もし高速道路が○○だったら

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料金体系が○○だったら[編集 | ソースを編集]

全て無料になったら[編集 | ソースを編集]

民主党政権によって推し進められている高速道路の無料化。もし実現したらどうなる?

  1. 高速道路の建設費と維持費は国家予算(=国民の税金)から支出されるようになるため、その分税金が上がる。
    • いったん民営化された旧日本道路公団が再度国有化されて復活する。
    • ガソリンはリッター200円とヨーロッパ並の水準に。
      • 果たして200円台で済むかどうか・・・・?
    • 高速を利用しない者の不満が高まる。
    • 法令を改正して地方の高速は県道に格下げと言う可能性もなくはない。
    • そのため自動車で走った距離に応じて税金を徴収する。
  2. 必然的に高速道路の通行量が激増するため、道路自体の傷みも早くなる。
  3. 大都市近辺区間は慢性的な渋滞状態となるのではなかろうか。
  4. 全国の高速道路が名阪国道新4号バイパスさながらの状態になり、事故が激増。
  5. 田舎の一般国道はかなりの割合で酷道のまま未整備になる。
    • リアルR25の下道(非名阪)を見れば…。
    • 田舎の高速道路もメンテナンスができなくなる。
    • 都道府県道や市町村道に格下げされる道路が続出。
    • 高速道路でしかいけない集落があちこちに出現する。
    • 高速と並行してる一般道は災害が起きても復旧しないケースが続出する…。
  6. 高速道路を使う人が増えるため鉄道に乗る人が減ってしまう。
    • 相乗り利用だと尚更。
    • 高速バスやフェリー(本四架橋)も利用が激減。
    • 高速バスの利用者減少で路線バスが縮小に追い込まれ、同じく利用者の減る鉄道も減便や廃止に追い込まれる。
      • その結果、首都圏以外の地域ではマイカーなしでは生活できない社会になっていた。
        • 首都圏もそうなっているだろう。
        • 自動車での移動に適さない場所ではさすがに鉄道が生き残るのでは。
    • 旅客列車のみならず、貨物列車も減らされてしまう。
    • それでも新幹線は自動車の速度にかなわないのであまり減らない。
    • これを機に、「低規格の在来線はすべて廃止して新幹線に置き換え」という意見さえ出かねない。
    • 航路は本州~四国・九州はほぼ消滅。航路は日本と外国を結ぶものしか生き残れない。
  7. 高速道路が建設されなくなったり過激な規模縮小を行ってしまう。
    • 一般道路を大改良(立体交差化など)した自動車専用道が各地に出来ることに。
    • その自動車専用道は高速道路に近い程制限速度が引き上げられている。
      • 某道路評論家が著書で書いていた「快速国道」が現実のものになる。
      • 既存道路の高速化のため歩道や横断歩道は撤去されてしまい、歩行者や自転車どころか原付だけでは隣町に行けない地域が出てくる。
  8. ETCを買った者は「金返せ!」と抗議デモを始める。
    • 機器のメーカーも悲鳴を上げる。
  9. 大気汚染が余計悪化する。
    • 「環境対策のため高速道路をまた有料化せよ」という主張も出てくる。
  10. 高速道路で渋滞が続発する。
  11. 料金所の係員が大量にリストラされる。
  12. 「若者の車離れ」が起こらなくなっていた。
    • 各種税金、維持費、燃料費、駐車場代などのことを考えるとそれはなさそう。
    • 車を持つことによる各種コストで高速代が占める割合など微々たるものでは。
  13. あぶくま高原道路のように一区間だけ有料道路にして建設費をペイしようとする事例が続発しかねない。
  14. そのうち維持費捻出のため道路やインターチェンジの命名権が売買されるようになる。
    • 維持費ねん出のために高速道路でロードサイド出店が出てくる。
    • 高架下の商業施設貸し出しなども行われる。もちろん盛り土を削ったり掘割の上に蓋をかぶせて空間を無理やり作るケースも。
  15. 道路のインターチェンジがあちこちできるようになる。
    • 交差する道路すべてに入口ができるかも。
  16. 高速代が浮いたからその分運賃を安くしろという声のせいでトラックドライバーの収入増に寄与しない。

割引制度が○○だったら[編集 | ソースを編集]

完全撤廃されたら[編集 | ソースを編集]

無料化や休日上限1,000円が東日本大震災対策で終了となるなど、高速料金は不透明な状態ですが、もし割引制度そのものがすべてなくなってしまったら?

  1. 間違いなく利用者が減る。
    • 高速バスを利用する人も減る可能性も(料金値上げ必至のため)。
      • 徳島の関西志向がやや弱くなっている。その分徳島市中心部は衰退しなかった。
        • 徳島から大阪へは南海フェリーを使う人が現実よりも多くなっている。
    • 貨物・旅客とも鉄道が台頭するようになる。
  2. 一般道路の渋滞がさらに深刻化する。
    • 各地で国道及び都道府県道の拡幅工事が相次ぐ。
  3. ETC装着希望者も激減か?
    • ただ便利にしたいという人や物好きに限り買う。
      • スマートIC利用者とか。
      • 高速道路を含む区間でマイカー通勤をする人も。
    • 中古ETCが今以上に増える。
  4. 都市高速も距離制課金に移行する。
  5. 航空機みたいにチケットショップで通行券が売られるようになる。

あの割引制度が存続していたら[編集 | ソースを編集]

  • 通勤割引
  1. マイレージサービスは廃止されていたかも。
  2. 存続と引き換えに、車種制限が行われていた。

あの高速道路の割引制度が○○だったら[編集 | ソースを編集]

横浜横須賀道路
  • 2016年4月1日以降も深夜割引・休日割引が適用されていたら
  1. 値下げはなかったか、値下げ幅が小さくなっていた。
    • 後者の場合、休日割引の方は史実通り。
沖縄自動車道
  • 休日割引が適用されていたら
  1. 恐らく、割引率は15%引きになっていた。

大都市近郊区間が○○だったら[編集 | ソースを編集]

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 帰省ラッシュ時の渋滞がもっと酷くなっていた。
    • 場所によっては通常の休日の時でも史実の帰省ラッシュ時並の渋滞が発生していた。

あの地域にも設定されていたら[編集 | ソースを編集]

名古屋近郊
  1. 対象区間は、東名・名神(豊川IC~小牧IC~大垣IC間)、新東名・伊勢湾岸道(A'区間以外)・新名神(新城IC~豊田東JCT~四日市JCT~亀山西JCT間、新名神亀山連絡路)、中央道(土岐IC~小牧JCT)、東海北陸道(西尾張IC(仮称)~岐阜各務原IC間)、東名阪道で、割引制度上はこれらに加えて伊勢湾岸道(A'区間)、名二環、東海環状道(豊田東JCT~土岐JCT)も・・・だろうか。
    • 名二環の料金設定も大都市近郊区間を基に設定されていた。

新直轄方式が○○だったら[編集 | ソースを編集]

昭和時代から存在していたら[編集 | ソースを編集]

採算の取れない地方路線の建設や管轄を補助する目的で、2003年より国と地方自治体の負担による新たな施行方法として設定された「新直轄方式」ですが、もしこの方式が昭和時代からあったらどうなっていただろうか?

  1. 浜田自動車道は新直轄になっていた。
    • 道東自動車道も全区間新直轄になっていた。
      • 2009年には全通出来ていた。
  2. 各地で「ミニ高速」の建設ラッシュになっていた。
  3. JHの民営化も早まった。
  4. 紀伊半島を一周する高速道路も2009年現在全通しており、和歌山県南部・三重県南部の交通事情が改善されていた。
    • JRの特急「くろしお」「オーシャンアロー」「南紀」の利用が減少していた。
  5. 名阪国道のような制限速度が守られず事故が多発する箇所が全国に多く生まれた。
  6. ループ走行できる箇所が減っていた。
  7. 方式名は一体どうなっていたのだろうか。
    • 二級高速道路あたりでは。

高速道路を名乗れなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 新直轄区間は自動車専用道として別の名前が用意される。
    • 一般国道のバイパス扱いとして処理されるかもしれない。
    • 標識の地の色も青や緑以外にされていた。
    • 地域高規格道路として建設される可能性も。
  2. 山陽自動車道鳥取自動車道のように、路線が別の道路により分断される例が増えていた。
  3. 有料化による高速道路への編入を行うか否かで自治体の意見が割れる。
  4. 高速道路ナンバリングは史実通りか?

SA・PAが○○だったら[編集 | ソースを編集]

ガソリンスタンドが無かったら[編集 | ソースを編集]

  1. 輸送距離の長いトラックは途中でどこか下道に降りなければならない。
  2. IC付近にガソリンスタンドが増える。
    • ラッシュに対応するため1度に10台ぐらい給油できる広さがある。
  3. 夏休みの帰省ラッシュで大変なことになる。
  4. 車に予備のガソリンを積む必要が出てくる。
    • 当然、事故を起こしたら大炎上。
  5. タンクローリーに給油ポンプを搭載した”移動式ガソリンスタンド”が出現する。
  6. 燃費計が標準装備になる。
  7. 燃料計が今のようなアバウトなものではなく、残量を数値で正確に表示するようになる。
    • 当然給油量も正確に表示されるが、スタンドのメーターとのズレでしょっちゅうトラブルが発生する。
  8. SAの混雑が少しだけ緩和される。
  9. 降りる回数が増えると予測される大型車を中心に料金体系が大幅に変わる。
    • 給油するためにICを降りて一定時間以内に戻ったら割引or料金引継とかだろうか。ETCカードに情報を記録させればやりやすそう。
      • それは実際に試験施行されたことがある。
  10. 理由としては輸送するタンクローリーが事故に巻き込まれるリスクを避けるためといったところか。

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 休憩需要を当て込んで各ICのすぐ傍に道の駅やドライブインが建設・設置される。
    • 閑散区間だとコンビニとトイレだけになっているかもしれない。
    • 都市高速や新直轄区間だと史実とあまり変わりない。
  2. 高速バスの休憩地点がかなり分散される。
  3. 事故防止の為に標識などにも「疲れたらすぐ下道に降りろ」といった表示が出てくる。
    • この場合でも割引制度自体はある気がする。
    • それでも長距離トラックなどを中心に事故は間違いなく増える。
  4. トイレが危険
  5. 路側に車が止まっているのが日常的な風景になる。
    • バス停に一般車が不法に駐車する事態も頻発。
  6. インターチェンジの間隔がもっと短くなっていた。
    • スマートICの数も減っている。
  7. 間違いなく日本の交通史上最悪の失策となっていた。
    • 多くの識者が「アメリカやドイツのような高速道路上の休憩施設がなぜ日本では認められないのか」と批判している。

ICが○○だったら[編集 | ソースを編集]

すべての市町村に建設されたら[編集 | ソースを編集]

インターチェンジはおおむね10㎞間隔で建設されていますが距離にかかわらず市町村が通るところすべてにあったら

  1. 加速車線がないインターチェンジができるかも。
  2. 一部は住民・公共交通機関・緊急車両専用になる。
  3. 一部はスマートインターチェンジに代替される。
  4. 市町村の定義を巡って紛糾した挙句「明治の大合併前に町村だったところはICを作る」ということになったら日本中インターチェンジだらけに。

4車線以上での建設を義務付けられていたら[編集 | ソースを編集]

たいていの高速道路は4車線以上で供用されていますが、地方や狭隘路線では2車線供用としている区間も多数あります。しかしもし、日本道路公団→NEXCOが、高速道路を片側1車線で建設することを認めていなかったら?

  1. いくつかの高速道路のルートが変わっていた。
  2. 高速道路の建設が都道府県庁所在地優先となっていた。
    • そのため、県庁所在地を通過しない道路(区間)は、建設・開通が大幅に遅れていた。
      • 但し、奈良市・山口市(いずれも平成の大合併前)を除く。
  3. 新直轄方式がもっと早く確立していた。
  4. 一部では一般国道の拡幅で様子見。
  5. 鹿児島空港のように、地方空港が都心から離れた位置に移転するのが続出した。
    • 空港移転・拡張と並行して高速道路建設を促進させるため。
    • 関西空港が淡路島にできていた可能性もある。
  6. 片側だけ暫定的に開業することができなくなるので高速道路の開通は遅れる。
    • 長野オリンピックに間に合わせようとした上信越道はオリンピックに間に合わない事態に
  7. 二重高架が実現する
  8. 4車線以上であればいいので、史実通り新東名・新名神の猪瀬ポールは存在する。

バス・トラックの運行を独自に行っていたら[編集 | ソースを編集]

日本で最初に高速道路を計画した「日本自動車道株式会社」は有料道路事業の他、会社自らが旅客・貨物輸送を行う計画でした。もしこの構想が日本道路公団に引き継がれていたら。

  1. 国内全土をカバーするバス事業者が国鉄バス以外にも存在していた。
    • 多くの路線で国鉄バスと共同運行を行っていた。
    • おそらくアメリカのグレイハウンドを範にしていた。
  2. 貨物事業は後に日本通運に委託されていたかも知れない。
  3. 道路公団民営化の時点で貨物は日本通運、旅客はJRバスに譲渡し撤退していた。
    • 仮に民営化後も続けた場合はNEXCO貨物輸送・NEXCO旅客輸送(共に仮称)ができていたか、地域ごとに分割されていた。
      • 全国一律の場合は2010年代までには株式上場が実現していてもおかしくない。
  4. 建設省のバックアップを受けていた日本急行バス(現在の名鉄高速バス)が高速バス事業の独占に成功していたらこうなっていたかもしれない。

最高速度が○○だったら[編集 | ソースを編集]

180㎞/hだったら[編集 | ソースを編集]

  1. 性能の差で渋滞の元になる。

200㎞/hだったら[編集 | ソースを編集]

  1. まさに「高速」道路になる。
  2. 自動車故障が続出する。
    • 各種事故や災害(土砂崩れなど)の被害も拡大。
  3. 鉄道が新幹線を除いて太刀打ちできなくなる。
  4. 国土交通省はスポーツカーで走るのを推奨する様になる。
    • 石油の消費や温室効果ガスの排出量を考慮するとそれはなさそう。
  5. さすがに制限速度が200㎞の所は直線の所だけだろう。
  6. 新米ドライバーが高速を走るのは自殺行為とみなされるようになる。
  7. 「安全な走行が不可能になる」と陸運業界から抗議の声が上がる。

完全撤廃されたら[編集 | ソースを編集]

  1. 自動車保険には高速道路で起きた事件事故は保障しませんと書いてある。
  2. アスファルトの舗装の厚さが数mになる。
  3. ルートも極めて平坦かつ直線になるかも。

50㎞/hだったら[編集 | ソースを編集]

  1. そんなに高速じゃない。
    • ただのバイパスと変わらない。
  2. あくまでも「一般道に比べて」高速な程度で、むしろ名前負けしていた。

光速道路だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 青森から鹿児島まで一瞬でいける。
    • 所要時間は実質的に下道分。
    • 渋滞したらどうしようもないが。
  2. 新幹線廃止。
    • 光速バスの天下。
    • 世界中にあるとしたら、空路も半減。
      • 海や独裁国家など通れないところがあるなら全滅はしない。
  3. トラックやバスの長距離ドライバーがウラシマ効果でちょっと若い。
  4. 本当に造るとしたら凄まじい金額になる。
    • ビリオネアしか使えない。いやビリオネアでも無理か。
  5. 生物対応にすると光速にできない。
    • 大腸菌なみの加速度耐性(40万G)でも光速に達するには75秒かかる。
      • その間に月の30倍も遠くに行ってしまう。
    • つまり地球上で光速道路を活用するには生物を超えた存在にならねばいけない。
      • そうなったら、もう道路いらんやろ。

最初から恒久有料という前提で建設されていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 料金値上げが毎年のように起こる。
  2. 道路公団民営化が早まったかもしれない。
  3. 無料開放された有料道路は存在しない。
  4. 公団明石フェリーの民間譲渡は明石海峡大橋開通の1998年までずれ込んでいた。
  5. 国道九四フェリーはいまでも法令上渡船施設のままだった。

あの高速道路の開業時期が別だったら[編集 | ソースを編集]

東名高速道路[編集 | ソースを編集]

1930年代~1940年代
  • 計画自体は戦前からあった。
  1. おそらくはドイツのアウトバーンを意識していた。
    • 但し労働者の待遇はアウトバーンほどではないw
  2. 計画では平坦地150km/h、丘陵地100km/hだったそうだが、交通戦争の時期などを挟んで最高速度は史実なみに抑えられる。
  3. 有事には飛行場として使う案もあったかもしれない。
  4. 米軍によって徹底的に空爆されていた。
  5. おそらく全通は叶ってないと思う。
  6. モータリゼーションの進行も史実より早かった。
  7. 軍用車両の通行が優先されていた。
1950年代(全通)
  1. 世界銀行の支援で全線を開通させていた。
1964年(全通)
  1. オリンピックに合わせて開通させていた。
  2. 建設時には「新幹線とかち合って誰も使わない」だの、逆に「新幹線に誰も乗らなくなる」だの言われたが、出来てみればどっちも大盛況。
  3. 東海道新幹線が存在しなかったらこっちが開通していたかも。

中央自動車道[編集 | ソースを編集]

長野県区間[編集 | ソースを編集]

2030年代
  1. 極端な話、こんぐらいの時代なら南アルプスルートで建設されていただろう。
    • 富士吉田線が本線になっていた。
  2. リニア中央新幹線(計画2027年)とどっちが早かっただろうか。
    • どちらかの建設がもう片方の建設に役立っていたことは確実。
    • ただし、リニアよりははるかに浅い場所にできていた。
  3. おそらくこれが開通するより前に諏訪自動車道(大月~岡谷)と木曽自動車道(岡谷~中津川)が開通していた。
    • 伊那路ルートは三遠南信自動車道として開通していた。
    • 恵那山トンネルは一般有料道路として開通していた。
      • 後に中央自動車道に編入されていた。

北陸自動車道[編集 | ソースを編集]

1990年代前半(全通)
  1. 石川国体が開催された1991年までには開業していた。
  2. 高速バス「おけさ号」の運行開始が史実よりも遅くなっていた。
    • その代わりに、寝台特急「つるぎ」の廃止も史実よりも遅れていた。

阪和自動車道[編集 | ソースを編集]

松原IC~阪南IC[編集 | ソースを編集]

1980年代
  1. トリヴェール和泉の街開きが史実よりも早まっていた。
    • 泉北高速鉄道の和泉中央延伸開業も1993年までに実現していた。
  2. 天王寺駅構内の渡り線が1980年代に開業し、特急「くろしお」の新大阪・京都への乗り入れが1980年代に実現していた。
    • もしくは、紀勢本線の電化が実現した1978年に実施していたかもしれない。

神戸淡路鳴門自動車道[編集 | ソースを編集]

1988年(全通)
  1. 鉄道も同時に整備されていた。
  2. 阪神淡路大震災で被害を受けていた。

山陽自動車道[編集 | ソースを編集]

1980年頃(全通)
  1. 史実より低規格で作られていた。
    • そのため、史実以上に混雑で悩んでいた。
    • 中国山脈を通す新山陽自動車道(新中国自動車道?)が計画されていた。
      • 新中国道は新東名みたいにほぼ並走で中国山地まで行かない(ex:上郡・総社・備後府中経由、または海よりに邑久・竹原などを経由)なんて可能性も。
  2. このルートが「中国自動車道」と呼ばれていた。
  3. 吹田JCT~下関JCTまで山陽自動車道だった。
  4. 中国山地の過疎化は史実より深刻だった。
    • それでも芸備線や姫新線が繁栄していたかというとそうでもない。
      • 少なくとも芸備線東城~備後落合が県境区間よりも輸送密度が低い、なんてことにはならなかったはず。
    • 関西圏~中国山地・山陰へはもう少しだけ鉄道優位だったかもしれない。
      • それでも三江線の存続はほぼ不可能に近いだろう。
      • 姫新線上月以東の高規格化は史実よりも早かったはず。
        • 電化されて本竜野か播磨新宮まで新快速が乗り入れていた可能性は…厳しいか。
      • 山陰道の開通時期にもよるが、智頭急行や伯備線は史実より繁栄していたのはたぶん確実。智頭線がもう少し高く(史実では予想3900人/日で100人届かず)見積もられて国鉄の開業になってたかは微妙。
        • もし茨城選出の運輸族の大物だった橋本登美三郎が地元の鹿島線の予測輸送密度を水増ししてまで建設継続をゴリ押ししていなかったら、智頭線は輸送密度4000人に何とか届くように見積もられて建設が継続され、国鉄時代のうちに開業していたかもしれない。
  5. 逆に、陰陽を結ぶ路線(中国横断道)の開通時期が大幅に遅れていた。
    • 岡山米子線は早い時代(下手したら陰陽両線開通と同時期)に出来てそうな気がするが、姫路道(播但線ルート、史実の姫路鳥取道)が2000年代(阪神淡路大震災後)に出来て、浜田道と松江道はまだ開通していない可能性も。
    • 山陰道も雲伯区間と鳥取以東は早めに出来てそうだが、出雲以西はなかなか開通しなかったかもしれない。21世紀入ってからになってた可能性も。
  6. 史実以上に山陽偏重が進んでいた。

山陰自動車道[編集 | ソースを編集]

1990年頃(全通)
  1. おそらく、中国自動車道を作らず山陰・山陽両方に自動車道を作ることになっていたらこうなっていた。
  2. 日本列島改造論でも真っ先に取り上げられていた。
  3. 山陰圏への三大コンビニ(セブンはかなり後そうだが)の進出も早く、ポプラは2010年くらいにローソンの軍門に下っていた。
    • うまくいけば小規模ブランドとして名前を残せる可能性もあるかもだが…
  4. おそらく、益田以西は国道9号・JR山口線と同じく旧山口市を経由。
    • 萩・長門経由の萩道も計画されるが、進捗は悪そう。

中国自動車道[編集 | ソースを編集]

2001年
  1. 史実より高規格だった。
    • 長距離トンネルや高架橋を大量に使った自動車道だった。
    • 当然、低速規制などあるわけない。
  2. 山陽自動車道が先に開通し、こちらは「新中国自動車道」と呼ばれていた。

瀬戸中央自動車道[編集 | ソースを編集]

1970年代
  1. 山陽自動車道が1980年代に全通していた。
  2. 四国地方における高速道路の整備が史実よりも進んでいた。
1980年代(1987年以前)
  1. 山陽自動車が1990年代前半に全通していた。
  2. 通行料の高さは史実通りか。

東九州自動車道[編集 | ソースを編集]

椎田道路[編集 | ソースを編集]

2014年
  1. 国道10号の椎田パイパスは徳永交差点の手前まで現実のルートを辿った後、福岡県道58号を拡幅する形で整備され、野添池交差点~現実の椎田南ICまでは新たなバイパスが整備されて、以降は現実のルートで整備されていた。
  2. 椎田南ICは存在しなかった。
    • 現実の築城ICと椎田ICの両者の中間に築上ICが整備されていた代わりに、現実の築城ICと椎田ICに当たるICも存在しなかった。

延岡南道路[編集 | ソースを編集]

2005年
  1. 延岡道路の一部として整備されていた。
    • 無料で通行できた。
    • 本線料金所は門川IC~日向ICにある。
  2. 国道10号は土々呂地区も4車線化されていた。
  3. 門川ICはフルICで整備されていた。
  4. 国道10号の宮崎方面から延岡南ICへのランプウェイへは直接入れたかも。

常磐自動車道[編集 | ソースを編集]

1990年代(全通)
  1. 仙台東部道路も同時に全通。
  2. いわき中央IC-亘理IC間は暫定2車線で開通。磐越自動車道いわきJCT-郡山JCT間は4車線化されない。
    • その代わり常磐道いわき中央IC-亘理IC間は2001年の「新世紀・みやぎ国体」までに4車線化される。

沖縄自動車道[編集 | ソースを編集]

1960年代
  1. 琉球政府道として建設されていた。
  2. 当然、開通当時は右側通行だった。
  3. 西原IC以南は現実の国道330号のルートを辿っており、安里が終点になっていた。
    • 歩道や平面交差が出来ることもなかった。
    • 浦添以南の国道330号は旧政府道5号、28号、40号を経由し、泊交差点から国道58号に重複するルートになっていた。
    • ゆいレールは那覇新都心を突っ切っていただろう。
      • 牧志あたりに崖があるので、てだこ浦西付近のようにトンネルが建設されていた。

二級高速道路が存在したら[編集 | ソースを編集]

もし高速道路と都市高速の間くらいの規模の二級高速道路ができたら。

  • なお、準高速道路(高速道路に近い規格ながら制限速度60km/h、国道のバイパス扱い。一例に名阪国道(近畿自動車道/国道25号))ならば存在する。
  1. 山陰道なんかはこれで作られるかもしれない。
    • 東九州道なども。
  2. 現実において新直轄方式で建設された高速道路が二級高速道路で建設された。
  3. ごく一部の区間を除いては片側1車線の対面通行。

あの高速道路が○○だったら[編集 | ソースを編集]

東北自動車道[編集 | ソースを編集]

那須IC以南が宇都宮自動車道に改称されたら
  1. 福島県民が確実に暴動を起こす。某県のナンバーの車は焼き討ちされる。
    • 類似の事例と比較すると人の生命が奪われるような事態になるとは思えない。
    • せいぜいNEXCO東日本の本社前でデモが行われたり県議会が抗議の決議を採択するくらいかと。
  2. 白河の関ならぬ那須の関が設けられ、某県のナンバーの車は通行禁止。
    • 那須の関があるおかけで大渋滞。高速道路として機能しなくなる。
    • そのような行為はどう考えても警察やNEXCOが阻止する。
  3. 当然ETCはなし。
    • なぜ多くの利用者の不興を買うだけでなく効率低下にもつながることを行う必要が?
  4. 強行突破した某県のナンバーの車は発砲され強制停止させられる。
  5. 結果として常磐自動車道がバイパスとして繁栄する。
    • 茨城と浜通りが発展し、某県と中通りは衰退・廃墟と化す。
      • と、思いきや、磐越自動車道のおかげで郡山以北はそれほどでもない。
        • でも某県のナンバーの車はやっぱり郡山JCTから東北道へは移動できない。
      • 常磐道いわき~仙台の全通が現実より大幅に早まる。
    • 北関東道も某県民の迂回路として発達する。
  6. 全国的に高速道路の路線名改称を求める動きが活発化する。
    • 例:圏央道茅ヶ崎JCT~高尾山ICが相模縦貫道とか?
      • 元々その区間にはそういう名称がある。さすがに名乗らないが。
    • 名神高速道路の米原JCT以西と北陸自動車道長浜IC以南を「琵琶湖自動車道」に改名しろという声が出る。
      • むしろ「京都自動車道」か。
      • 西名阪自動車道も「大和路(やまとじ)自動車道」に改名されていただろう。
  7. 某県民の旅行先が福島から新潟や長野に変わっていた。
    • 現実でもそうなりつつある。
  8. 那須IC以南が片側3車線になっている。

関越自動車道[編集 | ソースを編集]

北陸道全通後も長岡JCT~新潟中央JCT間が関越道のままなら。
  1. 北陸道は新潟方面が上り、米原方面が下りになっていた。
  2. 黒崎PAや栄PAは関越道のパンフで掲載されていた。

中央自動車道[編集 | ソースを編集]

当初から諏訪経由で計画されていたら

当初中央自動車道は、河口湖ICから南アルプスを貫通するルートの予定でしたが、建設費がかかりすぎることから現在の諏訪経由に変更されました。では、当初からこのルートで計画されていたら?

  1. それでもほぼ史実通りの時期に完成する。
    • 但し、地方路線と位置付けられて東名高速方面の建設が優先されていたかもしれない。
    • 大月IC~多治見ICは開通当初は暫定2車線で建設。暫定2車線の解消は21世紀に入ってからになっていた。
  2. 大月IC〜河口湖ICは中央道としては建設されないが、東富士五湖道路がほぼ同じ場所に建設される。
    • 史実の中央道河口湖ICと東富士五湖道路富士吉田ICが単一のICになっていた。
    • おそらく東富士五湖道路は大月では無く大石峠を突っ切って甲府へ向かっていただろう。
  3. 都留バイパスの整備予定が早まっていた。
当初から大月JCT以東が6車線規格で開通していたら

当初、東京寄りは6車線規格で建設される予定でしたが、東名と経路が被るがゆえに利用者が少ないと予測されていたので4車線規格で建設されました。その後、渋滞問題で上野原IC~大月JCT間は6車線化されましたが、当初から大月JCT以東が6車線規格で開通していたら。

  1. 中央道の渋滞が現実より楽になっていた。
    • 少なくても殆ど動けない渋滞は減っていた。
  2. 談合坂SAの上下線の距離が現実より短くなっていた。
  3. 藤野PAと石川PAの規模が少し大きかった。
    • 特に石川PAは給油所が設置されていたし、下り線の施設は更に広かった。
    • 藤野PAも鮎沢PA位の規模になっていた。
  4. 大月以東の国道20号の渋滞が幾分かマシになっていた。
  5. 東名高速の渋滞が現実よりマシになっていた。
    • 少なくとも山中湖を目的とする車は大部分が中央道にシフトしていた。
  6. 上野原IC〜大月JCT間の下り線は左右ルート型にならず片側3車線規格のトンネルになっていた。
    • 大月JCTと大月ICが一つのICとして扱われていた。

東名高速道路・名神高速道路[編集 | ソースを編集]

もし、岡崎IC~大垣IC間が6車線で運用されていたら。
  1. 名古屋地区の渋滞は解消されていた。
    • 特に一宮JCT付近の渋滞は大幅に減少していた。
  2. 東海環状道の建設が遅れていた。
    • 特に土岐JCT~美濃関JCT間。

新東名高速道路[編集 | ソースを編集]

もし、浜松いなさJCT~岡崎SAが6車線で運用されていたら。
  1. 静岡区間はほぼ全線6車線化していた。
    • 猪瀬ポールも存在しなかった。
  2. 最高速度の引き上げが容易になっていた。
    • 少なくても法令で120km/h引き上げが実施された直後にほぼ全線で120km/hに引き上げられていた。
  3. 神奈川県内区間や新名神も同様に6車線になっていた。

京都縦貫自動車道[編集 | ソースを編集]

もし、綾部JCT~大山崎JCTまで本線料金所がなかったら。
  1. 舞鶴や小浜へ向かう際にはこちらから経由になっていた。
  2. 京都や大阪、奈良から天橋立に行くのに大幅に料金が下がっていた。
  3. 全てのIC出入口に料金所が設置されていた。

全国自動車国道計画が打ち切られなかったら[編集 | ソースを編集]

アウトバーンの影響を受け、1943年に内務省によって「全国自動車国道計画」が策定されましたが、戦局のため1944年に打ち切られました。では、もし打ち切られなかったら?

  1. 初の開通区間として、東京~横浜間が1955年ごろに開通。
    • 最初の調査区間が名古屋~神戸だったらしいので名神高速に相当する部分が最初に開通していたかもしれない。
  2. 日本の高速道路はアメリカと同様無料になっていた。
    • 日本のモータリゼーションがさらに進んでいた。
    • 初期の路線は恒久的に無料になっているだろうが、どっかしらで財源が足りなくなって有料化されるのがオチだと思う。
  3. 「設計速度150km/h」と言いつつも、実際は道路幅や構造などから80km/hで供用されていた。
  4. 少なくとも初期にできた区間は史実の高速道路よりカーブがきつくなっている。
    • 事故多発区間として問題になっている。
    • その結果、新名神・新東名の計画が史実より早く誕生。
  5. 国産車は早くから高速走行を意識した設計になっていた。
    • 初代クラウンがアメリカの高速でトラブルばかり起こすことはなかった。
  6. 現実と大きくルートが異なる部分もけっこうあるのでかなりの都市の発達に影響していた。
  7. 最初に計画された路線もあまり開通していない頃から計画路線がどんどん追加される。
    • 例:鳥栖~熊本~鹿児島、大阪付近~京都~米原など
    • 国防上の観点から中央自動車道に相当する部分も追加されていた。それも赤石山脈を貫くルートとして。
      • 結局はほぼ史実通りのルートになりそう。ただ、西側区間は木曽経由だったかもしれない。
  8. ある時期までは「弾丸道路」という愛称で呼ばれることが多かった。
    • 現在では高速道路ではなく「高速国道」と呼ばれている。
  9. 札幌ー稚内間は日本海側に沿って北上するため、留萌市が発展していた。
  10. 北海道内は'72年の札幌五輪に合わせ黒松内-小樽間が開通する(要するに札幌-千歳間の渋滞緩和のため)。
  11. 上記も含め道内の自動車国道に追加される計画路線が出た。(例)千歳(附近)-岩見沢などの炭鉱の近くを通るルート
  12. 一部で樺太の大泊~安別の路線が「幻の高速道路計画」として話題になる。