もしあの鉄道路線が別の年に開業していたら/関東/地下鉄

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東京メトロ[編集 | ソースを編集]

東京メトロ丸ノ内線[編集 | ソースを編集]

昭和10年代
  1. 車両の大きさは銀座線と全く同じ。
  2. 池袋ではなく大塚が終点になっていたかもしれない。
  3. 営業列車でも銀座線直通があった。
  4. 車両は史実ほど派手な塗装ではない。
  5. 一部区間は防空壕としての使用も想定される。
  6. 東京高速鉄道の計画通りにこちらが「新宿線」を名乗った可能性もある。

東京メトロ半蔵門線[編集 | ソースを編集]

当初の予定では、1975年9月に渋谷~三越前間が完成する予定でしたが、沿線の地権者による反対運動により、予定が大幅に遅れました。

渋谷~三越前が1970年代に開通していたら
  1. 営団08系電車が開通時に登場していた。
  2. 水天宮前までの延伸が1980年代に、押上までの延伸が1990年代に実現していた。
半蔵門~三越前間の開業が1988年頃までに開業していたら
  1. 1987年までに開業していたら、営団車両による10両編成の運転が開業時に実施されていた。
  2. 当路線が平成で初めての鉄道路線の延伸となることはなかった。
水天宮前~押上間の開業が1990年代に開業していたら
  1. 北千住駅の改良工事が完成した1997年かそれ以降に開業していた。
    • 北千住駅の改良工事の完成が史実よりも早まっていた可能性もあった。
  2. 営団08系電車と東武50000系電車の登場が史実よりも早まっていた。
    • 場合によっては、50000系電車は東上線ではなく、本線に投入されていたかもしれない。
  3. 2000年代前半には、相互直通運転区間が久喜駅までに延長されていた。
  4. 急行「しもつけ」、「ゆのさと」、「きりふり」への特急格上が史実よりも早まっていた。
水天宮前~押上間の開業が2000年か2001年に開業していたら
  1. 営団08系電車が2000年1月か2001年1月に運用開始していた。
  2. 2001年に開業した場合、東武伊勢崎線越谷~北越谷間高架複々線化の完成と同時期であった。
  3. 久喜駅までの乗り入れが2003年3月に早まっていたかもしれない。
    • 開業と同時に乗り入れていたかしれない。

東京メトロ南北線[編集 | ソースを編集]

1980年代
  1. 当初の答申通りなら有楽町線や半蔵門線より先に開業していた。
  2. ホームドア設置、ワンマン運転はなかった。
    • 21世紀に入ってゲートタイプのホームドアが設置されワンマン化していた。
    • 1984年以降開業なら最初からあったかもしれない。
  3. 開業時の車両は千代田線の6000系に準じた7000系だった。
    • 21世紀に入って07系が導入される。
    • 有楽町線車両は8000系・08系、半蔵門線車両は9000系・09系になっていた。
  4. 埼玉高速鉄道ももっと早く開業していた。

東京メトロ副都心線[編集 | ソースを編集]

1960年代
  1. 西武の乗り入れはなかった。
    • 箱根や軽井沢の開発競争を見ると絶対にあり得ない。
    • さらに渋谷駅周辺の西武百貨店は西武鉄道とは全くの別会社のため。
  2. 東武の電車は全て渋谷止まり。東急の電車は全て池袋止まり。
  3. 東急の主張で車両は18m。
    • 日比谷線同様東急の先見のなさとして語り継がれる。
      • でも日比谷線ほどカーブがキツい訳ではないからあっさり20m化対応をしていたと思う。
    • この場合東武は有楽町線開業時に直通を打ち切ったか。
  4. 池袋東急が現存している。池袋東武が史実通りならば東急ハンズの位置に移転かもしれない。池袋丸物は池袋近鉄ではなく史実通りパルコになる。
1990年代
  • ちなみに有楽町新線(現副都心線小竹向原-池袋間)の開業は1994年である。
  1. 東急9000系の乗り入れがあった。
    • 当初から東武・西武両線乗り入れを考慮している。
  2. 発車音はブザーのみ。
    • 池袋以南の壁面デザインも営団タイプのものになっていた。
      • 初期の駅名標は南北線と同様のデザインになっていた。
  3. 池袋駅が「新線池袋」と呼ばれることはなかった。
  4. 要町・千川では最初から客扱いを行っていた。
  5. 埼京線の渋谷駅が山手線ホームに隣接していた
  6. 森林公園始発や飯能始発などの桜木町行きが存在した。
    • 当時の東急東横線のホーム有効長を考慮し、東武9050系(現実より多く製作されたと思われる)と西武6000系前期車に、8両固定編成が存在していた。
  7. 東武東上線の地上車完全10両編成化は行われない。
  8. E231系500番代の6ドア車は存在しなかった。
    • 無論600・4600番代も同様。
      • E235系0番台はすべて新製車となっていた。
    • 山手線は2005年頃に全駅ホームゲート設置を完了している。
  9. 西武有楽町線と営団地下鉄有楽町線との相互直通運転を開始した1998年頃に開業していた。
  10. 営団07系電車と東武9000系電車が史実よりも多く製造されていた。
2000年代前半
  1. みなとみらい線開業と同時期に開業していた。
    • 同時に東急東横線・みなとみらい線に直通運転していた。
    • 直通運転の開始が史実よりも早まっていた可能性はあるが、同時になるのは難しいのでは?
  2. ダイヤに関しては現実とあまり変わらない。
  3. 営団地下鉄としては最後の新規路線となった。
    • 2004年4月以降に開業した場合、東京メトロが発足してから間もない頃に開業していたことになっていた。
  4. 1990年代と同じ東急9000系の乗り入れがあった。
    • 時期によっては東急3000系も。
  5. この頃になると発車メロディもそれぞれの駅につけられるようになった。
  6. Fライナーも2006年頃には存在した。
  7. 東武50000系電車と東京メトロ10000系電車の登場が史実よりも早まっていた。
  8. 開業時にホームドアは設置されなかった。
    • 東急東横線との相互直通運転が開始される2013年までにホームドアが設置され、設置工事が開始されたのと同時に東京メトロ10000系電車が増備され、営団07系電車を置き換えていったか。
2005年
  1. 東京メトロが発足して間もない頃に開業していた。
    • 10000系電車も東京メトロの発足と同時に登場していた。
  2. 2005年3月に開業し、西武と東武のダイヤ改正と同時に実施された。
  3. 開業時にホームドアは設置されず、07系電車も当路線に乗り入れていた。
2008年春

史実では、2008年6月に開業。

  1. 無論、西武鉄道、東武東上線のダイヤ改正は同年春に実施された。
    • TJライナーもこの時に運行が開始されていた。
  2. それ以外の面で特に史実と変わりはしなかったか。

東京メトロ有楽町線[編集 | ソースを編集]

成増~和光市[編集 | ソースを編集]

1980年代前半

当初は1981年9月に開業予定。

  1. 東武東上線との相互直通運転が史実よりも早まり、東武9000系電車の量産車の登場が史実よりも早まっていた。
    • 試作車の登場も史実よりも早まっていたかもしれない。
    • 和光市~志木間の複々線化も史実よりも早まっていた。
  2. 1983年に池袋~和光市間として開業していたかもしれない。
  3. ふじみ野駅の開業が史実よりも早まっていた。
1985年
  1. 埼京線の開通と川越線の電化と同時期であった。
    • 和光市市制15周年という節目の年でもあった。
  2. 和光市~志木間の複々線化も1985年に実現していた。
1986年
  1. 伊勢崎線系統のダイヤ改正と同時に実施されていたので、東武鉄道にとって、大規模なダイヤ改正になっていた。
    • 無論、和光市~志木間の複々線化も1986年に実現していた。

都営地下鉄[編集 | ソースを編集]

都営地下鉄大江戸線[編集 | ソースを編集]

1980年代
  1. 20m車8両編成で運転されていた。
    • その分東京都交通局への負債も増加する。
    • 浅草線ではなく三田線と規格を共通化していたかもしれない。
  2. 放射部よりも環状部が優先的に建設される。
    • 下手をすると新宿以西は別路線か浅草線の泉岳寺-西馬込間のような状態になっていた。
      • もしかしたら江古田から地上に出て西武池袋線に乗り入れをしていたのかもしれない。
  3. ほぼ間違いなく「大江戸線」という路線名にはなっていない。
    • 「内都心線」だったりして。
  4. 1989年に練馬~光が丘間が開業した場合、当路線が日本初の鉄輪式リニアモーターミニ地下鉄になっていた。
    • 1996年末までに練馬~新宿間が開業していた。
1990年代前半
  • 1991年に練馬〜光が丘間で12号線として開業しましたが、もし同時期に全線開通していたら…
  1. 12-000形の白い塗装車は現実より遥かに多くなっていた。
    • 1990年代後半ぐらいに増発された場合、非塗装車が製造されても現実より非塗装車の影は薄かった。
    • 2008〜2009年頃には既に12-600形が存在し、2019年度内に12-000形は全部廃車になっていた。
    • あるいは12-000形を大規模改造していた。
  2. 汐留駅も遅くとも1998〜1999年頃には開業していた。
    • その場合、東新橋駅とかになっていたかもしれない。
    • そのため、ゆりかもめの汐留駅も現実よりも早く開業していた。
  3. 浅草線のエアポート快特も最初から大門も停車していた。
  4. 「大江戸線」という名前になっていたかどうかは微妙。
  5. 一部の駅の名前が違ってたかもしれない。
1990年代中に全線開業していたら
  1. 1990年代前半に練馬~新宿間が開業していた。
  2. 2次車までは白い塗装車で、3次車が非塗装車であった。
  3. 1998年までに開業していたら、浅草線のエアポート快特は登場時から大門に停車していた。
  4. 1998年までに開業していたら、路線名が「大江戸線」にならなかったかもしれない。

都営地下鉄浅草線[編集 | ソースを編集]

新橋~泉岳寺[編集 | ソースを編集]

1964年
  1. 東京オリンピックの開催を機に開業していた。
  2. 京急との相互乗り入れも史実よりも早まっていた。
  3. 久里浜線の三崎延伸が実現していた。
  4. 無論、京急本線の泉岳寺延伸開業が史実よりも早まり、浅草線との相互直通運転が史実よりも早まっていた。
  5. 旧1000系電車の増備が史実よりも早まり、8両編成での登場が史実よりも早まっていた。

埼玉高速鉄道[編集 | ソースを編集]

1980年代
  1. バブル時代なので一気に蓮田駅まで開業していた。
    • 今頃、羽生駅延長も計画していただろう。
  2. 浦和美園の開発も早まる。
    • 浦和美園ではなく新浦和と名乗っていた可能性もゼロではない。
      • ゼロでしょ。浦和から遠すぎるし・・・
      • むしろ浦和市内に浦和が付かない駅が出来ていた可能性が高い。
  3. 赤羽岩淵ではなく王子か池袋あたりが起点となっていた。
    • 後者の場合は副都心線との直通を行っていた。
    • 逆に営団が東川口まで造り、以北が埼玉高速鉄道という可能性もある。
1990年代
  1. 早くても、1992年頃に開業していた。
    • 1991年11月に営団南北線(駒込~赤羽岩淵間)と同時に開業していた可能性が高い。
  2. 2001年に岩槻まで延伸開業していたかもしれない。
    • 2002年のFIFAワールドカップに控え、埼玉スタジアム付近までに開業していた可能性もあり得る。
  3. 浦和美園駅周辺の開発は史実よりも進んでいた。
  4. 開業を機に、営団南北線は6両編成で運行されていた。
  5. 埼玉高速鉄道2000系電車は史実よりも多く製造されていた。

横浜高速鉄道みなとみらい線[編集 | ソースを編集]

1980年代
  1. 1985年以降に開業していた。
  2. 1989年に開催された横浜博覧会を機に、臨時列車が運行されていた。
  3. 駅名は開業当時に「高島駅」「みなとみらい中央駅」「北仲駅」「県庁前駅」「元町駅」になっていた。
    • 各駅のホームは、20m車10両分設置可能な空間が、建設時から確保される。
    • みなとみらい中央以南は横浜ベイブリッジ開通後に建設。
      • 横浜市営地下鉄3号線関内~山下町間建設(史実では中止)は、'73年9月に変更された予定ルートの本町通りが、横浜港へのトラックが多く通行し、3号線建設工事による渋滞が懸念され、ベイブリッジ開通まで着工が延期されたため。
    • 遅くても1999年(横浜開港140周年)までに本牧まで延伸。
  4. 東急東横線菊名~横浜間は、みなとみらい線の開業と同時に保安装置がATCに移行。
    • みなとみらい線の保安装置は開業当初からATC。
    • 東急8090系は当初から先頭車に貫通扉が設置された(当初からATCの搭載を考慮)、8590系は存在しない。
    • 8500系の後期車は8090系と同じ構造に。
    • 開業当初自社保有の車両はそれと同型だった。
  5. 東急東横線ではなく、JR横浜線と直通運転をしていたかもしれない。
1990年代
  1. 駅名と路線名は史実通り。
  2. 横浜高速鉄道Y500系電車と東急5000系電車の登場が史実より早まっていた。
    • 田園都市線への5000系電車の投入は予定通り250両となっていた。
      • 田園都市線には、5050系電車が投入していた。
    • その代わりに、2020系電車の投入はなかったか、もしくは、史実より遅れていた。
    • 東急3000系は史実の300系が名乗った。
  3. 1998年までに開業した場合、横浜ベイスターズの日本一で祝賀列車が運行されていた。
  4. みなとみらい線の各駅は、当初からユニバーサルデザインを考慮している。
  5. 横浜駅の横須賀線、湘南新宿ラインホームの拡張工事の完成が史実よりも早まっていた。
    • 東急東横線の跡地に遊歩道が史実よりも早く出来上がっていた。
2001年
  1. 横浜高速鉄道Y500系電車と東急5000系電車の登場が2001年に早まっていた。
    • 5000系電車は東横線で運用され、5050系電車は田園都市線で運用されていた。
    • もしくは、横浜高速鉄道Y500系電車は先行車として、登場していた。
  2. 時期的に埼玉高速鉄道の開業と重なった。
  3. 開業と同時に東横線の特急の運行が開始されたか、開業に見越して、1997年3月か1999年3月のダイヤ改正で運行が開始されていた。

横浜市営地下鉄[編集 | ソースを編集]

横浜市営地下鉄ブルーライン[編集 | ソースを編集]

あざみ野~新百合ヶ丘間が別の時期に開業していたら

史実では、2030年度に開業予定。

2000年代
  1. 3000S形が史実よりも多く製造されていた。
    • 場合によっては、3000N形電車と3000R形電車が史実よりも多く製造されていた可能性もあり得る。
  2. 2008年に開業した場合、グリーンラインの開業と同時になっていた。
    • グリーンラインの開業が2001年~2006年頃に早まっていた可能性もある。
  3. 快速運転の開始が史実よりも早まっていた可能性もあり得る。
2010年代
  1. 3000V形の登場が史実よりも早まっていた。
  2. ヨネッティー王禅寺付近を通る「東側ルート」で開業していた。
  3. 東急田園都市線の混雑がさらに激しくなっていたかもしれない。
1990年代
  1. 新横浜~あざみ野間の開業が史実よりも早まっていた。
    • 横浜~新横浜間or上永谷~戸塚間の開業が史実よりも早まっていたかもしれない。
  2. 港北ニュータウンは史実よりも発展していた。
    • モザイクモール港北、港北 TOKYU S.C.の開業が史実よりも早まっていた。
  3. 2002年におけるFIFAワールドカップ応援の企画はどうなっていたのであろうか?
上大岡~伊勢佐木長者町間が別の時期に開業していたら

1949年、横浜市が発表した「横浜市建設計画概要」の高速鉄道の建設で、横浜~高島町~桜木町~磯子~杉田~金沢~鎌倉~大船~戸塚~中山~綱島~市場町~生麦~横浜間の環状線と、桜木町~弘明寺間の分岐線の計画が盛り込まれた。

1959年
  1. 同年の横浜開港100周年・横浜市政70周年を機に、開業した。
    • 市政ではなく市制。
  2. 当初の車両は営団(のちの東京メトロ)300・400・500形と似たもの。形式名は「2000形」辺り<既存の市電との兼ね合い,2000年(当時の近未来)を目指す意味合い>。
  3. 郊外私鉄との乗り入れは一切考えない。
  4. 1964年に新横浜~伊勢佐木長者町間、1960年代後半に上大岡~上永谷間が延伸開業する。
    • 港北ニュータウンの開発が多摩ニュータウンと同時期になり、(あざみ野ではなく)たまプラーザ~新横浜間が1970年代前半に延伸開業。
    • 上永谷~戸塚間は1970年代後半、新百合ヶ丘~たまプラーザ間は1980年代前半に延伸開業。
    • 戸塚~湘南台間は1989年(横浜市制100周年、横浜開港130周年)に延伸開業(下飯田~湘南台間は当初から、相鉄いずみ野線の乗り入れを想定した構造)。
  5. グリーンラインは2000年頃に開通した。
戸塚~湘南台間が別の時期に開業していたら
1993年
  1. あざみ野~新横浜間の開業と同時であった。
  2. 3000A形が史実よりも多く製造されていた。
  3. 相鉄さがみ野線の開業も1993年か1994年に早まっていた。
  4. 1999年にあざみ野~新百合ヶ丘間が開業していた。

横浜市営地下鉄グリーンライン[編集 | ソースを編集]

構想自体は1960年代からありました。

1980年代
  1. 2000形電車と同じタイプが運行されていた。
  2. 2000年代には、中山~元町・中華街間が開業していた。
2000年代前半
  1. 無論、東急目黒線の武蔵小杉~日吉間の開業が史実よりも早まっていた。
  2. センター北駅とセンター南駅周辺にある商業施設の開業が史実よりも早まっていた。
  3. 2002年までに開業した場合、FIFAワールドカップの開催によって、ラッピング列車が運行されていた。
  4. 2004年以降にブルーラインのあざみ野~新百合ヶ丘間が開業していた。
1990年代
  1. 港北ニュータウン計画の一環として、実施されていた。
  2. 東急目黒線の武蔵小杉~日吉間の開業が史実よりも早まっていた。