もしあの新聞が○○だったら

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独立項目[編集 | ソースを編集]

休刊しなかったら[編集 | ソースを編集]

北海道[編集 | ソースを編集]

北海タイムス
  1. (現実の世界で北海タイムスの商標権を持っている)読売新聞グループの下で再建。
    • これにより、読売新聞とスポーツ報知が北海タイムス販売店で扱われるようになる。
      • 逆に、北海タイムスは道内の読売新聞販売店で扱われるようになる。
    • 北海タイムスの印刷拠点は、読売新聞大曲工場(トッパンメディアプリンティング北海道)、北海タイムス旭川本社、読売新聞帯広工場(かちまい印刷)の3箇所となる。
    • STVと読売新聞の関係は悪いことには変わりないが、読売傘下で再建することでSTVと読売の関係は少しはマシになっていた。
  2. 読売ジャイアンツと北海道日本ハムファイターズの話題が、スポーツ紙並みに掲載されている。
  3. それでも、道新の天下を許してしまっている。
  4. JRA札幌競馬のタイムス杯競走が残っている。
  5. HTBが道新に接近することもなかっただろう。
  6. 現にHTBは読売新聞と比較的親密で、尚かつ北海タイムスとも関係が良好だったため、読売新聞グループによる北海タイムスの再建には大喜びだっただろう。

関東・甲信越[編集 | ソースを編集]

栃木新聞
  1. とちぎテレビ開局時に資本参加してたかも。
    • とちぎテレビの子会社になってたりして。
  2. U字工事のネタにも登場。
東京タイムズ
  1. 府中牝馬ステークスは未だに牝馬東タイ杯の名称で施行されている。
    • もしくは富士ステークスの重賞昇格時に東タイ杯富士ステークスとなっている。
時事新報
  1. フジテレビは産経新聞でなく時事新報の親会社になっていただろう。
    • 「フジサンケイグループ」ならぬ「フジジジグループ」を結成。
      • 「フジジジ」って・・・・・・。噛みそうなネーミングだな。
      • 「FJグループ」ってなりそう。
    • むしろ時事新報フジテレビの親会社になっている。
      • 局名も「フジテレビ」ならぬ「ジジテレビ」…
      • 鹿内が絡んでなければ保守系メディアになっていなかった。
  2. 一方の産経は東京から撤退。関西のローカル紙に戻っていた。
    • 「大阪新聞」と統合していた。
  3. 慶応義塾との関係は今でも強い。
  4. 旧水戸藩との関わりから茨城県内の購読者数が比較的多かったかもしれない。
報知新聞 (一般紙)
  1. 「読売スポーツ(仮)」が誕生していた。
  2. 箱根駅伝を全面バックアップ。
  3. こっちが鹿内の手に落ちて「フジホウチグループ」になっていたかも。
まいにちひらがなしんぶんし
  1. さいたまていこくのぺーじがもりあがることまちがいなし。
    • このしんぶんしかはっこうされていないというせっていになる。
  2. にほんごしょしんしゃのがいこくじんがおもなこうどくしゃそう。
    • かいがいでもよくよまれる。
内外タイムス
  1. 「リアルスポーツ」に改称することはなかった。
  2. 2019年も春の中山開催で「内外タイムス杯」が施行されている。

中部[編集 | ソースを編集]

新愛知新聞
  1. 戦後、中日新聞と改称した。
  2. CBCTHKは現実と変わらず。
名古屋新聞
  1. 反中日として、岐阜新聞と手を組む。
    • ぎふチャンが愛知県でも見られるように。
  2. メーテレはここが中心となって立てた。
  3. 論調は右寄り。
  4. おそらく「名新」(めいしん)と略されている。
  5. 新愛知新聞(中日新聞)との競争に負け、読売グループあたりの傘下に入ってそう…
  6. 戦後に名古屋金鯱軍を復活させようという動きがあった。
    • ただし復活したとしても参入は2リーグ分立までかかり、加盟したのもパ・リーグだった。
  7. 中日ドラゴンズにおけるフロントの派閥争いはもう少し大人しかった。
    • ただし新愛知新聞の流れを組む派閥から嫌われていた落合博満が監督に就任できていたかかなり怪しい。

関西[編集 | ソースを編集]

滋賀日日新聞
  1. みんなの滋賀新聞は発行されなかった。
    • 発行されたとしても、ミニコミ紙としての発行になっていた。
  2. 2004年の球界再編問題時に、「滋賀にプロ野球チームを!」というキャンペーンを展開していた。
  3. KBS滋賀で『滋賀日日新聞ニュース』が放送されていた。
みんなの滋賀新聞
  1. KBS滋賀の番組表が掲載されるようになってたかも。
    • 滋賀日日新聞みたく、京都新聞の僚紙になってたかも。
  2. いつのまにか「みんなの」が取れて「滋賀新聞」に改名。
  3. みんなの党」の機関誌と勘違いされる。

中国・四国[編集 | ソースを編集]

日刊新愛媛
  1. 愛媛新聞と合併してたかも。
  2. 2004年の球界再編問題時に、「愛媛にプロ野球チームを!」というキャンペーンを展開していた。
  3. 愛媛新聞が右に傾かない限り論調が右になるだろう。
  4. 史実どおりRNB/ITVが愛媛新聞系列、eatが朝日新聞系列、EBCが新聞系列なしの場合、日経と協力して5局目を開局させようとする。
    • むしろEBCが日刊新愛媛系列かも。
芸備日日新聞
  1. ブロック紙的な性格の強い中国新聞と異なりあくまで広島県にこだわった報道を行っていた。
  2. 広島テレビや広島FMの設立に深く関わっていた。
  3. おそらく部数では中国新聞に負けていただろう。
    • それでも歴史は古いので「老舗」や「伝統」を強調していた。
  4. 創業者がJR宮島航路のルーツとなる航路を開設したということで宮島の観光振興にもかなり噛んでいた。
  5. 平和問題を取り上げる際に「中国新聞はかつて戦争に全面協力していた」という話題をよく持ち出す。
    • 入社したのが芸備日日新聞だった松重美人氏の撮影した写真が相当役立っていた。
  6. 中国新聞と比べ中央政界とのパイプが太かった。
    • ちなみに創業者の養子は農林大臣や大蔵大臣を務めた。
スポーツ中国
  1. 「スポ中」と略されていた。
  2. カープやサンフレッチェ以外にもドラゴンフライズ(バスケットボール)、JTサンダーズ(バレーボール)の情報を掲載。

九州[編集 | ソースを編集]

フクニチ
  1. 西日本新聞に対抗して、九州ブロック紙化していた。
  2. 小倉競馬の『フクニチ新聞杯』が1992年以降も続いていた。
フクニチスポーツ
  1. フクニチ同様、九州ブロック紙化していた。
  2. 西日本スポーツとの部数争いが今も続いていた。
鹿児島新報
  1. 徳洲会系新聞になったかも?

沖縄[編集 | ソースを編集]

第3の新聞
  1. 革新左翼ではない保守的論調も確立、
    • 産経新聞と提携
      • 場合によっては沖縄テレビがこっちとくっついていた。
        • 琉球新報は対抗して日本テレビ系のテレビ局をラジオ沖縄に併設する。
          • その後、琉球放送と系列交換。
    • 下手したら、琉球新報は1969年のストから立ち直れず、復帰目前に廃刊。
      • 創刊百数十年を名乗ることもない
    • 当然ながら八重山日報の影は薄くなっていた。
      • 穏健な保守紙だった場合は現存する2紙だけでなく八重山日報とも対立しており、八重山日報の存在感は変わらなかった。
  2. 部数はタイムス・新報の半分くらいまでいっていた。
    • 当然タイムス・新報の部数は少なくとも1紙当たり3万ぐらいは減っていた。
  3. 本社は那覇市久米
    • 沖縄テレビは現在も久米2丁目にある。ワシントンホテルは別の場所にある。
  4. いずれにせよ3紙とも2009年3月で夕刊廃止。
    • 産経新聞と共同歩調をとるなら第3の新聞は先に夕刊廃止している。
  5. 社名は「沖縄新聞」だろうか…
    • 「沖縄日報」かも。
  6. 琉球新報と沖縄タイムスが合併しているかもしれない。
  7. NAHAマラソンかおきなわマラソンのどちらかの協賛企業に名を連ねていた。

創刊していたら[編集 | ソースを編集]

福岡日刊新聞[編集 | ソースを編集]

フクニチ廃刊後に、かつての社員が福岡日刊新聞の創刊を目指していましたが、結局頓挫してしまいました。仮に福岡日刊新聞の創刊が実現していたら・・・。

  1. 朝・夕刊セットで発行されていた。
  2. 西日本新聞に対抗し、沖縄県を含む九州全域と山口県で販売していた。
    • 地方版も各県ごとに差し替え。
  3. フクニチスポーツも福岡日刊新聞創刊時に復刊。
    • スポーツ報知九州版創刊時にシェアがガタ落ちしてたかも。
  4. 朝日新聞と共同でサザエさんに関する企画を行っていた。

その他個別[編集 | ソースを編集]

日刊福井[編集 | ソースを編集]

※現在は『日刊県民福井』という題号で発行しています(2012年8月時点)。

あの新聞社の傘下に入っていたら[編集 | ソースを編集]

日刊福井は、中日新聞の傘下に入ったのち、題号を現在の「日刊県民福井」に変更しましたが、仮に他の新聞社の傘下に入っていたら?

いずれのケースにも共通
  1. 題号は(おそらく)「日刊福井」のままだった。
  2. 北陸中日新聞の福井版が現在も発行されていた。
    • 中日新聞福井支局の支社昇格もなかった。
京都新聞の傘下に入っていたら
  1. 発行元が『京都新聞福井本社』になっていた。
産経新聞の傘下に入っていたら
  1. 石川・富山・福井の3県で発行される分の産経新聞の受託印刷を行っていた。
  2. 産経新聞と福井テレビとの関係が若干よくなっていた。
北國新聞の傘下に入っていたら
  1. 北陸3県すべてで北國新聞グループの新聞が発行されていることになる。
  2. 発行元が『北國新聞福井本社』となっていた。
    • 北國新聞社発行の書籍広告が日刊福井に掲載される場合、北國新聞社の部分を日刊福井金沢本社に差し替えていた。
  3. 題字も北國新聞と同じ書体のものに変更されていた。
  4. 北國新聞はブロック紙と見做されるように。
毎日新聞の傘下に入っていたら
  1. 史実ではお蔵入りとなった福井文化テレビが、ifの世界では日刊福井のバックアップで開局。
  2. 石川・富山・福井の3県で発行される分の毎日新聞の受託印刷を行っていた。

史実(1977年4月1日)より早く創刊していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 福井テレビ設立時に資本参加していた。
  2. 経営難に陥ることもなかった。
  3. 創刊時期によっては、福井新聞を凌駕する発行部数になってたかも。

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 福井県では、福井新聞が唯一の県紙となっていた。
  2. 嶺北は北陸中日新聞、嶺南は中日新聞福井版のエリアになっていた。

毎日新聞[編集 | ソースを編集]

横浜毎日新聞と合併していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 東京日日新聞は戦時統合で消滅していた。
  2. 合併後早速「東京毎日新聞」に改名していた。
  3. 毎日新聞の創刊が1871年だということに。
    • ここぞとばかりに「日本最古の新聞」をアピールしていた。

東京スポーツ[編集 | ソースを編集]

掲載されている記事が全て真実だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 宇宙人もUFOも実在することになる。
    • 河童もいるので某局の番組は現在も放送されている。
  2. プレスリーは今も健在で、時々メディアに顔を見せる。
  3. マイケルの×××はまだらで、マドンナは痔。
  4. ってことは競馬欄の予想も真実になるので的中率100%に?
  5. 「他の新聞と大して変んねー!面白くねー!東スポらしさが無ぇー!」と人気がややかげる。
  6. 「飛ばし」といえばスポーツ報知の代名詞になっていた。
  7. サザンもSMAPも解散している。
  8. 浅草キッド「日付以外は全て確報」
  9. ロス疑惑の裁判はあっさり敗訴。
  10. 『東京スポーツ』に記事提供している『ナショナル・エンクワイアラー』や『ウィークリー・ワールド・ニューズ』に掲載されている記事も全て真実になるかもしれない。

朝日新聞[編集 | ソースを編集]

渡邉恒雄が社長だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 朝日新聞が発行部数日本一の新聞になる。
  2. 読売に対抗し、近鉄あたりを買収してプロ野球に参入する。
    • 「朝日猛牛軍」
  3. いしいひさいちの漫画に「ワンマンマン」は出てこない。
  4. 珊瑚礁事件に対するコメント「たかがダイバーが」
    • 珊瑚礁事件自体起きていないかも。
  5. 論調は史実よりかなり右寄りに。
    • その代わり読売が史実よりやや左寄りに。(黒田清在職時の大阪本社版に近いか)
      • そしてここでは「国売新聞」と揶揄される。(現実の「売日新聞」のように)
    • しかし相対的に右になるだけ・・・かも。
    • 筑紫哲也、本多勝一らがフリーになる時期が史実より早まっていた。
  6. 新潮社に批判されることは少なかった。

神戸新聞[編集 | ソースを編集]

三都合同新聞が解体されていなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 滋賀日日新聞(史実では合併先は京都新聞)と奈良の大和新聞(史実では傘下にあったが後に廃刊)も合併し名実ともに近畿圏のブロック紙になっていた。
    • もし長崎新聞や愛媛新聞が傘下のままであれば中日新聞グループに次ぐ規模の新聞トラストとなっていた。(史実では1941年までに分離)
      • 愛媛新聞傘下の南海タイムス(八丈島の地方紙)も休刊しなかったかもしれない。
  2. 産経新聞は大阪時事新報の合併が無いため大阪の地盤を削られさらに苦しい立場に追いやられていた。
    • 全国紙から陥落するのも史実より早かったかも。(史実では2020年にブロック紙に転落)

読売新聞[編集 | ソースを編集]

関西への進出がなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 当然、名古屋や福岡への進出もなく関東地方におけるブロック紙となっていた。
  2. もちろん史上のytv関テレは開局せず、後者は神戸新聞や京都新聞などが親会社である近畿テレビ放送と、産経新聞が親会社である関西テレビジョンが合弁せずに存続していた。
    • 近畿テレビは準教育局となりNET系列に、関西テレビは総合局となり日テレ系列にそれぞれ加盟していた。
    • 史上のTNCと同様に、関西テレビジョンの開局にも日テレが協力していた。
    • 同じく産経系列であるOBCが関西テレビジョンを吸収合併してラテ兼営化していたという展開も有り得る。
  3. (史上でも読売とは親密だが)名古屋ではCBC、北海道ではHBCが希望通りNNNに加盟できていた。
    • 場合によってはTHKUHBがNNNに加盟していた。
    • もちろん福岡ではTNCがNNNのまま。
  4. 日テレは系列局を史上よりも早く揃えることができていたので、NNNの平成新局は史上より少なかった。
    • むしろ全国に系列局を揃えることが出来ていたかもしれない。
    • 系列局との関係も史上より良好なものとなっていたかもしれない。
  5. フジテレビ産経新聞と提携関係を結ぶことができないので、その代わりに朝日新聞と提携関係を結んでいたかもしれない。
    • この場合はABCKBCはFNSに入ることができた。
      • 大阪腸捻転は起こらなかったか、もし起こったとしてもABCは腸捻転解消に反発しなかった(1975年当時のフジテレビは黄金期であったため)。
      • メ〜テレもフジテレビと朝日新聞が親会社となり最初からFNSのフルネット局として開局していたかも。
      • 北海道ではSTVHTBのどちらかがFNSに加盟していた。
      • 夏の高校野球はBSフジで放送。
    • 一方でNETは日経新聞が親会社のまま。教育局から総合局へ移行したときは、略称はNETのままで社名を日本経済テレビへと社名変更していた。
      • 朝日新聞が報道や経営に絡んでいない分、史上よりまともな報道をしていたかもしれない。椿事件なども多分起こさなかった。
        • 代わりに朝日と組んだフジが現実以上にネットで叩かれていたかもしれない。
      • 史上でも日経新聞と資本関係にある中京テレビ放送北海道文化放送は念願のNET系列入りを果たしていた。
  6. ニッポン放送は文化放送と共同でフジテレビを開局させた後、日テレの傘下に入っていた可能性が高い。
    • そして文化放送はフジテレビとNETの両方と提携関係を結び、後にNETが文化放送との関係を薄めて代わりにラジオ関東(史上のRFラジオ日本)に接近していた。
    • また、この場合は史上のニッポン放送がラジオ日本(もしくは読売放送)と名乗り、一方で史上のRFラジオ日本がラジオ関東と名乗っていたかもしれないので、両者は社名が紛らわしいということで揉めたりはしなかった。
    • やがてNETの傘下となったラジオ関東は、近畿テレビの親会社であることからラジオ関西とKBSラジオの双方と親密な関係に(それでも新しいラジオの系列結成までには至らないと思うけど)。当然だが社会の木鐸とは無縁。
    • 日経ラジオ社は史上通りだが、ラジオ関東とは兄弟みたいな関係になっていただろう。
  7. 少なくともマスコミにおける東京ジャイアニズムは史上ほど酷くはならなかった。
  8. ところでHBCやCBCが希望通り日テレ系列に入れた場合、TBSの系列であるJNNはどうなっていたのだろうか?
    • 系列新聞との関係上、MBSRKBは現状通りJNNに加盟していたが、北海道ではSTVかHTBのうちフジテレビ系列にならなかったほうがJNNに加盟し、名古屋では東海テレビあたりがJNNに加盟していた可能性が高い。いずれにせよ、JNN発足は史上よりも遅れていたし、一部のJNN基幹局がUHF局であったりテレビ単営局であったとしてもおかしくなかった。
      • 系列のクロスネットが認められていた。
      • この場合、東海ラジオの合併・名古屋への進出にはMBSと毎日新聞が協力して、尚かつ東海ラジオと東海テレビの親会社はMBSと毎日新聞であった可能性が高い。
        • その場合、東海テレビに中日新聞の資本が入っていたかは微妙。
    • 読売や産経(現実では後者は2020年に関西と関東のブロック紙へ降格した)が全国紙ではないのと引き換えに、JNNの毎日色は史上より強くなっていたかもしれない。よって毎日新聞が経営危機に陥ってしまうことも多分なかった。
  9. テレ東は特定の新聞色を持たずに教育局→独立局のままで、経営危機の際は東京の財界に引き取られていた。TOKYO MXに至っては存在すらしていない。
    • この場合、日経新聞の系列であるNETが史上のテレビ東京、独立局であるテレビ東京が史上のTOKYO MXに近い番組を製作・放送していたか。あとアニメはこの2局が最も多く製作・放送していたか。
    • TVOTVAも地元の財界や企業を中心に、県域放送の独立局として設立され開局していた。
      • 前者は大阪日日新聞が親会社となっていた可能性が高い。
    • 茨城の独立局がMXテレビを自称していた。
  10. やはりこの場合の読売新聞も配達エリア外の地方局に対しても系列を問わずに少なからず出資していた(史上の名古屋の中日新聞が北海道のAir-G'に出資するように)。
  11. 北海道+河北+読売+中日+大阪(産経)+中国+西日本による日本ブロック紙連合が誕生。共同通信を脱退。
    • それが実現していた場合、東北放送やRCCは日テレ系列に、仙台放送とTSSはNET系列に、ミヤテレと広テレはTBS系列に、KHBと広島ホームテレビはフジ系列にそれぞれ加盟していた。
  12. 恐らく5大都市の系列局の組み合わせはこんな感じになっていたか?
    • NNN HBCテレビ-日本テレビ-CBCテレビ-関西テレビ(もしくはOBCテレビ)-テレビ西日本
    • JNN 札幌テレビ-TBSテレビ-東海テレビ-MBS毎日放送-RKB毎日放送
    • FNN 北海道テレビ-フジテレビ-メ〜テレ-ABCテレビ-KBCテレビ
    • ANN 北海道文化放送-NETテレビ-中京テレビ-近畿テレビ-福岡放送
      • 系列新聞の関係上、フジテレビの系列はFNNではなくANN、NETの系列はANNではなくENN(もしくはEXN)になっていたのでは?
  13. 一方でラジオはこんな感じか?
    • NRN HBCラジオ-QR文化放送・LFラジオ日本(史上のニッポン放送)-CBCラジオ-ABCラジオ・大阪放送-KBCラジオ
    • JRN STVラジオ-TBSラジオ-東海ラジオ-MBSラジオ-RKBラジオ
    • ↑テレビもラジオも最初に開局した放送局がJNN・JRNに集中していないので、この系列局の組み合わせのほうがバランスが取れていて良いと思う。
      • NRNの略称はNippon Radio Networkになっていた。さらにNRNのキー局であるラジオ局を傘下に入れている者同士ということで、フジテレビはTBSのみならず日テレとも仲良くしていた可能性も。
  14. 中日新聞と仲が良い読売新聞と静岡新聞・岐阜新聞の関係が険悪になっていた。
    • SBSは史上通りTBS系列に加盟していたが、CBCのみならず日テレまでを嫌っていた。
    • この場合、テレしずが日テレ系列、SATVがフジテレビ系列、SDTがNET系列になっていただろう。
      • もしくはSBS→フジ系列、テレしず→日テレ系列、SATV→TBS系列、SDT→NET系列になっていたかも。
    • ぎふチャンも日テレとは疎遠な関係になり、代わりにフジテレビやNETと仲良くしていたかもしれない(もちろんラジオでは文化放送やラジオ関東の番組が数多放送されていた)。

中日新聞[編集 | ソースを編集]

関西に本格的に進出していたら[編集 | ソースを編集]

中日新聞には滋賀県と和歌山県の一部でも購読者がいます。また戦前には源流となった新聞社が奈良県や京都府に進出していたことがあります

  1. 産経新聞・大阪新聞との関係が悪くなっていた。
  2. 大阪日日新聞か史実で廃刊になった新大阪新聞や関西新聞を戦後買収していた。
    • 奈良新聞に押されて経営が悪化した奈良日日新聞も買収。
  3. 関西の独立局に中日新聞の資本が入っていた。
    • CBCや東海テレビのローカル番組は、関西の独立局で放送されていた可能性がある。
    • というか、MBSや関テレは関西に進出した後の中日新聞と仲良くできていたのだろうか?
    • その場合、テレビ大阪が広域局として開局していた可能性が高い。
  4. 中日新聞・東京新聞と題字統合し、全国紙を称していたかも(「東中新聞」?)。