もしオーストリアが東西に分断されていたら

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オーストリアは戦後、ドイツ同様4ヶ国(米、ソ、英、仏)に分割占領され、もう少しのところで東西に分断されかけましたが何とか危機を乗り越えました。 もしオーストリアがドイツのように東西別れて独立していたら。

  1. 東側はオーストリア人民共和国(東オーストリア)、オーストリア共和国(西オーストリア)に別れて独立。
    • 西側の「暫定首都」は西ドイツ同様にあまり大きくない都市に置かれた。
      • おそらくザルツブルク周辺。
  2. ウィーンはベルリンのように市内で分断。但し中心部は4ヶ国共同管理。
    • ウィーンの米英仏地域は西ベルリン同様資本主義のショーウィンドウと化す。
  3. 中心部はソ連、米英仏地域関係なく自由(さすがに検問はあるが)に出入り可能。
    • なので東オーストリア人はウィーン経由で西側で亡命する。
    • ベルリンの壁建設と同じ頃に東へつながる検問所のチェックが恐ろしく厳しくなった。
  4. 1950年代に東オーストリアが西オーストリアに侵攻。おかげでオーストリアの貴重な文化財が灰になる。
    • 米ソ全面衝突(=第三次世界大戦)につながりかねないのでクレムリンはまずそのような侵攻を許可しないのでは。
    • 実際に戦後のヨーロッパで資本主義国と社会主義国の武力衝突が発生したケースは一つもない。
  5. あるいは東でハンガリー事件やチェコ事件のような市民が暴動を起こす。
  6. いずれにしろ東西オーストリアは冷戦終結と同時に東西統一。
    • ソ連崩壊のきっかけはウィーン市の検問解放だったかもしれない。
    • その代わりハンガリーは社会主義国の東オーストリアにしか接していないので「汎ヨーロッパ・ピクニック」はない。
      • 東オーストリアがイタリアとの国境を開放してたかも。
  7. 統一後のオーストリアは東西に分断の経済格差に苦しんでいた。
    • 東部ではネオナチが活動を活発化させていた。
  8. ウィーンがスパイ小説などに登場する機会がさらに増えていた。
  9. オーストリアが永世中立国になれるわけなどない。
  10. 東西分断後の建設になるため現在のウィーン地下鉄の路線網は史実と大幅に変わっている。
    • 1・2号線は東ウィーン、3・4・6号線は西ウィーンの地下鉄として建設される。1号線・2号線は地下数十メートルの所に作られ、史実よりも駅の数が少ない。
  11. オーストリア国鉄の無煙化は確実に史実より遅い。
  12. 西ウィーンと中心部を囲む「ウィーンの壁」が建設される。ただし、ウィーンの森とドナウ川には建設されず、市の南部にだけ作られる。
  13. 汎ゲルマン主義の台頭を防ぐため、やはりドイツとは統合されない。