もし新幹線が建設されていなかったら/路線別
東海道・山陽新幹線 編集
並行在来線は東海道本線・山陽本線
- 東海道線東京口は1時間に4本以上東京~静岡方面(史実の「東海」)の特急が走る。
- こだま(153系)毎時12本ダイヤになっているので東海は毎時2本から4本にとどまる。
- 大垣夜行ことムーンライトながらなどが臨時化or廃止される事は無かった。
- それどころか増発されてた。
- それどころかその余裕さえなかった。
- あるいは中央・関西線経由となりJR難波発着になっていた。
- そもそも大垣止まりになっていない。
- それどころか増発されてた。
- 羽田と中部を結ぶ航空便が飛んでいた。
- 羽田がパンクすることから成田空港のほか首都圏第3空港が建設されていた。
- 羽田だけでなく伊丹や名古屋空港も発着枠が限界に達したため関西空港や中部国際空港も1980年代までに開港していた。
- 富士山静岡空港も史実より早く開港していたかも。
- 深夜帯に限ればスカイマークが現実のものとさせるぞ。
- 結局深夜帯にしか飛ばさなかったせいですぐ廃止...
- 名阪間の客は近鉄と高速バスだけでは捌けないだろうから関空や神戸にも就航してた。
- 名阪間は急行比叡が主力。
- 小牧空港は縮小しない。いまごろ熊野・志摩・伊賀・中勢・飛騨・美濃にも空港が建設される。
- 陸上自衛隊の明野飛行場が伊勢空港として、航空自衛隊自衛隊の岐阜基地が岐阜空港として開港していたかも?
- びわこ空港や播磨空港も完成。ついでに岡山空港と岡南飛行場、広島空港は広島西飛行場がそれぞれ別にジェット機が発着。
- 東海道貨物線の旅客化、南方貨物線の建設、御殿場線・二俣線・赤穂線・呉線の輸送力強化を図るも、需要に全く追いつけない。
- 東海道線・関西本線は全線複線化もしくは複々線化されている。
- 中央本線も迂回路線として全線複線以上、高尾以東は3複線、中津川以西は複々線となっていた。
- 関西では山科~城陽~長尾~大阪貨物ターミナル~新大阪間に新線が建設され、湖西線からの列車はこちらを経由していた。
- 静岡地区や名古屋地区(大府~米原)の複々線化はもちろん岡崎~高蔵寺~勝川~稲沢の貨物新線も開業。南方貨物線も完成。
- 京阪神の複々線も西は上郡、東は米原まで完成。湖西線は上記の通り片町線へ、福知山線は全列車JR東西線に直通。
- 山陽本線の東岡山~岡山~倉敷も複々線化。海田市~広島も複々線に。可部線は横川から別線で広島に乗り入れ。
- 岩徳線も電化され櫛ケ浜~徳山は3線化。厚狭~宇部の3線も存続し下関まで延伸。幡生~下関は別に参院選用の線路が確保。
- 筑豊本線が注目され原田線も電化。折尾~中間の複々線設備存続は微妙。鹿児島線吉塚~南福岡も複々線化。
- 東海道線・関西本線は全線複線化もしくは複々線化されている。
- 線路容量の関係で新快速は登場しなかった。あったとしても外側線は使用しない。
- 大阪・神戸~姫路間では山陽電鉄を利用する人も多かった。
- 山陽電鉄は岡山まで路線を延ばし、大阪・神戸-岡山の輸送でも圧倒的なシェアを誇っていた。
- 阪急阪神京阪はノンストップ列車を現在も運行。
- 名古屋急行電鉄の計画を再利用した京都市~名古屋市新線が建設される。
- 大阪・神戸~姫路間では山陽電鉄を利用する人も多かった。
- 梅田貨物線に大阪駅ホームが設置され、なにわ筋線も開業済み。
- 近鉄・阪神の乗り入れは史実よりも早く進んで、名古屋発姫路行の特急などが運行。
- 東京~大阪は飛行機が、名古屋~大阪は近鉄が最大シェア。東海道本線の名古屋~大阪間は衰退する。
- 特急「こだま」はエル特急化されるも、国鉄時代に半数が東京~名古屋に短縮され、国鉄民営化後は全便が東京~名古屋に短縮される。
- 名古屋止まりの列車は新たな名称(急行東海の名称を借用?)が付与されていた。
- 恐らく「おおとり」に統合される形となる。
- 函館~網走間の特急は「ほうおう」辺りを名乗っていた。
- 恐らく「おおとり」に統合される形となる。
- 名古屋止まりの列車は新たな名称(急行東海の名称を借用?)が付与されていた。
- 摂津(伊丹)・泉州(関空)ときて今度は河内にも空港ができる。
- 特急「こだま」はエル特急化されるも、国鉄時代に半数が東京~名古屋に短縮され、国鉄民営化後は全便が東京~名古屋に短縮される。
- 伯備線はローカル線のまま。山陰は、大阪~上郡~鳥取~益田~小郡~博多が事実上の本線。
- キハ66・67系は登場しなかった。
- 東京で「博多行き」を見かけることが少なくなり、そのため福岡県の県庁所在地は博多市と勘違いする人が減っていた。
- 九州行きの寝台列車が存続していたかもしれないが、その場合も博多を飛び越えて熊本や大分まで行ってる。
- 寝台急行銀河は存続していた。
- サンライズ型電車に置き換えられている。
- 他にも東海道本線の寝台列車がいくつか存続している。
- 最盛期のゆうづるみたいに銀河8号くらいまで登場していた。九州行寝台特急も同様。
- 博多名物辛子明太子の知名度は現実よりも低く、九州ローカルに留まっていた(史実では山陽新幹線博多開業が辛子明太子を全国に広めるきっかけになったので)。
- 2000年代以降「秘密のケンミンSHOW」なんかで取り上げられて知名度が上がっていた。
- 勿論、静岡県知事が「のぞみ通行税を取るぞ」という発言なかった。
- 代わりに「こだま通行税」を主張していたかも…(在来線特急時代の「こだま」は静岡県を通過していたため)
- 未だに新山口駅は小郡駅のままだった。
- 東海道新幹線が史実通り建設され、山陽新幹線は建設されなかった場合、新大阪駅は造られず大阪駅に発着していた。
九州新幹線 編集
- 鹿児島本線の一部が分離される事もない。
- りれーつばめ存在せず。
- 「つばめ」は東京~広島間、のちに東京~博多間を運行する長距離電車エル特急の名称。所要時間短縮のため停車駅は史実の「のぞみ」よりも極限に絞っている。
- 東海道・山陽新幹線が開業していれば、史実通り鹿児島本線で使用される。
- 2000年代に赤帯の885系が「白いつばめ」として運用についていた。
- 「つばめ」は東京~広島間、のちに東京~博多間を運行する長距離電車エル特急の名称。所要時間短縮のため停車駅は史実の「のぞみ」よりも極限に絞っている。
- 長崎ルートも建設されないので、フリーゲージトレインの導入意欲はかなり低くなっていた。
- 四国と北陸の一部自治体が導入を強く訴えている程度になっている。
- 近鉄も京都~吉野間の特急に導入を検討している。
- それでも博多南線は開業していると思われる。
- 船小屋ー八代ー鹿児島中央間と武雄温泉ー諫早間に在来線の新線が建設されていた。
- 未だに鹿児島中央駅は西鹿児島駅のままだった。
- 阿久根市は史実ほど衰退しなかった
東北新幹線 編集
- 並行在来線は東北本線・常磐線
- 埼京線は新幹線建設の見返りで建設されたようなものなので建設されなかった。
- 東北地方は現実よりも衰退していた。
- 常磐線は全線が複線化されていた。
- 東京-上野間の列車線が廃止されることはなかった(実史では東北新幹線建設工事のため撤去)。
- 「湘南日光」や「常磐伊豆」など、東京駅を通って東北・常磐線方面へ直通する行楽列車が未だ現役。
- 京浜東北線の快速運転はなかったかもしれない。
- 「東北縦貫線」と呼ばれることはない。
- ましてや「上野東京ライン」などという
チンケな名前が付くこともなかった。
- ましてや「上野東京ライン」などという
- これを経由して東海道線と東北・高崎線の直通が国鉄時代に実現していたかも。
- 東海道新幹線開業前から実在したが。
- 秋葉原~東京間の乗車率緩和のためTXの東京延伸が急がれてた。
- 東北方面からの特急列車は好評のため東京乗り入れが順次拡大し、JR化後には全定期列車が東京以南に乗り入れていた(線路容量の関係と料金差から急行は上野止まりのまま)。
- 丸森線は三セク化されずに全通していた。
- さらに史実では廃止された宇都宮ー蒲須坂間の鬼怒川対岸ルート、利府ー愛宕間の山側ルート、野内ー青森間の青森市街地ルートが復活していた。
- 複線化の上で特急(特に史実のはやてはやぶさに相当する仙台以北連絡の最速達列車)はこちら経由がメインになっていた。ただし線内途中停車駅はゼロ。「ひばり」は白石経由のまま。
- 槻木~宮城野貨物線~岩切は複々線化していた。仙台空港鉄道はJRではなく仙台市地下鉄が名取まで南下して直通していたかも。
- 東武の特急がJR線を走ることなどなかった。
- 東武の特急は半蔵門線を経由して渋谷・中央林間に発着していた。
- 代わりにJR特急が新宿ないし東京—大宮—宇都宮—日光間で運行されている。
- 山形新幹線・秋田新幹線も存在しないため、奥羽本線が全線直通可能。おそらくそのような特急も存在する。
- 特急つばさは(東京~)上野~山形~秋田(~青森)を結ぶ名称であり、「やまばと」も健在。「やまびこ」との誤乗防止のため改称や標示の工夫がされていた可能性はあるけど。
- 寝台特急「はくつる」「ゆうづる」「北星」は廃止されなかった。
- 東北線や高崎線の一部の列車が日暮里に停車していた(東北新幹線建設工事の前はホームがあったらしい)。
- 田沢湖線は電化されず、ローカル線のまま。
- 逆に北上線には、仙台~秋田の特急が運行される。
- JR東日本独自で特急形気動車を開発していた(急行形は言うまでもない)。
- 逆に北上線には、仙台~秋田の特急が運行される。
- さすがに容量があまりにも逼迫するので東京or/and新宿~黒磯あたりまで、別線の複線が建設されていそう(史実の埼京線を含めて。高速線のため交流2万V電化)。
- はつかりやひばりの新宿乗り入れも実現していた。
- 在来特急と高速バスの間隙をついて多層建て気動車急行も健在だったか…?
- 野岩鉄道は東武に直通する三セク路線としてではなく、国鉄日光線今市から分岐する国鉄野岩羽線として開業していた。日中線も熱塩-米沢が建設されて、今市-米沢が全線開業していた。
- 日光線宇都宮-今市は複線化されていた。
- 「はやぶさ」は寝台特急が廃止された後は九州新幹線と山陽新幹線を直通する列車の愛称に使われていた。
- 現実の「さくら」「みずほ」のいずれかが「はやぶさ」を名乗っている。
- 「みずほ」の方かな。
- 現実の「さくら」「みずほ」のいずれかが「はやぶさ」を名乗っている。
- 堺正幸さんを自動放送の案内に起用することはなかった。
- 591系振子式電車は当初の計画通り585系あるいは681系(当然史実とは別物)という形式名で量産化されて東北本線の特急「ひばり」に投入され、上野-仙台間を3時間30分以内で運行していた。
- もしや東海道・山陽新幹線のみ開業して、他の新幹線は開業しなかった可能性もあるか?
- 未だにいわて沼宮内駅は沼宮内駅のままだった。
- 新線・別線含めて小牛田あたりまでは複々線になっていた。黒磯以南は三複線かもしれない。
- 新青森駅は開業しないか、あっても「石江駅」あたりになっていた。
- 当然小規模な無人駅。
- 花巻空港という駅名が名前の割に遠すぎるという苦情が殺到して短期間で再改名していた。
- 現実とは違い羽田便などが運航され利用客数が桁違いに多かったと推測されるため。
現在も全通していなかったら 編集
大宮が起点のままだったら 編集
- それでも東海道新幹線の大宮駅方面延長は有り得ない。
- 新幹線リレー号は今でも運行している。
- 現在では「スワローあかぎ」用の651系に置き換えられている。
- 逆に近郊型使用の快速に格下げされてたりして。
- JR化後は東海道新幹線や東海道線との接続改善のため品川まで運行区間が延長されていた。
- 東京方面の延長はフリーゲージトレインとして開業か。
- 延長されないのは都内の騒音問題とみなされていた。
- 東京都知事が現在に至るまで革新系というのが理由になっていた。(東北新幹線開業当時の埼玉県知事も革新系だというツッコミはなし)
- 東京一極集中を防ぐためにこうなっているとされていた。
- 大宮区の再開発は大規模に。
- 結局リレー号で東京に行く人が多いからそこまで大規模にはならないと思う。
- いや、起点駅ってやっぱり栄えるよ。
- おそらく埼京線も開業していない。
- 大宮~上野間の混雑は史実以上に激しくなっていた。
- 埼京線が開通して不要になったが、宇都宮線のバイパスとして地下鉄南北線を蓮田まで延伸する計画があったので、おそらくそっちが実現していた。
- 赤羽線は赤羽以北で京浜東北線に乗り入れ。
- いなほが現在も上野発着。(終点は当然青森。)
- 北陸・下越庄内から山手線内に行くには2回乗り換えが必要になるため、上越新幹線の存在意義への風当たりが史実以上に強かった。
- 山形新幹線は開業せず在来線特急つばさの大半とあいづは上野発着のまま存続。
- 大宮は上野から北の玄関口の座を名実ともに奪っていた。
上野が起点のままだったら 編集
- 非常に不便な立地なので今でも苦情が殺到している。
- エレベーターの増強や高速エスカレーターの導入が試みられ、将棋倒し防止の対策も真剣に検討されていた。
- 東北本線の路盤がそのまま残っているので、東北縦貫線は作られなかった。
- というより東北・高崎線と東海道線の直通運転が早期に実現していた。
- 恐らく湘南新宿ラインよりも先に実現していた。
- 東北・北関東と西日本を移動する客が東北・上越新幹線との乗り換えをする時は上野ではなく大宮で乗り換えていた。
- 大宮での新幹線乗り継ぎ需要もあるため、普通グリーン車は2両から3両に増強されていた。
- 東北縦貫線開通と東北・上越新幹線の開業時期が逆になっていた?
- というより東北・高崎線と東海道線の直通運転が早期に実現していた。
- 一応各駅の窓口では東京駅までは東北新幹線扱いで買えるようになっていると思われる。
- 現在の値段は新幹線の運賃+160円(在来線の上野-東京間の運賃)。
- こうでもしないと東海道新幹線との乗り換え時に厄介なことになってしまう。
- 史実の上野駅のように空いた番線で車内清掃という手が使えず、増発が史実以上に困難になっていた。(大宮駅の中2線を活用?)
- 「東京五輪までに東京駅まで開業させる」という目標が今頃立っている。
- 現実の上野東京ラインとは逆に、在来線(東北本線)の上を新幹線が通る二重高架になっていた。
- 場合によっては、二重高架を諦めて上野から東京までずっと地下だったかも。
- 現実の上野東京ラインとは逆に、在来線(東北本線)の上を新幹線が通る二重高架になっていた。
上越新幹線 編集
- 並行在来線は高崎線・上越線・信越本線
- 大宮以南が開業しなかった場合はもし新幹線が建設されていなかったら/路線別#大宮が起点のままだったらを参照
- 北陸新幹線は史実よりも早く金沢まで全通していた。
- 高崎線は籠原駅まで複々線化され、埼京線の電車が乗り入れていた。
- 民営化後、「とき」に新型車両が投入されていた。
- 少なくとも183系の一部はあさま・あずさ用183・189系と同様にリニューアル改造が行われていた。
- グリーン車に搭載された車内チャイムはあさま用の「信濃の国」の代わりに「佐渡おけさ」が搭載されていた。
- 北陸新幹線が史実通り開業していれば、結局ほとんどの列車が高崎始発に短縮されているかもしれない。
- 少なくとも183系の一部はあさま・あずさ用183・189系と同様にリニューアル改造が行われていた。
- 北越急行は結局開業しないままだった。
- 中津川線などのような「開業出来ずじまいの路線」として一部で有名になる。
- 「いなほ」は現在も上野発着。
- 「はくたか」も。
- その代わり新潟駅には来ないし、L特急にもなれない。
- 新津駅は鉄道ファン以外にも有名な新潟市の乗り換えターミナル(普通列車以外も)のまま。
- JRになってからも昼行特急用の食堂車が製造され営業されていた。サシ651形やサシ653形も登場していた。
- 流石にどこかの段階で新潟で分断されてそう。
- 関越自動車道の需要が増大。それに伴い北関東道や圏央道も史実より早く全通していた。
- 史実では計画どまりだった首都高速との接続もされていた
- 関越トンネルは当初から4車線で開通。
- 上信越道は別ルートで東京に達していたかも
- 新潟県は現実ほど極端な東京志向にならなかった。
- 福井・石川・富山とともに北陸地方の一員として扱われていた。
- ある程度大阪・名古屋志向も残っている。
- 急行「きたぐに」は廃止されなかった。
- 「つるぎ」は2015年3月以降も大阪~新潟間の寝台特急の名称のまま。
- 北陸本線の3セク化があるからどうだろう。
- 上越妙高or糸魚川~新潟間の新幹線計画が存在するが具体化していない。
- ガーラ湯沢駅もない。東京から新幹線1本でスキー場には行けない。
- もしくは在来線がそのまま乗り入れる形で開業していた。
- ガーラ湯沢への直通列車として「シュプール号」の名称が残っていた。
- 支線ではなく本線上に設置されていた。
- もしくは在来線がそのまま乗り入れる形で開業していた。
- 上越新幹線ではなく柏崎新幹線として開業していた。
- 長岡駅までは実史の通り、長岡駅からは、西山を通って柏崎駅に乗り入れるルートを田中角栄が引いていたかもしれない。
- 新潟市はあんなに無理して合併をせず、柏崎は実史よりも大きな範囲で合併していた。
- 刈羽村、小国町、松代地区、柿崎町、寺泊町などの多くの市町村を奪っていたかも。
- それどころか柏崎刈羽原発の建設はなく、代わりに巻原発の建設が行われていた。
- 柏崎にスタバもあったかもしれない。
- 北陸新幹線は柏崎新幹線から延伸される。
- 流石に我田引鉄すぎて現実味なさすぎ。長岡まで来ておいて新潟に向かわない理由がない。というか、長岡でスイッチバックしないとルートだけみても凄まじく不自然なカーブになる。
- 長岡駅までは実史の通り、長岡駅からは、西山を通って柏崎駅に乗り入れるルートを田中角栄が引いていたかもしれない。
- 原因、掘削中の中山トンネルの異常出水で水上温泉郷の源泉が枯渇。補償問題が荒れ荒れて長期化しこの間国鉄の財政が大幅に悪化して工事が全面的に中止。
- その想定だと結局JR東が開業に漕ぎづける気がしてならない。
北陸新幹線 編集
- 上記同様、横軽廃止やしなの鉄道化は無かった。
- 小諸と佐久の立場逆転はなかった。
- 西武秩父線が軽井沢まで延伸されていた。
- 金沢への延伸もない。
- ほくほく線の有無に関わらず北陸3県は関西・中京志向のまま。2015年前後に関西経済界が焦ることもない。
- 富山から大阪・名古屋への直通特急が廃止されることはなかった。
- 金沢~新潟間を結ぶ特急「北越」が廃止されることはなかった。
- トワイライトエクスプレスは結局廃止されるが、改称・車両新造の上で新たな定期寝台特急が入れ替わり登場していた。
- 史実で名前が継承される事が決まったから、愛称に関しては多分そのままだと思う。
- 「白鳥」「日本海」が残っていた可能性もある。前者は大阪-新潟間に短縮されていそうではあるけど。
- 瑞風は北海道に乗り入れていた…かも。
- 「脇野田」という駅名が一時的に有名になることはなかった。
- はくたかが上野まで伸びていた。
- 代わりに高崎ー軽井沢間、高岡ー金沢間、糸魚川ー魚津間に在来線の新線(設備としてはほくほく線に貨物列車走行可能にしたもの)が建設されていた。
- その場合横川ー軽井沢はやっぱり廃止・バス転換。
- 場合によってはほくほく線もJR線だったかもしれない。
- 長野駅は仏閣型駅舎のまま。
- 上越新幹線の愛称のうち一度消えたときが復活し、代わりにあさひが消えることはなかった可能性がある。
- 理由の1つにあさまと紛らわしいというものがあったから。
- 従ってときの復活はともかくあさひの消滅は行う必要性が薄れる。
- ときの復活自体は新潟県の要望という側面もあったからね。
- 従ってときの復活はともかくあさひの消滅は行う必要性が薄れる。
- 理由の1つにあさまと紛らわしいというものがあったから。
- 289系が存在しないので381系の置き換えが遅れる。
- やくもと同時に独自の振り子車両が投入されていたかもしれない。
- 287系がもう少し多く投入されていた。
- 681系と683系を使って東京発着のはくたかとかがやきが存在したかもしれない。
- さらに休日は東海道線経由で大船行きも設定。
- 富山駅の高架化が遅れる。
- 富山港線がLRT化されることはなかったかもしれない。
- 東京-大町・白馬の移動は中央東線・大糸線経由が当たり前。
- 「あずさ」「しなの」の信濃大町/白馬発着列車が増えていた。
- 長野県飯山市が発行するいいやま観光クーポンでは新幹線沿線の北陸の都市は使えず、大阪府大阪市および東京都国分寺市在住しか使えなかった。
- 観光交流都市も生まれなかった。
北海道新幹線 編集
- 青函トンネルに関しては史実通り建設されている…はず。
- 竜飛海底・吉岡海底・知内の三駅は廃止されなかった。
- どのみち江差線の木古内以西は廃止されている。
- 北海道側では松前線が残っており、渡島福島あたりから海峡線が分岐していた。
- 青森側では津軽線津軽二股あたりから分岐。
- ハナから新幹線の計画が存在しなければ在来線規格で建設されていた可能性もある。
- 竜飛海底・吉岡海底・知内の三駅は廃止されなかった。
- 函館市と北斗市がモメる事は無かった。
- 当然ながら五稜郭-渡島大野間は非電化のまま。
- 下手すると北斗市自体が成立せず、当該地は函館市に合併されているような気がする。
- 史実通り北斗市が成立していた場合、代わりに上磯駅あたりを「北斗駅」に改称せよという主張が起こる。
- トワイライトエクスプレス同様、「北斗星」に関しても新型客車への置き換えが検討されていた。
- 東北新幹線は青森が終点となっていた。
- それどころか盛岡以北はミニ新幹線だった可能性も。
- むしろ道内に新幹線を建設することが検討されていた。
- 検討されるのは道南新幹線(函館〜長万部〜新室蘭〜苫小牧〜札幌)、道北新幹線(札幌〜旭川〜名寄〜稚内)、道東新幹線(札幌〜史実石勝線沿い〜帯広〜釧路)あたり。
- 道内需要だけでは空路から客を奪える気がしないので構想だけで終わってる気がする。
山形・秋田新幹線 編集
西九州新幹線 編集
- ここでは、長崎ルートのみが開業しなかった場合に限ります。
- 嬉野市に鉄道が通ることはなかった。
- 長崎本線の処遇を巡り、佐賀県と対立することもなかった。
- 想定される可能性としてはFGT導入案が存在しなかったので佐賀の同意を得られず建設の時点で躓いたパターンか。
- 「長崎が新幹線建設に意欲的だが佐賀が冷淡なので整備新幹線への格上げがない」というような状況になっていた。
- 下手すりゃ四国新幹線や東九州新幹線より実現可能性がないと評されていたかも…
- 唐津・伊万里ルートが大真面目に主張されていたかもしれない。
- 「長崎が新幹線建設に意欲的だが佐賀が冷淡なので整備新幹線への格上げがない」というような状況になっていた。