タンザニア

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タンザニアの噂[編集 | ソースを編集]

  1. タンザニア政府は首都をタンザニア国土の中心地のドドマと決めているが、実際の首都はダルエスサラーム。
    • 1990年代に少しずつ都市を建設し、独立40年を期に正式に首都と定めた。
      タンザニア2001年発行記念切手シート・独立40年
  2. 国会議員すらも会期中にしかドドマに行かない。
    • なんせ、まだ国会議事堂くらいしか首都機能はないからねえ。
    • 名物も赤ワインくらいしかない。
    • どうも水不足で発展しにくいらしい。
  3. 実はタンガニーカとザンジバルの連合国家。
    • ザンジバルは、昔は奴隷貿易の中継地点、今は穴場のリゾート地。
      • 昔はイスラム世界の影響が大きかった。この地域で交易により生まれた共通語がスワヒリ語
      • 中でも、プリズン島という奴隷収容島が、穴場中の穴場。
    • イギリス植民地時代のタンガニーカ国旗は笑える。
      • かわいいじゃないか。
    • タン(ガニーカ)+ザン(ジバル)+イア(地名語尾)でタンザニア。
    • タンガニーカは連合共和国の直轄だが、ザンジバルには独自政府が存在する。要するに香港みたいなもの。
    • 英領タンガニーカ時代はザンジバルよりも、反対側の西隣のケニアウガンダとの結びつきの方が強かった。
      • 通貨・切手は3ヶ国共通のものを使用。一方、ザンジバルとは別だった。
        タンガニーカ1958年発行記念切手・タンガニーカ湖・ビクトリア湖発見150年・ケニア、ウガンダと共用
  4. 宝石のタンザナイトはティファニーの社長が「タンザニアの夜」をイメージしてつけた名前だという逸話がある。タンザナイトはサファイアみたいな青い宝石。
    • サファイヤほど青くない。もうちょっと紫がかった透明感のある美しい宝石。ちなみに、一般的にサファイヤの方が宝石的価値は高い。
  5. 「マフィア島」と言う名前の島がある。
    • ザンジバル諸島のうちの一島だが、ここだけタンガニーカ側の支配下にある。
  6. 「セレンゲッティ」は肉食動物の宝庫。
    • ケニアのアンボセリ国立公園と通々。
  7. アルーシャのスーパーで売られているコーヒーは大変美味い。
    • そもそもアルーシャという街自体降水量が多く農業が盛ん。
      • 野菜も他の地域より多い。
  8. 挨拶で相手手のひらにつばを吐く民族が住んでいる。
  9. 「聞くは一時の恥」という概念が無い。
    • 「○○を知っていますか?」という質問の仕方をすると、必ず「知っている」と答える。が、その後ハナシが噛み合わない。(「知らない」と言うのは自尊心が許さないらしい)
  10. 旧イギリス領の流れで左側通行なので、日本車(中古)がいっぱい走っている。
    • 日本と無関係の車に日本語らしき文字を書き込む人もいる。
      • 鏡文字だろうがネイティブが判読不可だろうが気にしない。
  11. キリマンジャロ登山は、富士山よりも整備されている。高山病予防が成功の秘訣。
    • 赤道直下にもかかわらず頂上には氷河があり、豹の氷漬けがみられる
    • 最近氷河が減少して山の形が変わってきたとか。
    • キリマンジャロは正しくは「キリマ・ンジャロ」。スワヒリ語で「キリマ」が「山」、「ンジャロ」が「輝く」という意味。
    • アタック開始から無事登頂して戻ってくるまでの最速記録は6時間42分(2014)。
    • 昔は登山口の街まで鉄道移動もできたが今は旅客列車が廃止され不可能。
  12. ティンガティンガって云う原色鮮やかな絵画がある。吉本の某芸人の絵は是そのもの。
    • 原色鮮やかなのは、ティンガティンガはペンキ絵画であるから。
    • 創始者は土産物の絵を見て「これなら俺にも描けそう」と自己流で絵を始めた。
  13. 何でこの国で聖火リレーをやったのだろうか?
    • 近年地下資源(特に天然ガス)が豊富にあることが判明して、これにいち早く手をつけたのが中国であるため。影響力をアピールする好機ということ。
      • それ以前に独立当初から中国とやたら縁が深い。
      • 社会主義化を目指していた頃には人民公社のような共同化により農村を近代化しようとしていた。
      • 中国製品が多く流通している。
      • ザンビアへのタンザン鉄道も中国の援助で建設された。
        • 今では南アから「プライド・オブ・アフリカ」という超豪華列車が乗り入れている。
  14. NHKがお得意様。
    • どうでしょう軍団までやってきた。
    • タンザニア国営放送のアナウンサー育成や番組制作への支援も行った。
  15. かつてマラソンで日本にもよく来たイカンガーの母国。
  16. 市民の足である乗り合いバスの名前は「ダラダラ」というらしい。
    • 公営バスと比べると運賃(ドル→ダラー)を多くとられるのが語源。
  17. 大地溝帯沿いに温泉が点在しているがほぼ誰も入らない。
  18. 国民の分断を避けるため民族や宗教別の統計は一切行わないことにしている。
    • そのおかげかアフリカでは珍しく民族紛争と無縁だが都市部の治安はあまり良いわけではない。
    • イスラム教徒が結構いるが豚肉料理もある。
      • ただし「キティ・モト」(椅子が熱くなる(ほど夢中で食べてしまう料理))という隠語で呼ばれることが多い。
  19. キルワ・「マソコ」という一瞬怪しい単語に見えてしまう都市がある。
  20. ラジオのおかげでスワヒリ語(公用語で初等教育の言語)が広く普及し識字率も高い。
    • ただしエリートや金持ちは中高等教育を見越し最初から英語で教える学校に行かせる。
  21. 炊飯時には水に食用油と塩を加えて炊くのが普通。
    • 東アフリカ有数の米どころでピラフや米粉パンもある。
  22. 大都市では江戸時代の棒手振りさながらに歩いて商品を売り歩く人をよく見かける。
    • ダルエスサラームなら平安京のように道路が耕作されている風景も見ることができる。
      • ただし自動車の時代なので採れる野菜は排ガスを被っている。
  23. 20世紀初頭の反乱で住民が虐殺され無人地帯になった場所が自然保護区になっている。
  24. 西部タンガニーカ湖のフェリーでは1913年製(おそらく現役世界最古クラス)の船が未だに平然と使われ続けている。
  25. この国の結婚式では何かあるたびに親戚や友人一同が踊りだす。

ザンジバルの噂[編集 | ソースを編集]

ザンジバル1965年発行記念切手・革命1周年
  1. ザンジバル島は、タンザニアだが、アラブの国って感じでアラビア風。刺身が食える。
    • ザンジバルはかつてオマーンの首都だった。
  2. ザンジバルはイギリスに40分の戦争で負けたことがある。
    • そのあと王国として独立したが1ヵ月後に40人の黒人たちが暴れて9時間足らずで崩壊した。
      • 革命後しばらくは共和国として独立を保っていたが、1年足らずでタンザニアに統合された。
  3. 自治政府の名前が「ザンジバル革命政府」。
  4. フレディ・マーキュリーが生まれたところ。
  5. アフリカで最初にテレビのカラー放送が始まったらしい。
    • それに対し対岸のタンガニーカでは90年代までテレビ放送自体なかった。
  6. 料理ではスパイス、ココナッツミルク、ライムが味付けの三種の神器。
    • そのスパイスのうちクローブがザンジバルの繁栄を支えてきた。
    • 屋台で売られる揚げタコにはライムとトウガラシの味が付いている。
  7. タンガニーカとの間で物を運ぶときに今でもアラブ伝統の帆船(ダウ)を使うこともある。