もしあの裏番組の平均視聴率が紅白歌合戦を上回っていたら

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毎年大晦日のNHK紅白歌合戦の裏番組として、各民放は様々な番組を放送し、その視聴率争いは大晦日の風物詩とも言える存在になっています。

しかし、実際紅白歌合戦に勝った、つまり平均視聴率で紅白歌合戦を上回った番組は未だ出現していません。

もし過去に放送された番組の中で、そんな番組が出現した、もしくはしていたら?

総合[編集 | ソースを編集]

  1. おそらく出現後、その民放局は5年くらいは毎年同様の番組を放送する。
  2. 紅白歌合戦の終了が年明けぐらいからしばらくの間噂されるようになる。

最新回時点で放送中の番組[編集 | ソースを編集]

N響“第9”演奏会(2001年〜・Eテレ)[編集 | ソースを編集]

  1. これが紅白の視聴率を超えたら来年から紅白と第九の放映局を交換する。
  2. オーケストラを聞くのが年末の風物詩になる。
  3. テレビ東京の東急ジルベスターコンサートの放送時間が早まっていたかも。

過去に放送された番組[編集 | ソースを編集]

項目を追加するときは放送年代順でお願いいたします。

コント55号の紅白をブッ飛ばせ!(1969年・日本テレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. 当時のテレビ評論家の嘆きは果てしなかっただろう。”あんな番組が紅白より人気があるなんて・・・・”
  2. 放送から数年後、萩本欽一が紅白歌合戦の白組司会を務めていた。
  3. 一番驚いたのは番組スタッフかもしれない。「紅白をブッ飛ばせ!」とタイトルは付けたが、コレで本当に視聴率で紅白歌合戦をブッ飛ばせると本気で考えていた人は恐らく誰一人いなかっただろうから。
  4. 当然翌年の大晦日も放送時間を拡大して「今年も紅白をブッ飛ばせ!」として放送。

ピンク・レディー汗と涙の大晦日150分!!(1978年・日本テレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. ピンク・レディー人気は翌年になっても健在。
    • ピンク・レディーが解散を発表した際にも、史実以上に騒がれた。
      • ひょっとしたら、キャンディーズ解散騒動が霞むほどの社会現象を巻き起こしていたかもしれない。
  2. 翌年も日テレの裏番組はピンク・レディー司会のバラエティ番組となっていた。
    • 全日本仮装大賞は存在しなかったかもしれない。
  3. ピンク・レディーがこの年の紅白歌合戦の出場を辞退したことは正解だったとみなされる。
    • その後、人気歌手の紅白辞退が相次いだかもしれない。
    • 史実よりも早く、紅白歌合戦の権威失墜が深刻化していたかもしれない。
    • 増田惠子がソロとしてNHKに出演した際に楽屋が物置同然になるという待遇を受けることもなかった。

年末時代劇スペシャル・忠臣蔵(1985年・日本テレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. 現在に至るまで毎年日テレの裏番組は時代劇スペシャルとなっている。従って「お笑いウルトラクイズ」は放送されていない。
    • 「笑ってはいけない」シリーズも大晦日の風物詩ではなくなっていた。
  2. テレビ東京の『新春12時間時代劇』は、存在しなかったかも。

世界紅白歌合戦(1985~86年・フジテレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. フジテレビ側は「世界紅白歌合戦」を恒例行事としていた。
    • 歌手側も、NHKよりフジを選ぶ者が多数を占めていた。
      • 少なくともフジテレビの番組発で誕生しNHKの方に出場したグループ・ユニット(H Jungle with t、野猿、羞恥心など)はこちらに出演していた可能性が高そう。
  2. おニャン子クラブは史実以上に人気が出て、ひょっとすればさらに長く活動できたかもしれない。
    • おニャン子クラブは「世界紅白歌合戦」に出演していたため。
  3. 2010年代以降はAKBグループ総出演。
    • 目玉企画はジャカルタ・台湾・タイなど海外姉妹グループを結んでの『恋するフォーチュンクッキー』大合唱。
  4. 2019年現在も『本家・紅白』のスタートと同時にスタートしていた。これまで使っていた新高輪プリンスホテル飛天は『FNS歌謡祭』で使うため、東京文化会館大ホールに場所を移していた。(NHKホールと同規模)
  5. 「アジア音楽祭」計画が実現していた
  6. レコード大賞は90年代に大晦日から撤退していた。

10年間感謝ザ・ベストテン電リク祭り(1987年・TBS系列)[編集 | ソースを編集]

  1. この年の紅白歌合戦の多ジャンル化が裏目に出たとして、翌年からさらに路線転換されたかも。
  2. ひょっとしたら『ザ・ベストテン』は今でも続いていたかもしれない。

ダウンタウンの裏番組をブッ飛ばせ!!(1993~1996年・日本テレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. 本当に「裏番組をブッ飛ばした」と話題になる。
  2. 1997年以降も日テレの裏番組はダウンタウン司会の裏番組になっていた。
    • だが、時代が進むにつれて野球拳のような過激な企画は鳴りをひそめていたと思われる。
  3. 笑ってはいけないシリーズは現実よりも早く大晦日で放送していたか?
    • 早くても2作目の湯河原以降から放送。

復活!25年目の奇跡!!ザ・ビートルズ アンソロジー(1995年・テレビ朝日系列)[編集 | ソースを編集]

  1. 「紅白が四半世紀前に解散した外国の一バンドに負けた」として、音楽業界は騒然となる。
  2. 1995年以後、年末のドラえもん特番は12月30日放送が定着していた。

サヨナラ'97年末感謝祭 景気回復スペシャル!! クイズ!今年の常識王(1997年・TBS系列)[編集 | ソースを編集]

  • TBS恒例の「オールスター感謝祭」の大晦日バージョン。
  1. もし成功した場合は、春・秋に加え、大晦日にも感謝祭を行うことを決定。
  2. TBSが格闘技に走ることもなかった。
    • フジテレビあたりが格闘技メインとなっていた。
  3. ルールは、普段の感謝祭と同じ。ただし、個人戦ではなく25人一組8チームの団体戦になりそう。
    • 要するに、前身の「クイズ!当たって25%」に近い形式になる。
    • 結局オールスター感謝祭大晦日スペシャルになってしまった。

K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!(2003年・TBS系列)[編集 | ソースを編集]

  • 23:00~23:03の4分間だけながら、紅白の視聴率を上回っていました。
  1. 翌年以降、紅白の裏番組に格闘技をぶつける局が続出する。
  2. 「TBSに少しだけ光が見えた」と話題になる。

INOKI BOM-BA-YE 2003 馬鹿になれ夢を持て(2003年・日本テレビ)[編集 | ソースを編集]

  1. あと5年は日テレは猪木で粘っていた(現実では3年契約だったが1回で打ち切り)
  2. テレ朝もプロレスをぶつけてきた?
    • TBS・フジが総合格闘技で日テレ・テレ朝がプロレス、そしてテレ東もボクシングをぶつけてくる。
  3. 結果的に全局共倒れで紅白1強に戻った。

輝け!2005年お笑いネタのグランプリ(2005年・日本テレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. これ以降も日本テレビの裏番組はエンタの神様の特別番組になっていた。
  2. 『笑ってはいけない』シリーズは放送されていなかった可能性がある。

1億分の1の男(2007年・フジテレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. PRIDEの後番組が迷走することはなかった。
  2. 視聴率が3.2%になることはない。
  3. 爆笑問題は叩かれる事はなかった。

FNS2008年クイズ!!(2008年・フジテレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. これ以降もフジテレビの裏番組は『年度検定』のスペシャル版を放送していた。
  2. 1億分の1の男と同じく、PRIDEの後番組の迷走はなかった。

爆笑そっくりものまね紅白歌合戦 祭りだ祭りだスペシャル(2011年・フジテレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. 翌年以降、紅白の裏番組にものまね番組をぶつける局が出てくる。
    • 日テレのものまねグランプリも大晦日の放送になっていた?
  2. フジテレビの大晦日の番組の迷走はこの時点で食い止められていた。

ONE PIECE THE MOVIE エピソードオブチョッパー+ 冬に咲く、奇跡の桜(2014年・フジテレビ系列)[編集 | ソースを編集]

  1. ONE PIECEは国民的アニメとしての地位を不動のものにしていた。
    • 2020年には鬼滅の刃とともに、ジャンプ系アニメの2大巨塔となっていた。
  2. テレビ朝日の年末のドラえもんスペシャルが再び大晦日のゴールデンタイムでの放送が再検討される。
  3. 対抗して紅白歌合戦はアニソン歌手枠を増やしていた。
  4. 翌年以降、紅白の裏番組にアニメ映画やスペシャルアニメをぶつける局がTOKYO MX以外にも出てくる。
  5. フジテレビの年末年始におけるやる気のなさを晒すこともなかった。