もしあの政治家が違う政党に所属していたら

提供:chakuwiki
  • 新規追加は50音順にお願いします。

安倍晋三[編集 | ソースを編集]

日本維新の会
  1. 2012年の自民党総裁選では石破茂あたりが選ばれていた。
  2. 石原慎太郎は維新の会に合流せず。
    • 太陽の党は自民党に合流していた。
  3. 場合によっては自維連立が実現していた。
    • みんなの党にも維新の会にも消費増税反対派がいたからそれは無いのでは?(自民党は消費増税賛成。)
  4. 「維新の党」は結成されず「日本維新の会」のままだった。

石破茂[編集 | ソースを編集]

1994年に自民党を離党、新進党を経て1997年に自民党に復党しました。もし自民党に復党せず、違う政党に所属し続けていたら。

民主党
  1. 小沢一郎と行動を共にし続けていたら、自由党を経て民主党所属となっていた。民主党内の保守系議員の代表格として頭角を現していた。
みんなの党
  1. 新進党路線を受け継ぐ数少ない存在になっていた。

枝野幸男[編集 | ソースを編集]

自由民主党

自らの政治的立ち位置について、「30年前なら自民党宏池会」と発言したことも。本当に自民党に所属していたら。

  1. 弁護士出身だけに、法務大臣を経験していた。
  2. 安倍政権に対しては、反主流派の代表格になっていた。

大橋巨泉[編集 | ソースを編集]

社会民主党

議員辞職時には社民党の議員たちが辞職を止める場面も。もし社民党に所属していたら。

  1. 土井たか子党首辞任後に党首に就任していた。社民党の衰退はこれほど進まず、一定の勢力を維持できていた。
    • 福島みずほは、党首になれなかったかも知れない。

小泉純一郎[編集 | ソースを編集]

首相就任前

新進党
  1. 新自由主義者として大いに活躍していた。
  2. 1995年自民党総裁選には当然出馬していない。

首相退任後

新党改革
  1. 荒井広幸は脱退していた。
  2. 代表に就任していたら、公約はやはり「改革を止めるな」。
  3. 舛添要一は代表に就任していなかった。
みんなの党
  1. 2010年参院選では比例区から出馬していた。
  2. 顧問格に就任していた。
  3. 2013年の分裂の際はどちら側に付いていただろうか?

小泉龍司[編集 | ソースを編集]

民主党

2009年衆院選では連合埼玉推薦だったものの、民主党に入党せず。もし民主党に入党していたら、

  1. 党内では右派という扱いになっていた。
  2. 史実通り消費増税法案には賛成票を投じていた。
    • 場合によっては反対票も有り得る。
      • その場合は未来の党結成に参加していたかも?
  3. いつの間にか自民党会派に復帰し、自民党に復党する事も無かった。
    • 当然だが、自民系分裂戦(追加公認対決を含む)は無かった。

小坂憲次[編集 | ソースを編集]

民主党

羽田孜に従って新進党、太陽党、民政党と渡り歩いたが、民主党に入らず自民党に復党した

  1. 2009年に落選せず、参議院議員転身はなかった。
  2. 小坂家と関係が深い信濃毎日新聞は民主党の広報紙と揶揄されるような論調になっていた。
  3. 篠原孝は別の選挙区から出馬していた。

左藤恵[編集 | ソースを編集]

民主党
  1. 娘婿の左藤章も民主党から出馬していた。
    • それでも2012年衆院選は林原由佳(維新)に議席をとられていた。
  2. 川条志嘉は2012年衆院選も自民党から出馬していた。

菅義偉[編集 | ソースを編集]

日本維新の会
  1. 安倍晋三が2012年の自民党総裁選に出馬していなければこうなっていた。
  2. 令和おじさんとして親しまれていなかった。
  3. 2014年の分党の際は次世代の党側だった。
    • 維新の党ではないか?
    • 無所属を経て、自民党に復党していたかもしれない。

杉村太蔵[編集 | ソースを編集]

みんなの党
  1. 青年局長に就任していた。
  2. たちあがれ日本にはいなかった。
  3. 2020年現在も議員活動を続けているだろうか。

武村正義[編集 | ソースを編集]

民主党
  1. つまり「排除の論理」が無かったらである。
    • 流行語にはならなかった。
    • さきがけが話題になる事は無かった。
  2. さきがけの解党が早まったか。
    • さきがけ自体が民主党に正式合流していた。

長崎幸太郎[編集 | ソースを編集]

みんなの党

所謂小泉チルドレンの一人。2009年に自民党離党し、以後無所属。(後の山梨県知事)

  1. 当然だが2010年、2013年の参議院選挙では自民党候補を応援していなかった。
    • 2010年の方では寧ろ出馬していた。
    • 仮に当選していたら、山梨2区に戻る事は無かった筈。
  2. 解党後は日本を元気にする会結成に参加していたかもしれない。

中曾根康弘[編集 | ソースを編集]

新進党

首相時代に数々の民営化を行った新自由主義者として有名。

  1. 元自民党総裁の元首相が2人在籍していた。
  2. 中曽根派は丸ごと新進党入りしていた。
  3. 自社さ政権誕生時の首班指名で、社会党委員長の村山富市に投票することに反対していた。この時非自民側が海部俊樹ではなく中曽根を担いでいればあり得たのでは。

中村喜四郎(2代目)[編集 | ソースを編集]

みんなの党
  1. 当然、最強の無所属議員とは呼ばれていなかった。
  2. いつの間にか自民党会派入りする事は無かった。
  3. 代表代行か副代表に就任していた。
    • まさかの2代目代表就任?
  4. 解党後はやはり無所属か?

野田佳彦[編集 | ソースを編集]

自由民主党

史実では日本新党→新進党(96年落選)→民主党(00年復帰 民進・立憲含める)。もし新進党解党後に所属していたら。

  1. 2000年の総選挙は比例単独で出馬。
    • その後小選挙区から出馬。
  2. おそらく清和会に所属している可能性が高い。
    • 親米保守的であるため。
  3. 第一次安倍政権以降のどこかで入閣し、党内では政調会長辺りにはなっている。
  4. 総裁選にも出馬している。

東国原英夫[編集 | ソースを編集]

自民党
  1. 宮崎県知事時代の経験を買われ、地方創成関係の要職に就いていた。
    • 場合によっては「地方創成担当大臣」として、入閣を果たしたかも。
民主党→民進党
  1. もしかしたら、代表にまで上り積めていたかも知れない。
    • その場合、民進党の迷走はなかった・・・?
    • 2016年の民進党代表選挙で、かつてタレント時代の同僚だった蓮舫と対決していたかも。

姫井由美子[編集 | ソースを編集]

改革クラブ
  1. 生活の党には参加せず2013年の任期満了まで参議院議員だった。
  2. たちあがれ日本と会派を組んでいたら「姫と虎のツーショット」が見られたか。

前原誠司[編集 | ソースを編集]

新進党

日本新党に在籍していたものの、新進党結党には参加せず新党さきがけに移籍。もし新進党結党に参加していたら、

  1. 解党後は何処に属していただろうか。
  2. 1996年衆院選の結果はどうなっていただろうか。
自由民主党
  1. 郵政民営化法案に賛成票を投じていたらこうなっていた。
  2. 2005年民主党代表選では誰が新代表に選ばれていただろうか。

舛添要一[編集 | ソースを編集]

民主党

もし自民党ではなく民主党に入党していたら、

  1. 何となく党内右派だっただろうか。
  2. 民国政権下では閣僚入りを果たしていた。

松原仁[編集 | ソースを編集]

日本のこころ
  1. 元々民主党での数少ない保守派議員なので、それなりの地位も得ていた。
  2. 以降、玄葉・野田・前原などの政経塾会派も日本の(略)に移籍するかもしれない。
  3. この方が彼の能力を発揮できただろう。もっとも党勢の衰退自体を防げたかどうかは分からないが。
  4. むしろたちあがれ日本の頃に参加していた。
日本維新の会
  1. 2014年分党の際は橋下側だった。

山田太郎(参議院議員)[編集 | ソースを編集]

社会民主党
  1. 表現規制反対という点では主要政党の中でもっとも強く掲げているところだが・・・
  2. ネットからの支持は低かった。
  3. 2016年の参議院選挙では、党首・副党首が落選しながら彼が当選するという異例の事態になっていた。
    • 山田太郎の得票率を足しても獲得議席は増えない。
    • 事実上乗っ取って「表現の自由を守る党」にしていたか?
希望の党
  1. 2017年の衆議院選挙には当然出馬していた。
    • 仮に当選していたら、共同代表に就任していた?
改革結集の会
  1. 史実通り、民進党にはいなかった。

山本太郎[編集 | ソースを編集]

社会民主党
  1. 気づいたら福島瑞穂の後継として党首になってそう。
民進党
  1. やはり無派閥。
  2. 国民民主党結党前に離党し、立憲民主党に入党。

蓮舫[編集 | ソースを編集]

社民党
  1. もしかしたら、今頃は社民党の党首として活躍していたかも。
    • 勿論、民進党の代表にはなっていない。
    • 場合によっては、社民党は民進党に吸収合併されてたかも知れない?