南山城村
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奈良 |
テーマ別[編集 | ソースを編集]
- 駅の噂:月ケ瀬口駅
- 道の駅:お茶の京都 みなみやましろ村
南山城村の噂[編集 | ソースを編集]
- 京都南部唯一の村。
- これしか誇れることがない。
- けど、お隣の笠置町よりは人口が多いんだよ
- 京都府全体でも唯一の村です。
- 丹後半島の伊根町よりも人口が多い。但し人口密度は京都府最下位。
- 河○家菊○丸が住んでいる。
- どういうわけか笠置中学校が笠置じゃなくてここにある。方角的にも笠置と正反対の場所。
- 笠置町・南山城村が共同で設置してた笠置中学校がその名前のまま移転したからだとか
- その所為か村立ではなく相楽東部広域連合立という小難しい名称になっている。
- 笠置よりも人口が多いから。子供の数も南山城のほうが多く、合理的ではあるらしい。
- 位置的には「南」というよりむしろ「南東」だ。
- 南東山城村なんかいう名前にはなれませんよね。
- 京都府の最南端ではなく最東端がここにある(最南端は木津川市にある)。
- 一般競争入札は大嫌いだが、指名競争入札は大好きだ。
- 年中ユンボの音が響く哀しき里山。
- 京都府の全市町村で唯一三重県に隣接している
- ここから伊賀上野へは意外に近い。国道に伊賀市内のスーパーの看板があるのを見たことがあり、一瞬京都府内にいることを忘れてしまった。
- 伊賀市(旧・阿山郡島ヶ原村)と接している。
- 伊賀市への通勤・買い物が便利で、伊賀市で見かける京都ナンバーの車はここの住民が多いらしい。
- 村の最東端(京都府全体でも最東端)から上野市街までは7kmほどしかない。
- 伊賀市(旧・阿山郡島ヶ原村)と接している。
- ここから伊賀上野へは意外に近い。国道に伊賀市内のスーパーの看板があるのを見たことがあり、一瞬京都府内にいることを忘れてしまった。
- 月ヶ瀬ニュータウンがある。
- 月ケ瀬口駅もここにある。口と付いているが歩くと月ヶ瀬までは2時間近くはかかる。
- 梅の季節には臨時バスが駅から月ヶ瀬まで運行されるが、これが何と京都府内なのに三重交通の運行。
- かつては村内で定期の路線バスも運行していた。
- 今もあります(田山・高尾方面)。ほかに相楽東部広域バス(加茂駅行き)、大河原コミュニティバス(童仙房方面)もあり。
- かつては村内で定期の路線バスも運行していた。
- 梅の季節には臨時バスが駅から月ヶ瀬まで運行されるが、これが何と京都府内なのに三重交通の運行。
- 月ヶ瀬村の村役場(今は支所)まで歩いて15分かからん所もあるけどね。
- 梅の名所月ヶ瀬だが、梅渓の一部はここにも掛っている。というか、月ヶ瀬湖の北岸は半分くらいここだったりする。実は月ヶ瀬の所の画像も撮影地点は南山城村内。
- 月ケ瀬口駅もここにある。口と付いているが歩くと月ヶ瀬までは2時間近くはかかる。
- 伊賀市から西へ向かう国道163号線で木津までの間、短いが唯一トラックレーンがこの月ヶ瀬ニュータウンの入口付近にある。
- 名阪国道を利用する中長距離トラックの多くが伊賀市からこの国道163号線を通り、門真へ向かう。
- 三重・滋賀・奈良と隣接。
- 電話は奈良扱いの0743-9X-XXXX。自動化前は北部が074305、南部が074304だった。
- 郵便は奈良の63X-XXXXではなく京都扱いの619-XXXX
- コロコロチキチキペッパーズのナダルの出身地。
- たまごトラベルという会社がある。でも鶏卵業者でもなければ旅行会社でもない。
高山[編集 | ソースを編集]
- なぜか奈良の月ヶ瀬じゃなくてここに「月ヶ瀬カントリークラブ」がある。
- 高尾と田山を合わせて高山。
- 名張川の左岸が高尾で、右岸が田山。
- 全体的に月ヶ瀬村との境がどこにあるのか分かりにくい。
- 南山城の中でも特にお茶畑のイメージが強い所。
- 田山には製茶場もある。
- 高山ダムにかかる高山大橋が美しい。
- ダムができる前の峡谷時代もさぞや美しかっただろうが、ダム湖と朱い橋のコントラストもなかなかのもんよ。
高尾[編集 | ソースを編集]
- 高尾の茶畑は縦縞で、まるで天へと続くよう。
- 地蔵寺は、廃仏毀釈で他の寺がぶち壊される中、高尾では唯一生き残った寺院。
- 本堂は江戸末期の1847年に建て替えられたもの。
- 高さ3.9mの石塔は南北朝期の1336年(建武3年)に造られたもの。
- 高尾の氏神である春日神社は、元々、今の高山ダムの底に沈んだエリアにあった。
- 高山ダムの建設に伴い奈良県境の少し手前の今の地に移転。
- 17世紀に奈良の春日大社から勧請したものらしい。
田山[編集 | ソースを編集]
- 集落の中心部に観音寺という寺がある。
- ご本尊の大日如来坐像は10世紀に造られたものだとか。
- 姫若の塚は後醍醐天皇の愛人だった円王の君のお墓。
- なんでも笠置城、落城後に、笠置→柳生→高尾→田山→月ヶ瀬と逃げ延びて、そこで安住の地を得て暮らした後、田山に葬られたんだとか。
- 柳生藩主の墓がある。
- ここのは、骨を埋めた場所ではない。
- 田山に在地勤務を命じられていた柳生藩の郷士が、歴代藩士の命日に柳生へ出向く代わりにここで手を合わせるために建てた祭祀施設的色合いのものだったりする。
- 月ヶ瀬方面へ抜ける県道沿いの、かわいいさざれ石に彫られた弥陀磨崖仏が、地元では知られる。
- 彫り具合がだいぶあせてきており、悩ましい。
- 諏訪神社は、田山の氏神。
- 田舎の無名の神社だが、割と立派。
- 京都府無形民俗文化財の田山花踊りはここのお祭り。頭の上に重そうな花飾りを載せたおっさんが、舞い踊る。
- 木津川と名張川の合流点にある鶴の家という旅館が気になる。
大河原[編集 | ソースを編集]
- 恋志谷神社のある所。
- 恋志谷姫というのが、その祭神。後醍醐天皇のお妃で、伊勢で療養していた所、元弘の変の話を聞きつけ笠置に居る後醍醐帝のもとへ急いだが、大河原で後醍醐完敗&行方不明との速報を聞き、自害したと言われる。
- この悲話を聞いた地元民が弔いがてら姫をお祀りしたのが、はじまりらしい。
- 恋志谷姫というのが、その祭神。後醍醐天皇のお妃で、伊勢で療養していた所、元弘の変の話を聞きつけ笠置に居る後醍醐帝のもとへ急いだが、大河原で後醍醐完敗&行方不明との速報を聞き、自害したと言われる。
- 日本三代実録に「従五位の下の位階を授かった」と記録がある国津神社がある。
- すぐとなりに、春光寺という寺がある。10世紀頃に造られた薬師如来像が今でも残っている。
- 木津川を境に北は北大河原。南は南大河原。
- 大河原駅付近が大河原だというのは想像に難くないが、月ケ瀬口駅付近も大河原。
- 南山城全体の噂にもある月ヶ瀬ニュータウンは北大河原にある。
- 明神ヶ滝がある。
- 木津川本流にある、この滝は、伊賀~山城の水運の観点から言えば、わざわざ積荷を滝の前後で移し替えなければならず、邪魔でしかなかった。
野殿・童仙房[編集 | ソースを編集]
- 野殿・童仙房は完全に秘境。木津川沿いの大河原(標高100m前後)などと比べて400mくらい標高が高い。
- 童仙房なんて地名からして秘境感漂うが元々修行の地で堂が千坊あったからこんな地名になったとか。
- ここも茶畑が有名。
- 標高500~600mの隆起準平原の中に集落がある。
- 平地より5~6度気温が低い。
- 8月の平均気温が27度くらいらしい。明らかに涼しい。
- 何故かこんなところに韓国寺院がある。正直怖い。
- 京都府の支庁が置かれたこともあったとか。こんな山の中なのに。
- なんでも元々、この地は明治期に俸禄を失った士族の受入れのために開拓された土地らしく、受入れ対応の一環で京都府の支庁を置いたんだとか。
- 和束町の杣の谷から三国越林道で上がっていくことができる。
- 山城、伊賀、近江の三国に跨がるから三国越林道。県境部の秘境を行く感じが伝わるだろうか。
- ちょっと進んで山を下れば、信楽町多羅尾。やっぱ秘境だ。
- 本当にこんなところに集落があるのかと疑いたくなるような所を行く。
- 山城、伊賀、近江の三国に跨がるから三国越林道。県境部の秘境を行く感じが伝わるだろうか。
- 尾根の上に道路が伸び、両側に茶畑がある。和束では下から見上げる系が多いのに対し、ここは道路が上にあることが多く、見え方が対照的。
- 気分はさながら天空の上を行くよう。
- 不動の滝の落差は20m。深い渓谷の中にある。
- 滝の中ほどの岩盤には不動明王が掘られている。昔は修行の場だったんだそうな。
- 和束町との境が変に直線的になっているところがある。
- 柳生藩の江戸家老だった野殿家は、野殿の郷士上がりの一族。
- 平成末期の時点では、野殿に末裔が暮らしていた。
- 野殿は柳生藩領だったが童仙房は柳生藩、藤堂藩そして御料がそれぞれ領有権を主張した結果、どこにも属さない土地とされていた。
- 京都、滋賀、三重の三県境がある。
- その場所を三国塚という。三国塚の近くには三国越展望台(標高620mくらい。)があり、伊賀方面が見渡せる。