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フリウリ=ヴェネツィア・ジュリアの噂[編集 | ソースを編集]
- ここにヴェネツィアはない。
- ヴェネト州にある。もともとヴェネツィア共和国の支配地域だったところによる名前。
- 北イタリアの交通の要衝。
- ここを通らずして隣国には行きにくいぽいので、関所作ればガッポリ儲かったと思う。
- アドリア海からアルプス山脈に至る、高低差の激しい州。
- 「アルプスで転んだらアドリア海で溺れる」ということわざは・・・ないか。
- 世界的に有名な生ハム「プロシュット・ディ・サン・ダニエーレ」の産地。
- 人種差別が激しい地域でもある。
- 鳥エステではない。
- 鉄のカーテンが通っていた。
- かつてはオーストリア・ハンガリー帝国領の港湾都市として栄えた。
- その名残で、市民にはスラブ系などの子孫が多く、かつウィーン風のカフェがあるなど生活様式はオーストリア風だったりもする。
- 一応殆ど全員イタリア語の話者ではある。ウィーン市民がやはりスラブ・ハンガリー・イタリア系が大量に混じっていても全員ドイツ語を話すのに似ている。
- 人口は20万人ちょっと。
- 精神病院を捨て、その建物を幼稚園にした街。
- イタリア半島というより、バルカン半島側に張り出した回廊部分にある。
- かつてのトリエステは、今よりもっとスロベニア側に張り出していた。
- 第2次大戦後、その帰属を巡ってイタリアとユーゴスラビアの間で領土問題となった。
- とりあえず国連の仲介で、「自由地域」となったが、実情は両国による分割統治だった。
- イタリア側が「トリエステA」、ユーゴ側が「トリエステB」地区として、独自の通貨・切手を発行。
トリエステA地区(左)・B地区(右)1949年発行記念切手・万国郵便連合発足75年
- 結局、A地区がイタリアに、B地区がユーゴにそのまま統合され、ユーゴ側ではトリエステの名前は消滅。
- B地区は、ユーゴ解体後さらに、スロベニアとクロアチアに分割された。その折に新たな領土問題が発生し、今も未解決である。
- 「ウディネーゼ」と言われたらピンとくる。
- イタリアで最も雨の多いところ。年間の降水量が1500mm。
- ヨーロッパ最大級の椅子の産地。毎年9月に国際椅子見本市が開かれる。
- デザインのノウハウに関してはミラノ以上。多くのデザイナーがわざわざミラノから勉強しに訪れるらしい。
- 「ウーディネ極東映画祭」ってのが開催されている。毎年4月末開催。
- アジアの映画をヨーロッパに紹介するって趣旨の映画祭だそうだ。
- 極東と謳ってるだけあって、インド映画は上映されないらしい。
- 片田舎の映画祭と思いきや、ヨーロッパ中から東洋ヲタが集まってきて結構盛況らしい。
- ウーディネの病院で、イタリア国内で初めての安楽死の処置が行われたらしい。
- カトリック信者がほとんどを占めるイタリアでは安楽死は違法であるが、裁判で「死ぬ権利」を認められたらしい。