もしあの授賞式が○○だったら

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新語・流行語大賞[編集 | ソースを編集]

1984年以前から発表されていたら[編集 | ソースを編集]

  • 具体的な単語の羅列はしないでください。
  1. 2015年の「トリプルスリー」や2016年の「神ってる」みたいな、流行ったかみたいな言葉がもっと多く発生していた。
  2. 戦時中あたりは、日本を賞賛する様な内容が多かっただろう。
  3. 流行語研究においてかなり有益な手掛かりになっていた。

授与者が別の企業・団体だったら[編集 | ソースを編集]

  • 現実では自由国民社。

NHK[編集 | ソースを編集]

  1. 授賞式典はNHKホールで行われる。
    • 式典の模様が総合テレビで放送されていた。
  2. 企業名・商品名はよほどのことがない限り選ばれない。
  3. NHK関連の賞だが紅白歌合戦や朝ドラのように民放でも普通に言及される。
  4. 審査はNHK放送文化研究所が担当。

電通[編集 | ソースを編集]

  1. 現在の名称が「電通トレンドワードアワード」のように横文字が入ったものになっている。
  2. 自社が絡んだものを優先的に受賞する傾向がはっきり見られる。
    • ネット上などで「電通による世論誘導」として叩かれていた。

朝日新聞社[編集 | ソースを編集]

  1. 読者による投票がどこかで導入されていた。
    • これは他の新聞社の場合にも言える。
  2. 現実以上に左偏向が問題視される。
    • 下手したら、集団的自衛権(2014)→アベ政治を許さない(2015)→保育園落ちた日本死ね(2016)→フェイクニュース(2017)→ご飯論法or#MeToo(2018)が大賞になる。
  3. 審査委員長は朝日新聞社の重役が務めるのが慣例。
    • 論説委員やANN局の有力なアナウンサーも審査委員に名を連ねる。
  4. 『知恵蔵』は現在でも紙で発刊される。
  5. テレビ朝日系で授賞式の模様が放送される。
  6. 朝日新聞社主催のワード・オブ・ザ・イヤーはなかった。

産経新聞社[編集 | ソースを編集]

  1. フジテレビ系で授賞式の模様が放送される。
    • 1回は逸見さんが司会を務めていた。
  2. 現実とは逆に左派陣営から文句をつけられていた。
    • 特に「行動する保守」「歴史戦」など産経の政治思想に近い言葉を選出してしまった場合。
  3. なぜか毎回一つは関西にちなんだ言葉が選ばれる。

中日新聞社[編集 | ソースを編集]

  1. 賞の名称としては「東京新聞新語・流行語大賞」になっている。
    • 授賞式会場もおそらく都内。
  2. 必然的に選ばれる言葉には中京地区関連のものが史実より多い。
    • 05年の大賞は「愛・地球博」になっていた。
  3. こちらもフジテレビ系で授賞式の模様が放送されるかもしれない(但し、東海テレビ制作)。
  4. 政治的傾向については現実と変わらないか、朝日新聞社の場合と同様。

岩波書店[編集 | ソースを編集]

  1. 政治的傾向については現実と変わらない。
  2. 学術関連の言葉が現実より選ばれやすい。
  3. 場合によっては受賞した言葉が『広辞苑』に多く記載されていたかもしれない。

日本生命[編集 | ソースを編集]

  1. 候補となる言葉は保険の契約者からの応募で選出。
    • 審査は外部の有識者が行う。
  2. 第一生命のサラリーマン川柳はこの賞に対抗して始まっていた。
  3. 日生のCMで「新語・流行語大賞○○周年」がよく取り上げられている。
  4. サラリーマン川柳(第一生命)、創作四字熟語(住友生命)と並んで「生保三大世相イベント」と呼ばれていた。

毎日新聞社[編集 | ソースを編集]

  1. 政治的傾向は上記の朝日・中日と同様。
  2. 毎日新聞社の重役が審査委員長を務めるのが慣例になっていた。
  3. 授賞式の模様はTBS系の番組で中継。

KADOKAWA(旧・角川書店)[編集 | ソースを編集]

  1. ドワンゴ買収以降はニコニコ動画で発表していた。
  2. 2000年代以降の受賞内容はサブカル色が強かっただろう。

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 現在スポンサーを務めているユーキャンのイメージに影響があった。
    • 「新聞休刊日の前に最終面の広告を出す会社」としかイメージされなかった。
    • 自由国民社の知名度が大幅に下がる。
  2. 一発屋芸人が凋落のリスクにおびえなくて済む。
  3. 別の会社が行っていた史実では消えてしまった流行語の表彰がこの賞の位置を占めていたかもしれない。
    • 朝日新聞が行っていたもの辺りが最有力。
  4. 現代用語の基礎知識は休刊していた。

芥川賞・直木賞[編集 | ソースを編集]

運営出版社が違っていたら[編集 | ソースを編集]

角川グループ[編集 | ソースを編集]

  1. 芥川賞は「別冊カドカワ」、直木賞は「小説野生時代」またはメディアアファクトリーの「ダ・ヴィンチ」に載る。
  2. 角川春樹がいたら、映画化出来そうな本が入賞する。
    • そして映画化とともにタイアップで受賞作を売る。
  3. 史実ほど角川グループはラノベに力を入れなかったかも。

講談社[編集 | ソースを編集]

  1. 芥川賞は「群像」、直木賞は「小説現代」に載る。
  2. 小学館や集英社同様、受賞作を積極的に映像化。
  3. 文化放送が受賞作の宣伝をしていた。
  4. 受賞作が子供向けにアレンジされて青い鳥文庫でも出版される可能性がある。

集英社[編集 | ソースを編集]

  1. 芥川賞は「すばる」、直木賞は「小説すばる」に掲載。
    • 「芥川賞の受賞作を見ようと『すばる』を買おうとしたら間違って『小説すばる』の方を買ってしまう」ということが起こるかも。
  2. 「すばる文学賞」はなかった。
  3. 芥川賞は若手の作家が現実より数多く受賞する。
  4. 1作くらいは受賞作が『週刊少年ジャンプ』で漫画化されていた。

ローレル賞[編集 | ソースを編集]

当初から複数形式選定だったら[編集 | ソースを編集]

現在では普通に複数形式への受賞が当たり前になっていますが、当初はブルーリボン賞同様に1年度につき1形式のみでした。

  1. 京阪は少なくとも5000系は確実に取れた(史実の営団6000系とのダブル受賞)。旧3000系は微妙なライン。

現在でも特急型車両は選定対象外だったら[編集 | ソースを編集]

もともと通勤形電車および近郊形電車が選定対象でした

  1. 該当車なしが数年続くかも。
  2. 京阪3000系(ローレル賞受賞)が特急運用につくと遜色特急とネタにされた。
  3. 一般型電車も対象にしないとJR東日本は2000年以降選定されない。

日本レコード大賞[編集 | ソースを編集]

あの賞が継続していたら[編集 | ソースを編集]

童謡賞[編集 | ソースを編集]

第1回(1959年)から第15回(1973年)まで存在。

  1. 1980年代~1990年代頃から、アニソン賞に模様替えしていた。
    • その場合、2009年には桜高軽音部「Don't say "lazy"」、2011年にはClariS「コネクト」、2013年にはLinked Horizon「紅蓮の弓矢」が受賞していた。
      • アイマスの生っすかSP01(史実では企画賞受賞)もこの賞を受賞していた。
      • 2014年にはキング・クリームソーダの「ゲラゲラポーのうた」が受賞していた。
        • μ'sの「それは僕たちの奇跡」も。
      • 2010年代中盤以降はLisaは確実に受賞していた。
      • さらに2017年にはどうぶつビスケッツ×PPPの「ようこそジャパリパークへ」が受賞していた。
    • それでも2000年代後半まで深夜アニメは冷遇され、2chの実況スレでは「ハピマテを入れろ」「ハルヒはどうした」という書き込みが多かった。
      • 1990年代はビーイングの楽曲、2000年代はポケモンの楽曲が多くランクインしていた。
    • 1980年代には「愛をとりもどせ!」や「CHA-LA HEAD-CHA-LA」などのジャンプアニメの主題歌が多く受賞していた。
  2. 1976年には「およげ!たいやきくん」が、1999年には「だんご三兄弟」がそれぞれ受賞していた。

大衆賞[編集 | ソースを編集]

第11回(1969年)から第19回(1977年)まで存在。第47回(2005年)に1度だけ復活。

  1. 1978年のピンク・レディー、1988年の光GENJI、1990年のB.B.クイーンズは大賞ではなく大衆賞に回されていた。
  2. 2008年は100%の確率で羞恥心が受賞していた。
    • 青山テルマのほうが可能性が高い(この場合、羞恥心は史実通り特別賞)。
  3. 2011年は「マル・マル・モリ・モリ!」で決定的。
    • 西野カナかも。
      • それは絶対にない。取るとしたら2010年だろうけどどう考えてもAKB48には勝てない。
  4. 2016年はピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」が受賞していたか。
  5. 2014年はキング・クリームソーダあたりが受賞していたかも。
  6. 2018年は「U.S.A.」以外ありえない。
  7. 2020年は「香水」が受賞していたか。

ロングセラー賞[編集 | ソースを編集]

第21回(1979年)から第25回(1983年)まで存在。

  1. 2007年には秋川雅史「千の風になって」、2008年にはすぎもとまさと「吾亦紅」、2009年には秋元順子「愛のままで…」が受賞していた。
    • ロングセラー賞は「楽曲」に与えられる賞であるため、外国曲であっても問題ない(はず)。

2部門制[編集 | ソースを編集]

第32回(1990年)〜第34回(1992年)は、歌謡曲・演歌部門とポップス・ロック部門の2部門に分けて各賞を発表していました。その後も2部門制が継続されていたら?

  1. 1993年のポップス・ロック部門大賞はTHE虎舞竜「ロード」かTHE BOOM「島唄」、歌謡曲・演歌部門大賞は香西かおり「無言坂」になっていたかもしれない。
  2. 1994年のポップス・ロック部門大賞はMr.Children「innocent world」、歌謡曲・演歌部門大賞は藤あや子「花のワルツ」になっていたかもしれない。
  3. 21世紀に入ったあたりから、歌謡曲・演歌部門大賞は氷川きよしが毎年のように受賞していた可能性が高い。
  4. 日本演歌歌謡大賞はなかった。

民放テレビ4大系列による同時中継が実現していたら[編集 | ソースを編集]

テレビ生中継が開始された第11回(1969年)では、NHK紅白歌合戦への対抗策として、TBSテレビが制作し日本テレビ・フジテレビ・NETテレビ(現:テレビ朝日)のネットワークに流して全国中継する計画がありました(詳細はこちらを参照)。この計画は各テレビ局の固辞により実現しませんでしたが、仮に実現していたら?

  1. 日本歌謡大賞は存在しなかった。
  2. 第12回(1970年)以後、在京キー局が輪番制で制作を担当していた。
    • 途中から東京12チャンネル(現:テレビ東京)も制作に加わっていた。
    • 21世紀に入ったあたりから、東京MXテレビも制作に加わっていた。

あの曲が大賞を受賞していたら[編集 | ソースを編集]

1950年代[編集 | ソースを編集]

1959年(第1回)
  • 史実では「黒い花びら」(水原弘)が受賞。
黄色いさくらんぼ(スリー・キャッツ)
  1. 「お色気ソングが大賞」として話題になっていた。

1960年代[編集 | ソースを編集]

1962年(第4回)
  • 史実では「いつでも夢を」(橋幸夫・吉永小百合)が受賞。
ちいさい秋みつけた(ボニージャックス)
  • 大賞の最終候補曲に残っていたそうです(当時は童謡にも大賞受賞資格があった)。
  1. この年の童謡賞はなし。代わりに「いつでも夢を」が「歌謡曲賞」を受賞していた。
1966年(第8回)
  • 史実では「霧氷」(橋幸夫)が受賞。
君といつまでも(加山雄三)
  1. 一般的には「この年を代表するヒット曲が大賞」と、順当な受賞とみられた。

1970年代[編集 | ソースを編集]

1979年(第21回)
  • 史実では「魅せられて」(ジュディ・オング)が受賞。
YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(西城秀樹)
  1. 少なくとも、洋楽のカバー曲は審査対象外というルールがなかったらありえたんだろうか?
  2. この回で西城がジュディをエスコートする場面はなかった。
  3. 2018年にDA PUMP「U.S.A.」が大賞を逃したときにこの曲を思い出す人はいなかった。

1980年代[編集 | ソースを編集]

1987年(第29回)
  • 史実では「愚か者」(近藤真彦)が受賞。
難破船(中森明菜)
  1. 中森明菜がレコード大賞史上初の大賞3連覇歌手となっていた。
1989年(第31回)
  • 史実では「淋しい熱帯魚」(Wink)が受賞。
川の流れのように(美空ひばり)
  1. 歌手が大賞受賞時点で故人であることから、必然的に「受賞歌手不在の大賞」となっていた。

2010年代[編集 | ソースを編集]

2013年(第55回)
  • 史実では「EXILE PRIDE 〜こんな世界を愛するため〜」(EXILE)が受賞。
恋するフォーチュンクッキー(AKB48)
  1. 一般的には「この年を代表するヒット曲が大賞」と、順当な受賞とみられた。
  2. LDHによるゴリ推し・買収疑惑が出ることもなく、槍玉に挙がることもなかった。
    • その分、EXILEが紅白歌合戦で落選することもなく、現在に至るまで出場し続けていた。
  3. AKB48の楽曲は売上に比例して評価が反映されていないと言われることもなかった。
    • 過小評価されることもなかった。

開催年別[編集 | ソースを編集]

1988年の開催が中止されていたら[編集 | ソースを編集]

  1. レコ大に代わる、簡素な音楽祭が実施・放送。
  2. 反動で89年のレコ大が超豪華な祭典と化したかも。
  3. 実際に中止された「日本歌謡大賞」と同じように、その後数年で打ち切られることになる。
    • あるいは現実よりも早く12月30日に放送日時が移動していた。
  4. ”自分の死によって日本の文化が損なわれるのは陛下自身の本意ではない”という意見が出て、”音楽の祭典”としてのレコ大の放送が中止になっても各賞の選定と発表は通常通り行われていた。

2018年の乃木坂46に対する買収疑惑がなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. ゴリ推しとみなされることはなかった。
  2. 選考基準に対する批判が出ることもなかった。
    • 日本歌謡大賞を復活させるべきという意見すら出なかった。
  3. DA PUMP「U.S.A.」の評価がよくなっていた。
    • 「U.S.A」はカバーなのでむしろ米津玄師あたりかも。
      • あいみょんの「マリーゴールド」かも。
      • 2019年の紅白歌合戦では米津玄師とあいみょんが落選することもなかった。
        • 2019年の紅白歌合戦の人選はもう少しマシなものになっていた。
  4. 西野カナが活動休止することもなかった。
    • 西野カナの活動休止は結婚だと思われ。
  5. 三代目J Soul Brothersの二の舞になる事も無かった。
  6. 乃木坂46は楽曲の売り上げの割には代表曲がないとみなされることもなかった。
    • 代表曲らしい曲があったらこのようなことはなかった。

現在でも大晦日に放送されていたら[編集 | ソースを編集]

  1. やがて次番組のCDTVスペシャルとともに年またぎ音楽祭りとしてまとめられていた。
  2. アーティストの負担が重くなる。
    • 年忘れにっぽんの歌は現実通り収録放送に移行するはず。
  3. 紅白歌合戦が逆に収録放送になっていったかも。

キャンディーズが受賞していたら[編集 | ソースを編集]

  • キャンディーズは一世を風靡したアイドルグループでしたが、日本レコード大賞では何の部門賞も受賞していません。もし何らかの賞を受賞していたら?
  1. おそらく可能性が最も高かったのは1976年(第18回)の大衆賞。
    • 翌1977年は、ピンク・レディー旋風の年なのでまず無理。

日本歌謡大賞[編集 | ソースを編集]

現在も行われていたら[編集 | ソースを編集]

日本歌謡大賞については、こちらを参照。

  1. 歌番組がバラエティ化することはなかった。
  2. 1995年度からは、(当時開局したばかりの)東京MXテレビが中継放送担当のローテーションに加わっていた。
    • J-WAVEも加わっているはず。ただし、2000年頃から。
      • のちにinterfmも参加していた。
    • MXは開局当初地域密着ローカルニュース重視路線の編成を敷いていたから、放送ローテーションに入ったとしても21世紀以降になるんじゃないか。番組制作力も皆無だったし。
  3. 2000年頃からは、アニソン部門が新設されていた。
  4. 司会者は下記の人物が担当。
    • 男性=徳光和夫(これはほぼ確定と思われる)
    • 女性=オスカー系(米倉涼子or上戸彩or菊川怜など)。
      • 但し日テレ担当年は非オスカー系(例として藤原紀香or伊東美咲or山田優など)が担当するかも。
        • 森泉の線もあり。
        • 蛯原友里or押切もえが担当していたかもしれない。
    • 日本テレビ担当年=羽鳥慎一or鈴江奈々
    • フジテレビ担当年=高島彩or平井理央
    • テレビ朝日担当年=藤井暁or堂真理子
    • テレビ東京担当年=大江麻理子or大橋未歩
    • 東京MXテレビ担当年は、MXテレビと資本関係があるTOKYO FMのアナウンサーが司会を担当していただろう(MXテレビが中継放送担当のローテーションに加わっていた場合の話だが)
      • だとすれば大橋俊夫or小林賢or松本ともこ?
  5. 視聴率が低迷し賞の権威が失墜したレコード大賞と合併し、TBSがローテーションに。
    • この際NHKもローテーションに加わり、7年に1度しか回ってこない番組になっていたかもしれない。
      • NHK以外は系列外でネットする措置がとられた。全国32地域すべてで視聴可能となった。
        • それでも、道東・道北ではテレビ東京の回が、沖縄県先島地方では2008年以前はテレビ朝日の回が視聴不可能。
        • BSでサイマル放送が実施されていた。
    • TBS担当年は安住or小島慶子
    • NHK担当年は紅白とは司会者を変える。
    • MXが放送ローテーションに入った場合、その年の放送は東名阪の独立局&地方では系列外で遅れネットが妥当か。
    • そもそもレコード大賞の権威は低下せず、現在も最高の音楽賞である。
  6. その代わり、各局で主催されていた音楽番組(日本テレビ音楽祭→ベストアーティスト、FNS歌謡祭、全日本歌謡大賞→ミュージックステーションスーパーライブなど)は打ち切られていた可能性も。
    • NHK参加ならこういうことになる可能性も。
    • 日本ゴールドディスク大賞、JASRAC賞なども統合されていた。
  7. SMAPは1回ぐらいグランプリ取っていたと思う。
  8. 『レコ大』の1ヶ月前の開催が平成に入ってから『レコ大』の前日開催になっていた。
  9. AKBグループは優秀放送音楽新人賞を受賞し、AKBでは日本歌謡大賞を何度も獲得してた(『RIVER』『ヘビーローテーション』『フライングゲット』『恋するフォーチュンクッキー』『根も葉もRumor』など)

国民栄誉賞[編集 | ソースを編集]

あの時代から存在していたら[編集 | ソースを編集]

実際に誕生したのは1977年。ですが、もし国民栄誉賞が他の時代から存在していたらどうなったか。

明治・大正期[編集 | ソースを編集]

  1. 明治、大正期から存在していたとしたら第一号は東郷平八郎だった可能性も。
    • 史実では受賞者は全て文化人なのでそれは考えにくい。
      • むしろ国策の観点から軍人の受賞者が多くを占めていた可能性大。特に太平洋戦争中にも賞が残っていたとすれば尚更。
  2. オリンピックの金メダリスト(織田幹雄、南部忠平(以上陸上)、前畑秀子(競泳)ほか)にも授与されていたと思われる。
  3. 受賞するのはオリンピックの金メダリストか軍人ばかりということになりそう。
    • その他候補:西竹一(ロス五輪馬術金メダリスト)、人見絹江(アムステルダム五輪陸上銀メダリスト)
      • 人見絹枝は難しいかもしれない。現在でこそ女子スポーツの先駆者として高く評価されていますが、当時の彼女は今で言う南部虎弾や江頭2:50的なゲテモノ的存在として扱われる向きが強かったですから・・・・
  4. オリンピックメダリスト、軍人以外の有力候補と思われる人物
    • 大隈重信(教育家・早稲田大学創設者)、福沢諭吉(教育家・慶応義塾創設者)、九代目市川団十郎(明治時代を代表する歌舞伎役者)、尾上松之助(大正時代を代表する映画スター)
  5. そもそも名称が「国民栄誉賞」ではなかった。
    • 「臣民栄誉賞」とか?
      • 「臣民」という言葉はあくまで法律用語だったので使用されなかったのでは。
        • 当時の書籍などでも「国民」の方がはるかに多く用いられている。
    • 天皇主権の観点から褒章の一部にさせられていたかもしれない。
  6. 表彰対象に「国威の発揚」や「国家への多大なる貢献」といった感じの語句が入っていた。
  7. 政府からはあまり大したものが贈られなかったと思われる。
  8. 戦後GHQにより何人か剥奪されている。
  9. やはり天皇が授与する。
  10. 内閣の支持率どうのこうので利用されることはない。
  11. 内外地の一体に一役買ったとして、一度くらいは朝鮮や台湾人も受賞していた。

終戦直後[編集 | ソースを編集]

  1. 第1号は古橋広之進選手か湯川秀樹博士(1949年)。
  2. 力道山は確実に授与されている。
  3. その他候補:双葉山、大鵬、長嶋茂雄、小津安二郎、円谷英二
    • 追加:榎本健一、花菱アチャコ・横山エンタツ、堀江謙一
    • さらに追加:白井義男、古今亭志ん生
    • 東海林太郎は確実に授与されていると思う(恐らく1972年の死の直後に)。
    • 大鵬、長嶋茂雄は現実でも受賞したが、より早い時期に、大鵬の場合は存命中に受賞していた。
  4. 現在受賞者がいない分野からも(例:作家)受賞者が出ている。
    • 小説家の受賞候補は吉川英治(1962年没)あたりか?
  5. すでに何らかの明白な受賞基準が存在している。
  6. 団体受賞第1号は東京オリンピックの女子バレーボール日本代表。
    • その後9連覇を達成した読売巨人軍やアテネオリンピックの男子体操団体日本チームにも授与されていた。
    • 札幌オリンピックの「日の丸飛行隊」も受賞していた。
  7. 内閣総理大臣顕彰は創設されなかった。

あの人が受賞していたら[編集 | ソースを編集]

  • 節の順序は名前の50音順でお願いします。
浅田真央
  1. バンクーバーで金を取っていたら十分考えられた。
    • 世界選手権3回、グランプリファイナル4回優勝の実績があるので五輪の金さえあれば…。
  2. おそらく愛知県出身者として初の受賞となっていた。
    • 当時の名古屋市長の所へも報告に行ったであろうが楯をかじられることはおそらくない。
  3. 受賞時期は引退した2017年春。
    • この場合競技が被ってしまうため翌年の羽生結弦への授与がなかったかもしれない。
    • なおレスリングの吉田沙保里と伊調馨への授与は間隔が4年開いている。
石原裕次郎
  1. 芸能人としての実績だけでなく石原プロ社長としての社会貢献やヨットマンとしての業績も評価されて受賞していた。
  2. 楯は一体どこに展示されたのだろうか。
    • おそらく石原プロの社屋か小樽の記念館と思われる。
  3. 受賞にあたり(裕次郎の死去当時当時運輸大臣)の政治力があったという噂が飛んでいた。
イチロー
  • 2023年時点で4度授与の打診を受けているが全て辞退している。
  1. この人のことなので現役時代に授与されていてもプレイに影響があったとは思えない。
  2. 記念品はおそらく何らかの野球用品。
    • あるいは金一封で受け取りどこかのグラウンドか何かの整備に使っていた。
  3. サトウ製薬やオリックスなどがお祝いの広告を出していた。
  4. これから授与される場合は本人の希望を考慮すると死後追贈になりそう。
大谷翔平
  • 2021年にアメリカン・リーグのMVPを獲得した際に打診があったが辞退した。
  1. 史実の辞退時なら山下泰裕と同じ27歳なので特に早すぎるという声は上がらない。
  2. 東日本大震災からちょうど10年というタイミングだったので故郷岩手を勇気づけるニュースとしても取り上げられていた。
  3. 本人の年齢や活躍を考慮すると今後いくらでもチャンスはあると考えても過言ではない。
    • ただしイチローのように何度も辞退を続けるという可能性も否定できない。
桂歌丸
  1. 過去の落語家で授与の可能性が最も高かったのはこの人か。
  2. タイミングとしては2016年の笑点司会退任または2018年の死去時か。
    • なお史実では前者の時に文部科学大臣表彰、後者で従五位叙位。
  3. 生きているうちに授与されていたら記念品は釣竿か何か。
    • 若い頃からの釣り好きだったので釣り関連の品物だったのは間違いない。
  4. それでも人間国宝にはなれなかった。
    • その点に関しては六代目圓楽の奔走も役に立たなかった。
北島康介
  1. アテネ五輪の際に噂された金メダリストへの国民栄誉賞授与が行われていたら有力候補だった。
    • あるいは北京で2大会連続2冠を成し遂げた際も考えられた。
  2. 受賞時のコメントで「チョー気持ちいい」「何も言えねえ」クラスの名言を残していた。
具志堅用高
  • あるボクシング関係者曰く「いわゆる「毒入りオレンジ事件」がなければ授与されていた」とか。
  1. 授与のタイミングは81年の引退時か。
    • 記念品がカンムリワシの置物だったかもしれない。
  2. 後にアートネイチャーのCMで衣笠祥雄と共演し「W国民栄誉賞」と話題になった。
  3. 引退後のタレント活動に影響があるかどうかは微妙。
    • 「国民栄誉賞」という肩書がおバカキャラとそぐわず迷走を強いられた恐れもある。
古関裕而
  • 1989年の死去時に授与が打診されるも遺族が辞退した。
  1. =遺族が死後追贈に違和感を持たなかった場合。
    • 生前に贈られるという展開はタイミングが難しそう。
  2. 朝ドラの「エール」より前に民放で生涯がドラマ化されていた。
    • 「オールスター家族対抗歌合戦」審査員と産経新聞の社歌作曲の縁でフジテレビ系が最有力。
    • 「エール」の筋にはおそらく何の影響もない。
高倉健
  • 死去の際に一部で国民栄誉賞受賞の可能性に言及する報道があった。
  1. 俳優としての業績だけでなく日中友好や矯正行政への貢献も評価されていた。
    • 受賞にあたり中国外務省も祝賀の談話を出していた。
  2. 本人没後に制作された記録映画「健さん」でも確実に取り上げられていた。
  3. それでも当時の安倍内閣(第2次安倍改造内閣)の支持率には大した影響はなかった。
    • 史実でも7人に国民栄誉賞を授与しているのでもう1人増えたところで大きく変わったとは考えづらい。
田部井淳子
  1. 女性初のエベレストなど七大陸最高峰登頂という記録を持つ登山家なので受賞の噂すら出なかったのが不思議。
    • せめてエベレスト登頂の75年時点で国民栄誉賞があれば…。
    • 山に絞って見れば先に授与された植村直己以上の実績を残している。
  2. 死去時以外で考えられたタイミングは92年のエルブルス登頂で七大陸最高峰をコンプリートした時。
    • 92年授与ならエルブルスから帰国した日時によっては藤山一郎か長谷川町子と同時になっていた可能性もありうる。
  3. 東日本大震災以降に東北の学生とともに登山を行っていたことも広く知れ渡っていた。
田村亮子
  • シドニー五輪(2000)後に検討されたが高橋尚子への授与が決まり立ち消えに。
  • 2000年時点での受賞を想定した記事のため名字は結婚前の「田村」を使用。
  1. 史実通りの経緯なら代わりに高橋尚子が内閣総理大臣顕彰の対象になっていた。
    • 陸上界で国民栄誉賞を受賞した人物は2023年時点でまだ存在していなかった。
  2. 自身のニックネームの元ネタになった『YAWARA!』の主人公猪熊柔も作中で国民栄誉賞を受賞していたことが話題になった。
  3. シドニー以前のバルセロナ、アトランタの両五輪で金メダルを獲得していたら文句なしで受賞できていたはず。
  4. 後に国会議員へ転じた際には「国民栄誉賞受賞者初の国政入り」と騒がれた。
手塚治虫
  1. 普通に考えたら没後の追贈になるはず。
    • 史実より長生きしていれば存命中に何かきっかけになる出来事が発生したかもしれない。
  2. 国民栄誉賞をもらっていないことが最も不思議がられる有名人は誰になっていたのだろうか。
  3. それでも手塚ファンは「あの業績は国民栄誉賞でも収まり切らない」と思っていた。
  4. 記念の楯は手塚治虫記念館の目立つ場所に堂々と飾られていた。
  5. 上記の古関祐而のように遺族が辞退という可能性もゼロではなかったと思う。
福本豊
  • 1983年に通算盗塁数の世界記録を達成した際に打診されたが辞退。
  1. 本人が危惧していたように模範たらねばならないというプレッシャーがかかり様々な悪影響を受けていたかもしれない。
    • ブレーブスの身売りより先に引退していた。
    • 解説者としても現実のような話し方ができず魅力が損なわれていた恐れあり。
  2. いわゆる「団塊の世代」で初めての受賞者になっていた。
    • 史実では団塊世代の国民栄誉賞受賞者はおそらく誰もいない。
  3. 背番号7はオリックスの正式な永久欠番になっていた。
    • ただし近鉄との合併により取り消された可能性もある。
三浦知良
  1. 受賞理由は「日本サッカーの人気・普及に大きく貢献した」というものか。
  2. もし今後受賞するとしたら引退した時になる…のかもしれない。

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 史実の人物・団体は内閣総理大臣顕彰を受けていた。
    • 羽生善治あたりは複数回受賞の可能性もあったか。
  2. 史実では94年にジーコが内閣総理大臣顕彰が表彰されているので、仮に1977年にされなくても王貞治にも授与されているはず。
    • 2006年の日本代表監督だったwbc優勝あたりが有力。

日本アカデミー賞[編集 | ソースを編集]

放映権が日本テレビ以外だったら[編集 | ソースを編集]

全般[編集 | ソースを編集]

  1. 「名探偵コナン」が毎年ノミネートすることはなかった。
  2. 「Shall we dance?」や「ALLWAYS 三丁目の夕日」が賞を独占することもなかった。
  3. 第31回(2007年度)は、他の映画賞で全く相手にされてなかった「東京タワー」に軍配が上がることも無く、順当に「それでもボクはやってない」が総なめだった。

他地上波キー局だった場合[編集 | ソースを編集]

フジテレビ
  1. 「オールナイトニッポン話題賞」の扱いが史実より良くなる。
  2. フジ製作の映画が各賞を総なめにしていた。
    • 最優秀作品賞は第9回(1986年)「ビルマの竪琴」、第15回(1991年)「江戸城大乱」、第18回(1994年)「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」、第22回(1999年)「踊る大捜査線 THE MOVIE」、第25回(2002年)「ウォーターボーイズ」、第29回(2006年)「THE 有頂天ホテル」。
  3. 司会は高島忠夫とフジテレビの女子アナが毎年担当。
  4. 放送時期は「FNS27時間テレビ」の一企画として夏か年末
  5. ONE PIECEの劇場版が毎年ノミネートされる。
    • ノイタミナムービーも。
TBS
  1. アニメ作品賞がその他の賞扱いになる。
    • むしろMBS制作の作品が毎年ノミネートされていたかも。
テレビ朝日
  1. プリキュアの劇場版が毎年ノミネートされる。
    • そこはドラえもんないししんちゃんだろ…だいたいプリキュアはABC制作だし…
      • そんなこと言っていたら名探偵コナンだってytv制作だぞ。
    • 仮面ライダーの劇場版も(スーパー戦隊シリーズは流石に厳しいか)。
テレビ東京
  1. アカデミー賞の番販が各地で起こる。
    • BSジャパンで同時ネットする。
  2. ポケモンやギンガ以降のウルトラマンの劇場版が毎年ノミネートされる。

持ちまわり制だった場合[編集 | ソースを編集]

昔の日本歌謡大賞のように各民放で1年ごとに持ち回りで放送だったら?

  1. 日テレ単独より公平な審査になる。
  2. でも毎年ノミネートされる作品は民放各局の出資作品が多い。
  3. テレビ東京系のない地域はネットなどで確認せざるを得ない。

ブルーリボン賞(鉄道)[編集 | ソースを編集]

新幹線0系電車が受賞を逃していたら[編集 | ソースを編集]

  • 史実では1965(昭和40)年に現在も破られていない史上最高得票率(70.3%)で第8回ブルーリボン賞を受賞していますが。もし受賞を逃していたら?
  • 過度の故障頻発、人的犠牲を伴う事故発生など、候補選出辞退もしくは受賞辞退を余儀なくされるような事態は起きていないものとします。
  1. 受賞を逃した理由は何か、鉄道ファンおよび鉄道関係者の間で議論が沸騰する。
  2. 朝日新聞あたりから、「このような世界の鉄道史上に永久に残るであろう画期的な車両が受賞できないブルーリボン賞など意味がない」と批判される。
  3. 同じ時代に新幹線0系電車以上の画期的な車両が存在していた可能性もある。
    • もしそんな車両が存在していたとしたらどんな車両だったのだろう?
  4. アンチ国鉄派の鉄道ファンによる組織的妨害投票が起きていた。
  5. あるとすれば同じ年に小田急の新型車両導入と被ったことか。(そもそも小田急のためにつくられたようなものだから)

Tokyo SuperStar Awards[編集 | ソースを編集]

  • LGBTに関する賞

現在でも続いていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 一番注目されるのはラズベリー賞(反LGBT的な言動をとった人におくられる)
    • 「LGBTQ生産性ない」といったあの人は殿堂入り(笑)
  2. 一方カルチャー賞は普通の作品ばかり選ばれる
  3. PRIDE指標は存在しなかったかもしれない(企業賞があるので)

関連項目[編集 | ソースを編集]