もし競馬の競走が○○だったら

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全般[編集 | ソースを編集]

1日12レース・年間288日制限が撤廃されたら[編集 | ソースを編集]

  1. 遅くとも1980年代には毎週3競馬場・年間320日くらい開催がされていた。
    • 祝日開催などにもより力を入れていた。特にハッピーマンデー導入後は確実に3日開催されていただろう。
    • (年間51週(正月除く)×2+ハッピーマンデー4回+その他祝日4回)×3競馬場=330日がおそらく限界値か。さすがに4競馬場での開催はなさそう。
    • 場合によっては金曜夜の開催もあったかも。
      • 1開催最大3日で、ダービーデーなどには朝から晩まで20レース程開催されていたかも。
        • 近隣住民の許可を得られれば、ゴールデンタイムにメインレースを開催していたかも。
    • 2000年代には縮小の動きが見られるも、2010年代からはまた300日以上開催されていた。
  2. その分地方競馬の淘汰が進んでいたかも。
    • 特に中央競馬と同じ競馬場を使う札幌・中京(+函館・新潟)は既に(遅くとも2000年頃には)同地での開催権を返上していた。
  3. 降級制度やスーパー未勝利の廃止はなかった…と思ったが、それでも馬のサイクルを早めるために行われていたかも。
    • 中央ダート重賞や中長距離レースもある程度拡充されていた。障害レースは微妙なところだが。
    • それでもアングロアラブのレースは消滅していた。
    • 平場オープン・準オープンもローカルで開催されていた。
      • むしろ一部の「○○ステークス」を平場扱いにしていたかもしれない。
  4. 中央に馬がより集中するため、場合によっては北海道か中国地方に3つ目のトレセンができていた可能性も。
    • あるいは美浦のやや離れたところに設けるか、白井競馬学校を拡充して関東2か所目のトレセンを作っていた。

トライアルG1が誕生したら[編集 | ソースを編集]

  • G1競走のトライアル競走(弥生賞、毎日記念等)はレートが高くても基本的にG1には昇格しません。もし、このようなレースであっても昇格するレースが増えていたら?
    • なお、産経大阪杯については春の中距離G1を新設する目的であったと推測し例外といたします。
  1. 弥生賞・中山記念あたりがG1に昇格していた。
    • 共同通信杯などが弥生賞のステップレースになっていた。
    • 弥生賞はG1昇格とともに「ディープインパクト記念」の副名が付けられていた。
  2. おそらく年中G1が開催されるようになっていた。
    • その中でも旧八大競走(+宝塚記念+秋華賞・エリザベス女王杯+ジャパンカップ)は別格の物として扱われるようにはなる。
      • G1の増加を快く思わない人からは「じゃあそれらはG0か?」と揶揄されていた。
  3. 昇格するレースが多い分降格するレースも増えていた。
  4. 札幌記念のG1昇格も行われていたか?

日本でも競馬イベントデーが設けられたら[編集 | ソースを編集]

  • もし日本でもブリーダーズカップやドバイミーティングなどのような複数のG1を同日に行う日が生まれていたら?
    • 地方競馬であればJBCがあるので、ここでは中央競馬で行われていたらと仮定します。
  1. あり得るとしたら5月中旬か?
    • さすがに凱旋門賞やBCクラシックなどにぶつけるには分が悪すぎるし、かといって夏場にやるわけにもいかないし。
  2. 府中で行われる5月のG1(NHKマイル・ヴィクトリアマイル・オークス・ダービー・安田記念)を同日開催。
    • 加えて目黒記念をクラシックディスタンスの古馬競走として行い、かつての天皇賞秋と同じ3200mのレースも実施する。
    • ただ府中だと1200mが組みにくいので、中山競馬場で開催(1400mでは分が悪い馬も多いので)。
      • ダートもフェブラリーステークスのように芝スタートになるのもアレなので、地方の垣根を越えて大井競馬場で開催。
      • 場合によってはそれ以外にも何レースか分散させる。
  3. 当日の府中の混雑はどれほどのものになるのだろうか…
  4. 当日は新馬戦・未勝利戦・条件戦はほぼ行わない。
    • その代わり他の週にトライアル競走や条件戦が行われる。
    • 前週と前々週、そしてその翌週あたりはスカスカになりそう。
      • 前週の条件戦を勝ってそのまま連闘で滑り込む馬もいたかもしれない。

シリーズ・三冠[編集 | ソースを編集]

  • 2022年現在中央競馬(および地方交流競走)にあるシリーズ・三冠は以下の通り。
  • 三冠
    • 牡馬クラシック(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)
    • 牝馬クラシック(桜花賞・オークス(優駿牝馬)・秋華賞)
      • 秋華賞新設まではエリザベス女王杯が三冠目だった。
    • 春古馬三冠(大阪杯・天皇賞春・宝塚記念)
    • 秋古馬三冠(天皇賞秋・ジャパンカップ・有馬記念)
    • 旧3歳ダート三冠(ユニコーンS・スーパーダートダービー・ダービーグランプリ)
  • シリーズ(脚注がないレースはいずれもG3)
    • サマー2000シリーズ(七夕賞・函館記念・小倉記念・札幌記念(G2)・新潟記念)
    • サマーマイルシリーズ(米子S(L)・中京記念・関屋記念・京成杯オータムH)
    • サマースプリントシリーズ(函館スプリントS・CBC賞・アイビスサマーダッシュ・北九州記念・キーンランドC・セントウルS(G2))
    • サマージョッキーズシリーズ
    • 詳細はWikipediaのサマーシリーズの項目を参照。

○○が新設されたら[編集 | ソースを編集]

サマーロングシリーズ
  1. 2400m~2600mのクラシックディスタンスで競うシリーズ。
  2. 札幌日経オープン・丹頂ステークスは確実に入るとして、あといくつかの準オープンの長距離レースが昇格していた。
    • 目黒記念と京都大賞典を夏場に近づけて、両レースの間に組み込んでいた。
    • 福島or新潟と中京or小倉にもそれぞれ1つずつ対象賞競走が新設されていた。
  3. うまくいけば凱旋門賞等を目指す登竜門レースになっていたか。
牝馬ダート三冠
  1. 羽田盃と東京ダービーが交流競走として開放されるならこっちも。
  2. 南関牝馬三冠を活かすなら浦和桜花賞と東京プリンセス賞の解放だが、1つくらいは府中か中山で開催してもよさそう。
3歳スプリント三冠
  1. NHKマイルカップが軸になりそう。
  2. いっそ朝日杯~3歳3月後半のスプリントGI~NHKマイルカップみたいな感じにしても良さそう。
  3. クリスタルカップの復活も有り得る。
ダートマイル三冠
  1. フェブラリーS(東京)・かしわ記念(船橋)・マイルチャンピオンシップ南部杯(盛岡)が対象競走。
    • 三冠を達成した馬の厩舎には三冠達成ボーナスとして、JRAかNARから賞金が贈られる。
  2. 全部左回りというのがちょっとアレだが…。
サマーダートシリーズ
  1. 対象競走はエルムS(札幌)・マーキュリーC(盛岡)。
    • それと函館(大沼SorマリーンS)・福島・新潟(BSN賞)・東京・中京・阪神・小倉(阿蘇S)のオープン特別からそれぞれ1つずつ。
  2. 札幌・函館・福島・小倉の対象競走は距離1700mで行われる。
サマーダートスプリントシリーズ
  1. 上記があるならこちらもということで。
  2. 対象競走はプロキオンS(中京)・クラスターC(盛岡)・サマーチャンピオン(佐賀)。
    • それと新潟(NST賞)・阪神(天保山S)のオープン特別の5競走。
    • 札幌・函館・小倉は最短の距離設定が1000mしかないので厳しいか…。

競走別[編集 | ソースを編集]

  • 順番は(現在の競馬番組表に合わせて)1月から順にお願いします
    • 廃止された競走に関しては廃止直前の日程に合わせて。

フェブラリーステークス[編集 | ソースを編集]

もっと早くGIに昇格していたら

史実では1984年に「フェブラリーハンデ」としてGⅢの格付けがされ、1994年に別定GⅡに格上げ、1997年にGIとなりました。

  1. それでも他にダートの重賞が増えてなかったとすると……。
    • たださすがにダート路線の拡充はあったと思う。
  2. メイセイオペラより前に地方馬がこのレースを取っていた。
  3. メイショウホムラ辺りはもっともてはやされていたかも。
  4. いわゆる「二刀流」はアグネスデジタル以前からもっとたくさんいた。
    • カリブソングはもっと人気があった。

高松宮記念[編集 | ソースを編集]

  • 前身の高松宮杯の内容も含みます。
2000mのままだったら

高松宮杯(現・高松宮記念)は1995年までは7月開催のGII・2000mでした。

  1. 下記のようにCBC賞が短距離GIになっていた。
  2. サマー2000シリーズのレースの1つになっていた。
    • 札幌記念と合わせて、夏の上がり馬に使われるレースのままだった。

大阪杯[編集 | ソースを編集]

もっと早くGIに昇格していたら

史実では2017年GIになりました。

  1. 時期としてはスーパークリーク、トウカイテイオー、メジロマックイーンが勝った1990~93年ぐらいか?
    • あるいはメイショウサムソン、ダイワスカーレット、ドリームジャーニーが勝った2007~09年か?
    • 前者の場合、トーホウドリームやタガノマイバッハは種牡馬入りしていた。メジロライアンやダンスインザダークの直系が今でも残っていたかも。
      • またインターマイウェイも種牡馬入りし、ニッポーテイオーの代表産駒の座をハルウララから正式に奪い取っていた?
  2. 秋の三冠ならぬ春の三冠と早くから言われていた。

天皇賞・春[編集 | ソースを編集]

距離が芝2400mに短縮されたら

2000年代以降、世界的な中距離競走重視の流れもあり、3200mの本競走を回避する有力馬も増えてきています。
もし天皇賞・春の距離が2400mに短縮されたら…。

  1. ステイヤーにとっての最大目標は春の阪神大賞典と冬のステイヤーズSになる。
    • どちらかがG1に昇格していた可能性も。
  2. 宝塚記念の影が薄くなりそう。
  3. 下手したら菊花賞の距離短縮論も出てくる。

NHKマイルカップが創設されなかったら[編集 | ソースを編集]

1996年に日本ダービーのトライアル競走として施行されていたNHK杯をリニューアルして創設されたNHKマイルカップ。もし創設されなかったら…。

  1. 外国産馬や短距離適性のある4歳馬の春の大目標はニュージーランドトロフィー4歳Sになっていた。
    • 中山競馬場への開催場移動も無かった。
    • 後にG1に昇格していた。
      • 安田記念と克ち合わないように5月中旬か4月頃に移動していた。
  2. NHK杯が存続するのでプリンシパルステークスは創設されなかった。

平安ステークス[編集 | ソースを編集]

3歳馬に開放されたら
  • 3歳の中央ダート重賞は2022年現在6月のユニコーンステークスまでありませんが、もしオークス週(2022年現在)に行われる古馬ダート重賞の平安ステークスが3歳馬にも開放されたら?
  1. ダートとはいえ、日本ダービー以前に古馬混合競走が生まれることになる。
    • JRAとしてもこれを嫌っているのかもしれない。
    • とはいえ、地方交流であればマリーンカップが3歳馬に開放されているため(出走実績は今のところなさそう)、サウジダービーやドバイダービーを勝った3歳有力馬であれば可能性が生まれるかも。
      • 羽田盃と東京ダービーが交流競走になった後だと概ねそっちに流れるケースが多そう。

日本ダービー・オークスの距離が芝2000mに短縮されたら[編集 | ソースを編集]

  1. 皐月賞の距離が芝1,400mか芝1,600mになっている。
    • 短縮される場合は「本家2000ギニーが1600mなので」という理由になりそう。
      • ただ中山1600mの場合はフルゲート16頭になるため、桜花賞同様阪神の芝1600mでの施行となっていた。
      • もしくは皐月賞と同じフルゲート18頭出せる中山1800mでの施行か。
  2. 菊花賞の距離が芝2,400mになっている。
    • 結果、三冠馬の乱発でアンチ社台の評論家から「JRAは社台と癒着した」「三冠はでっち上げ」とか批判が飛ぶだろう。
    • 菊花賞はセントレジャーに倣って3000mのままかもしれない。
    • 距離短縮の場合、グレードがG2に降格、あるいは国際グレードの対象外(Jpn1またはリステッド競争)になっていた。
  3. ジャパンカップや有馬記念の距離も変わっているかもしれない。
  4. NHKマイルカップが存在しない。
    • “NHKスプリントカップ”という芝1,200mか芝1,000mのレースになっていたかも。
      • 後者なら新潟の直線1,000m使用する初めてのGIに。
    • NHK杯とユニコーンステークスの統合でダート2,100mのJDDのステップ競走でしょ
  5. 秋華賞の距離は芝1,800mに短縮か、逆にかつてのエリザベス女王杯と同じ芝2,400mに延長される。

目黒記念[編集 | ソースを編集]

年2回開催が続いていたら
  • 1983年までは2月(春)と11月(秋)の年2回開催でしたが、グレード制導入に伴い秋の開催が廃止となり年1回の開催になりました。もし現在まで年2回開催のままだったら…?
  1. アルゼンチン共和国杯は5月開催(現実における目黒記念の開催時期)に移動。
  2. ダイヤモンドSは1回東京の前半に開催されていた。
  3. ステイゴールドの重賞初勝利はアルゼンチン共和国杯になっていた。

安田記念[編集 | ソースを編集]

グレード制導入当初から旧4歳に開放されていたら
  1. それでも、3歳(旧4歳)の勝利はほぼないだろう。
    • NHKマイルカップ誕生前はマル外の競走馬の出走が度々あったと思われる。
  2. 開催時期は6月中旬~下旬頃(宝塚記念の前週)にずらされていたかもしれない。
    • ダービー~中2週~安田記念までが府中での開催になっていた。
      • オークスも府中で行われていただろう。
      • NHKマイルカップとヴィクトリアマイルは中山か関西のどちらかで行われていた。

スプリンターズステークス[編集 | ソースを編集]

開催時期が3月のままだったら

1984年から1989年までは3月の開催でした。

  1. 高松宮杯(→高松宮記念)の距離は短縮されず、7月開催の芝2000mのGIIのままだった。
    • 宝塚記念の開催時期は6月のままだった?
    • もしかしたらCBC賞が改名した上でGIに昇格していたかもしれない。
      • 時系列を考えると「1990年の改編でスプリンターズSが3月のままGIに昇格し、CBC賞(→名古屋記念?豊明記念?)が12月のままGII昇格→サクラバクシンオー引退あたりのタイミングでGI昇格」になっていた。
      • 時期的にもサクラバクシンオーの引退レースなどになることを考えると、GII時代から「スーパーGII」と呼ばれていそう。
  2. 秋の京都か阪神に短距離のGIが新設されるかもしれない。
もっと早くGIに昇格していたら

1984年にGⅢで開始、1987年にGⅡ格上げ、1990年からGIとなりました。

  1. ダイナアクトレスは無冠のヒロインと言われる事はなかった(ただしダイナアクトレスが勝った時は1400mで東京開催)。
    • 玄孫であるピクシーナイト(父の父の母の母)の勝利はもっともてはやされた。
  2. 史実より早くグレード制が導入されかつGIだったら、サクラシンゲキはジャパンカップなどに出ていなかった。

菊花賞が11月開催のままだったら[編集 | ソースを編集]

菊花賞は1951年から1999年まで11月に開催されていました。

  1. トライアル競走の京都新聞杯も10月開催のまま。
    • 京都新聞杯が5月に移動しないので、京都4歳特別は廃止されなかった。
    • 但し馬齢表記の国際基準変更に伴い、2001年にはレース名が変わっていた可能性が高い。
      • そのタイミングで何かしらの名前は付けられていただろう。
  2. 準オープンの嵐山Sは廃止されなかったかもしれない。
  3. こちらも開催日によってはJBCの開催日程に影響を与えていた。
    • 少なくとも2018年のJBCが京都競馬場で開催されることも無かった。

天皇賞秋[編集 | ソースを編集]

3200mのままだったら

天皇賞秋は1983年まで春同様3200mのままでした。

  1. 長距離冷遇が進むこともなかった。
    • 一方で、日本が良くも悪くも未だに長距離重視のままだったか。
  2. ミスターシービーは3200では勝てなかったと思うので、古馬になった後1勝もできなかった。
  3. 別のタイミングで府中の中距離GIが作られていた。
    • 毎日王冠が史実の大阪杯ポジションになり、2000年頃にGIに昇格していた。
    • 府中2000ではコースが変則的なので、中山2000に中距離GIができていたかも。
開催日が11月3日固定だったら

天皇賞春は昭和時代、当時の天皇誕生日(4月29日、現・昭和の日)に開催されていました。では、秋も明治節(=文化の日)に開催されていたら?

  1. JRAは史実より早く休日開催に積極的になっていた。
    • 逆に、NARが土日に主要競走をやっていた。
  2. それでも、昭和天皇崩御のあたりで見直しが検討されそう。
  3. (現在でも行われていたら)平成生まれからはやはり疑問に思われ、「なんで12月23日(平成時代の天皇誕生日)に開催しないの?」と思われていそう。
  4. 菊花賞は10月中旬頃に開催されていた。
    • 順番としては現在のように(秋華賞→)菊花賞→(連続か中1週)→天皇賞秋→(中1週)→エリザベス女王杯→(中1~2週)→ジャパンカップという順番だった。
    • 京都新聞杯と神戸新聞杯のどちらかは菊花賞のステップ競走になっていない。

天皇賞・秋と有馬記念の開催場が逆になったら[編集 | ソースを編集]

天皇賞・秋と有馬記念は両方ともスタート時点の関係上、外枠が不利とされています。もし天皇賞・秋が中山、有馬記念が東京での開催になったら…?

  1. 秋季開催は9月から8週中山、11月から8週東京という形になっていた。
    • 史実における10月の4回東京と12月の5回中山が入れ替わる形になる。
  2. 毎日王冠やステイヤーズSも開催場が移動。
    • カペラSは5回中山の開幕週に移動し、JBCスプリントへのトライアル競走に。
    • ターコイズSは翌年のヴィクトリアマイルへのステップレースとなっていた。
  3. 中山大障害は10月か11月に開催時期をスライド。

朝日杯フューチュリティステークス[編集 | ソースを編集]

中山開催のままだったら

2013年まで中山競馬場で開催されていましたが、2歳重賞路線の整備もあり翌2014年から阪神競馬場に開催場を移動しました。

  1. ラジオNIKKEI杯2歳ステークスがホープフルステークスに統合されることはなかった。
    • 中距離重賞として既にそれなりの地位を築いていたので、阪神2000のままGIIには昇格しているはず。GI昇格は微妙だが。
  2. そのうち距離を延長(1800mか2000m)していたかも?
    • この場合ホープフルSは朝日杯と統合、ラジオNIKKEI杯2歳Sは京都2歳ステークスと統合されていた。
  3. チャレンジカップは旧称の「朝日チャレンジカップ」、セントライト記念は「ラジオ日本賞セントライト記念」のまま。

有馬記念[編集 | ソースを編集]

距離が芝2200mに短縮されたら
  1. 少なくとも出走頭数があと2頭増えていた(芝2500mのフルゲートは16頭、芝2200mは18頭)。
  2. 「有馬記念は外枠が不利だ」という意見はかなり減少していた。
レース名が「中山グランプリ」のままだったら
  • 有馬記念は1956年に第1回中山グランプリとして開催されましたが、翌1957年1月に創設者の有馬頼寧が急逝。
    1957年の第2回からは有馬の功績を称えて現在の「有馬記念」に改称されました。もしレース名が中山グランプリのままだったら…。
  1. 有馬が急逝していなかったらこうなっていた?
  2. 宝塚記念のレース名も「阪神グランプリ」とかになっていたかもしれない。

関連項目[編集 | ソースを編集]