もし広島・長崎以外の日本の都市に原爆が落とされていたら

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朝鮮や台湾など、太平洋戦争当時日本の領土だった地域を含む。

全般[編集 | ソースを編集]

  1. 梅原司平の「折り鶴」の歌詞に広島・長崎以外の都市名が登場するようになる。
    • 「ヒロシマのある国で」も追加。
  2. 2009年に出された「広島・長崎共同開催オリンピック」の話もなかった。
  3. 当然だが、一部の借民は誕生しなかった。
    • 一部の政治家や経営者、芸能人なども生まれず、そちらの方面でも影響が出ていたかもしれない。
  4. 一等地に平和公園ができる。
    • その周辺の学校も平和教育がさかんになる。
    • そして、よく修学旅行の行き先になる都市になる。
    • 長崎のように爆心が中心市街地から外れていたらそれはない。
  5. 少なくても広島か長崎のどちらかには原爆は落とされなかった。
    • いや、日本が太平洋戦争に降伏したのが史実より遅かったと仮定すれば、その限りではない。
    • その場合、これまで空襲を免れてきた北海道・東北の都市が狙われるだろう。
      • 史実で候補地になったのはことごとく東京以西の都市のためそれはなさそう。

北海道・東北[編集 | ソースを編集]

札幌[編集 | ソースを編集]

  1. 時計台は壊滅。
    • 戦後に再建される。
      • もちろん重要文化財に指定されていなかった。
      • 再建しなければ「負の遺産」として重要文化財や世界遺産に指定されたのに…と今ごろになって言う人が増える。
    • 旧広島大本営のように再建されていない気がする。
  2. 大通り公園にはビルが建っていた。
    • もしくは平和公園ができていた。
  3. 札幌オリンピックは開催されなかったかも。
    • 平和祈念としてあるかも。
  4. 旧道庁が原爆ドームになっていた可能性も。
  5. 場合によってはみそラーメンもなかったかもしれない。
    • 考案者は満洲帰りなので原爆に巻き込まれた可能性は皆無。
      • 史実の経緯を踏まえると味噌ラーメンは「復興を支えた味」とされていた。
  6. 道庁が旭川市に移転していた可能性あり。
    • 本州からの交通が不便すぎるので北日本の共産化でもない限り函館の方がまだ考えられる。
      • もっとも復興の遅れを招く道庁移転など考えるような気はしないが…。
  7. 北海道の戦災といえば「札幌原爆」ということになる。
    • 根室や室蘭への攻撃が史実以上に知名度を落としていた。
  8. 原爆の輸送手段はどうなっていたのだろうか…。
    • ちなみに史実では北海道・東北の都市は一切検討対象にならなかった。
      • 硫黄島の基地が使えるようになるなら北海道方面の空襲も可能になるが、その前に本土侵攻でソ連に占領されるのが先になりそう。
  9. 雪まつりでは毎年平和関連の大雪像が作られるのがお決まりになっていた。

函館[編集 | ソースを編集]

  1. 五稜郭が平和公園になっていた。
    • 悪天候で中心部の目標地点から逸れない限りそれはない。
  2. 青函連絡船も被爆していた。
    • 「最後の被爆船引退」の時にはニュースになっていただろう。
      • その後平和公園ないし資料館に寄贈。
  3. 土方歳三ら幕末の戦士らの遺骨は粉々に粉砕され(ただでさえほぼ見つからないのに)確実に見つからないだろう。
    • そんなことが起きるとしたら原爆ドームに面した元安川の雁木が江戸時代そのままというのはどう説明するのだろうか。
  4. これが実現していたら候補都市になっていた可能性もある。
  5. 函館山の上からアメリカの軍人が撮影した壊滅した市街地の写真が被害の象徴として使われている。
  6. 函館大火・洞爺丸沈没とともに「函館三大惨事」の一つに数えられていた。

青森[編集 | ソースを編集]

  1. 県庁が弘前市か八戸市に移転していた。
    • 県庁が八戸市に移転していた場合は、国道4号線は八戸市を通る経路となっている。
    • むしろ復興事業により青森一極集中が進んでいる気がする。
      • 例:史実の弘前大学に相当する国立大が青森市にある。
  2. 復興事業として史実より早く東北本線の線路が現在のルートに変更されていた。
  3. ねぶた祭りでも平和関連のイベントが行われていた。
  4. 郊外で被爆したリンゴの木の子孫が「平和のリンゴ」として県内外に植えられている。

仙台[編集 | ソースを編集]

地元ではまことしやかに候補地だったとささやかれていますが。

  1. 目標地点はおそらく仙台駅の東側か?
    • 陸軍関係施設が青葉山寄りだからもう少し西側かもしれない。
  2. 連続テレビ小説「天花」でも原爆関連のネタが登場していた。
  3. 東北内の国の機関が山形に移転していたか?
    • 少なくとも1980年代に政令指定都市入りを果たせていない。
      • 広島と、なぜ差が出るのか?
  4. 宮城県内の多くの温泉地に被爆者専用の療養施設ができていた。
  5. ガメラ2で消滅する都市は別の場所になっていた。
  6. 「杜の都を復活させよう」ということで復興の際にはありとあらゆる場所で大規模な植樹が行われた。
    • 特に平和公園は明治神宮ばりのうっそうとした森と化していた。
  7. 地下鉄が掘られることはなく「被爆電車」の記憶から市電が残っていたか…?
    • 史実の広島や長崎の経緯を踏まえると原爆云々が路面電車存続に関わった痕跡はない。

関東[編集 | ソースを編集]

もし広島・長崎以外の日本の都市に原爆が落とされていたら/関東

中部[編集 | ソースを編集]

新潟[編集 | ソースを編集]

小倉と並び実際に原爆投下目標であったが地理的疎遠さから7月に外された。

  • しかし広島や長崎に原爆が落とされた時、次は新潟に投下だと噂が流れ、一週間ほど原爆疎開で無人状態になった事がある。
    • なら死者は0人に。
  1. 北朝鮮の核兵器に対して怒りが爆発。
  2. 長岡市は空襲されなかったかも。
    • 山本五十六の故郷を丸焦げにする意図もあったのでその可能性は薄い。
  3. 万代橋に人影が焼き付いていた。
  4. 8/15に戦争をやめなかったらたぶん被爆。
    • ここに最初に落とされていたら、広島か長崎(あるいは小倉)のどちらかは被爆していなかった可能性がある。
  5. その後新潟地震も起き、ついに新潟県は長岡市に県庁を移すことになる。
    • 跡地は沖縄以上の広大な平和公園となり、市街地は三条・燕よりに展開する。
    • 政令都市にならない。
  6. 2002年FIFAワールドカップの会場ができた場合は、日本戦が開催される。
    • 会場から外れた可能性もある。
  7. 上越新幹線は一気に鶴岡まで開業していた。
    • そもそも開通してない。
    • 復興事業で史実くらいの繁栄は手にしているはず。
  8. 戦後、反核運動もあって左派勢力が強くなるが、2000年代以降は北朝鮮への反発から保守(それもかなりの対北強硬派)の地盤になっていた。
  9. しんがたばくだん の名称が、核兵器の俗称として長く使われるようになる。地名のほうも、しんがた市と読まれてしまう。
  10. 新潟競馬場が被爆した場合、廃止になった可能性もある。その場合の中央競馬の代替地はどこになったか。横浜(根岸)競馬場?
    • 横浜は米軍の接収で使用不能だったので新潟で復旧するほうがずっと現実的。
      • 史実でも新潟競馬場の再開は1949年なので原爆で支障が出るというのは考えにくい。

金沢[編集 | ソースを編集]

  1. 歴史的な町並みも破壊され、日本の観光に大打撃を与えていた。
    • 「ウォーナー伝説」など誕生しない。
  2. 金箔製造業にも大打撃を与えていた。
  3. 兼六園も壊滅していた。
    • 兼六園が平和公園となっていた。
  4. 北陸の中心が富山になっていた。
    • 原爆投下で人口が富山を下回る。
      • 知名度も金沢や富山より「イシカワ」が上回っていた。
        • 「カナザワ」じゃないの?「ヒロシマ」や「ナガサキ」は県の事を指しているわけじゃないんだから。
          • その通りで、カタカナの「カナザワ」で表記される。史実の「ヒロシマ」「ナガサキ」は都市名。
  5. 石川の民放局が未だに3局のまま。
    • 但し、富山や福井の民放局と相互乗り入れをしている。
    • ラジオもあわせて北陸広域圏と呼んでいる。
  6. 中心部の旧町名が復興事業により史実より早く抹殺されていた。
  7. 当地出身の井上あずみが反戦歌を多く歌っている。
  8. 北陸新幹線金沢開業時の列車名公募で「へいわ」が上位に入るが採用されず。

小浜[編集 | ソースを編集]

  1. 「オバマ勝手に応援連」はなかったかもしれない。
    • いや、被爆地だからこそ応援し応援されたかもしれない。
    • 広島ではなくここを訪問していたかもしれない。
  2. 朝ドラ「ちりとてちん」はストーリーが多少変わっていた。
  3. 嶺南地方に原発は建設されなかった。
    • 関西電力は、京都府か兵庫県の日本海側に原発を建設していた。
    • むしろあの時代の雰囲気なら「被爆地だからこそ原子力の平和利用を」というのが主流だったのでは。
      • 広島の原爆資料館でもその手の展示がたくさんあった時代がある。
  4. 嶺南に原爆投下の目標都市を設定するなら有力な港湾都市でもっと人口が多かった敦賀の方が自然。

長野[編集 | ソースを編集]

  • 松代大本営があったので実際に検討されていたらしい。
  1. もちろん松代に大本営を移すことは断念。
  2. 日本人だけでなく動員されていた多くの朝鮮人が死んでいたため核に対する半島の見方が変わっていた。
    • それでも北は核開発をしていると思う。
  3. 千曲川が汚染されるので越後平野の米も汚染され、新潟県にも原爆病患者が発生。
  4. 長野オリンピックは被爆地でのオリンピックということで現実以上に早く実現した。
    • 東京より先だったかも。
  5. 県庁所在地が松本に移転していた。
    • 1948年より前に分県騒動が発生していたかもしれない。
  6. 投下日には市主催の平和記念式典とともに善光寺で原爆死没者の大規模な法要が行われる。
  7. 信濃毎日新聞が平和関連の報道に相当力を入れていた。
    • 日本の平和運動界隈で信毎の存在感が相当なものに。

軽井沢[編集 | ソースを編集]

  1. 中立国の公使館だろうとアメリカの同盟である連合国国籍の外国人が隔離されてようとまとめて爆殺。戦後、アメリカは世界を敵に回すハメに。
  2. ありうるシナリオとしては「新潟に向かった原爆搭載機が越後山脈越えで墜落しかけて原爆を捨てたらそこが軽井沢だった」という感じか。

富士山[編集 | ソースを編集]

  1. 投下理由は日本人のよりどころである富士山を破壊して士気を低下させ、噴火を誘発して国力を落とすため。
    • 実際にアメリカ軍は富士山を赤いペンキで塗りつぶして日本人の士気を落とす作戦が計画された。
    • 幾らなんでも脈絡が無さすぎる。水爆ならまだしも広島型原爆に噴火を誘発できる程のエネルギーがあるとでも?
    • 富士山の雪が融雪したとしてもそこまでの規模ではないとは思う。
  2. 富士山は世界遺産に登録できなかった。
    • むしろ負の遺産として登録されていたかも。登録時期も史実より早まった。
  3. 実際に噴火した場合、日本は戦争どころではなくなっていた。
    • 戦争終結は早まっただろうが、その後の占領統治に影響が出ていた。

静岡[編集 | ソースを編集]

  1. 駿府城址は壊滅。
  2. 当然隣の清水市(現静岡市清水区)も被爆していたため、この作品の中にも原爆や平和を題材にしたエピソードが掲載・放映されていた。
    • ヒロシの回想には確実に登場。
    • 佐々木のじいさんが木を大切にする理由が「木が原爆の熱線から守ってくれたため」になっている。
    • 友蔵爺さんやこたけ婆さんは被爆者手帳を所持している。
    • りぼんの8月号やアニメの8月第1週目の放送回は毎年欠かさずこのエピソードが掲載・放送されていた。
    • まる子達が平和公園や原爆資料館に遠足や社会見学で訪れていた。
    • そもそもさくらももこがこの世に存在していなかった。
    • 案外久能山に遮られてそこまで大きな被害が出なかった可能性もある。
  3. 富士山とキノコ雲が1枚に収まった写真が存在している。
  4. 復興事業のせいで登呂遺跡が破壊された恐れもある。

浜松[編集 | ソースを編集]

  1. 浜名湖は「死の湖」と呼ばれた。
    • それでも鰻文化が絶たれることはなかった。
  2. 戦後のオートバイ産業や自動車産業などにも絶対影響が出ていた。
  3. 本田宗一郎や高柳健次郎が核兵器廃絶運動に深く関与していた。
  4. 史実のようなアメリカ軍の爆弾処分場代わりにされなかったのが絶対条件。
  5. 当地のゆるキャラは出世大名ではなく平和関連だった。

名古屋[編集 | ソースを編集]

  1. 名古屋城が壊滅していた。
    • 石垣の損傷が酷くなり再建がさらに困難になっていた。
      • むしろ天守閣よりも先に本丸御殿が再建されていたのでは。
  2. 名古屋オリンピックが実現していたかもしれない。
    • いや、実現しなかった。
  3. 清水義範が小説の題材にしている。
  4. 史実の100メートル道路が「平和大通り」と呼ばれている。
  5. 中部地方の国の機関が浜松に移転していた。
    • 史実で「広島→岡山」や「長崎→佐世保」の大規模なシフトは起きていないのでそれはない。
      • 原爆が投下されていないのに九州の中心を福岡に持っていかれた熊本の例があるからそうは言えない。
  6. 名古屋と浜松の人口が逆転していた。
    • 浜松は史実よりも早く政令指定都市になっていた。
      • 福岡が熊本を超えられたのは、アジアや本州との交通の便が福岡>熊本だったからだろう。浜松はどう見ても名古屋より交通の便が良いとは思えない(東西はともかく信州・北陸・紀伊半島方面へのアクセスはお察しレベル)。
  7. 市電は未だに健在で、被爆電車が走っている。
    • 地下鉄・道路交通の発達の程度にもよるが、広島に並ぶ路面電車王国となっていたかもしれない。
      • 広島で地下鉄が建設されなかったのは三角州地帯でコストが高騰するため。名古屋なら名駅以東は地盤良いからそれはあり得ないし、史実通り地下鉄は整備されていた。
  8. 愛知県内において史実のような管理教育はなかったかもしれない。
    • 日教組の影響度が現実の広島県並になっていた。
      • 私学が強い県となっていた。
  9. 原爆投下日とその前後には名古屋市内で平和団体が反核集会を開催する。
    • もちろん、全国各地から右翼も名古屋市内に集結する。
    • 黙祷中に平和団体が爆心地周辺で(以下略)。
  10. つボイノリオの歌に核保有国を痛烈に批判したものが存在していた。
  11. 名古屋より後に原爆を投下された都市が存在しない場合は「被爆地はこの「尾張」名古屋で終わりにしましょう」といったスローガンが掲げられていた。
  12. 「日本三大都市」の概念は存在せず東京、大阪、札幌、福岡の4都市が「日本四大都市」と呼ばれていた。
    • いや史実の広島・長崎程度の速さで復興していれば史実通りだろう。(むしろ太平洋ベルト上にある名古屋ならそれ以上のスピードで復興していた可能性が高い)
  13. 最も行きたくない街ランキングで1位に選ばれる事は無かった。
  14. 焼け焦げた金鯱の残骸が原爆資料館に展示されていた。
  15. 原爆を生き延びたのに伊勢湾台風で命を落とすという悲劇が複数のフィクションで取り上げられていた。
  16. 名古屋市公会堂あたりが原爆ドーム化していた。
    • 県庁や市役所は現役かつ被爆建物としても知られていた。
  17. 「中学生日記」(NHK名古屋制作)では夏休みに原爆ネタが取り上げられるのがお約束と化していた。

宇治山田[編集 | ソースを編集]

  1. 伊勢神宮が倒壊していた。
  2. 日本人の心のよりどころだから鬼畜米帝なら考えそうだな…。
    • スチムソン陸軍長官(元国務長官)が「日本人が反米的になりソ連へ接近する」と止めに入る図が目に浮かぶ。

近畿[編集 | ソースを編集]

もし広島・長崎以外の日本の都市に原爆が落とされていたら/近畿

中国・四国[編集 | ソースを編集]

岡山[編集 | ソースを編集]

  1. 岡山城や後楽園が壊滅していた。
  2. 岡山といえば桃太郎ではなく原爆というイメージになっていた。
  3. 岡山市ではなく、倉敷市が政令指定都市になっていた。
    • 恐らく県庁所在地も倉敷に移転していた。
      • 但し、爆心地が倉敷寄りの場合は倉敷も同時に被爆したので、倉敷も政令指定都市にならなかった。
      • 中心部の距離が10km以上あるので同時に被爆というのは考えにくい。
  4. 柳川電停あたりが爆心なら中心市街地がほぼ吹き飛んでいた。

鳥取[編集 | ソースを編集]

  1. 鳥取砂丘は「死の砂丘」と呼ばれた。
    • 「負の遺産」として世界遺産に選ばれていた。
    • 中心部に投下された場合は山で遮られて砂丘への被害はそこまで大きくなかった。
  2. 県庁が米子市に移転していた。
  3. 水木しげるの漫画に描かれていた。
    • おいおい、水木しげるは境港出身。鳥取は県の東の端で境港は西の端。
      • 水木しげるは鳥取市が拠点の陸軍歩兵第53連隊に在籍していたので鳥取市と無縁のわけではない。
        • また、自伝的な戦記漫画で「最後に見る故郷鳥取の空は青かった」と書いていることから「鳥取県出身」という意識も持っていたとみられる。
        • さらに、「鳥取県出身で戦争の悲惨さを描いてきた」ということを踏まえると出版社などが鳥取原爆ものを依頼しない方が不自然では。
      • あるいは救援活動で鳥取に派遣されてという事になっていて、自身も入市被爆者になっていたかもしれない。
        • 水木は腕を失って終戦時にはニューギニアの野戦病院にいたのでそれはない。

出雲[編集 | ソースを編集]

  1. 出雲大社や旧大社駅舎は倒壊していた。
    • 再建された出雲大社本殿は元のものより小さくなっていた。
      • 史実で出雲大社庁の舎を設計した菊竹清訓が全面的に設計したため、むやみに近未来的な建物になってしまった。
  2. 一畑電車に最近まで「被爆電車」が走っていた。
  3. 秘密結社鷹の爪でも平和を題材としたエピソードが描かれていた。
    • 主に鷹の爪団が平和公園を訪れる話。
    • FROGMANが平和を訴えるアニメを制作していた。
  4. 竹内まりや(旧大社町出身)の代表曲に反戦歌があった。

[編集 | ソースを編集]

  1. 呉市電は廃止されなかったかも。
  2. なんか広島と間違えて落っことしていたかも…
    • 違う。海軍工廠(ヤマトミュージアム付近)を狙って…
    • その為日本海軍はほぼ全滅しその為日本陸軍が暴走していた。
  3. 考えたくもない。(by1945年当時呉の海軍工廠で働いていた人の孫)
  4. 終戦直後の呉港には艦船の残骸が大量にあった。
    • そのうちのどれか一隻が「呉原爆」の象徴として保存されている。
  5. (史実通り原爆が広島にも投下されていた場合、)広島県に2個も原爆が投下されたことで、広島県が再編に巻き込まれていたかも。
    • 復興が先決だった時代にそんな余裕はないはず。
  6. 「呉市が21世紀になっても戦前の最盛期の人口を越えられないのは原爆被害のせい」という話がまことしやかに語られる。
  7. 「この世界の片隅に」のストーリーがさらに壮絶なものになっていた。
    • こうの史代の画風が適さない内容になっていたかもしれない。

下関[編集 | ソースを編集]

  • 実際に候補地となっていたらしい。
  1. 投下された位置によっては門司や小倉も被害を受けていた。
  2. 関釜・関門連絡船にも被害が出ていた。
  3. 赤間神宮の被害が史実以上になっていた。
  4. 大洋ホエールズは結成されなかった。
    • 松竹ロビンスが現在まで残っており、現在のチーム名は「京都DeNAロビンス」。
    • カープの例を踏まえると復興の支えとして史実通り結成されるという方が自然。
  5. 戦後の捕鯨産業の発展が原爆からの復興と関連付けられている。

山口[編集 | ソースを編集]

  • 下関同様当初候補地になっていた。
  1. 「西の京」という別名はほとんど使われていない。
    • 原爆により文化財がほとんど壊滅したから。
  2. 小郡町などの分離はなかった。
  3. サビエル記念聖堂が「サビエル記念平和聖堂」という名前になっていた。
  4. 復興時に山陽本線を中心部に寄せる計画が出るが諸事情により頓挫する。
    • ここぞとばかりに市中心部を捨て、小郡に都市機能を移転させていた。

高松[編集 | ソースを編集]

  1. 県庁が坂出市か丸亀市に移転していた。
    • むしろ高松一極集中を助長するきっかけになるような開発事業が行われていた。
  2. 高松琴平電気鉄道に最近まで「被爆電車」が走っていた。
  3. 『二十四の瞳』でも何らかの形で描かれていた。
  4. 一部讃岐うどん店の運命が変わっていた。

松山[編集 | ソースを編集]

  1. 松山城や道後温泉本館等は倒壊していた。
    • そのため現在は市内に高層ビルが建っているだろう。
  2. 当然坊ちゃん列車(先代)も被爆したため坊ちゃん列車という名称は存在せず「被爆列車」と呼ばれていた。
  3. 爆心地は最も目立つ城山頂上あたり。
    • というわけで城山に平和祈念公園みたいなものができる。
  4. 県庁が新居浜か今治、若しくは宇和島に移転していた。
  5. 被爆者が石手川や重信川に飛び込むも、扇状地河川故水がなく各地のため池に飛び込む。これらの池は、死の池と呼ばれた。

九州[編集 | ソースを編集]

もし広島・長崎以外の日本の都市に原爆が落とされていたら/九州

外地[編集 | ソースを編集]

京城[編集 | ソースを編集]

  1. 反日よりも反米が盛ん。
    • 下手したら反米→親ソ連で、半島全土が朝鮮民主主義人民共和国になっていた。
      • その場合、反共の砦として日本軍が復活する。
    • いや、あの国のことだから「そもそも原爆を落とされたのは日本のせい」って言い出すと思う。
    • 投下したアメリカとしてもそう思ってくれた方が好都合なので軍政時代にプロパガンダを行っていた。
  2. 韓国が反核運動の先頭に立つことで、北朝鮮との関係が現実以上に硬化する。
    • そもそも北朝鮮も核開発を行なっていない。
      • 北が「南朝鮮の傀儡政府はソウル原爆の悲劇も忘れアメリカ帝国主義者に原爆を置かせている」などとよく非難していた。
  3. 南大門は壊滅していた。
  4. 反日映画『ムクゲの花が咲きました』は存在しなかった。
    • その代わり「日本が核武装し韓国人全滅を企む」などという内容の作品が制作されていた。
  5. 嫌韓ブーム全盛期の際に「もう一度ソウルに原爆を落とすべきだ」と言った発言が行われ国際問題になっていた。
  6. 市庁か京城駅の残骸が今も保存されている。
  7. もしかすると「ソウル」じゃなくて「京城」のままかも。
    • 読みは流石に「キョンソン」になっている。

台北[編集 | ソースを編集]

  1. 親日国家じゃ無くなってたかも。
    • なんで?
      • 日本のせいで被曝したってことで。史実でも空襲を受けてるけど。
  2. 実史とは別に米軍が沖縄やフィリピンで無く台湾に侵攻していたら可能性はあったかも
    • どっちみち親日反米化していた。
  3. 日本統治時代に建てられた建物は被害を受ける。
    • 現実の総統府は台湾版原爆ドームに。

豊原[編集 | ソースを編集]

  1. 樺太は日本領のまま。
  2. 豊原市は全滅していた。
  3. ソ連対日参戦はなかった。
  4. 生き残った豊原市民のうち冬に凍死する人が続出した。
  5. 樺太庁博物館は建て替えられていた。
  6. 原爆搭載機がどのようなルートで到達したかが非常に気になる。
    • テニアンからではどう考えても航続距離が足りない。