もし大阪が今も日本経済の中心だったら

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戦前までの経済の中心は大阪でした。しかし日本が明治以降、東京一極集中化を進め戦時中に東京が産業で大阪を抜いて1番になりました。もし、大阪が今も日本経済の中心都市だったら?

全般[編集 | ソースを編集]

  1. キー局の内3~4局位が大阪に本社を置いている
    • 毎日放送はJNNの、朝日放送はANNのキー局になっている。
      • よってJNNの評判は良くなっていた。
      • TBSは「ラジオ東京」のまま。
        • むしろ「東京放送」では。
      • FNNのキー局は関西テレビに。
        • 関西テレビよりも「テレビ産経」だと思う。
      • それでもNNN系列のキー局は東京の日本テレビになっているだろう。
    • 関西ローカルの番組が東京制作の全国番組のために枠移動させられることはなかった。
      • それどころか現実の関西ローカル番組の一部は全国放送されていた。
        • それでもこの番組が関東で放送されることはない。
    • NRNのキー局はラジオ大阪。
  2. 日本の一部の主要な新聞社も大阪に本社を置いている
    • 歴史的経緯を考えるなら朝日産経がそうなる。毎日は微妙。
    • 4大全国紙は保守系の読売・産経と革新系の朝日・毎日という対立軸の他に、東京系の読売・毎日と大阪系の朝日・産経という対立軸もできていた。
    • そして東京系でも大阪系でもなく、保守系でも革新系でもない第三の立ち位置の新聞として中日新聞が躍進し、全国展開している。
  3. この世界の東京23区の人口は700万人、一方で大阪500万人~600万人
    • 大阪市も大規模な合併をして東京23区並の面積になっている。
      • 合併された地域も考慮に含むと大阪市の人口は800~900万人ほど。
      • とりあえず、東大阪市と門真市と守口市は編入されてそうだな。
        • 他には豊中市や摂津市も含まれそう。
      • それでも堺市とは合併しない。
      • もしかしたら尼崎市と越境合併していたかも。
      • 史実の大阪市内の24区も再編されて5〜6区程度にまとまっていただろう。
      • というか大阪府全体が「大阪特別市」として現実の大ロンドンのようになっている。
    • 大阪は今でも中国・四国・九州地方から労働力や若者を惹きつけ続けている。大阪から東京への人材流出・頭脳流出も当然ない。
      • それよりは海外からの労働力や頭脳(人材や若者も)が幅を利かす可能性が。
      • とくに朝s(ry
        • いや、華僑や華人、東南アジア系に西アジア系が幅を利かすのでは。
        • 鶴橋は史実の新大久保のようなニューカマー・東南アジア系街になり、オールドカマー街は今里が中心になる。
          • どっちにせよ生野区は2割近くが外国籍になってそう。
        • いずれにしろ大阪ではどこの街にも韓国語教室や中国語教室が英会話教室と同じくらい立ち並んでいるはず。
    • 大阪府の人口が1100万人クラスになっていた一方、東京都の人口は2017年頃に1000万人を割り込んでいた。
      • また、神奈川県の人口が900万人を突破することはなく、むしろ令和改元の頃に800万人を割っていた。
    • 和歌山県の人口が100万人を切ることはなかった。
    • 兵庫県の人口が600万人程度に、京都府の人口も300万人程度になっていた。
      • 兵庫県が人口で千葉県に負けることは一度もなかった。
  4. ユニバーサルスタジオはとっくに大阪に建設されている
    • USJ以外の遊園地の閉園も現実よりは少なかった。
      • エキスポランド・宝塚ファミリーランドなどは現在でも営業している。エキスポランドの事故もなかったかもしれない。
  5. 一部の大企業の移転も無かった
    • よってUFJ銀行も合併しても大阪に本社があった
      • UFJは名古屋が本店になっていそう。
      • あるいは三井住友銀行じゃないかな?
    • 日清食品も。
      • 但し、在阪企業のうち、創業者が大阪出身でない在阪企業は続々本社を移転していた。
        • パナソニックは和歌山、大塚グループと日本ハムは徳島が本社になっている。
          • 和歌山県や徳島県などにも大阪系企業のR&D施設や工場が多数できていた。
    • テーブルマークは東京ではなく大阪に本社を移していた。
    • コナミの本社は今も神戸にある。
      • その結果、一部のゲームの開発拠点は六本木ではなく神戸になっていた。
        • おそらく史実でも元々神戸開発だったDDRが該当しそう。リフレクも該当するかも。ボンバーガールやSDVXは微妙。
  6. 夏季オリンピックも東京でなく大阪で行われた
    • でも結局1964年のオリンピックは東京で開催したと思う
      • その場合2008年か2020年に大阪でオリンピックを開催している。
    • もし1964年のオリンピックが大阪だったら1970年の万博は東京になっていた。そして東京は1980~2000年代に五輪に立候補。
  7. もし日本の首都が○○になっていたら」が盛り上がらない。
  8. 環境汚染問題への取り組みが早かった。
    • 大阪は工業の発展が早かったが故に、いち早く大気汚染が深刻化して富裕層の郊外(主に阪神間の山の手)への流出を招いた。東京を含め他地方への産業の分散の原因でもあるのだが、あくまで近畿圏重視でいくのであればこの問題への取り組みが不可欠だったと思われるので。
      • 大阪もそうだが、京都が環境問題に関して史実以上に積極的に取り組んでいた。
        • 京都の中心市街地(所謂洛中)は地元の住民や企業を除いた自家用車の乗り入れが全面的に規制されていた。
        • 京都市電は今でも健在で、市バスと共に多くの観光客で賑わっている。
    • 近畿圏重視でも他地域への分散はあるだろう。
  9. 日本の精神=武士道ではなく、ボケ突っ込みになっていたに違いない。
    • 日本人のイメージは「物静かで勤勉」から「明るくて勤労」になっていた。
    • 源頼朝は大阪の河内源氏であり、以後の将軍どころか武田信玄といった全国の源氏系大名は全てこの血筋であるため、実は武士道=大阪そのものである。ネタ殺し
    • いずれにしろ日本人は現実よりもかなりお金にシビアな一方投資や寄附を積極的に行うようになっているだろう。
  10. 「大阪証券取引所の平均株価」が毎日全国のニュースで放送される。
    • 日本のウォール街は「兜町」ではなく「北浜」。
    • 東証と大証の経営統合後は、東証はデリバティブが中心に。
      • そもそもよほどのことがない限り合併しない可能性も(証券取引所を統一しようと考えるも、東阪の対立が強く、いまひとつ盛り上がらない)。
        • 逆に、名証、札証、福証などの地方の取引所が合併していた。
      • デリバティブ=先物取引と考えた場合、堂島米会所があった大阪でデリバティブを行なう可能性が高いので、東京側には取引所機能が置かれない可能性が高い。(日本取引所グループは現実通り大証が東証を統合して誕生)
  11. 政治首都は東京、経済首都は大阪、文化首都は京都と分かれているため、地方分権や道州制の論議はあまり盛り上がらない。
    • 京都と大阪は近いので今以上に人の移動が大きいから、ほぼ1つのようになるかも。
    • 経済関連の省庁は大阪に置かれていた。(財務省、経済産業省、厚生労働省、金融庁、消費者庁、資源エネルギー庁、中小企業庁、造幣局、日本銀行)
      • 厚生労働省は大阪に移転されないと思う。むしろ国土交通省では?
  12. 大阪や京都でも特別区制が施行されていた。
    • むしろ現在でも3府体制で、3府とも特別区を敷いていたかも。
  13. 全国学力テストで大阪府の成績が史実より良くなっていた。
    • 幸福度ランキングでも大阪府のランクが上がっていた。逆に東京都は下がっていた。
  14. 吉本興業は現在でも大阪を中心に展開し、東京本部を置くことはなかった。
    • 吉本の芸人も大半が大阪在住となっていた。
      • お笑い芸人に限らず芸能界全般において、近畿圏に生活の拠点を置くタレントが現実よりもかなり増えていた。
    • それでもNSCぐらいはおかれていただろう。
  15. 和歌山市は現実の千葉市と同じような存在となっていた。
    • もちろん政令指定都市。
    • 海南市と海草郡・那賀郡は和歌山市に編入されている。
  16. 京都市は映画の都として今以上に発展。
    • 主な映画会社の本社も京都に置かれる。
      • 主な映画俳優の殆どは京都在住となっていた。
    • 21世紀に入って誰かさんのお陰でアニメ制作会社もやってくる。
      • 京阪線沿線にアニメ会社が集中する。
        • 同社も成長にあわせ本社を宇治市から京都市内に移していたかも(そもそも宇治市が京都市に編入されている可能性もあるが)。
    • 宝塚の映画撮影所と争っていた。
    • 京都は日本のハリウッドと呼ばれるようになっていた。
  17. 福岡市は音楽産業の街として発展。
    • 地上波の歌番組の半数以上は福岡のテレビ局が製作していた。
  18. 結局日本経済は大阪中心で動いていた方が世の中よくなっていたって事?
    • どうでしょうね。札幌や福岡も侮れなさそうだし。
  19. 日本の三大都市圏は東京圏・大阪圏・福岡圏となっていた。
    • 現実の佐賀空港は九州国際空港となっている。
    • 名古屋は近畿地方の一部となっていた。
      • 名古屋まで含めた「名京阪神」という括りが一般的になっていた。
  20. 四国の中心都市は徳島市となっていた。
    • 四国初の政令指定都市となっていた。JR四国の本社ももちろん徳島。
    • 政令指定都市は無理だろう。周辺自治体と合併してもせいぜい50万人(現実の松山市程度)では?
    • それどころか四国は現実以上に「明確な中心都市が存在しない」地方になっている。
  21. インテックス大阪が東京ビッグサイトよりも賑わっていた。
    • インテックス大阪の規模は現実の数倍大きくなっていた。
    • それでも足らず、泉佐野市に幕張メッセのような展示場ができていた。
  22. 大阪だけじゃ狭いので淡路島が大阪に編入される。
    • 淡路島への海底トンネルが建設され、淡路島は全土が臨海工業地帯に。淡路島に中核市が誕生。
      • 編入するなら地理的にも西摂のほうがいいとおもうが。それでも大阪~洲本のフェリーは現在も繁栄している。
      • むしろ明石海峡大橋が鉄道併用になっていただろう。淡路島は阪神地区のベッドタウンとなっていた。
        • 狭軌と標準軌の三線軌条で建設され、JRと阪神が乗り入れている。
    • 淡路島には臨海工業地帯のみならず大型リゾート施設も建ち並んでいる。
  23. 関西という言葉は普及せず、関東の方言扱い。
    • 現実以上に「近畿」という言葉を使う機会が多くなっていた。「近畿」には「都の近く」という意味があるので。
    • 関西テレビ」は「近畿テレビ」となり、「京都放送」は最初からその社名だった。
      • 「関西電力」も「近畿電力」となっている。
        • 「大阪電力」かも。
    • 「関西」という単語を聞くのはぐらいか。
    • サッカー地域リーグも「近畿サッカーリーグ」になる。
    • 「『キンキ』というと英語では悪い意味になる」と言われても無視。
  24. NHK大阪放送局も「大阪放送局」から「近畿放送センター」に改称していた。
    • 京都・奈良・神戸の各放送局はFM放送と取材拠点のみの機能となっていた。他に姫路・福知山にも放送局が設置されていた。
    • NHKも東京と大阪の2本部制となり、大阪でもアナウンサーを含む大卒正社員の採用を行っていた。原則として東京採用の者は東日本地域、大阪採用の者は西日本地域での勤務と分かれていた。
  25. もし福澤諭吉が東京に行かず大阪に留まっていたら、慶應義塾大学も大阪に設立されていた。
    • 慶應義塾が大阪に設立されていたら、東の早稲田・西の慶應と並び称されていた一方、早慶戦は史実ほど盛んにならなかった。
    • また、近畿圏の大学の学力水準が史実より上がっていた。逆に首都圏の大学の一部は史実より偏差値が下がっていた。
      • それでも学力面で日本最高峰の大学が東京大学であることには変わらない。ただし、史実よりもっと「官僚育成機関」の色を強く帯びることになるが。
      • 京都大学は現実以上に「研究者養成機関」の色合いが強くなる。
  26. 土地が関東より狭いので都心部が香港並の摩天楼になる。
    • この場合、高さ制限の都合で関空が史実よりも10年ほど早く建設され、伊丹は廃港になっていた。場合によっては更に八尾空港も拡張して定期旅客便を発着させていた。
    • 今頃は梅田や難波にもあべのハルカス並みに高いビルが続々と建設されているだろう。
      • 史実のあべのハルカスはおそらく高さ450mクラスのビルになっていた。もちろん、伊丹廃港が前提ではあるが。
  27. 京都・神戸の昼夜間人口比率は100%を切っていた。
    • それはさすがにありえない。むしろ和歌山がそうなるのでは。
  28. 関東地方は史実より農業主体の地域になっていて、東京23区内でも郊外では普通に田んぼや畑が広がっていた。
    • 練馬区や世田谷区、足立区などは史実以上に田舎とみなされるようになっていた。
  29. 大相撲の大阪場所は年2回開催されていた。
    • 東京場所と同じ扱いを受けていた。
    • おそらく1月・7月が東京、3月・9月が大阪で開催されていた。
      • 名古屋場所は5月に開催されていた。九州場所は現実通り11月か。
  30. 北関東は首都圏から外れていたかもしれない。この場合、宇都宮市が北関東の中心都市として史実以上に発展している。
    • 場合によっては関東地方ではなく東北地方になっていたかも。
      • さすがに東北地方扱いはされないと思う。北関東地方(両毛常地方?)というくくりにはなっていそうだけど。
    • テレビも北関東は関東広域圏ではなく県域局になっていたかも。その場合北関東3県で電波の相互乗り入れが行われていたかもしれない。
  31. 阪神タイガースは巨人と互角に戦えていた。
    • 阪急・南海・近鉄は球団を売却していないか、売却していても2球団ほどは本拠地を関西から移転しなかった。
  32. 高校野球は記念大会以外でも大阪は南北2代表校制になっていた。
    • 記念大会では兵庫に加え京都・奈良も2代表校制に。
    • 逆に関東は埼玉・千葉が記念大会でも2代表校制になることはなかった。

近畿・関東以外の動向[編集 | ソースを編集]

  1. 静岡県浜松あたりより西は現実以上に京都・大阪指向が強くなり、東京など眼中になくなっている。
    • 静岡県は今の所、中部及び東海地方と関東甲信越地方の混在ではあるが、完全に中部及び東海地方の仲間入りを果たす。ただ、静岡県東部地方は東京志向、静岡県中部は東京志向と名古屋・京都・大阪志向とが半々になる。
      • 現実もそうだろ。(但し現実は完全東京の伊豆、名古屋寄り東京の駿河、東京寄り名古屋の遠江だが)
  2. 新潟県も現実よりも大阪指向が強くなり、特急「サンダーバード」に新潟発着が設定されている。
    • 新潟県内のJR線はJR西日本管轄になっていたかも。
    • 福井・石川・富山の「北陸3県」が新潟を加えた「北陸4県」になっている。
    • 新潟市は、北陸と東北との接点として現状よりもかなり発展。人口も経済規模も政治的役割も仙台市と双璧を成していた。
      • 現実に起こっている東北地方における仙台一極集中や新潟県の東京流出現象が起こらず、新潟市は東北地方日本海側(秋田県・山形県庄内・青森県津軽地方・福島県会津地方)や北陸地方北部(新潟県全域や長野県北東部)からの集積力が高くなる。よって、東北地方日本海側は昔からの「北陸地方から続く京都・大阪志向」に、東北地方太平洋側は「東京志向」とにそれぞれ分かれ、仙台市と新潟市との間での激しい対立がある。
      • 福井県から青森県及び宮城県まで、北陸地方と東北地方とを結ぶ本格的な都市圏が「東北北陸ベルト地帯」として形成。
      • 日本海縦貫線が完全に複線電化されている。ひょっとしたら、新潟と仙台とを短絡的に結ぶ磐越西線や米坂線、仙山線が東北地方南部の東西横断や京阪神・北陸と仙台とを結ぶ重要路線に位置付けられ、そこの電化や複線化がなされた。それによって、新潟~仙台間の特急や大阪~仙台(北陸経由)の寝台列車が設定されていた。
      • ただし現在は東北地方日本海側において近畿圏から離れるほど大阪・京都志向が弱まり、東京志向が強くなっている。
  3. 長野県の場合、木曽地区と伊那南部地区は完全に京都・大阪志向。北信と諏訪地区は東京志向と名古屋・京都・大阪志向が半々となる。長野県は完全に中部地方の仲間入りとなる。
    • 松本市長野市との両都市の関係においては、長野県の経済の中心地が松本市、政治の中心が長野市となり、大阪・京都・名古屋に近い松本市が長野市の人口を超える。場合によっては、長野県庁の松本市への移転構想が起こるかもしれない。
    • 長野県内のNTTの管轄はNTT西日本に、NHKは東海北陸エリアになっていたかも。
  4. 山梨県の場合、現実はほぼ関東甲信越地方に区分されているが、中部及び東海地方と関東地方との混在エリアとして区分される事になる。
  5. 「近畿播備淡」という言葉があった。
    • 伊賀、岡山、鳥取、徳島あたりまで大阪圏になっている。

交通[編集 | ソースを編集]

  1. 関西大手私鉄の利用客数は1970年代以降も伸び続け、バブル崩壊後も史実より減少の幅が小さかった。
    • 京阪本線以外にも長い複々線区間が生まれていた。
      • 南海本線は羽衣まで、南海高野線は中百舌鳥まで複々線化していた。
      • 阪神は甲子園まで、近鉄奈良線は東花園まで複々線に。
      • 阪急は神戸線が西宮北口まで、宝塚線が石橋まで、京都線が茨木市まで複々線になっている。
    • 阪神なんば線は1970年代に開業。
    • JR西日本の経営状態も現実より良くなっている。
    • 逆に首都圏の鉄道輸送量はあまり伸びず、通勤圏の拡大も進まなかった。
      • 国鉄・JRにロングシートの近郊形電車が投入されることはなかった。
        • むしろ現実の223系や313系のような3扉転換クロスシート車が各線に投入されている。
          • 逆に関西の新快速はなかったか、あってもロングシート車だった。
      • したがって小田急線や東武伊勢崎線の複々線化も史実のようには進まなかった。
        • それどころか中央線の中野以西すら複々線化していないかも……
    • 関西大手私鉄は製造後40年以内で車両を新車に置き換えていた。
      • 関西大手私鉄から地方への車両譲渡も積極的に行われていた。特に狭軌の南海の車両とかは人気だった。
        • 高松琴平電鉄は京急ではなく阪急や阪神の中古車両を購入していた。
      • 逆に関東は車両を50年以上使うのが当たり前となっていた。
        • 東急8000系、小田急5000形、京王6000系などが2010年代後半になっても現役で走っている。
        • 南海のお古が井の頭線あたりに投入されていたかも。
          • 池上線や目蒲線とかにも入っていそう。
  2. 大阪市営地下鉄は私鉄との相互直通運転を積極的に行っていた。
  3. リニア新幹線は最初から東京―新大阪間で建設が検討される。
    • 新大阪駅ではなく大阪駅に乗り入れる可能性もある。
      • そもそも新大阪駅は開設されず東海道新幹線大阪駅に乗り入れていた。
        • いや、四国新幹線を天王寺発着にする関係で、東海道新幹線は亀山・奈良経由で天王寺に乗り入れる。
        • 因みに京都へは山陽新幹線が経由する。
  4. 北陸新幹線は西側から建設され、京都が起点になっていた。大阪~京都間は山陽新幹線と共用。
    • まずは金沢まで。しかし新潟まで開通するのは上越新幹線が先(言うまでも無く田中角栄のせい)。
    • 新潟~新青森も計画される。東北新幹線は盛岡どまりかも。
    • もしかしたら北陸新幹線は米原分岐になっていたかもしれない。
  5. 関西国際空港は日本を代表するハブ空港となっていた。
    • 但し、冷戦崩壊後は稚内空港か新千歳空港もハブ空港として拡張される。
    • 関西空港は泉州沖ではなく神戸沖にできていた。
      • もっと大阪近郊だったかもしれない。その場合、超高層ビルは上町台地までほとんどなくなる。
    • 成田空港は建設されていたのだろうか。
      • 羽田が手狭になるのは変わらないから、やっぱり首都を代表する国際空港として建設されているのでは。
    • 大阪空港(伊丹空港)は、関西空港の規模拡大に伴い機能を縮小させ、やがては廃止されていたかも。
      • 伊丹が廃港になっていたら、代替地として滋賀県のどこかに空港ができていた。
        • 滋賀県内のどこかに空港ができているとすれば、おそらく西武グループが何らかの形で絡んでいたのは確実。
  6. 紀勢本線の和歌山~新宮間は全線複線電化され、野上電鉄・有田鉄道も廃止されなかった。
    • 現実の房総半島を考えると、せいぜい紀伊田辺ぐらいまででは?
      • 少なくとも御坊までは通勤圏となっている(史実の木更津・上総一ノ宮ポジション?)。
  7. 阪和線には現在も新快速が走っている。
    • 有田あたりまで快速運転し、御坊や紀伊田辺、最長系統は白浜あたりまで直通している。
      • いわゆる「太公望列車」は現在も新宮まで直通している。もしくは天王寺発和歌山・新宮・亀山経由名古屋行きの夜行快速だったかも。
  8. 乗降客数日本一の駅は大阪駅になっていた。
    • 天王寺だったりして。
      • というのは天王寺に新幹線が発着するから。
        • 上位には難波、尼崎、京橋、奈良、京都などの近畿圏の駅が軒並み上位だった。
          • 関東はせいぜい東京、新宿がランクインするくらい。
        • 奈良はさすがにトップ10には入らない気がする。入るとしたら神戸三宮あたりが妥当か。
  9. 本四架橋は神戸~鳴門ルートが最初に開通していた。
    • もちろん鉄道も通っていた。
    • 在来線初の160km/h運転はここで行われていた。
  10. 大阪市中心部と郊外を結ぶ私鉄がもう1社ぐらいはあった。
    • 逆に、近鉄はせいぜい名張止まり程度で、名鉄四日市あたりまで延伸してきた。
    • 関東では東武が郡山まで、小田急(静急?)が静岡まで延伸していた。
    • おそらく大阪鉄道(史実の近鉄南大阪線系統)が戦後も独立した会社として存続している。
      • 場合によっては上記の大阪鉄道が在京大手私鉄(おそらく東急あたり)の傘下に入っていたかもしれない。
  11. 在来線へ直通する新幹線が、大阪~出雲市間を山陽新幹線及び伯備線経由で結ぶ山陰新幹線として開業していた。
    • あるいは智頭線が鳥取方面へのルートとして新幹線が開通したかも。
  12. 福知山線や片町線の全線電化が早まったかもしれない。
    • 加古川線も震災前に電化。関西本線加茂以東も電化されていた。
    • 逆に、川越西線や八高南線などはいまでも非電化だったか、しても21世紀入ってからだった。
    • 相模線も同様に今でも非電化だったかも。
  13. 阪和貨物線~城東貨物線が史実の武蔵野線ポジションとして70年代に旅客営業を開始していた。
    • 逆に、21世紀に入って常磐貨物線か武蔵野線の千葉県内区間が「おおえど東線」として開通した。
  14. 首都圏は現実よりも車社会になっていた。
    • 関東平野が広く、車が使いやすくなっていたため。
    • 首都圏中央連絡自動車道は2010年までに全通していた。
    • 南関東も東京23区やその周辺を除いて、史実の北関東並みの車社会になっていた。
      • 東京都区内でも新築の家にはガレージがあるのが常識となっている。
      • 東京都区内や横浜周辺でも車は一家に一台保有が常識であり、多摩や埼玉、千葉などでは成人1~2人に1台が常識となっている。
    • 首都圏や中京圏においては史実より更に高速道路網が充実していた一方、近畿圏では道路建設のための土地収用が史実より更に困難を極め、21世紀に入って開通した路線の殆どは大深度地下に建設されることになった。
    • 首都圏はアメリカ型の交通体系になっていた。
  15. 関東私鉄は東武・東急・西武・京成の4社にまとまっていた。場合によっては更に京成も西武に吸収されていたかも。
    • 京急や京王あたりは関西大手私鉄の傘下に入っていたかも。
  16. 首都圏が史実よりも車社会になることから、郊外電車も史実のような過密ダイヤにはならなかった。
    • 23区内でも1時間に4本しか電車が止まらないような駅は史実よりはるかに多かった。
    • 東京メトロ東西線や東急田園都市線でも混雑率はせいぜい150%ぐらいだった。
    • 終日全列車で10両編成が走る路線はJRだと山手線と中央線、京浜東北線くらいしかなかった。
      • 地下鉄だと東西線や有楽町線くらいか。
  17. 阪急と阪神の経営統合はおそらく今も構想すら存在しない。
    • その代わり史実の京急と京成が、史実通り地下鉄浅草線を経由して羽田と成田を繋いでいるので、2000年代前半に京成京急ホールディングスが成立していた。
  18. 本州のJRは東西2社体制になっていた。
    • 東海道新幹線はJR西日本管轄になっていた。
      • この世界のJR東日本は在来線に限れば史実よりも経営体力が弱かっただろう(史実のJR西と同程度)から、東海道新幹線だけはJR東管轄だったかも。
  19. 山陽電鉄は大手私鉄になっていた。
    • 神戸電鉄も準大手私鉄のままだった。
    • むしろ山陽は阪神に吸収合併されていたと思う。神鉄は阪急に吸収されていそう。