もしあの年の高校野球で○○だったら/2000年代前半

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2000年[編集 | ソースを編集]

2000年春[編集 | ソースを編集]

敦賀気比の出場辞退がなかったら

史実では、仲澤(中日-ソフトバンク)が無免許・飲酒運転して出場辞退しますが。仲澤は退部しました。

  1. 不祥事自体がなくて、仲澤も健在なら、エース内海(巨人)と共に活躍して優勝か。悪くてもベスト4かと。
  2. ちなみに、夏も同様かと。
  3. 仲澤不在なら、逆に良くてベスト4、抽選(対戦相手)によっては初戦敗退も。
  4. その年のドラフトでは内海にオリックス以外からも複数の球団が1位指名するも史実通り入団拒否し東京ガスへ。
  5. いずれにせよ、2015年春よりも前に優勝できていた可能性はある。

2000年夏[編集 | ソースを編集]

智弁和歌山が準々決勝で敗れていたら
  1. 智弁和歌山の100本安打の最多記録達成はなかった。
    • 2008年の大阪桐蔭の99安打が最多記録だった。
  2. 智弁和歌山の低迷が少し早まっていた。
  3. ジョックロックはあまり有名にならなかった。
  4. 柳川はベスト8の壁を破っていた。
  5. 優勝したのは柳川か光星学院だった。
優勝校が違っていたら
  • 東海大浦安
  1. 東京ディズニーランドで東海大浦安の甲子園優勝に関するイベントがあった。
  • 光星学院
  1. 東北勢初優勝、さらに引き分け再試合の三沢以来の青森県勢の決勝進出となって青森は大盛り上がり。
  2. この年に深紅の大優勝旗が白河の関を越え、その後2004年まで大優勝旗の行方は「津軽海峡越え」と言われるようになっていた。
  3. 青森は光星学院の1強となり、青森山田は史実ほど強豪にならなかったかもしれない。
  • 柳川
  1. 香月投手は高卒でプロ入りしていた。
    • この世代(1982年度生まれ)のプロ野球選手は「香月世代」と呼ばれていた。
  2. 00年代は福岡は柳川が盟主だった。

2001年[編集 | ソースを編集]

2001年春[編集 | ソースを編集]

宜野座が初戦で敗退していたら
  1. 21世紀枠がこの年限りで廃止されていたかもしれない。
  2. 21世紀枠が存続すれば、21世紀枠の初勝利は2005年の一迫商、初のベスト8以上進出は2009年の利府だった。

2001年夏[編集 | ソースを編集]

優勝校が違っていたら
  • 近江
  1. 近畿地区は6県全て優勝達成。
  2. 近畿最後の県勢初優勝で滋賀は大盛り上がり。
  • 横浜
  1. 「春夏連覇したらその後優勝できない」ジンクスが5年早く破られてた。
  • 松山商
  1. 大正・昭和・平成に続いて、21世紀でも優勝していた。
出場校が違っていたら
  • 聖光学院→日大東北
    • 福島大会の決勝戦で日大東北は延長11回表に4点取り勝ち越すもその裏聖光学院に5点を取られまさかのサヨナラ負けを喫し甲子園出場を逃しました。
  1. 日大東北は2003年まで3年連続で甲子園出場を果たしており、その後も幾度か甲子園に出場していた。
    • 2014年の夏も出場していただろう。9回に4点差を追いつかれて延長戦でサヨナラ負けするようなことは無かった。
  2. 聖光学院は2004年に甲子園初出場を果たしていた。
  3. 20007年以降聖光学院が福島代表を独占するようなことは無かった。
  • 上宮太子→大阪桐蔭
    • 後にプロ入りする中村剛也や西岡剛らを擁し史上最強打線と謳われ優勝候補の一つに挙げられていましたが、大阪大会の決勝で上宮太子に延長11回の熱戦の末敗れました。
  1. さすがに上宮太子が初戦で対戦した常総学院には勝てなかったかも。ただ大敗するようなことはなかったか。
  2. 2000年代の甲子園戦績も史実以上によかった。
    • 2005年夏は優勝していた。
  3. 西谷監督はこの大会で監督として甲子園デビューを果たしていた。
  4. 上宮太子は未だに夏の甲子園に出場出来ていない。

2002年[編集 | ソースを編集]

2002年春[編集 | ソースを編集]

優勝校が違っていたら
  • 鳴門工業
  1. 統合して鳴門渦潮になることもなかったかもしれない。
  2. 平成唯一の徳島県勢優勝となっていた。
  3. 夏も四国のみの準決勝になっていたかも。

2002年夏[編集 | ソースを編集]

明徳義塾が優勝していなかったら
  1. 未だに松井の5打席連続敬遠や横浜高校に大逆転負けなど、悪いイメージを払拭できないままでいた。
  2. 2005年以降に訪れる低迷期が史実よりも早くかつ長期化してたかもしれない。
  3. 優勝していたのは準優勝の智辯和歌山か3回戦で接戦を演じた常総学院だった。
    • 常総学院が優勝していたら、翌年も優勝し連覇を達成していた。

2003年[編集 | ソースを編集]

2003年春[編集 | ソースを編集]

花咲徳栄対東洋大姫路戦の引き分け再試合が引き分けで終わっていたら

史実では延長10回に暴投で東洋大姫路がサヨナラ勝ちしている。

  1. 引き分けの規定が15回から12回に短縮されていた。
    • あるいはこのころからタイブレークが導入されていた。
      • もし導入されていたら、2006年の決勝が球史に残る激闘になることもなかった。
出場校が違っていたら
  • 近大付→南部
    • 前年の秋季近畿大会で大阪勢は全て初戦敗退し大阪勢選出ゼロになるかと思われていましが、「中堅返しのできる粘り強い打線を持つ」という理由で近畿大会で1勝していた南部(和歌山1位)を抑えて大阪1位の近大付が選出されました。
  1. センター返し枠という蔑称は生まれなかった。
    • センバツには大阪枠があるという根拠のない噂が広まることもなかった。
  2. 南部はその後も甲子園に幾度か出場していたかもしれない。
  3. どちらにしろ初戦で遊学館に敗れていた。
  • 福井→福井商
    • 前年の秋季北信越大会で1勝ながら、優勝した遊学館と互角に戦ったことや県大会の直接対決で勝っていたことに藤井投手の好投もあり、準優勝した福井商を抑えて選出されました。
  1. 選考に対して疑問の声が上がることはなかった。
  2. 夏の福井代表は福井だったかも(史実では福井商)。
    • ただ史実通りの組み合わせだったら初戦は突破しても2回戦のPL学園には勝てなかっただろう。
  3. それでも藤井投手のプロ入り後の成績は史実通りだった。

2003年夏[編集 | ソースを編集]

倉敷工対駒大苫小牧戦がノーゲームにならかったら
  1. 2003~05年まで駒大苫小牧は3連覇し、06年は4連覇をかけて決勝に臨んだ。
    • あるいは倉敷工業に普通に勝ったので、悔しがる事もなくその後の強豪化はなかった。
    • 2007年世代までは普通に強豪になってたと思う。
    • 2003年の優勝はないでしょ。よくてベスト8だっただろう。
  2. いずれにせよ、北海道勢夏50勝目は駒大苫小牧が取るものの、1年早く到達していた。
東北が優勝していたら
  1. 悲願の白河の関越え。
    • 仙台市は大盛り上がり。
    • 2004年夏の駒大苫小牧優勝の時には「白河の関に続いて津軽海峡越え」と言われていた。
    • 2022年夏に仙台育英が優勝してもあそこまで盛り上がることは無かった。
  2. もちろん、常総学院の木内監督の最後の夏を有終の美で飾れなかった。
    • 選手たちも号泣していた。
      • 号泣している選手を木内監督が慰めていた。
  3. 茨城県勢のその後の低迷もなかったかもしれない。
  4. ダルビッシュ有の知名度がさらに上昇していた。
  5. 東北高校は2010年以降も低迷することはなく甲子園に度々出場していた。

2004年[編集 | ソースを編集]

2004年春[編集 | ソースを編集]

愛工大名電が優勝していたら
  1. 夏も出場したが初戦敗退する可能性もある。
  2. 翌年の選抜も優勝し、2連覇を達成する。
  3. 済美は初出場で春夏準優勝。
東北高校が準決勝に進出していたら
  1. 決勝に進出してもプレッシャーに潰されて敗戦、愛工大名電が優勝していた。
    • 準決勝でクセ者の明徳さえ倒せれば決勝戦は案外普通に勝って優勝したんじゃないかと思う。

2004年夏[編集 | ソースを編集]

優勝校が違っていたら
  1. 北海道勢の甲子園優勝はほど遠いものとなっていたかもしれない。
    • それどころか「白河の関越え」も程遠いものとなっていた。
  • 済美
  1. 済美は高校野球史上初の初出場春夏連覇という快挙を達成していた。
  2. 翌年の夏も上位進出していただろう。2回戦で清峰に完敗することはなかったかも。
  • 東海大甲府
  1. 山梨県勢初優勝で山梨は大盛り上がり。
    • ただし実際の北海道ほどではない。
    • 関東勢はこの時点で全都県が春夏いずれかの優勝を経験したことになる。
      • 山梨県を関東に含めるかどうかは異論もありそうだが、高校野球的には関東ということになっているので。
  • 千葉経済大付
  1. 春夏連続で初出場初優勝校が出ていた。
  2. その後も千葉の常連校になっていたかもしれない(史実では2008年以来出場なし)。
    • その分木更津総合の影が薄くなっていた。
  • 東北
  1. ダルビッシュは有終の美を飾ることが出来た。
  2. 場合によっては駒大苫小牧との対戦が実現していた。
  3. 優勝旗についてはとりあえずは「白河の関」は越えるが「津軽海峡越え」については達成できなかったことになる。
山梨大会決勝で東海大甲府が敗れていたら
  1. 打順飛ばし事件は史実よりも話題になっていなかった。
  2. 出場していたのは甲府工。
    • 史実通りの組み合わせであれば初戦は突破できても準決勝までは進めなかったと思われる。
      • 準決勝に進んでいたのは天理。しかしそれでも駒大苫小牧には勝てなかったか。

関連項目[編集 | ソースを編集]