もし東北新幹線が○○だったら

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もし東北・上越新幹線が○○だったら > 東北新幹線

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仙台駅を通っていなかったら[編集 | ソースを編集]

東北新幹線建設時、直線性を重視して仙台駅から少し離れた場所に「新仙台駅」を設置する構想もあったとか。もし東北新幹線「新仙台駅」ができていたらどうなっていたかを考える。

新仙台
しんせんだい
白石蔵王   古川
Shiroishi-zao Shin-sendai Furukawa
  1. 宮城野駅(貨物駅)付近に新仙台駅ができている。
    • 仙石線の宮城野原駅が新幹線の接続駅となっている。宮城野原駅も「新仙台駅」になっている。
      • 新仙台駅は宮城野貨物線沿いに作られたため、仙石線の新仙台~陸前原ノ町間は宮城野貨物線沿いのルートに移設され、同時に仙台~新仙台間は地下化される。
  2. 地下鉄仙台駅はあおば通駅に改称され、以下の2系統になる。
    • 南北線:泉中央~広瀬通~あおば通(旧地下鉄仙台)~五橋~富沢
    • 泉石線:泉中央~勾当台公園~あおば通(現行・JRと地下鉄の分界)~仙台東口(旧仙石線仙台)~榴ヶ岡~新仙台~石巻
  3. 貨物線が「新仙台線」となり、東北本線の支線となる。
    • もしくはその貨物線が本線となり、宮城野原駅が新幹線開業を機に「仙台駅」に改称。従来の仙台駅が「西仙台駅」に改称し、西仙台ルートが支線となる。
      • 俺もそれはいいと思うが、仙石線と仙山線をどうするかが課題となる。
        • 仙石線はただ仙台駅を西仙台駅に改称するだけでいいとして問題は仙山線だけどこれに関してはいっそ岩沼乗り入れを行うのがいいのでは?
        • つまり貨物線を東北本線にして旅客線を東北本線の支線でなく仙山線にする。結果長町~羽前千歳間が仙山線に。また西仙台駅は仙山線所属に直すと。
  4. フルキャストスタジアム宮城は全国屈指の交通アクセスのスタジアムに
    • これに対抗できるのは日産スタジアムのみ。
    • 広島のマツダスタジアムもお忘れなく。
  5. 北海道新幹線開業時、仙台無停車の列車が登場。「仙台飛ばし」と猛烈な批判を受ける。
    • その批判に応えるかの如く、新仙台始発の列車が登場。
  6. 金子ガメラでは仙台市中心部が消滅しない代わりに、フルスタと新仙台駅が消滅していた
  7. 仙台市営地下鉄南北線より先に東西線が完成してた。
  8. 仙台空港アクセス鉄道が、仙台駅のみならず新仙台まで発着していた。
    • スーパーひたちの終着駅は仙台駅でなく新仙台(宮城野原駅)になってた。上野ー茨城県ーいわき市ー岩沼ー名取ー仙台ー新仙台(宮城野原駅)
      • 岩沼方面→仙台→東仙台付近でスイッチバック→南進して新仙台終着ってこと??
  9. 白石蔵王・新仙台・古川・くりこま高原、4駅とも東北本線と接続しない。静岡よりもひどい「宮城冷遇」。
    • 新幹線忌避伝説や陰謀論が語り継がれることになる。
      • はやてが病気や災厄を運んでくるっちゃ
  10. 仙台発着の一部の高速バスは、仙台での発着が二箇所になる。
    • 仙台宮城IC-仙台駅前広瀬通-新仙台駅前バス停。
    • 所要時間短縮のため一番町や電力ビル前の停車を取りやめる路線も出始め、平成不況もあって仙台駅前・一番町の空洞化が史実以上に深刻になっていた。
  11. 仙台の区割りが変わっていた。新幹線の線路が区の境界線となり、現宮城野区・若林区が東西に分断。現青葉区も、広瀬川~県道北四番丁大衡線付近で東西に分断されて、宮城野区・若林区の西側+青葉区の東側(つまり仙台駅を中心とした都心部)に6つ目の区ができていた。
    • 青葉山・青葉城が外れるため区名に「青葉区」は使えない。「中央区」「広瀬区」、あるいは歴史を考えると「梅田区」「四ッ谷区」あたりか。
      • 可能性が高いのは後者2つだろうね。前者2つは「中央区」に関しては方角区名をなるべく避けるという当時の仙台市の方針に反するし、「広瀬区」は旧宮城町が青葉区から独立する際に使う有力候補の1つだからまずありえない。

開業区間が異なっていたら[編集 | ソースを編集]

1982年の時点で青森まで全通していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 東北本線盛岡以北の第3セクター化はなかった。
    • 現時点でも東北本線は日本一の最長路線。
      • 現実に2002年11月30日で廃止された夜行列車の廃止も無かった。
      • でも、(実史で)2014年3月15日の寝台特急『あけぼの』廃止時に東北本線の寝台特急も廃止される。
    • いや、いま日本一の最長路線は山陰本線。
      • それは分かっている。「もし盛岡以北が第3セクター化されなかったら」東北本線が日本最長でしょ?
    • 18きっぱーも困らせることも無かった。
  2. 青森行きの最速新幹線はやまびこ。はやて号は生まれなかった。
    • むしろ青森行きがはつかり、盛岡行きがやまびこ、仙台行きがあおばとなっていた。
    • 速達型が「はつかり」、各駅停車が「あおば」、「やまびこ」は「ひばり」などとともに愛称消滅していたかも?
    • あるいは速達型が「はつかり」、各駅型が「みちのく」とか…、はないか。
    • ハヤテのごとく!ファンががっかりする。
    • いずれにせよ、東北新幹線に「はやぶさ」の愛称が使われることはなかった。
  3. 八戸駅は2面2線の相対式ホームになっていたかも。但し通過線は設けられていた。
  4. 羽田-三沢、羽田-青森間の航空路線が打撃を受けていた。
    • 新幹線のスピードアップが進んだ時点で廃止。
    • それはどうだろうか、実史で2002年12月1日の八戸開業及び2010年12月4日の新青森(全線)開業で、「羽田-三沢」線は影響があったが、「羽田-青森」線は機体の小型化はあったが、減便などは実施されなかったから。
  5. 高速バスヨーデル号の開設が相当後になっていただろう。
    • むしろ、盛岡駅での乗換えの必要性が無い為、ヨーデル号の運行自体が無かった。そして弘南バスの「弘前~青森線」が増発されていた(現実は利用者減の為2002年に廃止)。
    • 参考までに、1982年当時、東北自動車道は、矢立峠をはさむ区間などは開通していない。
  6. 弘前へは青森乗り継ぎが定着。
    • 弘前駅や大館駅から特急又は快速「新幹線リレー号」が運行されそう。
    • 実史で2010年12月4日の東北新幹線新青森開業時には、大館発着の臨時特急「つがる」が運行されているから、現実味はあったかも。
  7. 盛岡はもっと廃れていたかと。
    • それでも秋田や大館、能代、岩手県三陸地方(特に盛・宮古など)への乗り継ぎ拠点として賑わっていたはず。
  8. 「羽越新幹線」や「奥羽新幹線」や「山陰新幹線」が今でいう「整備五路線」になっていた。
    • 「山形新幹線」はなかったかもしれない。(全線が奥羽新幹線のルートのため)
      • 現実の長野新幹線のように、山形まで開業した時点で「山形新幹線」の愛称を付ける。
    • 「秋田新幹線」はフル規格で開業していた。
  9. 予算捻出のため上越新幹線は未開業だった。
    • 上越特急「とき」などがリレー号の役割を果たす。
      • 181系から185系200番台に置き換えられる。
    • 上越新幹線を建設させないために、越後の某元首相だけでなく、上州選出の有力政治家にも疑獄の嫌疑が及んだ。
      • 中曽根康弘、小渕恵三、福田赳夫・康夫父子あたりがやられる?
    • 場合によっては北陸新幹線の方が先に開業し、上越新幹線は新在直通のミニ新幹線となっていた。
      • 下越・庄内・由利は史実以上に涙目。山形新幹線の陸羽西線延伸が具体化していたかも。
    • むしろコンピュータ付ブルドーザーならどっちも強行したかも。その場合疑獄が及ぶのはry
      • 東北、上越、成田新幹線の着工が最初に決まったのが終点が自民党三役の地元(東北が総務会長、成田が政調会長、新潟が幹事長)だったので青森県出身の自民党が大物だったらこうなっていないかもしれない。
  10. 北海道新幹線の開業が早まる。
    • その場合、羽田-函館/同ー千歳間の航空路線が縮小されるなどの打撃を受けている。
    • 青函トンネルは当初から北海道新幹線として開業していた。
      • 1988年に新函館まで開通、2002年に札幌まで開通していた。
  11. 現実の1990年台末頃に運行されていたエアーニッポンの「仙台~青森線」の運行が無かった。
  12. 高速バスあすなろ号(青森⇔盛岡線)は運行されないか八盛号みたいに朝夕のみの運行、ブルーシティ号(青森⇔仙台線)は逆に現実より増便され各種割引も充実していた(現実は往復割引のみ)
  13. 新青森駅は史実より青森駅に近い場所になっていた。
    • 東北本線側にできていたかも?
      • 現実の小柳駅と青森駅の間位に設置か?
    • あるいは青森駅に直接新幹線が乗り入れていた。
      • 北海道新幹線が無ければ、可能性はあった。(事実、青森市側は新幹線駅を青森駅に併設する要望を国鉄に出したが、北海道新幹線の路線配置の関係で、実史の新青森駅が建設された経緯がある為。)
  14. 現在建設中のルートで開業した場合、南部縦貫鉄道の廃止が無かったか…。
    • 新幹線アクセス路線として機能しているだろう。但しレールバスは早期に廃車となり新型気動車が投入されている。
      • 七戸十和田駅は南部縦貫鉄道の交点に設置されていた。
      • こうなれば、南部縦貫鉄道は、野辺地・下北方面の短絡ルートとして認識される様になる(実史では、同じルートを行く場合、野辺地駅まで十鉄バスに乗り、野辺地駅でJR大湊線に乗り継ぐ形となる)。
  15. あのラップ歌手は「新幹線はあるけれど、結局搾取されるだけ!」と嘆いて、ニコ動でレイザーディスク以上に加工されている。
  16. 盛岡以北でも320km/h運転が可能な規格となっていた。
    • 2011年3月には史実通り東京~新青森間に現実の「はやぶさ」のような速達列車が新設されるが、大宮以北のほぼ全区間で320km/h走行が可能だったため全区間の所要時間は3時間を切っている。
    • 愛称は「はやぶさ」ではなく「はやて」あるいは「はつかり」となっていた。
  17. スーパーはつかりE751系が登場しなかった。
  18. 東京駅での東海道新幹線との相互直通が実現していた。
  19. 埼京線も1982年に開業した。
    • 103系を捻出するため山手線に201系が投入される。
  20. 盛岡以北も16両対応になっていた。
    • 200系H編成(スーパーやまびこ)やE4系×2が乗り入れていた。
      • 12両の200系やE1系も乗り入れていた。
      • 「スーパーやまびこ」や「Maxやまびこ」の新青森行きが設定されていた。
    • 後から開業する駅を除いて通過線が設けられていた。
  21. 東北本線の昼行電車急行の廃止が早まった。
  22. 臨時特急「ふるさと」は運転されなかった。
  23. 北福岡駅が史実より早く「二戸駅」に改称していた。
    • もしそのままの駅名だったら川内並みにネタにされる。
  24. 大型の時刻表には東京から新幹線、新青森からシャトル列車、青函連絡船を乗りつぎ函館から道内各地に至るのりつぎ案内が掲載され、飛行機から若干シェアを奪っていた。
  25. 秋田市が、東北新幹線沿線の各都市と格差をつけられていた。

1982年の時点で仙台までしか開通していなかったら[編集 | ソースを編集]

せんだい
仙台
SENDAI
白石蔵王
SHIROISHI-ZAŌ

  1. 長野行新幹線が開通する前に、仙台~盛岡間の工事に着手する。または、高崎~軽井沢、仙台~盛岡を開通させて、後に軽井沢~長野、盛岡~八戸か新青森まで二段階で開通させた。
  2. 福島からの山形新幹線はともかく、盛岡からの秋田新幹線はなかった。あったとしても、山形新幹線の新庄から秋田へ延伸するコースであったと思われる。
    • いずれにしても秋田に新幹線が来るのは史実より大幅に遅れていた。山形新幹線も仙台以北よりも後回しにされた可能性がある。
  3. 仙台以北の東北本線はすべて第三セクターになり、JR東日本は儲かるが東北地方は現実以上に廃れ、岩手の某国会議員の力により第三セクター化された東北本線をふたたびJR東日本の管轄にさせる。
    • そもそもそのような力があるのなら第三セクター化自体回避できているのでは。
    • 3セク区間があまりにも長大なため、JR貨物は羽越奥羽線へのシフトを強め、美味し国みやぎ鉄道?やIGRや青い森は経費節減のため気動車を投入していたかもしれない。
    • 流石に全部はないと思う。少なくとも仙台近郊の仙台~小牛田間は国鉄(現JR)として残ると思う。
    • 1985年までに盛岡まで延びたら経営転換されない。
  4. 仙台までしか開通していない東北新幹線は現実以上に宇都宮や郡山に停車するようになりそれらの駅周辺は現実以上ににぎわう。
    • 郡山市中核市指定が早まった。
    • 福島・郡山・宇都宮の3市は、仙台以北開業時に通過列車(史実のはやてタイプ)が設定されることに対して「県都飛ばしだ」と頑強に抵抗し話題となっていた。
    • 仙台発着・特急「はつかり」と接続する大宮-仙台間ノンストップ列車が(開業より)朝と夕方に多く設定されたら話が変わるが。
  5. 青森市、秋田市が盛岡市に差をつけられることが無かった。
  6. 仙台発着で青森・秋田に向かう特急が設定されていた。
    • 仙台発秋田行きは北上線経由の「あおば」が復活し、新幹線の各駅停車タイプは「ひばり」の愛称になっていた。
      • 田沢湖線ではなく北上線が電化されていた。
        • あるいはJR東日本が特急形気動車を新造?
      • 速達型「ひばり」各駅停車「みやぎの」かもしれない。
    • 「北斗星」の一部は新幹線接続を考慮したダイヤが設定された。
  7. 寝台特急「北星」の廃止が遅れた。
    • 1985年以降は客車のテールマークと同デザインのヘッドマークが機関車に掲出される。
    • 「あさま」と「あさひ」みたく列車名が紛らわしくなるので史実通り1988年春に寝台特急「北斗星」が運行開始したら遅くとも88年春までに廃止orはくつるに統合されたか!?
  8. 急行「もりおか」が特急に格上げされたかも。
  9. 特急「みちのく」も新幹線の仙台以北延伸まで現役であった。
  10. 山形新幹線開業前は仙山線が接続路線として重視される。
    • 仙台口の容量逼迫や定時性が史実以上に問題視され、山形県の度重なる要請で複線化が本気で検討されていた。
  11. 羽田−花巻の航空便廃止が遅れていた。
    • むしろ今でも存在してる(東北新幹線の盛岡延伸後も割引切符などで対抗)。
  12. 北上操車場は開設されなかった。
    • 盛岡貨物ターミナル駅の開業も遅れた。
  13. 代わりに九州新幹線がこの頃に博多~熊本間開業。
    • 但し新鳥栖ではなく鳥栖、筑後船小屋ではなく羽犬塚、新大牟田ではなく大牟田、新玉名ではなく玉名に駅が設置されている。
    • 2004年に熊本~川内間が開業。2011年に川内~鹿児島中央間の開業で全線開業。
      • 川内~鹿児島中央間に新伊集院駅が設置されている。
    • 「Aひかり」の殆どが山陽新幹線・小倉から先は各駅に停車。

民営化後に開業していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 東北本線は小牛田以北が第3セクター化されていた。
    • それでは面白くないので東北本線は有無を言わせず第3セクター化。
      • 高崎線は大宮始発
      • 京浜東北線は東京から北は廃止し、京浜線に改名
      • 山手線も日暮里から東京までは別会社扱い
        • 流石に山手線はそのままJR・・・仙台のJRは常磐線のみの駅に
        • 宇都宮鉄道上野駅。
        • いくらなんでも大宮or宇都宮まではJRが持っていたのでは。
      • IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道のように、都県単位で別会社となり、境界駅は規模に関係なく県境に近いほうの駅となる。
    • 第3セクター化されるのは黒磯以北で、上野~黒磯間は東武鉄道に移管。
      • 第3セクター化されるのは黒磯~郡山、小牛田~盛岡間。それ以外はそれなりに収益性があるしね。
        • それはいくらなんでも郡山~白石間を持ち上げ過ぎ。確かに郡山~福島間の都市間移動はあるが、それはあくまで新幹線が担うので。
          • いや郡山~福島間は残ると思う。収益的には微妙なんだが貨物輸送を考えるとある方がいい。
          • むしろ福島~仙台間は福島~岩沼間まで三セク化される可能性が高い。こっちは常磐線と奥羽本線とで代用可能だから。
            • 郡山車両センターへの甲種輸送などに莫大な線路使用料がかかるようになる。
    • 青森県内の東北本線が実史通り「青い森鉄道」に移管されたら、七戸駅(実史の「七戸十和田駅」)と実史では廃止した南部縦貫鉄道が接続して野辺地・下北方面の短絡ルートとなり、南部縦貫鉄道の廃止が無かった。
      • 多分、実史では無かった南部縦貫鉄道から青い森鉄道・JR大湊線への直通列車が運行されたかも。
    • 一方で十和田観光電鉄鉄道線の廃止が早まったかも。(実史では、東北新幹線新青森開業後の利用者減で2012年3月で廃止となる。)
  2. 高速バス会社がウハウハ。
  3. 電車の食堂車営業がJR化後も継続。
    • 一部のサシ581がJR東日本に継承されていた。
  4. 快速「ラビット」「スイフト」の登場が遅れた可能性がある。
  5. 九州に転入する485系が少ないため、481系電動車が90年代初頭まで健在。
    • 交流専用特急車の製造両数が現実より多かった。
  6. 駅のない茨城県にも建設費が請求されるため茨城県知事が猛反発していた。

2002年の時点で新青森まで全通していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 新青森行きの最速新幹線はみちのく。はやて・はやぶさは生まれなかった。
    • E5系使用列車は「スーパーみちのく」あるいは「はつかり」となっていたかもしれない。
      • 最速新幹線は「はやて」、新青森行停車タイプが「はつかり」となっていたよ。
        • 史実の「はやぶさ」は、山陽九州新幹線の最速新幹線の愛称として使われていた。
  2. 南部縦貫鉄道は廃止されなかった。
    • 逆に十和田観光電鉄は実史よりも早く廃止になっていた。
  3. 新青森~函館間の特急は「つがる」、新青森~秋田間の特急は「かもしか」となっていた。
    • E751系は登場から二年で編成短縮の上、かもしか転用となったため迷列車扱いされていた。
  4. IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道は一つの会社だったかもしれない。
    • もしかして、『みちのく鉄道』?
  5. 青森空港の駐車場拡張工事が行われない。石江周辺の再開発は早まる。

終点が盛岡のままだったら[編集 | ソースを編集]

  1. 無論、盛岡~青森間が第三セクター化されることはなかった。
    • むしろ、盛岡~青森間はミニ新幹線として、開業していたかもしれない。
  2. 無論、北海道新幹線は構想すらなかった。
  3. 青森県民は発展から取り残された気分になっていた。

盛岡以北がミニ新幹線で建設されていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 寝台特急や貨物を通すため、複線の内片側だけが標準軌化される。
    • 東北線の列車本数から考えると複線全区間共に3本レールでしょう。
    • 大湊線や八戸線からのディーゼル車の乗り入れが完全廃止される(現実は大湊線の一部列車が青森駅に、青い森鉄道から八戸線に乗り入れるディーゼル車がある)。
    • あるいは寝台特急や貨物列車は花輪・奥羽本線に迂回している。その場合花輪線は電化されていた可能性もある。
  2. 盛岡以北直通列車はE3系で運用。
    • 東京〜盛岡間はE2系+E3系で運用。
    • 史実のE5系は開発されず、はやぶさ号もE6系で運行されていた。
    • E2系はやまびこ号専用になってたかも。はやてはE3系で運行。盛岡でE6系同士こまちとはやぶさが連結して走行する。
      • はやぶさの名称は、ミニ新幹線の列車愛称として使われていなかった。むしろ、E6系による青森系統は、E3系とともにはやてで統一されていたし、山陽九州新幹線の最速タイプ(史実では「みずほ」)へとスライドする形で使われていた。
    • 史実のE6系の赤系統の色にならず、史実のE5系同様緑系統の色になっていた。
  3. 現時点でも東北本線は日本一の長大路線。
  4. JR東日本や青森県はアホ呼ばわりされる。
    • 特にJR北海道は完全にキレる。
      • 最終的にフル規格化を余儀なくされる。
        • それに伴って、並行する在来線は三s(ry
  5. 三沢や野辺地が涙目になることはなかった。
    • 現実には三沢駅付近に「歓迎(改行)青森~三沢~八戸」の看板があった。
  6. 現実より盛岡から先の停車駅が多くなっていた。
    • 一番多くて盛岡—好摩—沼宮内—一戸—二戸—金田一温泉—三戸—八戸—三沢—野辺地—小湊—浅虫温泉—青森くらい停車していた。
  7. 十和田観光電鉄は廃止されなかった。
    • 逆に南部縦貫鉄道は実史よりも早く廃止になっていた。
  8. このような人たちからは大喜び? 
    • むしろ史実の山形線や田沢湖線のように乗り通す客には不便なダイヤになっていたかも。
  9. 収容力の小さいミニ新幹線車両が走るため、盛岡以南の輸送力不足が深刻化していた。
  10. 青函トンネルの開業を断念していたらありえた。
    • この場合、北海道新幹線は道内区間が先に建設されていたほか、函館駅乗り入れも実現していた。
  11. 当時の運輸省案では沼宮内〜八戸間だけはフル規格で建設する計画だったという。
    • 但し、この区間だけ在来線をご丁寧に三セク転換したかどうかは…

別の列車名が採用されていたら[編集 | ソースを編集]

開通時[編集 | ソースを編集]

みちのく
  • 公募で1位だった。
  1. 青森まで全通していた
  2. 東北特急=みちのくのイメージになっていた。
  3. 常磐線沿線から反発を受ける。
はやて
  1. 八戸開業時には「みちのく」が採用されていた。

八戸開業時[編集 | ソースを編集]

みちのく
  1. 新青森開業時にはブーイングがあった。

新青森開業時[編集 | ソースを編集]

はつかり
  • 公募で1位だった。
  1. 「はやぶさ」と言う名前は九州新幹線の列車に使われていた。
    • 史実のみずほが「はやぶさ」を名乗っていた。
はつね
  • 公募で2位だった。
  1. VOCALOIDファンは大喜び。
    • 一方で「初音ミク」というキャラクターを知らない人々は一様に首をかしげていた。
      • 初音ミクの知名度も上がっていたかもしれない。
  2. 愛称発表時の説明ではVOCALOID関連以外の理由も付け加えられていた。
  3. 青森県当局などが「沿線と関係ないキャラクター名を用いるのはいかがなものか」と異議を唱えていた。
    • 上記の通り別の理由が充てられると思うからそうはならないと思うが。
    • 状況から考えるとマスメディアも「偶然一致した」的な感じで取り上げると思う。
    • 農作物に春の息吹を与える一番風の意味だからはやてよりもよっぽどいい名前。
  4. 運転開始時のCMにも初音ミクが登場。
    • イメージソングも作られていた。
  5. 北海道新幹線開業までとっておくべきではなかったのかという意見もあったかもしれない。(発売元が札幌なので)
つがる
  1. 「はやて」も統合されていたかもしれない。
  2. 結局北海道新幹線開業時にまた愛称名を募集していたかもしれない。
  3. 在来線のつがるはかもしかのまま。


大宮~仙台間が常磐線ルートで建設されていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 常磐線沿線が史実より栄えていた。
  2. 未開の地ネタにされていたのは栃木だったかもしれない。
    • 水戸市と宇都宮市の人口規模が同等になる。下手したら水戸市の方が栄えていた。
      • 常磐線ではATOSが勝田まで導入されていた。
  3. つくばエクスプレスがつくば以遠、新幹線駅まで延伸する計画があったかもしれない。
  4. 常磐線の駅ナンバリング導入区間は水戸までだった。

東京~盛岡間も日本鉄道建設公団で建設されていたら[編集 | ソースを編集]

史実では、東京~盛岡間は国鉄の手で建設されました。

  1. JR東日本は高いリース料を払わなければならないので、株式上場するのが史実よりも遅れていたかもしれない。
  2. 上野~東京間の開業も史実よりも早まっていたかもしれない。
    • 東京駅は地下ホームとして開業していたかもしれない。
  3. 盛岡~上野間として開業していた。
    • 開業が1985年にずれ込んでいた可能性もあった。
  4. 国鉄は主要幹線の増強により力を入れていた。