったら[編集 | ソースを編集]

  • 交流戦での負けが込んで、「セ界恐慌」なる単語まで生まれたこの年のセですが、この時の黒星が史実よりもある程度少なかったら?
  1. 全球団が勝率5割を切ることはなかったが、一方でAクラスとBクラスの差が史実以上に広がっていた可能性も否定できない。
  2. DeNAは最後までAクラスに留まることができたかもしれない。
    • 後半戦で負けが込んだとしても、ギリギリ3位に踏みとどまれていた。
  3. どのチームが優勝しようとも、日本シリーズではソフトバンクにもう少し善戦できていた。
  4. 関西ダービーことオリックス対阪神での「二・二六事件」もなかった。
  5. 史実ではこの年交流戦勝ち越しを決めたセリーグの球団は阪神だけだったが、この場合勝率5割で終えた広島も勝ち越せていた。
  6. 最終的なセ・リーグの成績も、あそこまで団子レースにならなかったかもしれない。
    • それでもヤクルト・巨人・阪神or広島の三つ巴の優勝争いには変わらないかもしれない。

中日が2015年を最下位で終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • 史実でも8月まで最下位、9月以降のDeNAの自滅により5位で終わる事ができましたが……。
  1. 谷繁元信兼任監督はこの年限りで引退・退任していた?
    • 退任していた場合、後任が森繫和監督でなかった可能性がある。史実より早く与田監督になっていた?
    • 退任していない場合、結局翌年史実通りになりそう。
  2. 史実最下位のDeNAは3年連続5位となるが、結局中畑監督の退任・ラミレス監督の就任は史実通りだろう。
  3. 1〜4位が史実通りなら、団子レースと最終順位から、現実以上に「1992年にそっくりなシーズン展開だった」と同年と比較されていた。
    • そして2021年が史実通りならまたそう言われそう。

中日が2016年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 谷繁元信がこの年に休養をすることはなかった。
    • それでも翌年は史実通り低迷して休養に追い込まれた可能性が高い。
  2. DeNAのCS進出が1年遅れたか、それとも巨人が落ちていたかは不明。
  3. その後の成績が史実通りとなり2022年に最下位になった場合、25年ぶりの最下位と言う事になった。

ヤクルトが2016年・2017年にケガ人が続出しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 2016年・2017年はAクラスに入っていた。
    • 真中監督が辞任することはなかった。
    • よって2018年に史実通り2位になったとしてもあまり驚かれない。
  2. 2017年、石川雅規が11連敗をすることはなかった。
  3. ヤクルトの1軍のスタメンを見た人が「これ2軍じゃないの?」と思われることはなかった。

巨人が2017年をAクラスで終えていたら[編集 | ソースを編集]

  • 2017年の巨人は5月に13連敗しなければ、Aクラスに入っていました。
  1. 広島にやられまくっていたので、2位で終わっていた。
    • 史実通り、30億円かけ補強したのに優勝できなかったことで批判されていた。
  2. 横浜DeNAは4位で終わっていた。
  3. それでもCSを勝ち上がれたとは思えないが……せいぜいファーストステージの阪神を破るまでだろう。

横浜DeNAが2018年に最下位に転落していたら[編集 | ソースを編集]

  • 2018年の横浜DeNAは4月に8連勝して首位になりましたが、7月・8月の大失速で最下位に転落した後、9月に巻き返し、4位で終わりました。もし、9月に巻き返すことができず、最下位で終わっていたら?
  1. ラミレス監督が辞任していた。
    • もしかしたら、新監督は佐々木主浩になっていたかもしれない。
  2. 「FOR REAL」の内容が史実より暗い内容になっていた。
  3. 史実通り、「東克樹以外の先発投手が酷い。」と批判されていた。
  4. 中日と阪神はそれぞれ森繁和と金本知憲が監督続投していた。
  5. 平成のセ・リーグは横浜大洋の最下位で始まって横浜DeNAの最下位で終わったことになっていた。

巨人が2018年にBクラスになっていたら[編集 | ソースを編集]

  • 2018年の巨人は最後の最後までAクラスを争い、最終戦でAクラス入りを決めました。ではBクラスになっていたら?
  1. 巨人は12年ぶりの連続Bクラスとなり、史実以上に高橋監督は批判されていた。
    • 翌年の成績が史実通りだった場合、原監督はますます名を上げていた。
    • ただし2022・2023年が史実通りの結果になった場合批判は沈静化した。
  2. CSで史実4位のDeNAがヤクルトに勝った場合、3年連続でファイナルステージが同じカード・同じ場所となった。

中日が2020年にBクラスになっていたら[編集 | ソースを編集]

  • 史実では8年ぶりにAクラス入りしました。
  1. 与田監督はこのシーズンで退任していた?
    • Bクラスでも4位ならば留任していただろうか。
    • 後任は史実通り立浪和義?
  2. その後が史実通りの場合中日は10年連続Bクラスと言う事になり、暗黒時代の阪神横浜の記録と並んだ事によりファンの悲愴感は一層増した。
  3. 史実4位のDeNAがAクラス入りした場合、ラミレス監督は留任していた可能性大。
    • 翌年史実通り最下位になった場合は普通に退任、やはり史実通り三浦大輔に交代。少なくとも4位以下ならば退任したと思う。

2022年にあの球団が最下位になっていたら[編集 | ソースを編集]

史実では3位の阪神から最下位の中日まで3ゲーム差でした。

阪神
  1. 「予祝」は史実以上にネタにされる。
    • 「ちょっと時間大丈夫ですか?」や「虎メダル」もネタにされていた。
  2. 湯浅京己が史実通り新人王を逃した場合、阪神ファンの悲愴感は最大限になっていた。
  3. これで翌年のリーグ優勝・日本一が史実通りなら矢野監督は無能扱いされていたかも…。
巨人
  1. 47年ぶりの最下位と言う事になり、史実通りヤクルトが優勝した場合巨人にとって寅年は鬼門であると言われるようになる。
    • 最下位から最も遠いチームは広島と言う事になる。
  2. 大勢(翁田大勢)は新人王を取れたか?
  3. 当然、原監督は辞任。
    • 後任は一体誰になるやら。スタッフからは選ばれなさそう。
      • 外様だがソフトバンク時代の実績を買って工藤公康という線もある。
広島
  1. 17年ぶりの最下位と言う事になる。
  2. 佐々岡監督の辞任、新井監督の就任は史実通りか。

2023年にヤクルトが最下位になっていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 史上最大の下剋上ならぬ史上最大の大転落と言われる。
  2. それでも実績からして高津監督の辞任の可能性は薄い。
  3. 中日は5位にはなるが、それでも立浪監督以下ネタにされまくるのは変わらない。
    • むしろ「9年間で6度目の5位」としてネタにされそう。