大阪市/城東区

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ご当地の噂 - 世界アジア日本近畿大阪大阪市城東区

大阪市・城東区
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八尾
住之江 住吉
大和川 松原 藤井寺


旭区

高殿 新森


古市



がもよん 鶴見
寝屋川 京橋




鴫野
放出


森之宮 緑橋






森ノ宮 中道 緑橋 深江橋

玉造 東成区

城東区の噂[編集 | ソースを編集]

  1. ソウルにも同じ区があるが、コリアンタウンはもう少し南。
    • 東京にも同名の区があった。(現:江東区
  2. 変換させようとすると「常套句」と出て来てしまう。これだからIMEは…???
  3. 昔は工業が盛んであったが、現在は住宅地。駐車場を潰してでもマンションを建てようとしている。
  4. 区名がちょっとそのまんまな気が…。
  5. マンション建ちすぎで城東区では人口密度が全国の区で1位となっているが人口密度では東京都中野区に次いで2位となっており真相は謎。
    • 東京特別区を除いた政令市の区の中で1位ということでは?
  6. 牛乳石鹸、イトーキ、タカラスタンダードなどが本社を構える。
    • 牛乳石鹸の工場は、あまりに周囲に溶け込み過ぎていて言われないと前を通過しても気がつかない。
  7. 結構南北に長い。北部の関目と南部の森之宮が同じ区だとはとても思えない。
    • 広すぎて、赤バスも南北2系統ある。
      • その赤バスも2013年3月一杯で廃止されました…。文字通り赤字を生むバスだったので。
    • 寝屋川を境に区が二分されているような気もする。寝屋川よりも南側は中小の工場も多い。北側は住宅地。
  8. 意外にも東大阪市に隣接している。
    • 「東大阪病院」にいたっては、ちゃっかり城東区内にある。
    • 放出駅南西側から深江橋駅北西側にかけて隣接している。
  9. 区の真ん中を今里筋がどーんと縦断している。
  10. 上等区とは、城東区民の常套句。
  11. 極楽橋から京橋までの寝屋川のコンクリート堤防、10年ほど前は無機質な所に落書きが所々あるだけだったが、今はユニークな地元民力作の壁面画が軒を列ねている。
    • 極楽橋は大阪城公園の中にもある。当然これとは別。
  12. 京橋の京阪の南の所から今福にかけて、堤防上になった道路がある。
    周囲よりも1段高くなっている
    • このリンク先の道路が正しくそのルートなんだけど、元々なんかあったところなのか?
      • かつてあのルートには鯰江川という川が流れていた。道路が堤防のように高くなっているのはその名残り。
      • 京阪京橋駅からダイエーへ行く途中周囲より一段高くなった道があるがこれがまさにそれ。
      • へえ。そうなんかー。ほな、その一本南側の片町から横堤へ抜ける道が低くなってるのは、まさしく川の名残というわけか。
      • いろいろ調べてみたところ、A地点~C地点は旧野崎街道・古堤街道の道筋の跡らしい。鯰江川が流れるよりもはるか昔、深野池から流れ出た河川の堤防となっていたんだろう。
    • ところどころカーブがあって旧街道っぽいのが特徴の1つでもある。
      • 一通で、車の量も少なく、あまり起伏がない上、適度なカーブがあるのでママチャリに毛の生えた程度の自転車でも40弱くらいのスピードが出せる。
    • 城北運河を越えた辺りから、急に周りとの高さの差が失せてくるんだが、新喜多の辺では明らかに周りより高いのが見て取れる。
      • たとえば、この周りのエリアでは貨物線は高架になっているのに、この道路だけ、踏切になっていたりとか。
        • 貨物線は2019年3月におおさか東線として旅客化されるが、この踏切(蒲生踏切)は立体化されずに残った。踏切が許可されたのは完全な新路線ではないため。
          • これがおおさか東線の北半分では唯一の踏切となる(放出以南には数か所踏切がある)。
      • 京橋あたりではこの道路に面した建物の入口は実は2階で、1つ南側の広い道路に面した場所が1階になっている。
    • 蒲生・今福の人間の間では、チャリンコロードという愛称で呼ばれることもあるルートだったりする。
  13. 関目/古市/今福(鶴見通以北)一帯では地元住民を中心に菫(すみれ)という地名も定着している。特に公共施設/団地/橋梁中心にこの名前が多く見られる。
    • ただこの「菫」という漢字、普段目にする機会が少ない上に骨董の「董」にも似ているためか「すみれ」とひらがな書きされることもよくある。
    • 鶴見通はそのまま東へ行けば奈良市の奈良公園へ行ける。
      • そのまま阪奈道路に繋がる。反対側の蒲生四丁目交差点以西は国道1号。
  14. 叶姉妹の姉のほうと富士純子の出身地。
    • 但し富士純子は出生地が紀州御坊なので要注意。何が要注意かはしらんけど。
  15. 乃木坂46松村沙由理の出身地。
    • NMB48渋谷凪咲や元NMB48山田菜々も城東区出身。
      • おは朝に出演しているモデルで元E-girlsの杉枝真結も城東区出身。
      • 渋谷凪咲は関目駅近くの一戸建て。山田菜々は放出西の出身。割と地元民にはよく知られている。
    • 杉枝真結と松村沙友理はどっちも蒲生中卒。蒲生中卒の甥っ子が松村と中学校の同級生だったといっていた。地元では結構知られた話らしい。
      • ただ、あの界隈(京橋とも蒲生とも言い切れない微妙なエリア)出身の城東区民というと、桂きん枝か吉本新喜劇の宇都宮まきを思い出す人のほうが多い。(後者は本人も公表しとるさかい。)
  16. 深江橋駅の北西に「永田」という地名があるが中央線の2駅先に「長田」駅があるので正直ややこしい。
  17. 内陸側かつ大河川の非流域ながら区を分断する長い川が東西方向・南北方向いずれにも流れている。
    • 特に寝屋川はかなり架橋が少なく、上記の通り区域が大きく分断されている。
    • そうした地質上の特性から今里筋線の建設は地盤の軟らかさゆえ相当な難工事となった。
  18. 阪高12号森小路支線上りの森小路PAは6台しか停車できない日本一小規模なパーキングエリア。あの名神高速道路下りの羽島PAよりも小規模。
  19. 実は大阪市内では最も人口密度が高い区。(2019年現在)
    • 北部及び西部に高層マンション建設ラッシュが多いため。
  20. 近年城東区内で、関西テレビの「よ~いドン!」のワンコーナー「隣の人間国宝さん」で、人間国宝さんに認定された人がもらえるステッカーに似た「隣の人間区宝さん」ステッカーを見かけることがある。
    • 蒲生四丁目界隈でのステッカー率が高い。
  21. 大阪城の東にあるから城東区。そんな場所だから大坂の陣では野外戦もちらほら。今福・鴫野の戦いとか。
  22. 区内には旧大和川が作った天井川跡の高台が帯状に残っている。(放出と鴫野の境目あたりとか。)
  23. 旭区と東成区の一部を割ってくっつけてできた区。
    • 両区と比べると、人口は多く、面積も広く、住民の所得も高く、治安はいいし、現役世代が多い。ええとこどりやないか。
    • 城東区から分区した鶴見区も城東区と似たりよったり。あれ、旭区と東成区って出涸らし??

区内各地域の噂[編集 | ソースを編集]

諏訪[編集 | ソースを編集]

  1. 野茂英雄の母校、成城工業高校(現・成城高校)がある。
    • 成城とはいってももちろん東京の高級住宅地とは全く関係ない。というかなぜあの高校が「成城」なんていう名前が付いたのだろう。付近に成城という地名はないのに。
      • まったくの想像だけど、「東」+「東」とか?
  2. 諏訪神社が街のシンボルであり、地名の由来。
    諏訪神社
    • 平安時代の創建と伝えられており、菅原道真も左遷決定後、太宰府へ行く前に道明寺の親類宅へ行く途中に詣ったとか。
      • 因みに、道真が休憩の際に座ったと言われる石が今も残されていて、地域住民の手によって祀られている。
        腰掛石
      • 安土桃山時代には、大阪城の東の鎮守神になったこともあるそうな。そういや、城の真東にあるもんねえ。
      • 境内の石灯籠には承和3年(836年)に造られたと記されているものもある。
    • 市営バスの行き先にもあるがどこにあるか知っている人は少ない。
    • 全国に諏訪神社ってあるので言わんでもわかると思いますが、信州の諏訪大社の支店の一つです。
    • だんじりもある。
    • 実は太閤殿下小田原攻めをした際に、必勝祈願をした神社だったりする。
      • なんでも太閤殿下が大阪城から東の方を見たとき、大きな森があるのが見えて、その森が気になるわ~~とかで、部下に調べさせたら、古い神社だという報告があったので、殿下が「ほなそこで祈願してみようや」と言ったため、ここで戦勝祈願をしたとか。
  3. ♪ハナテン中古車センタ~
    ビッグモーター(旧ハナテン)
    • 実は、放出ではなく、ここにある。
      • 同様の例は、放出南商店街が、ここと東大阪で分けあってることなど。
      • 放出と深江橋の間にあるので、広い意味で放出に含まれるのだろう。
    • 難読地名を逆手に取った見本という感じである。
      • 地元民も通りがいいので、「放出から来ました」と言うこともある。
        • 南端には地下鉄中央線の深江橋駅もある。
    • いつの間にかBIG MOTORになっている。
  4. 戦後高度成長の頃まで、左専道という名前だった。
    • 左専というのは左遷という言葉を文字だけ変えたもので、道真の事を哀れに思った地元民が地名を変えた結果の産物らしい。
    • 「左専道大橋」だったら今もある。
  5. 江戸時代、なぜか、この街のお不動様が、江戸の街でダジャレのネタにされて流行ったらしい。
    不動寺
    • 曰く「どっこい、そうは左専道のお不動さん」とか言うもので、「その手は桑名の焼き蛤」と同じように使われていたが、大阪では流行らなんだとか。参考
    • 寺の名前は、不動寺。通称及び山号がさせん堂。大阪四不動の1つとして大阪市の東方の守護を任されている。宝暦9年(1759年)にこの地に移ってきたらしい。
    • 江戸時代には参拝客が今では考えられないほど多かったらしい。
  6. 城東区では唯一国道479号線(大阪内環状線)よりも東側にある。
    • JR学研都市線以北は1974年に鶴見区に分区されたがこの諏訪だけは城東区に残った。
    • と同時に城東区内では唯一東大阪市に接している地域である。
  7. 「大阪の巻」で有名なやぶ屋と言うお菓子メーカーがある。

新喜多[編集 | ソースを編集]

  1. 「しんきた」ではない。「しぎた」と読む。城東区内では「放出」と並ぶ難読地名。
  2. 地名の由来は大和川の付け替えに伴う新田開発に関わった鴻池十郎・鴻池七・今木屋兵衛の3人から1字ずつとった。
    • 川筋の跡は地図を見ると、ある程度は推測がつき、だいたい、天王田あたりまでは辿ることができる。
  3. 寝屋川に沿った細長い地域がその範囲にあたる。
  4. 東大阪市側にも同じ「新喜多」の地名があるが元々はここと同じ新田だった。
  5. 新喜多東もあるが、ここは、もはや鴫野と一体というより鴫野の一部。
    • このご時世、寝屋川北岸、京橋のすぐ横から、城東運河まで同一地名にすること自体に無理があるのだが、それが残っていることは評価されてしかるべきかも。
  6. JR京橋駅の正式な住所は実はここ。駅の敷地の半分以上は都島区になるが。

今福[編集 | ソースを編集]

鶴見通とイズミヤ
  1. 鶴見区の鶴見を区内で一番栄えさせている張本人。
  2. 今福のイズミヤは、ほんの15年ほど前まで、城東、鶴見地区で一番栄えているスーパー兼ミニデパートだった。
    • 大阪市内東部ではほとんど見られなかった、泉州銀行のATMが設置されていたのは、イズミヤが南海沿線の企業だからだろうか。
      • 大阪市内ではないが、かつては枚方市のJR長尾駅前にもあった。
    • 因みに店舗の上部はマンションになっている。
    • そんなイズミヤも今は売り場を大幅に縮小し、ただの食料品スーパーとなっている。カナートと変わらへん。
  3. ここもご多分に漏れず、気がつきゃ、学習塾とパチンコ屋が、交差点上の一等地を頂くことになった。
    • とはいえ、前々からある、AOKIやイズミヤが残っていることを考えると、今の御時世まだまだマシな方なのかもしれない。
  4. 城東郵便局はここにある。
    • 区の端っこにあるので不経済なようにも見えるが、城東区と鶴見区で1つの集配エリアなので、それほどでもない。
      • ただ、郵便の合理化で、東成局管内の大部分が移管されたので、そう考えると大分北へよっている感じになる。
        • 城東区の端のように見えるが、鶴見区も城東区であったため、かつての城東区の中心辺りにあった
  5. かつては、済生会野江病院という総合病院もあった。
    • 野江ではないのに、野江病院である。かつては、野江ももっと広かったのだろうか?
      • 今福東以前は、蒲生公園の西にありました。野江駅から結構南側になるけど、ギリギリ野江と言えるような場所。
        • 何気にBK(NHK大阪)製作の朝ドラのロケ地に2作使われた。(ええにょぼ・ちりとてちん)
          • 建物が安普請だったせいか築30年余りで古市に移転。
  6. 城北運河に架かる「大喜橋」は近鉄の前身であった大阪電気軌道が四條畷線の橋梁として建設しようとしたもの。橋脚だけ完成したが四條畷線が日の目を見なかったので道路橋に転用された。
    • 「大軌」→「大喜橋」というわけ。

関目[編集 | ソースを編集]

関目神社
  1. 「関目」がつく駅が3つある。関目、関目成育、関目高殿。関目高殿は旭区にあるような気がする。
    • 京阪関目駅の前(裏通り)に最強の塾がある。
    • 関目にはその昔国技館があったらしい。
      • 規模としては当時の東京の国技館よりも大規模だったとか。戦争のために数年で閉鎖された。
      • 地名としては古市になる。
    • 京阪の高架があまりにも低いため、国道1号線は高架下を掘り下げて無理矢理アンダーパスしている。
      • 集中豪雨や大型台風が直撃すると周囲の雨水が掘り下げた一帯に集中してしまうので度々冠水が見られる。ガード下のファミマ涙目。
        • 度々冠水が発生するような場所自体、治水対策が比較的進んでいる大阪市内では非常に珍しい。
      • 時々大型トラックがガードに頭をぶつける事故が起こっている。
    • 現在の“地下鉄関目成育”のバス停は、今里筋線開業前は“関目京阪前”という停留所名だった。
    • 関目高殿駅は地名に例えると成育と旭区高殿の間にあり、関目にはかかっていない(一部の出入口が関目にかかっているが)。
      • そのため、関目でも場所によっては遠い。
  2. 関目1丁目は、ぶっちゃけ、がもよんだと思う。
  3. 関目自体は、確かに、城東区の地名なのだが、関目5の交差点がその中心のため旭区もかぶってくるイメージが有る。
  4. 地名としては成育になるが、旨い串カツ屋がある。
    • 老夫婦二人でやってることもあって、回転は良くないが旨いし安いので、結構評判である。
    • 評判良すぎて、普通に行って入れないこともある串カツ屋というのはそう無いかも知れん。
    • 同じ成育には美味いラーメン店もある。奈良から移転してきたのだとか。
      • 関目側には京都で有名なラーメン店と同じ「第一旭」を名乗るラーメン店もある。
  5. 関目商店街の中に、なかなか旨いコロッケ屋がある。
    • 完全にはマッシュされていないので、つぶつぶ感が残った少し甘目のコロッケが評判。1個65円、まあ、そんなもんやろね。
  6. 関目神社が関目という地名の発祥の地だが、現在の地名としては成育になる。
    • その字のごとく、ここに関所があったらしい。
  7. 国道1号線沿いにライフコーナンが仲良く並んでおり、買い物客で賑わっている。
    • コーナンの場所からだったら実は関目駅よりも野江駅の方が近い。
  8. 城北川以東は「古市」という地名だが「古市小学校」はここではなく隣の旭区内にある。
    • かつては千林商店街の辺りまで古市と呼ばれていたらしい。
  9. かつて大阪市営バスの古市営業所があったが、2010年に廃止。
    • 古市営業所とは言うものの、古市ではなく関目にあった。
  10. 阪神高速道路の森小路入口がある。
    • これに対して出口は国道163号の北側、旭区側にある。
    • 森小路入口の近くには大阪府警関目別館がある。
  11. 京阪関目駅のすぐ北側に西濃運輸の営業所がある。
    • 淀屋橋・中之島方面行きのホームからもよく見える。
  12. プロ野球・中日ドラゴンズ所属の平田良介選手は関目東小の学区からの出身。
  13. 区内でも最も人口が多い地域。
    • 区内全体で17万人近くに対し、関目だけで約4万人。
      • これ、成育とか入ってるんやろか?
  14. 関目神社の近くに知覧唐揚げ富という飯屋がある。日替り定食700円と、安いというほどではないが旨い。
    • 知覧唐揚げというのがあるのか調べてみたが、そういうものはないらしい。この店の店主が知覧で50年食堂をやってて、この度、関目で食堂兼唐揚げ店を開くにあたって知覧唐揚げと店名に入れただけということのようだ。
  15. 2021年冬に一千香とかいう中華そばと溶岩焼きの店がオープンした。実は京橋にあったジンギスカンのだるま屋が、移ってきて業態転換したということらしい。
    • この店のあるところは元々、地元では愛され続けていた町中華(栄華飯店)の店があったところ。安くて旨くてボリューミーと町中華の三拍子揃った店やったけど、残念なことに閉店された。一千香さんは、そこに居抜きで入った感じらしい。

緑橋[編集 | ソースを編集]

白山神社
  1. 第二寝屋川より南で、平野川と平野川放水路に囲まれたエリア。
    • 東成区にまたがって一つの街を形成している。
      • 緑橋駅自体は東成区にある。
    • 地名としては東中浜・中浜となる。
      • 中浜には大阪市の下水処理場もある。
  2. 「和菜うどん 快」といううどん屋が美味い。
    • 中崎町の名店、今雪で修行していたという店主がやっているだけあって、うどんへの色々なこだわりが垣間見られる。
  3. 焼そば長谷川の焼きそばには地元民の定評あり。
  4. 緑橋はあの居酒屋チェーン八剣伝の創業の地。今は本社を阿倍野阪南町に移しているが登記簿上の本店は未だにこの地にある。
  5. 中浜2丁目の白山神社の大銀杏が地元のプチ名所。大阪府指定天然記念物の1つ。
    • 大阪の陣のとき、本多忠朝が城内の状況を偵察するためにこの木によじ登ったと言われているが、御神木なので、真似しないように。
    • 今の本殿は、元和3年(1617年)、大阪城代だった内藤信親が建て直したもの。
    • この地域では、それなりに広範囲から信仰を集めているらしく、中央大通の南側にもこの神社の幟が立っていることがある。中本には、八王子神社とかあるんやけどな……
  6. 八王子神社という由緒ありそうな神社がある。応神天皇3年(272年)の創祀らしい。
    • 以前は、時津風部屋が春場所の頃に宿舎を設ける神社でもあった。
    • 大きなクスの木3本とムクの木1本が植わっており、住宅街の中で、なんだったら小学校の横という騒々しい場所にも関わらず、なんとなく安らぐ。

野江[編集 | ソースを編集]

野江水神社
  1. 野江はなんだかんだで歴史ある土地。
    • なんといっても榎並猿楽発祥の地。
  2. 野江のあたりには、南北朝時代に榎並城という城があったらしい。
    • 野江水神社はその城の一角に水害避けの神様として勧請された神社だとか。
      • 地元の氏神様としてなんだかんだ大切にされていて、平日昼間でも参拝客がちょこちょこやってくる。
    • 榎列小学校のあるところは、城跡。(多分)
  3. 近年は、あまり見なくなった中華レストランのバーミヤンがある。
  4. 京阪野江駅の近所の不動産屋、地味に仲介手数料が無料。
  5. 住居表示としての野江と住民の感覚としての野江は意味合いが異なる。
    • 住民の感覚としての野江は、都島区内にも跨る。関目が高殿辺りまで含むのと同じ。
    • 京阪野江駅が蒲生四丁目や関目と至近距離にあるせいで、関目やがもよんと野江の境目がどこかは地元民でも分かれる。
      • かんスーやジョーシン、城東区役所はがもよんエリアというのは恐らく共通認識。
      • コーナンとライフのあたりは10人いたら8人位は関目と言うと思うが、今里筋の反対側になると野江と言う人も5人くらいはいると思う。
  6. 野江と京橋の間にある開明中学校・高等学校。かつては大阪貿易学院というアホでも入れるところだったが、2000年頃に校名を変更し、スパルタ教育校に転換。
    • 同時期に小遣い付きの特進クラスを設けて躍進した大阪桐蔭とともに進学実績は上向くも、大阪桐蔭みたいに京都大学医学部進学という看板を得させるために、他大学の工学部とか薬学部に行きたい人間の意向を無視して京大医学部保健学科ばっか受けさせるような真似はしなかったせいか、結局そこまで伸びなかった。(2000年~2015年頃の話)
      • 桐蔭のこの戦略で京大に入ったけど涙を流した人も多いと聞く。開明のこれはマーケティング戦略としては失敗だと思うが、学校教育という意味では良い判断をしたと思う。
  7. 元々、都島通の上にJR野江駅ができるという計画があったからか、都島通のJR線ガード下付近の歩道は屋根付きの商店街になっている。
    • 野江国道筋商店街。ホントかどうか知らんが、元々は関目高殿→都島通→梅田を国道1号線にするみたいな話もあったから、国道上でもないのに国道筋商店街。
    • この界隈の人間は予想を立てて軒並み外している。
      • まあこれは計画から開業まで半世紀も掛けたJR・大阪市・大阪府も悪いんやけど、JR野江駅が開業した頃には、既に商店街が寂れてるという哀しさよ。