もしプロ柔道が存続していたら

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戦後間もない頃に、「国際柔道協会」と呼ばれるプロの柔道が存在しており、木村政彦はその看板選手でした。ところが、木村の妻が病気を患い治療費を捻出する必要があったため脱退。その後も離脱が相次ぎ解散してしまいました。もし、妻が病気に罹らなかった、あるいは脱退せずに治療費を得ることができたらどうなってたか?

  1. 木村はプロレスに転向せず、引退後もプロ柔道を支えた。
  2. プロレス人気も史実ほど上昇しなかった。
    • 力道山が一線を退いた後は再びマイナースポーツに逆戻りしていた。
  3. ウィレム・ルスカもこっちに参戦していただろう。
  4. 小川直也、吉田秀彦らは間違いなく参戦しているはず。
    • 坂口征二も。
  5. 橋本真也も入門していたかも。
    • 佐々木健介も。
  6. 後に女子部も創設されて、神取しのぶがエースになってた。
  7. プロアマ間はボクシング以上にギスギスしたものになってるだろう。
    • 日本武道館でのプロ柔道の興行は今も認められていない。
  8. 東京五輪のあと、アントン・ヘーシンクが来日してプロ入り。悪役的な存在に。
    • その後も悪役として存在感を高める外国人柔道家が続出する。
      • ショー的な要素をより高めるか、あくまで純粋なスポーツとして行うかで選手、関係者間の意見が対立し、団体が分裂する。
  9. 本拠地だった池袋に格闘技用のホールが誕生していた。
  10. 「柔道一直線」や「YAWARA!」の内容が大きく変わっていた。
    • 2作とも途中からプロ編に突入していた。
  11. プロの方が先にカラー柔道着を導入していたかもしれない。
  12. 後世になってどこかの会社から実名版のゲームも出ていた。