もし中南米史が○○だったら
ウルグアイ・ボリビア・パラグアイがアルゼンチンに併合されていたら[編集 | ソースを編集]
1810年5月25日、アルゼンチン独立の第1歩となる五月革命を起こし、ブエノスアイレス政権(アルゼンチンの前身)は自治宣言を発表しましたが残るラ・プラタ副王領のパラグアイ、ボリビア(当時:アルト・ペルー)、ウルグアイ(当時:バンダ・オリエンタル)、コルトバの各地方自治体がブエノスアイレス主導の独立に反対しました。ブエノスアイレス政権はコルトバのみ併合することに成功するも残りの地域の征服には失敗しました。
では仮にブエノスアイレス政権が上記の地域の攻略に成功し、アルゼンチン領にすることに成功していたら?
- アルゼンチン経済の没落はもっと遅くなっていた
- パラグアイ、ボリビアからのアルゼンチンへの不法移民問題は無かった(パラグアイ、ボリビア共にアルゼンチン領になるため)
- 代わりにペルーからの不法移民が深刻な問題になっていた
- サッカーアルゼンチン代表が手がつけられないほど強くなっていた。
- バルディビエソの代表選出が大幅にずれ込んでいた、下手したらワールドカップからは落選していた。
- サンタ・クルスの知名度は実史より低かった
- ペルーとはボリビアを巡って度々紛争を起こしていた。
- ブエノスアイレスの一極集中は少しは緩和・・・されたかな?
- もっと悪化していた可能性もある
- ボリビアは未だに太平洋に面してる。
もしパラグアイが三国同盟戦争に勝利していたら[編集 | ソースを編集]
今では南米の小国であるパラグアイですが、この国はかつては南米の強国で、アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの三国と戦争して負けたために衰退しました。(三国同盟戦争、1864年-1870年)さて、パラグアイがこの戦争に勝利していたらどうなったでしょうか?
- パラグアイはブラジル、アルゼンチンから領土を得て、南米の大国となる。
- ウルグアイはパラグアイの事実上の属国となり、パラグアイの貴重な外港となる。
- アルゼンチンでは反乱が発生し(これは史実でも発生)、国家が分裂、弱体化する。
- ブラジルは領土を失うが、大国として存続。
- 南米で深刻な国家対立が維持された結果、第一次大戦や第二次大戦では南米でも戦争が勃発。
- 三国同盟戦争に勝つことは困難。アルゼンチンの好意的中立を得つつ、ブラジルに戦術的勝利をして条件付講和を取り付けることならありえた。しかしそうなっても、領土的リターンはさほど大きくないし、膨大な戦費は戦後のパラグアイを圧迫したろう。負ければ滅亡、勝ってもこの戦争はパラグアイにとって大幅にマイナス。