ヘレニズム時代

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全般[編集 | ソースを編集]

  1. 彫刻を作ったり、図書館を建てたりした。
    • ヘレニズムは直訳するとギリシャ主義。
      • ギリシア由来の文化や、インドから地中海に至る各地の文化とギリシア文化の融合で現れた文化のこと。
    • ミロのヴィーナスとかサモトラケのニケとかラオコーン像はこの時代の作品。
  2. ヘレニズム時代はアレクサンドロス大王が死んでから、プトレマイオス朝エジプトの滅亡まで。
    • ヘレニズム文化が形成・展開したのがこの時代のため。
      • ギリシア人自体はその出現期からずっとあっちゃこっちゃ移動しまくってるけど。
  3. アレクサンドロス大王の「最強の者が継承せよ」という遺言のせいで始まった時代。
    • 正直、あれだけ無闇に領土を広げた上に、後継者がよく分からん状態ではどうあがいても分裂は免れなかっただろう。
    • 後継者(ディアドコイ)が乱立して、ずっとディアドコイ戦争やってる。
      • 紀元前281年のコルペディオンの戦いで一応終結したことになってるけど、それは単にアレクサンドロス大王の親族や直臣がみんな死んで、次世代に移ったから。
    • 放っといたら、どっちみち「最強の者」が総取りするんだからこんな遺言は不要。
      • 結局、今日までアレクサンドロス大王の版図全てを支配できた者はいない。つまり最強なんていないってこと。
  4. 分裂したあげく、誰も統一できないまま、最終的に西のローマ帝国と東のパルティアに喰われる。
    • ギリシア人がパックス・ペルシカを崩したただの蛮族に見える。

マケドニア王国[編集 | ソースを編集]

アルゲアス朝[編集 | ソースを編集]

  1. アレクサンドロス大王以前、アレクサンドロス大王、アレクサンドロス大王以降に分けられる。
    • 正確に言うとヘレニズム時代にあたるのはアレクサンドロス大王没後のみ。
      • アレクサンドロス大王という超新星の残り滓。

アンティゴノス朝[編集 | ソースを編集]

  1. 紆余曲折を経てマケドニアを支配することになった王朝。
    • 一時期はディアドコイ最有力だった。
    • そのあと領地を失うも最終的にマケドニア本国に安定した政権を築く。
      • それまでマケドニア自体も王がころころ変わっていた。
      • 「ピュロスの勝利」の恩恵を一番受けたのはアンティゴノス朝かもしれない。
  2. 三度に渡るマケドニア戦争の末、分割されてローマの属国に。
    • この20年後、第四次マケドニア戦争が勃発し、マケドニア属州になった。

セレウコス朝[編集 | ソースを編集]

  1. 面積的にはヘレニズム諸国最大。
    • たぶん人口でもトップ。
    • バビロン会議時点だと軍指揮権だけで領地なし。そこからスタートしてこれだから大したもの。
  2. シリアが史上二番目に繁栄していた時代。
    • 1位はウマイヤ朝時代。
    • 末期は衰退して現代のシリアと大差ない国土になっていた。
  3. ポンペイウスにより滅ぼされる。
    • カエサルのやられ役みたいなイメージあるけど、単純に征服者としてはローマ史上でもトップクラス。
  4. 偉大な都市建設者の王朝。
    • 数十単位で都市を建設している。
    • 代表例はセレウキアとアンティオキア。

プトレマイオス朝[編集 | ソースを編集]

  1. 最後の女王はクレオパトラ
  2. 王朝の中身はギリシア人。
    • 同時代の彫像とかだと容姿は完全にギリシア人。
    • 歴代の王はギリシャ語しか分からない。
      • エジプト語も話せたのはクレオパトラだけらしい。
  3. 近親婚だらけ。
    • スペイン・ハプスブルク朝みたくこれが原因で滅んでもおかしくないレベル。
    • これは古代エジプトの伝統。
  4. ヘレニズム諸国随一の海軍国。
  5. 首都はアレクサンドリア
    • プトレマイオス朝がせっせと整備し大灯台と大図書館のある大都会となる。
    • こんな大都市なわりに歴史上ここを首都にしたのはプトレマイオス朝のみ。
      • 港町が首都だったというのも海洋国家っぽい。
        • エジプトの王朝としては珍しい。

パルティア[編集 | ソースを編集]

アルサケス朝パルティア