国道371号

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  1. 主な経由地:河内長野市橋本市〜高野町〜田辺市…(林道)…古座川町〜串本町と一応のところ紀伊半島縦断国道となっている。
  2. 高野山~龍神村は高野龍神スカイラインへ。

河内長野~橋本の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 河内長野〜橋本間はもともとは国道170号だった。
  2. もともとの国道170号は東高野街道という別名を持つ高槻〜橋本までの国道だったが、その国道が今のルートに制定されてから、国道371号が大阪府まで延長された。
    • 今でも紀見峠の旧道に行くと、その面影を見ることが出来る。
      • なにせ、ボロくなっても170の国道標識を見ることができますから。
        • 残念ながら、数ヶ月前にその国道標識は2枚とも撤去されました。
      • もちろん、新道(紀見トンネル)は結構古いとはいえ、その面影は残っていません。
  3. 橋本以北は交通量がかなり多い。
    • 特に、河内長野市内(特に170号線との分岐点)での渋滞が酷い。
    • 371のイメージが酷道しかなかったから、拍子抜け。
  4. ただいま河内長野市内で中途半端にバイパスができているが、旧道利用者も意外と多い。
  5. 南海高野線と同じように橋本市を大阪の植民地にした立役者。
  6. 石仏バイパスの橋本側の現時点(2020年2月)での終端部のつくりが結構粗い。
    • どうせそのうち、更にバイパス区間が伸びて、今の終端部はただのランプウェイになるからということなのか、バイパスのくせして無駄にカーブがきつい。
  7. 新紀見トンネルを片側2車線のトンネルにすべく、横にもう一本掘るという計画があるとかないとか。
    • 昔あった大阪市内の杭全から高野山まで、310号とか今里筋なども活用して片側2車線のバイパス道路を造るという嘘みたいな都市計画の成れの果てだったりする。もともとは、片側3車線で計画されていた。
      • 何十年経ってもできないのは大阪府の財政難と国が大阪にはカネを出さないようにしているから。そうこうしている間に、この高齢化と人口減少、若者の車離れで、車の数自体が減ったため、今はもう計画自体が事実上立ち消えになっている。
    • 因みに、松原市天美東と美原区余部のあたりに府道大阪狭山線のバイパスがそれぞれ数百m分だけできているが、あれはこの道路の側道予定区間。
    • なお、橋本~高野山は高野山道路として完成していることになっている。

橋本~串本の噂[編集 | ソースを編集]

  1. ふたつの分断区間が存在する。
    • 田辺市内(旧龍神村〜旧中辺路町間)と田辺市(旧大塔村)〜古座川町間。
    • しかし、後者は林道経由でいけるので完全に分断というわけではない。
      • しかし、素人にはオススメできるような道ではない。林道にいたるまでも酷道ファンのメッカ・紀伊山地らしい酷道要素たっぷりなため。
    • 前者も数キロ離れたところにある豪華トンネル付の県道へ回ったほうが速いし快適。
    • 前者はバイパス開通で解消された・・・もののあろうことか分断区間の龍神村側末端からバイパスまでの険道をルートに組み込んでしまった。
      • 紀州の山奥で、あの程度であれば険道には該当せんやろと思うけど、それ抜きに、わざわざトンネル掘って無理やりつなぐくらいやったら栗栖川から柳瀬まで、2車線が確保されてる県道198号を国道に格上げせえやと思う。
  2. 橋本以南は以北と違い、観光シーズンのスカイライン以外は閑散としている。
  3. 逆に、橋本〜高野山までは酷道の要素が強い。素人は九度山町経由のR370で行くことをオススメする。
    • が、通行車両が少ないので意外にすんなり走破できたりする。
    • 371で行こうとすると、初めの方に「高野山へは370号を通れ」という内容の看板がたくさんある。
      • それを無視して進んだバカがいる。
        • もっとも、最初は↓の酷道で龍神まで向かおうとしていた。
      • ↑↑がR370はシーズンになると交通量が増えるため371のほうが早い場合も。無論落石や路肩の崩落という危険は付きまとうが。
  4. 途中、日本有数の酷道に逝くことは可能だが、その入り口がバイパスのようなやたらと新しいトンネルのため錯覚を引き起こしやすい。
  5. 南側(古座川町〜串本町)は盲腸路線ゆえに影が薄すぎ。
  6. 飛び出しこなたが建っている。
  7. 何度も県境を跨ぐ為カーナビが大暴れする箇所がある
    • スカイラインの護摩壇山以北は県境沿いを走るため路肩のキロポストに混じって「和歌山県」「奈良県」の県境標が数百メートルおきに見られる。
  8. 1974年に制定された当初は橋本市~旧中辺路町までだった。1982年4月1日から河内長野市~串本町となり本州最南の3桁国道になった。