南島原市

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  有明海
 
 

   
南島原
 
天草

南島原市の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 有家町と西有家町が互いに新市の覇権を巡って争っている。
    • 両町の「有家」の部分は「ありえ」と読む。ありゃ?「いえ」の「い」は?
  2. もう、いっそのこと島原半島全体で雲仙市でも島原市でもよかったのに、と思っている。
    • 半島全体でその2つのどっちかだったら島原しかありえん。島原の名を簡単に消せるはずがなかろう。
      • 三市合併なら「島原市」「島原雲仙市」「雲仙島原市」のどれかになるだろうな。いずれにしても南島原の個性が出ないのは惜しいが。
  3. 住人の殆どは、島原の乱で元々の住人が(ほぼ)全滅した後に、幕府の移住政策によって四国や九州各地から移り住んできた人たちの末裔と言われている。
    • そのため、新しい方言が出来たと云われる。
    • 排他的な九州の一般的な田舎と違って、余所者に対する極度な偏見がない。
      • 恐らく九州でも数少ないまともな田舎。ここに馴染めなかったら、九州の他の田舎では生きていけない。
    • お年寄りは、方言だけでなく高田社長並!?の標準語を話すことができる。
  4. テレビはひまわりやカボチャ(ケーブルテレビ)のできる前は、もっぱらテレビ熊本(熊本の放送が長崎よりきれいに映る)視聴者。
    • 夕方は、KKTのテレビタミン視聴者のほうが多いかもしれない。
    • そういえばNBCとかの視聴者プレゼント企画で南島原の人ってあまり聞かないと思ってたら、そういうことだったのか。
    • 今でも熊本のテレビを見たりラジオを聴いたりしている人は多い。
  5. ここいらで、一番人が集る場所がジャスコだ。
    • その近くにマルキョウ(福岡の有名なスーパー)も出来ていて、妙に開けたモンだと実感…
    • ピエトロまであるのには、マジでビビッた
      • しかも100円ショップ「ダイソー」もいっぱいある
      • ピエトロは潰れて岩盤浴の施設になりました。
        • その岩盤浴もつぶれました
    • ジャスコはここいらのDQNたちの社交場としての役割を果たしている。
  6. 住所の殆どが「甲」「乙」「丙」「丁」。通信簿じゃあるまいし…
    • 「戊」「己」まであるが特に「戊」が住所の人は口頭で住所を伝えるのにかなり苦労するという。
      • 「戊辰戦争」の「戊」じゃん。義務教育受けた奴なら書けて当然。
      • 「己」まででよかったと…、「庚」があったらもっと説明しづらい。
  7. 長崎で「有馬」と言うと、神戸・有馬温泉とかよりも南島原市の旧北有馬町・旧南有馬町辺りになる。
  8. 市内には18もの駅があったがほんの1日ですべて廃止に。
    • ポカリスエットのCMでも使われた路線だったのに。
    • 南島原駅は市内ではなく島原市にある(こちらは現役)。
      • 結局まとめて改名された。
  9. 市役所は西有家町にあるが、警察署は口之津町にある。
  10. それにしても南島原市なんて島原市の子分感満載で嫌だよな。今はのどかでも、有馬氏が治めてた頃はむしろ島原どころか長崎の中心だったのだから「有馬市」とか、その本拠地から取って「日之江市」とかにしてほしかった。
    • だが北有馬は十八銀行の支店が唯一出張所に格下げされるなど、南目どころか島原半島内でも一番しょぼいのが現実であるので、気持ちはよくわかるがおこがましいのも確か。。。(北有馬民)
      • 今は廃れたかもしれないが、島原の歴史を作ったのは有馬地域。うちも港を作ってもらった(港にまつわる不幸も多いが、利益も多かった)し、そこは自信を持ってもいいと思う(元口之津民)
  11. 最近はそうめんをやたら推してて、度肝を抜くCMを制作してあちこちで流れてる。
    • そのCMは関東でも独立局中心に流れている。
    • 安いそうめんはここら辺で製造したのが多い。
  12. 「ベイガ船長」というゆるキャラがいる。日本一背の高い歩行可能なゆるキャラらしい。
    • 設定として悩みが公開されているが、「腰痛のため体力が15~20分しか保たない」「写真に見切れてしまう」などゆるキャラの割にはゆるくない悩みが並ぶ。

深江[編集 | ソースを編集]

  1. 旧深江町は、普賢岳の噴火のときに重大な被災地になった。ただ、島原市ばかりが全国的に注目されたため、義援金はそちらに集中してしまった。
  2. 島原でも旧千々石町とタメを張る柄の悪さが自慢。
  3. 道の駅に普賢岳噴火の際の土石流で埋まった民家を展示してある。
  4. クルマエビの養殖が盛んらしい。

布津[編集 | ソースを編集]

  1. 旧布津町(ふつちょうと読む)
    • ふつうの町だなんて言われるがそんなレベルじゃ語れないくらいふつう
  2. 島原半島の中で一番小さな町だった。なので人口も極端に他の町と比べて少なかった。
  3. この町で「松島」姓の人は、島原の乱のあと東北仙台から連れてこられた入植者の末裔だと云われている。
  4. 中学校は全校生徒150人もいないが数々の部活で県大会でも上位入賞している。空手は全国制覇もしちゃってる
  5. コンビニといえばヤマザキYショップである。これしかない
  6. ものすごい量のトルコライスを出す店がある

有家[編集 | ソースを編集]

  1. 上記、ジャスコ(現・イオン)は、ここにあります。
    • ここのジャスコは、食品スーパー部分がAコープだったりする。地味にレアなパターン。
  2. もともとは東有家村だったらしいが、町制施行時に「東」を外して有家町になったんだとか。となりの西有家町から文句は出なかったんだろうか。

西有家[編集 | ソースを編集]

  1. 有家と西有家で島原高校に進学するか口加高校に進学するか分かれる。
    • 西有家の優秀な中学生は、町内に柄が悪くて有名な島原南高校(現・翔南高等学校)があるため、進学校の島原高校や口加高校の校区外枠の少ない合格枠を取り合う事になり、受験に特別苦労する。
  2. 市役所の前に半裸の大男の像がある。「みそ五郎」というらしい。
    • 雲仙岳に腰掛けて有明海の水で顔を洗ったという伝説が残る。なかなかのスケール。
    • 市役所前には「そうめんとみそ五郎の里」と描かれたモニュメントもある。行政(というより西有家?)的にはそうめんとタメを張る存在なんだろうか。
    • 「みそ五郎祭り」なるお祭りもある。

北有馬[編集 | ソースを編集]

  1. 国道251号を走るとすぐに通り過ぎてしまう。ほんとは南有馬よりも広いのに・・・
    • かつて島鉄が通っていた頃も、駅は一つしかなかった。
      • 海岸線より内陸に町域が長いため。
        • 国道251号から県道30号に入り小浜方面に向かうと、諏訪の池のあたりまでが北有馬町域。けっこう長い。
  2. 戦国大名・有馬家の本拠地であった。キリシタン大名として著名な有馬晴信・大村純忠(大村姓は養子に入ったため)も有馬一族である。
    • しかし有馬家の全盛期を築いたのは晴信の祖父・晴純公であり、某歴史ゲームでは有名な息子達より高評価である。ただ功績の割には資料が少ない。
      • だが更にさかのぼると有馬家が勢力拡大したのは、晴純公のそのまたおじいさんの有馬貴純公のお陰だと言う。しかしこの御方も残念ながら資料が少ない。
  3. さらに時代を遡ると、原山ドルメンという国内最大級の縄文末期の支石墓遺跡が諏訪の池の近くにあるなど、地味ながらもかなり古い歴史を持っている。
  4. 次元大介ぽいキャラが地元農産物をPRする看板がある。
    • 地元のものを「じげもん」と呼ぶことにかけて次元大介らしい。
  5. 日野江城跡という城跡があるが、対外的な知名度は同じ市内の原城跡に押され気味。

南有馬[編集 | ソースを編集]

  1. 島原の乱で一揆勢が立てこもった原城はここ。
    • 島鉄の原城駅もあった。しかし、城があったのは遠い昔(安土桃山時代?)の話。
  2. 原城歴史資料館というものがあるが、原城から離れている。民間の施設で、民家に郷土資料その他諸々を詰め込んでいる。お留守のときは資料館入り口に書いてある電話番号で呼ぶと5分少々で開けに来てくれる。
  3. 温泉も湧いている(原城温泉)。
    • 温泉辺りの海岸線は遊歩道として整備されている。朝焼けの天草諸島が美しかった記憶。

口之津[編集 | ソースを編集]

  1. 海の男たちの間では有名なところ。
    • 世界中の海に船員を送り出す。
      • そのため、国立の技術学校がある。
  2. 南島原警察署はここにある。
  3. 小学校の校舎のデザインが斬新。
    • 校舎が船の形。さすが船員の町。
      • ちなみに体育館はクジラの形。
    • そう言えば下水処理場も船の形。
      • 水族館と間違え入る人がいる。
        • そのため入口に「ここは下水処理施設です」とでかでかと看板がある。
  4. 実は戦国時代、有馬晴純が領主だった頃は貿易港として栄えた。
    • しかし、息子の大村純忠が貿易港を長崎に変更してしまった。そして口之津は寂れていった。
      • もし貿易港が口之津のままだったら口之津県になってたかもしれない。
        • そのような歴史があるためか、口之津歴史民俗資料館で展示されているものはなかなか味わい深いものがある。船員が持ち帰った世界の品々も置いてあったりする。
        • 三池港が完成する以前は、三池炭鉱の石炭の積出港として全盛期を迎えたことをなぜ言わない?そして与論島との縁はこの時期に起因する。
  5. 口之津には島原半島のお天気を観測する長崎管区気象台の観測所があるが、具体的にどこに観測箱が置かれているのかを誰も知らないので、都市伝説化している。
  6. 最近、ついにセブンイレブンとファミマが進出、ヤマザキデイリーを脅かしている。
  7. 永野萬蔵
  8. 1972年にデコポンと言う柑橘系品種が誕生したところ。
  9. 最近フェリーターミナルがリニューアルされて綺麗になった。

加津佐[編集 | ソースを編集]

  1. ここがあの長崎人を裏切ったアホ防衛大臣の地元…。
    • かつては神童とよばれ、東大に進学した時は町を上げてのお祭り騒ぎとなった。
      • で、彼の母校は県下有数の進学校である「口加高校」
        • 口之津+加津佐=「口加」高校というがさつなネーミングセンス
          • 実は、グラウンド以外の敷地は口之津。
        • しかし、それも昔の話。
  2. 元島鉄の終着駅