京阪の車両/形式別
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主な車両[編集 | ソースを編集]
京阪線用[編集 | ソースを編集]
1000系[編集 | ソースを編集]

- 京阪線で最も古い車輛のはずだが、その痕跡を見つけるのはほぼ不可能。
- そもそもは旧型更新車の旧700系を昇圧改造時に新性能車に改造したもの。このため戦前製のものは何も残っていない。
- ちなみに更新前は「びわこ号」の60形から流用された機器類もあり、改造にあたってはその機器類が種車に戻されている。
- そもそもは旧型更新車の旧700系を昇圧改造時に新性能車に改造したもの。このため戦前製のものは何も残っていない。
- 1990年代に車体改修が行われたが、前面は全て新製するわ制御装置は回生ブレーキ付き添加励磁制御に更新するわ編成は変更されるわ(先頭車がMc→Tcに変更された)さらに大きな変化を遂げた。
- 爆弾ドアと言われたドアエンジンの静音化とか、貫通路の取っ手も握りやすい極太のに交換されたり、細かい所にまで手が加えられている。
- そんなこんなで現在では半ば2400系とは異母兄弟みたいな関係になっている。
- そもそもの更新工事メニューが2400系の発展形そのもの。
- 車体改修の時期によって車椅子スペースがある車両とない車両がある。
- 書類上は昭和52~53年製造だが、旧700系の車体を流用しているため連結面には「昭和43年 川崎車輌」とかいう銘板が付いている。
- 製造メーカープレートは川崎重工業となっているが、実際に改造したのは自社寝屋川工場。
- あんな大掛かりな改造受けた辺り、意外に現場から愛されている?
- 最近の下手な安物新車よりも快適である。
- 前面と側面とのギャップがなかなか。
- 側窓は京阪では珍しい「田」の字型。ドア間にはそれが2組ある。
- 西鉄5000形にも似ている。因みにともに川崎重工業製。
- 前身となる旧700系から引き継いだもの。
- 側窓は京阪では珍しい「田」の字型。ドア間にはそれが2組ある。
- 前面と側面とのギャップがなかなか。
- 最近の下手な安物新車よりも快適である。
- 実は屋上のクーラーが車端部からはみ出している。
- 冷風吹出口は京阪独特の回転グリルだが、補助送風機のラインデリアの配置が他形式とと異なる。
- イベント用車両や記念ヘッドマークの取付対象にもならないためか、京阪の車両の中でも今ひとつ地味な存在。
- 1503Fが中之島線開業前日の天満橋行最終電車に運用されたのは、列車番号と同じだったからとか。
- 京阪って時々こういう知ったらニヤリとするようなお遊びをするよな。
- 1503Fが中之島線開業前日の天満橋行最終電車に運用されたのは、列車番号と同じだったからとか。
- 側扉の幅は両開きながら他車よりも狭い1.2m。
- 窓割りの影響かドアの位置が2200系などとは微妙に異なる。ホームドア対策とかどうするんだろ?
- そのせいで5000系が全面引退したら次に置き換えられるのはこれ、とも噂されている。
- 乗車位置が多少ズレても対応できるホームドアを設置するとの事なので5000系に続いて置き換えられるというのはデマに過ぎない。
- 窓割りの影響かドアの位置が2200系などとは微妙に異なる。ホームドア対策とかどうするんだろ?
2200系[編集 | ソースを編集]

- 全編成が7連を組成しているので、各停や準急に乗ると高確率でこれに当たる。
- 一時期8連があった。ちなみに京阪で初めて8両運転をしたのはこの系列。
- 元々は急行用だった。
- 2600系2629Fが2200系連結用として登場するまでは4連もあり、宇治線への入線実績もある。
- 以前は2600系から方向幕をなくしたような前面スタイルをしていたが車体改修が行われた際に現在のスタイルになった。
- 発電ブレーキと回生ブレーキの車両がある。
- 後期に更新された車両が回生ブレーキ。
- 発電ブレーキ編成は今や京阪で唯一の抵抗制御車に。13000系本線仕様投入で全廃は時間の問題か?
- 発電ブレーキ編成でも顔は後期型なのがいるのがややこしい。
- 発電ブレーキ編成は今や京阪で唯一の抵抗制御車に。13000系本線仕様投入で全廃は時間の問題か?
- 後期に更新された車両が回生ブレーキ。
- 最初に更新された2222・2223・2225Fは前面の窓がHゴム支持で標識灯が旧タイプ。
- 2013年現在、旧タイプは2225Fのみ残存。
- 新型ATS非搭載なので、真っ先に置き換えられそうだ。
- 同時期に登場した京津線600形と比べるとやっつけ更新っぷりが酷い、と思った。あっちは代替新造と言う名の魔改造で出来る限り6000系に近付けた(SIVに至っては初採用)のに、何やこの差は…。
- 新型ATS非搭載なので、真っ先に置き換えられそうだ。
- 2013年現在、旧タイプは2225Fのみ残存。
- ゾロ目ナンバー(2222号車)が存在したが既に廃車されている。
- 2270号車は事故で貫通扉を2400系と同じ物に交換した。
2400系っぽい顔になった2270号車 - 同じく事故で1900系の廃車発生品から流用したのがあるらしい。
- この2270号車は既に廃車されている。
- 同じく事故で1900系の廃車発生品から流用したのがあるらしい。
- 2381~2385は他の2200系が製造終了してから15年以上後の1985年に製造された。このため他の2200系とは仕様が異なり車体は2600系30番代に近い。
- 京阪線8連運転開始と同時に製造された。当時8連は平日朝夕ラッシュ時のみの運用だったため最新鋭の6000系を8連化すると昼間は運用できないため敢えて2200系が8両運転に抜擢された。
- それと京都市内の地下化工事終了時点で樟葉以北も8両対応にする予定だった事もある。
- 8両編成の需要低下と2200系自体の廃車が進んで、現在では一部の車両は休車扱いに。
- これも2016年11月で廃車。
- 1984~1988年に実施された車体改修工事は4両と3両に分けて行われたため、一時的に改修済みと未改修車の混結も見られた。
- 最初に改修された2222のみ前面の方向幕が改修当初白幕だった。
- この系列から京阪は川崎重工業独占発注に。
- 但し2200系製造時はまだ川崎車輌だった。
- 京橋駅ホームドア設置の関係か、ヘッドライトがLED化された編成が登場した。あの2225Fも含めて。しかし悪運強すぎる編成やな2225Fは。そのせいで5000系全廃だと言うのに。
2400系[編集 | ソースを編集]

- 京阪初の通勤冷房車。
- と同時に関西初の通勤冷房車である。
- 冷房装置は京阪の車両としては唯一分散式を採用。小型のクーラーが屋根上に並ぶ姿は独特。
- 車内の吹き出し口はラインデリアと一体化しており、目立たない。
- 車体改修の時に客室の天井を全てやりかえた。
- 京阪線で最後まで行先方向板を使用していた。
- それとともに2456Fが京阪線最後の旧塗装車両となった。
- 奇しくも最後の方向板使用車両も2456Fだった。
- 2200系と同様車体改修と同時に回生ブレーキに変更された。
- 同時に補助電源装置を静止型インバータ(SIV)に変更している。SIVの採用は京阪線では初。
- 正直2200系までの更新工事はイケてなかった感が強いが、これ以降はかなり気合入ったものとなりました。全面貫通扉目一杯に伸ばされたガラス窓がイカす。内装も6000系ベースに。
- 登場から現在に至るまで40年以上編成の組み換えが一切行われていない。
- 一時的に2200系との混結はあったけど。
- 混雑対策で椅子の数が微妙に減らされている。それでも焼け石に水だったのであの5000系が登場したのだが、皮肉にもホームドア対策でその5000系の方が早く引退する事が確定的。
- 2200系の途中から座席が減らされた。
- 鋼製車体ながらも一両の廃車も出さずに生誕50周年を迎えた。南海6000系よりも凄いかも?
- 2021年に2452Fが廃車第1号に。北浜でドア逆に開けてしまったインシデント発生して、それが解決出来ずに廃車にせざるを得なかったらしいが。
2600系[編集 | ソースを編集]


- 見た目が2200系もどきの編成がある。
- 事実2200系と編成を組んでいた。ちなみにこの編成は既に廃車されている。
- さらに元2200系で、2000系を経て2600系になった車両も存在する。
- 0番台のラストナンバーである2629Fは2200系との連結用。そのため登場時は前面の方向幕はなかった。
- そのくせ車掌側の窓は固定式だった。
- 連結相手である2200系の更新時に同系と同じ顔に整形された。
- その時2629号車は中間車化されたが、車番は変更されなかった。
- 車両によって車体や台車がまちまち。
- 先頭部に「2段サッシ窓」が残る車両も(他の形式は廃車か更新で消滅。昔は叡電にもあった)。
- その車両は前面に「KEIHAN」のロゴがない。
- 途中から車掌側の窓が2段式からHゴム固定式に変更された。
- 30番台のT・Tc車には旧3000系の中古台車が改造の上流用されている。
- 但しこれは途中で交換されたもので元々履いていた台車は0番台に流用された。
- 荷物棚が昔ながらの繊維製の網でできている車両もある。2200系などもかつてはそうだったが更新で金属製の網に交換された。
- 必ずしも番号順に竣工したわけではないので、それがカオスさに輪をかけている。
- 先頭部に「2段サッシ窓」が残る車両も(他の形式は廃車か更新で消滅。昔は叡電にもあった)。
- 0番台は2000系の車体流用なのに対し30番台は完全な新造車。前面が異なるので容易に見分けはつく。
- 0番台の中には車体製造後50年以上が経過している車両がある。
- 30番台はいつになったら更新するんだ?
- 6000系が先に更新工事施工決定・・・。こりゃ廃車までこのまんま放置?orz
- ここまで来ると京阪は2200と2600と言う形式に対して何か恨みでもあるのか?ってくらい冷たいよな。
- こんな2600系30番台だが、少なくとも5000系よりは後まで残りそうな気がする。
- 6000系が先に更新工事施工決定・・・。こりゃ廃車までこのまんま放置?orz
- 現在は行われていないが、かつては0番台と30番台の混結も普通に行われていた。
- 30番台車が登場したのは2400系よりも後だが、座席数は2200系初期車と同じ数に戻っている。
- 逆に0番台車の一部車両の車体は2200系後期車両と同時期製造で、座席数も少ない。
- 固定編成が多い京阪車両の中で唯一2両から8両まで自由に編成が組める。2008年以後現塗装に変更される過程では新旧混色編成も見られた。
- この前旧3000系の営業運転最終日に見かけたけど。この前のダイヤ改正でもまだ残っているのだろうか?
- 宇治線・交野線からは撤退したが、本線の7連がまだ残っている。場合によっては急行に使われることもある。
- と思ったら、宇治線に4連1編成が復帰。
- 13006F投入により完全撤退か?
- 2015年現在、完全に予備車になっており走る機会は団体貸切列車くらい。これも2015年度の13000系導入されたら置き換えられる可能性大。
- と思ったら、宇治線に4連1編成が復帰。
- 2両固定編成は叡山電鉄への乗り入れも想定していたらしい。
- とはいえ乗り入れは実現することなさそう。
- 2600系の性能では鞍馬の急勾配を走ることはできないと思われる。抑速ブレーキもないので。
- 8両編成の場合制御装置が各車にあることなど編成重量が重いので4M4Tではなく5M3Tにしていた。
- 2615-2820の2両は寝屋川車庫内に「教材車」として留置されている。
- しかもこの2両はいまだに旧塗装である。
- 0番台は前面に貫通幌があるのに対し30番台はない。
- 30番台も最初はあったが編成の中間に入る機会がなかったため程なく撤去された。
- 一時期は30番台合わせて京阪の最大勢力だったのが、0番台の廃車進んで現在では0番台はわずか7連3編成のみに。
- 阪急2300系とどちらが早く引退するかと思ったが、向こうは2015年3月の引退が決定。
- 今や京阪の現役車両で唯一ドアブザーまたはドアチャイムを装備していない形式となった。
- 2621・2622Fは新冷房の試作車で、屋上のクーラーが異なっていた。
- 車内の冷風吹き出し口も回転グリルではなく、阪急とかでも見られるローリーファンから吹き出す特殊なものだった。京阪はもちろん日本でもこの方式は後にも先にもこれだけ。
- このうち2621Fには日本で初めて光ファイバーを使ったモニター装置が付いていた。
- 性能は前身となった2000系と異なり2200系と同等になったが、複巻モーターによる回生ブレーキは引き継がれた。
- 昇圧を控えていたため界磁チョッパ制御ではなく京阪独自の界磁位相制御を採用、これは6000・8000系、大津線の600・700形にも引き継がれた。
- 2019年には遂に車体製造から還暦を迎えた車両が。
7000系[編集 | ソースを編集]

- 京阪初の量産型VVVF車。
- 8000系と同時期にデビューした。但し8000系はVVVF制御ではない。
- 前面は6000系と異なり直立形状。(6000系から編入された7004は除く)
- 一部の車両には「川崎重工 昭和64年」という銘板が車内にある。
- 但し登場したのは平成元年。
- 7連しか存在しないので、上位優等には滅多に運用されない。
- 製造当初は7001Fと7002Fは6連、7003Fは4連だった。7004Fは京都側3両が6014F(初代)から改番された。
- 元6000系の7004Fの京都方3両は他の7000系と床下機器配置が異なり、VVVF制御装置が他の車両と反対側に付いている。
- 製造当初は7001Fと7002Fは6連、7003Fは4連だった。7004Fは京都側3両が6014F(初代)から改番された。
- 車体改修工事は受けていないが、車内のLED案内表示機が設置され、床も7200・9000系と同じ大理石調に張り替えられた。
- 更新やるなら6000系のが終わってから、だろうか?
- その時にはVVVFの載せ替えもやりそう。今のGTO-VVVFが耐用年数に差し掛かるだろうし。
- 京阪のVVVF車では唯一運転台が縦軸ハンドル。
7200系[編集 | ソースを編集]

- 7000系の発展型。
- 前面スタイルは7000系よりもスマート。
- 車両担当者曰く7000系は失敗だったとの反省からデザインを改良したとの事。
- 7201Fと7202Fが竣工した直後に阪神・淡路大震災が発生し道路が寸断されたためトレーラによる陸送ができず神戸から泉大津港まで船積みされて輸送された。
- 京阪で初めて車内案内表示器が搭載された。
- しかも蛍光管式という凝ったもの。文字が緑色で表示されていた。後にLED式に交換。
- その下にはマップ式路線パネルが設置されていたが、中之島線開業を控えて撤去された。
- しかも蛍光管式という凝ったもの。文字が緑色で表示されていた。後にLED式に交換。
- 運転台は横軸2ハンドル式を採用。モニター装置も搭載された。
- 関西民鉄に限らず、JR西でも採用事例が多い。
- 7201・7202Fは5連運用も可能なので、宇治線の宇治川花火大会向け臨時列車に借り出される事もある。
- 両編成とも7連化に伴い7203Fと同じ編成に改められ、5連運用は不可能になった。というか5連運用そのものが京阪から消滅した。
- 側窓にはパワーウィンドウが採用された。
- 9000系にも引き継がれたが、こちらは撤去されたため2014年現在では7200系に唯一残っている。
- 性能的には7000系とそれほど変わらないが、車内設備はかなりグレードアップされた。
- 車両数が23両(8連2本、7連1本)と、京阪本線の車両の中で1番少ない。
- 上記の通り7連に至っては1本しかなく、本線系統で最も狙いが定めにくい存在。
- 7201Fが7連に減車され、8連と編成数が逆転。そのため、逆に8連の方が珍しくなった。
- 2016年秋に7202Fも7連化、ついに8連が消滅した。
- 上記の通り7連に至っては1本しかなく、本線系統で最も狙いが定めにくい存在。
- この形式からドアブザーの音が変更された。
- ドアが開いているときの誘導用チャイムも追加された。
9000系[編集 | ソースを編集]

- 通称「ハズレ特急」。
- 特急を待っていてこの車両が来ると、テンションが下がる。
- かつては3扉か2扉かで大体わかったが最近は3扉特急も3000系が中心のため、一層この車両のハズレ特急感が増している…。
- この車両使用の特急に乗る位なら、1本見送ってでも8000系に乗りたい…。
- 以前「これ2階建て付いてへんやつやわ、次のにせえへん?」と言って、次の特急を待っているおばちゃん達を淀屋橋で見た事がある。(まだクロスシートが健在だった頃の話)
- 同じく8000系ダブルデッカー目当ての子供が泣き出した、と言う逸話も。
- ただ、特急では嫌われ者の9000系も、それ以外の種別では意外と人気者だったりする。
- 他の車両に比べて、車内が綺麗だから。
- 8531F(旧3000系)が引退してから特急に運用される機会が増えたように思う。それならば1編成くらいはクロスシートを残してもよかったのでは?とも思う。
- 8連運用がダブついた6000系を7連化するくらいなら、新3000系の増備を最小限にして、9000系の内装を2+1転クロにした方が良かったような気がする。
- 特急を待っていてこの車両が来ると、テンションが下がる。
- 転換クロスではなく、固定クロスが採用されていた。
- ロングシート化で、7200系と区別の意味がなくなったような気がする。
- 細かい違いはあるけど、近鉄の元クロスの2610系とロングの2800系もそうなる。(L/Cカー改造車も含む)
- 電気機器の関係上、7200系のように短編成での運用は出来ない。
- 細かい違いはあるけど、近鉄の元クロスの2610系とロングの2800系もそうなる。(L/Cカー改造車も含む)
- 座席を見ていると目がチカチカする。
- 別名「芋虫シート」。
- あまりにもデザインが派手なためか他の車両には波及しなかった。
- たまたま8人分の座席分のバケット幅があった為らしい。他の車両では微妙だとか。
- ドア間の長さは7200系よりも少し長い。その分車端部の側窓の幅が狭い。
- たまたま8人分の座席分のバケット幅があった為らしい。他の車両では微妙だとか。
- あのバケットシートはなかなかの座り心地。
- 特急運用も考慮したためか京阪でバケットシートを採用しているのは9000系のみ。
- 13000系もバケットシート。
- 正直ロングシートとしては阪急8000系やJR西日本207系と並ぶ全国でも最高クラスのクオリティ。しかしいかんせん8000系が良すぎるためにハズレ扱いを受けてしまうのは仕方がないところ。
- ラッシュ時に来てかつ座れたら当たりだけどね。
- ロングシート化後も代走運用に使用されるのはほとんどこの車両。他のロングシート車と違って明らかに特急への使用も考慮されている。
- 特急運用も考慮したためか京阪でバケットシートを採用しているのは9000系のみ。
- 全車両オールロングシート化以前に、半分くらいがオールロングシートの編成が一編成存在していた。
- 座席の色も他とは違った。
- 色んな意味で京阪の行き当たりばったりさに翻弄された車両の典型的な例?
- この車両のクロスシート時代はある意味京阪の黒歴史の一つだろう。
- ロングシート化と同時にパワーウィンドウが撤去された。現在でもスイッチの跡は残っている。
- なんと9001Fが7連化。9101をパンタ撤去&電装解除の上9701へ改番などの大改造を行う。
- もしや以前から噂には上がっていたアレやるのか…?7201F・7202Fおよび当系列各編成から1両ずつ外せば、丁度7両になる。
- その後9002Fも7連化、余った9601・9602を最終的には7200系の7301号車と合わせて10000系10001Fの7連化に使われた。
- 9003Fと9004Fも7連化の模様。7202Fの7302と合わせて10002Fを7連化か?
- 当初は特急運用に入る特別仕様の車両だったのが、他の8連と同じになり、ついには鈍行メインとなる編成も出る、かなり哀れな車両。
- ある意味現役当時の阪急2800系とも似ている。
- 試験的に真っ先にオールロング化改造を受けた9005F、今や京阪のGTO車で唯一の8連編成となった(IGBT車では新3000系が基本唯一)。
- それを活かして一度だけ快速特急の運用に就いたことがあり、9000系でのハズレ洛楽(「没楽」や「落楽(都落ちの「洛楽」)」とも呼ばれる「緑洛楽」)は超レアな為、一部から格好の餌となったらしい。
10000系[編集 | ソースを編集]


- 京阪初のIGBT-VVVFを採用。
- 京津線用800系が京阪初のIGBT-VVVFであり、10000系は京阪線初のIGBT-VVVFである。
- 同じ東洋2レベルIGBTでも後続の3000・13000系と音が少し異なる(正確には発車・停車時の音程が低い)。
- 4両固定編成でワンマン仕様のため、ほぼ交野線専属。そのため本線のみ利用する客は乗る機会が少ない。その意味で京阪線では最も地味な車両といえる。
- 13000系投入で宇治線にも運用される機会が増えたとか。
- 逆に13000系が交野線に運用されることもある。
- 13000系4連5本が出揃い、その後宇治線でワンマン運転が開始された結果、現在ではほぼ完全に共通運用。
- 本線に来るのはイベント列車が運転される時くらい。
- 2014年から運行開始した淀屋橋~宇治直通の「おうじちゃまエクスプレス」には13000系のみが運用され、10000系は運用されない。
- 2016年に8連の減少で余っていた、7200/9000系の中間車を組み込んで1編成が7連化され本線定期運用に進出。
- その編入車はエアコンの形状と車体下部の絞りの有無に床面の高さで容易に区別可能。7200からの編入車はこの系列に合わせて制御装置をIGBTに交換。
- 車内の照明も元からの10000系が蛍光灯なのに対し編入車はLED照明と異なる(よく見たら後者の方が明るく感じる)。
- その編入車はエアコンの形状と車体下部の絞りの有無に床面の高さで容易に区別可能。7200からの編入車はこの系列に合わせて制御装置をIGBTに交換。
- 実はターコイズ時代に本線普通の定期運用があった。
- 現在では通勤型の新標準色だが、デビューしたときはターコイズグリーン1色だった。
- 800系と雰囲気が似ているような…
- ターコイズグリーンじゃなくてターコイズじゃ。実質青色だし。
- 結局10000系だけで後が続かなかった。
- ターコイズ一色時代には先頭車運転台後部に「KEIHAN」のロゴがあった。それもCI制定後とは異なるものが。
- 事実上6000系から続いた大型非常扉を採用した最後の車両。
- 1次車と2次車では若干仕様が異なる。2次車は車内蛍光灯のカバーがなくなったほか側面の窓回りが黒くなった。
- きかんしゃトーマスなどよくラッピングが施される。
- 特に2013年にきかんしゃトーマスラッピングがされた時は車内放送までトーマスの声になっていた。
- なお、トーマスの声は戸田恵子ではなく比嘉久美子。
- 特に2013年にきかんしゃトーマスラッピングがされた時は車内放送までトーマスの声になっていた。
- パンタグラフやコンプレッサー等一部の部品は廃車となった2600系のものを流用している。
- 1900系のコンプレッサーを流用した編成もある(一度交換したので経年が浅かった為)。
- 後期ロットの10004F以降は蛍光灯カバーが省略されている(13000系も同様)。
- 結局製造されたのは24両、7200系とはわずか1両の差に。
- 当初は1900系や2600系の置き換え用としてもっと増備される予定だったらしい。もし実現していたら幻の7両編成の10000系が実現していたかも。
- 結局10000系は支線用4両ワンマン仕様だけに終わり本線用7両編成の置き換えは13000系で行われることになった。
- 2016年に編入車が発生し27両に。
- もう1編成くらい出て来そうな気もする…。
- 最終的には10002Fも7連化され7連×2本、4連×4本の30両となった。
- もう1編成くらい出て来そうな気もする…。
- 2016年に編入車が発生し27両に。
- 結局10000系は支線用4両ワンマン仕様だけに終わり本線用7両編成の置き換えは13000系で行われることになった。
- 当初は1900系や2600系の置き換え用としてもっと増備される予定だったらしい。もし実現していたら幻の7両編成の10000系が実現していたかも。
- 2017年8月、ついに本系列が代走で本線の定期特急に運用された。
- 登場時は支線専用であったことを考えると大出世だろう。
- 乗務員室と客室の間にある仕切り扉の忍錠が変な場所にある。
- ドアではなく横にある壁にある。
- 側窓のガラスには京阪で初めてUVカットのグリーンガラスが採用された。
13000系[編集 | ソースを編集]



- 2012年春に宇治線に20両(4両×5編成)を投入予定。
- 同じ両数の2600系が廃車になる。
- 交野線にもワンマン運用で入っているので、10000系と共通運用に近い感じ?
- 宇治線もワンマン運転開始した結果、現在ではほぼ完全に共通運用ですな。
- 10000系を3000系の外観にした感じ?
- 車両形式もなんだか…
- この外観が20年くらい続きそう。
- どこかで緑色の新車はもう二度と登場しないとか見た覚えがあるけど登場しちゃった。
- 塗装のせいか少し安っぽく見える。
- 2代目3000系とか10000系と比べてもかなりコストダウン図った所多々あるけどね。それでも何とかおけいはんらしさを残そうと苦慮した跡は見られる。片持ち式ロングシートを採用する、と聞いた時には座り心地((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルとなったけど、そんなに悪くはなかった。
- 所謂最近の「標準車体」風な内装部品を結構使っている。車体自体は在来工法だが。その気になればAトレのOEM車体になってもおかしくはなかった。
- 2代目3000系とか10000系と比べてもかなりコストダウン図った所多々あるけどね。それでも何とかおけいはんらしさを残そうと苦慮した跡は見られる。片持ち式ロングシートを採用する、と聞いた時には座り心地((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルとなったけど、そんなに悪くはなかった。
- 3000系と比べ上が少し角ばって、ライトが3つ目→2つ目に。
- 3000系が前面改造受けた為、当系列がその原型に近い顔付きと言う結果になった。
- 実はパンタグラフはひし形である。
- 正確には下枠交差式。
- 2600系の廃車発生品にちょっと手を加えた。
- 正確には下枠交差式。
- 試運転では前面に幌を付けて行われた。
- 4+4の8連運用も念頭に入れたものだったけど、8連運用自体減っている現状で実現するかは微妙。
- なんと2018年5月に前面幌を取り付けた編成が再登場。もしや今度こそ…
- 特に動きも無いまま2019年5月半ば辺りに前面幌は取り外されて4+4の営業運転はまたもや実現されず...。
- なんと2018年5月に前面幌を取り付けた編成が再登場。もしや今度こそ…
- 4+4の8連運用も念頭に入れたものだったけど、8連運用自体減っている現状で実現するかは微妙。
- 近々本線用のも登場予定とか。8連は余ってるから多分7連のが登場かと。
- まさかの7200&9000の7連化で、これにも8連が登場する可能性が出た?
- ドアチャイムを搭載した編成が登場したが、なんとそのドアチャイムがJR西日本の車両と同一の物を使っている。
- 13006Fね。それ以前の編成や10000系にも追加取り付けするのだろうか?
- そんな訳で京都市営地下鉄烏丸線(近鉄乗り入れ車含む)みたくドアブザーとドアチャイムのコンボに。
- 13006Fね。それ以前の編成や10000系にも追加取り付けするのだろうか?
- 本線用の20番台がいよいよデビュー。13006Fと合わせてLED照明を京阪車両としては初採用。
- 前照灯もLED化された。
- 本線用の20番台も4両に短縮してワンマン運転することは可能。実際交野線で運用されたことはある。
- その代わりに新3000系の一部が完全固定編成化改造された。
- 2016年製造の13007F・13023Fからは間接照明風のものに変更され、見栄えが良くなった。
- 8000系プレミアムカーにも似たようなものが付いている。
- 2015年度は7連2本に4連1本投入予定。あれ、宇治線と交野線のはもう充足されているはずでは?
- 4連は2600系で予備車になっている2623Fの置換え用だと思う。
- 今度こそ4連×2本の8連で運用されたりして。
- 10001F7連化の補充でしたね。そろそろ同じく10002Fの補充編成も登場しそうな。
- と思ったら、車両検査の都合で4連化した13025Fの中間車1両を組み込んで13024Fが8連化された。6000系の更新工事やら8000系のプレミアムカー改造工事で8連編成が不足した影響と思われる。
- その後もたまに8連化された編成が組まれる事もある。
- と思ったら、車両検査の都合で4連化した13025Fの中間車1両を組み込んで13024Fが8連化された。6000系の更新工事やら8000系のプレミアムカー改造工事で8連編成が不足した影響と思われる。
- 10001F7連化の補充でしたね。そろそろ同じく10002Fの補充編成も登場しそうな。
- 快速急行以上の種別に就く場合、3000・8000系及び6000系改造車と同様に自動放送が流れるらしいが、あくまでも代走する時のみ。
- 京阪線の急行以下では頑なに流そうとしないのね。叡電ですら基本的に自動放送となったのに。
- JR西や近鉄はタブレット式自動放送を導入したのだが…。
- 2018年に入って特急・快速急行以外でも自動放送が流れるようになった。
- 快速急行以上の種別に就く場合は自放音源を使うが、急行以下はタブレットで放送するらしい。(到着時のドア開け放送(日本語のみ原則自放音源)とタブレットで流す放送では音質が異なる)
- 京阪線の急行以下では頑なに流そうとしないのね。叡電ですら基本的に自動放送となったのに。
- 6000系以来消えていた連結部の妻窓が久しぶりに復活した。
- 半端車という名のクロスシート車両が組み込まれた編成が登場。
過去の車両[編集 | ソースを編集]
16号[編集 | ソースを編集]
- 貴賓車として製造された。
- 形式の由来は菊の花弁数。
- ソファが並べられた豪華な作りだったらしい。
- トイレがついていた。後にも先にも京阪電車でトイレ付きなのはこの車両ぐらいだろう。
- 廃車後は車庫に放ったらかしになっていた。
- 機器は600系(旧)に流用された。
60形[編集 | ソースを編集]

- 通称「びわこ号」で知られる。
- 京阪で唯一、本線と京津線とを直通運転すべく設計された車両。
- 廃車後は旧700系に機器流用されたが、その旧700系が現1000系として昇圧改造された際に余剰となった機器類を再び装着して寝屋川車庫に保存されている。
- 京阪としては唯一まともな形で保存されている車両。
- 80形82号車と旧3000系3505号車もお忘れなく。
- 82号車は野ざらしのせいで錆浮いてたぞ…。
- 実は京阪の車両としては珍しい日本車輌製造製。
- 寝屋川車庫内で動態保存させる計画があるそうだけど、ホントに実現するの?
- 将来的には本線走行も検討されているらしい。でも機器が1500Vに対応していないと思われる。
- 寝屋川市が主体で改造費用の募金活動してる。
- 2014年11月、構内入換車に牽引されての車庫内の構内走行が実現することになりました。
- 将来的には本線走行も検討されているらしい。でも機器が1500Vに対応していないと思われる。
- かつてはひらかたパークに保存されていたが、同パークのリニューアルにより寝屋川車庫に移ってきた。
70形[編集 | ソースを編集]

- 戦時中の旧100形の機器を流用して新造された車両。
- ほとんどの車両が四宮車庫に火災で焼失したが、唯一72号車だけ難を逃れた。
- 72号車はその後寝屋川車庫の構内入換車となり、2014年現在も健在。どこまで幸運な車両なのだ?
- 長らく青一色(前面は黄色のゼブラ塗装)だったが、最近になって白と青のツートンカラーに塗り替えられた。
- 「ワガヤネヤガワ号」という愛称まで付けられている。
- 「ワガヤネヤガワ」逆から読んでも・・・。
- 「ワガヤネヤガワ号」という愛称まで付けられている。
- 長らく青一色(前面は黄色のゼブラ塗装)だったが、最近になって白と青のツートンカラーに塗り替えられた。
- 72号車はその後寝屋川車庫の構内入換車となり、2014年現在も健在。どこまで幸運な車両なのだ?
- 種車となった旧100形は、更に遡れば何と京阪創業時に製造された1形が元である。足回りは1世紀以上にわたって使われ続けている事になる。
- 吊り掛け駆動なのによく昇圧工事出来たもんだ・・・。
500系(旧)[編集 | ソースを編集]
- 大正末期に製造された小型車だが、戦後車体更新された。
- 更新後の車体は1700系などを小型化したような印象だったが、前面は当時流行していた湘南型の意匠を取り入れた非貫通2枚窓だった。
- 後年大津線に登場した500形が同じような非貫通2枚窓になったのもこれのDNAを引き継いでいるのかも。
- 側窓の配置は更新の時期によって2種類あった。
- 更新後の車体は1700系などを小型化したような印象だったが、前面は当時流行していた湘南型の意匠を取り入れた非貫通2枚窓だった。
- 末期は交野線を走っていた。
600系(旧)[編集 | ソースを編集]
- 昭和初期に製造された日本最初のロマンスカーを1960年代に18m級に車体更新した。
- 名義上、先頭車は旧車の改造で中間車は新造扱いだったらしい。
- 車体の製造は2000系とほぼ同時期だが、冷房が取り付けられない程に車体強度が低かったため大多数は600V→1500V昇圧時に廃車された。
- 一部の車両は1800系(2代目)に車体が流用されたが、それでも冷房改造は行われず、短期間で廃車された。
- ヘッドライトがなぜか小田急のそれと同じだった。
- 先頭車には1650形からの編入車両もあったが、前照灯が1灯式だったり側面に戸袋窓があったりしたのですぐに見分けがついた。
- 1800系(2代目)に車体が流用された先頭車は全てこちらである。流用にあたっては戸袋窓が埋められたり大改造が行われたが…。
- 旧1650形の車体が選ばれた理由は他の600系と比べて鋼体がしっかりとしていたからだとか。
- 両開き扉で戸袋窓があるのは関西私鉄では少数派。昭和時代には大阪市営地下鉄50系や阪急2800系の中央増設扉くらいしか存在しなかった。
- かと思えば21世紀になって同じ京阪の3000系が戸袋窓付きとして登場した。
- 1800系(2代目)に車体が流用された先頭車は全てこちらである。流用にあたっては戸袋窓が埋められたり大改造が行われたが…。
- 廃車直前には1700系との連結も見られた。
- 実は近鉄京都線に乗り入れたことがある。
700系(旧)[編集 | ソースを編集]
- 流線型の1000系(初代)を600系と同様の手法で車体更新したもの。
- 車体は600系の側面に2200系の前面を組み合わせたようなスタイルだった。
- 1977~78年に高性能化、冷房化が行われ1000系(2代目)に生まれ変わった。車体は現役。
- 1000系への改造対象から外れた2両は600系に編入され、昇圧時に廃車された。末期には1700系との併結も見られた。
- 2200系を8連化する為の新造車造るくらいだったら、この2両を活用する手があったと思うのは俺だけか?
- 側窓が異なるのですぐに見分けがついた。
- 1000系への改造対象から外れた2両は600系に編入され、昇圧時に廃車された。末期には1700系との併結も見られた。
- 実は7両固定編成だった。
- 京阪では形式のトップナンバーの末尾は1から始まるのが原則だったが、本系列では中間電動車の780形に780号車が存在していた。
- 780形は799号車まであったため。
1300系[編集 | ソースを編集]
- 戦後復興期に登場した運輸省規格型電車。
- そのためか他の京阪の車両と比べて窓が小さく、鈍重な外観だった。
- 3扉化後は本線にはほとんど運用されず、交野線や宇治線がメインだった。
- 本線でも宇治線の電車が直通する中書島~三条では見ることができた。
- 1両だけ600系の中間に連結されていたことがあり、その車両だけは本線全線で運用されていた。
- 一部が特急色に塗られて1700系特急の増結用に運用されていたこともある。但し座席はロングシート。
- 制御車は当初1600形と呼ばれていた。
- 後に600系に編入された1650形は元々はこの形式の増結用だった。
- 実は京阪神急行電鉄時代に製造された。
- そのため、同時期に製造された阪急700系とは類似点が多く、兄弟とも言える存在。
- 但し廃車は向こうの方が早かった。
1650形[編集 | ソースを編集]
- 京阪で最初に両開き扉を採用した車両。
- それとともに後に通勤車の標準色となる濃淡グリーンのツートンを初めて採用した車両で、21世紀になって新塗装が採用するまで続いた。
- 側窓は扉間に2連窓が2組配置され、旧600・700系と言った車体更新車に引き継がれた。
- 戸袋窓があるのが最大の特徴だった。
- 側面には1810系などと同様ウインドシルがあったため、他社の同世代の車両と比べると古めかしかった。
- 製造されたのはTc車だけで、電動車は製造されなかった。
- 主に1300系と連結されていた。
- 2両が2000系スーパーカーの試験車として電装されたことがある。
- 600系の更新過程で本系列が電装されて630形となり、さらに1800系の昇圧改造に伴い新1800系となった。
- 630形になった後中間車化された車両も存在したが、こちらは新1800系に改造されなかった。
- 台車は旧型車の台車を流用、本系列が元々履いていたものは600系の中間T車に転用された。
1700系[編集 | ソースを編集]
- 元祖京阪特急。
- マンダリンオレンジとカーマインレッドのツートンカラーはこの電車が初めて。
- 600・700系と言った車体更新車を別にすれば京阪線では最後の釣り掛け駆動車両。
- それと同時に京阪線最後の半鋼製車で、車内は木製であった。
- 格下げ後はカルダン駆動の1800系と連結されていた。
- そのため、1編成でカルダンと釣り掛けの両方の走行音を楽しめた。
- 1800系(初代)廃車後は600系の中間車を1両だけ組み込んで7両編成になっていたものもあった。
- 日本初の高速電車用空気ばね台車が取り付けられた。
1800系[編集 | ソースを編集]

- 日本初のカルダン駆動車にして、2代目京阪特急専用車(初代は吊り掛け駆動の1700系)。
- そして京阪特急初のテレビカー連結車でもある。
- そのマイナーチェンジ版が旧1810系であるが、金属バネ台車の2両だけこの1800系に編入された。
- 1900系投入に伴って一般車に格下げ。
- この2両だけ車体長が1m長く、格下げ後に増設した中央扉も片開きドアだった(他の1800系は増設したドアのみ両開き)。
- 昇圧に伴って車体を旧600系と組み合わせて新1800系なる珍車が登場。
- 旧車体は保存も検討されたが、結局取り下げになって全車解体に。
- 新1800系の方は廃車後は1両だけカットボディが寝屋川車庫の電話ボックスに。
- 所詮は昇圧時の員数合わせ的な車両だった為に短期間で引退・廃車された。
- 機器類は叡山電鉄デオ730形に一部流用されている。
- 旧1800系は車内の壁面がピンク色に塗られていた。
- 晩年は1700系と併結されていたが、カルダン駆動と吊り掛け駆動が1編成の中で混在していた。
- なんかヘッドライトが小田急っぽいなぁ…。
- それどころか新1800系の前身となった旧600系のヘッドライトは小田急のものと全く同じだった。
- 新1800系って何処かあの東武2080系に通じる所あると思うけど、こっちは最初から6000系増備までの繋ぎだった為、あっちほど迷車扱いはされていない。
- 新1800系は非冷房だったが、扇風機の代わりに2600系2621・2622Fと同じローリーファンが取り付けられていた。
- 先頭車は全車600系の630型(旧1650型)の車体が流用されたが、最大の特徴だった戸袋窓が全て埋められ、前面も2600系30番台と同じような感じに整形されるなどかなり印象が変わった。
- 新1800系は車体の経年的には1900系とそれほど変わらなかったものの、少数派系列だったのとコイルばね台車だったことが災いして冷房改造されず6000系に置き換えられた。
- 新1800系だが書類上は旧1800系は廃車で600系を改造したことになっていた。
1900系[編集 | ソースを編集]
- 先々代の特急車両。
- 特急時代の乗り心地は旧3000系よりも良かったらしい。
- 京阪特急としては3代目の車両。
- 旧3000系投入で早々と特急運用から撤退した事が皮肉にも後年明暗を分ける事に。
- 京阪特急としては3代目の車両。
- 特急時代のシートモケットはリニューアル前の旧3000系と同じく茶色に白と黒の縞模様だった。
- 特急時代の乗り心地は旧3000系よりも良かったらしい。
- 大きく分けて1810系の編入車と最初から1900系として製造された車両に分かれる。
- 両者は外観が異なっていたので見分けがついた。
- 旧1810系の車両は冷房改造時に大半が中間車化されたが、1両だけ先頭車で残った(1914号車)。
- この車両は冷房改造時に前面が他の1900系に合わせられたものの、ライトが角型であるなど他車と微妙に異なっていてすぐにわかった。
- 加えて元々増結用のTc車だったため、連結面側も丸味を帯びた形状だった。
- この車両は冷房改造時に前面が他の1900系に合わせられたものの、ライトが角型であるなど他車と微妙に異なっていてすぐにわかった。
- 一般車への格下げ、昇圧改造、冷房改造と3度の大改造を経験し、最終的には2008年まで50年以上走り続けた。
- その割に保存車両は1両もない…。
- 登場当初の面影からかなりかけ離れてしまった事や、車両保存に消極的な京阪ですから・・・。
- ほぼ同時期にデビューした対岸の会社の先々代特急電車の不遇さを考えたらまだマシかも。
- 足回りの一部は叡山電鉄デオ720形のカルダン駆動化の際に流用されている。
- 登場当初の面影からかなりかけ離れてしまった事や、車両保存に消極的な京阪ですから・・・。
- 色々工事した結果やたら金かかったので、後輩の旧3000系は格下げなどされず殆どそのまま廃車されてしまった。何たる運命の皮肉。
- 旧3000系廃車時には1900系は冷房改造して間もない状態だったので、旧3000系を格下げするより1900系をそのまま使い続ける方が得だと判断されたのかも。
- 冷房改造と同時に制御装置の1C8M化や前面方向幕取り付けなど2200系の改修工事と同じ内容の改造が行われたが、発電ブレーキは撤去された。普通用と割り切ったのか。
- 格下げ後は発電ブレーキはあまり使われていなかったらしい。
- 方向幕取り付けで改修後の2200系と同じような顔になったが、特徴だったバンパーは残された。標識灯と尾灯はバンパーを切り欠いて設置された。
- その割に保存車両は1両もない…。
- 車体や台車のバリエーションは2600系に負けず豊富。
- 1925・1926・1991・1992は元両運転台車だったため、窓配置の関係で中央扉が両開きになっていた(他は全て片開き扉)。
- 冷房改造後は最終的には5両編成に統一されたものの、改造の過程で4両や7両編成も登場した。
- 特に7両編成は昼間の準急運用に入ることもあった。しかもその編成の大阪方先頭車は旧1810系の1914号車だった。
- 4両編成が存在したのは短期間。4両編成の先頭車だった1930号車はパンタグラフがなく異彩を放っていたが5両編成化されてからもそのままだった。
- 中之島線が開業する前日に定期運用を終了したが、実は試運転で中之島線に入線したことがあるらしい。
- さよなら運転は中之島線開通後だったが、淀屋橋始発だった。
- 一時期2600系のTc車を中間に組み込んでいたことがある。
- T車は1950形だったが、1951号車からではなく1950号車から始まっていた。
- トップナンバーの1950号車は元はTc車で、後に中間車化された。そのため通常の中間車とは窓配置が異なり両側の車端部が丸味を帯びていた。
2000系[編集 | ソースを編集]

- 「スーパーカー」の愛称を持つ高加減速車両。
- 登場時は阪神のジェットカーにも勝るとも劣らなかったが途中で付随車を組み込み普通の性能の電車となった。
- 高度経済成長期に登場した高加速度電車って、輸送力逼迫と共に普通の電車に成り下がったパターン多いな。
- 有名なところでは国鉄101系電車がある。
- 車体は2600系に流用されその一部は2013年現在も現役。
- 一部に2200系の改造車があったが、その後2200系に復帰することなく他の2000系と同じく2600系に生まれ変わった。
- 昭和34年製造の1次車のみ側面の窓配置が異なる。
- 2次車以降と比べて側窓の幅が広く、その分個数が少なかった。2600系に生まれ変わった後もその違いは残る。
- 当初側窓はつるべ式(上段が下降すると逆に下段が上昇する構造)で、保護棒も付いていた。
- 連結面側の貫通路も高さが低い。
- 実は日本初のシングルアームパンタグラフを試験装備したことがある。
- 実は2200系登場後にも増備は続いていた。
- その車両はドアエンジンが異なり、車内の座席が減らされドア付近が広くなっているのが特徴。現在も2600系の中間車に存在する。
京阪電気鉄道 |
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京阪本線系統・中之島線 京阪大津線 列車種別(京阪特急) | 車両(形式別 大津線)| 駅 |