宇陀市

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ご当地の噂 - 世界アジア日本近畿 > 奈良中和・東和宇陀


王寺 河合 川西  


上牧
三宅
香芝 田原本
葛城 大和
高田
橿原


 


御  所 高取  
大淀 吉野 東吉野 御杖

宇陀市の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 奈良県第三の都市(面積が)。
  2. 政令指定都市でもないのに「宇陀市 榛原区 ××」という住所。
    • 2011年3月31日で解消されたものの、今度は「宇陀市 榛原××」というこれまた半端な表記になってしまった。
  3. 駅の間隔がめちゃくちゃ長い。榛原以東は急行が各停になるがしばらく気がつかない。
    • 近鉄の初乗りは150円なのだが、榛原駅の切符自販機は200円が最低、榛原⇔室生口大野は1駅なのに250円。
  4. 東吉野村吉野から奪取しようとした。だが、結局未遂に終わった。
    • 東吉野は宇陀ともつながりが濃い(桜井までの材木輸送の中継地が宇陀だった。また東吉野は宇陀土木事務所管轄)。合併拒否したのは主力産業の林業に吉野ブランドが使えなくなるから、とも。
  5. 実は淀川流域。
  6. 実は牛肉の産地である。
    • 実はロート製薬・ツムラ・藤沢薬品工業(現・アステラス製薬)誕生の地。
    • 大宇陀が薬草で有名な町だとは知っていたが、まさか製薬関連に貢献した方がこんなにおられるとは・・・。
  7. NHK奈良の天気予報の注意報の地図では合併していない。
  8. 榛原と大宇陀は昭和末期にも、警察署同士が合併していた。

榛原[編集 | ソースを編集]

  1. 長谷寺駅(桜井市)では雨でも、榛原駅に着くと雪。
  2. 榛原区山辺三といっても山辺3丁目ではない。昔、「山辺」「西」「中」の三村が合併したので「山辺三(やまべさん)」という変な地名になった。
  3. 市の中心的役割を果たしているが昔は宇陀郡役所・宇陀地方事務所ともに榛原にはなかった。(どっちも大宇陀にあった。)
    • このあたり、吉野の大淀町に似ている。
    • 大宇陀から見たら榛原は「新興」かも知れぬ。
  4. (海抜から見て)日本一高いマンションがある。(標高が300mほどあるため。日本一高いビルは横浜ランドマークタワーで296.3 m)。
    • いや長野県茅野市(市役所の海抜801m)にあるマンションの方が高いのでは?
  5. 榛原駅は市の中心駅で乗降客数もそれ相応に多いが、元は町の駅だというのもあり大和高田駅や桜井駅ほど栄えてはいない。住宅地が多く、五位堂と同じ住宅地の駅といった感じである。
    • だが、一部の近鉄特急が停まるので、桜井駅よりは格上になる。
  6. 「比布」という地名がある。だが、北海道の町とは違って、「ひふ」と読む。
    • 隣には「母里(もり)」という地名もある。ごく一部の鉄道ファンには、かつて米子周辺を走っていた鉄道(法勝寺鉄道)の駅を連想させる。
  7. 鳥見山とか額井岳という山が街の北方にある。
    • 額井岳は南側から見ると人の頭と肩みたいな感じに見える。
    • 鳥見山はツツジが有名。自然公園が整備されている。
  8. 山部赤人の墓がある。なんで、こんな辺鄙なところにというようなところに。
  9. 旧・榛原町時代は、静岡の榛原町と姉妹都市関係にあった。
    • こっちが宇陀市に、あっちが牧之原市になって以降は、関係解消している。
  10. 日本で初めて八咫烏を祀った地。
    • 文武天皇の時代に創建された八咫烏神社がある。
  11. 漢方のツムラとかロート製薬の創業者の出身地らしい。
    • 榛原で生まれて薬の町・宇陀松山で修行をし、大阪で事業展開。かつて榛原にはそういう立身出世のコースがあった。
  12. 戒長寺という寺がある。
    • あそこの銅鐘、あれ地味に鎌倉時代に作られたもんらしい。一応国指定重要文化財。
  13. 北野にニュータウンがある。
    • すぐ横を近鉄電車が走るのに、駅がない。榛原から奈良交通バスで行くしかない、ちょっと残念なところ。

赤埴・高井[編集 | ソースを編集]

  1. 赤埴は弘法大師空海が、初めて茶の栽培に取り組み成功した地。
    • その茶の木は、やがて東山中全体で栽培されるようになり、大和茶として今も生産されている。
  2. 一山越えたら室生の里。だからこの地も室生寺とかとの関係が深い。
  3. 仏隆寺には聖徳太子が彫ったとされる一面観音立像がある。
    • 空海が唐より持ち帰ったとされる石臼が残っていたりする。
    • 昔は彼岸花の咲き乱れる名所だったが、イノシシに食い荒らされて全滅した。
  4. 樹齢1,000年超のモチヅキザクラがある。

大宇陀[編集 | ソースを編集]

  1. 「吉野葛」は大宇陀区で作られている。
    • 大宇陀区の南の方は昭和17年まで吉野郡上龍門村だった。
    • 東吉野村が吉野ブランドが使えなくなるからと宇陀への合併を拒否したが、上龍門地区は以前吉野郡だったことを抹消しようと地域名を「田原」に変えた。
    • ちなみに葛の生産が盛んなのは大宇陀中心部で田原はただの山村。
    • 上竜門村のままのほうがよかった。なぜ地域名が変わったかは今や誰も教えてくれない(出身者)
      • 色々良くない問題があったのかもしれんよ。そうでなくても奈良の山奥ってそういうの多そうだし。
  2. 決して宇陀市の中心地ではない。
    • 宇陀郡役所ならあった。(松山地区に)
    • 大宇陀には簡易裁判所ならある。
    • 奈良の天気予報も東部は大宇陀で出る。
    • 歴史的に榛原の方が新興だ。
    • 宇陀郡の中心地ではあった。
  3. 平成大合併直前の宇陀郡の町村の中ではダントツでいい加減な名前だった…、のは確か…。
    • 城下町で、宇陀でいちばん栄えてたからだと思う。「大」をつけるのも当時の流行(日本帝国しかり)。
    • 大宇陀町発足前まであった「政始村」と比べたら断然マシな方かも。
  4. 道の駅で「飛鳥の酪」という飲むヨーグルトが売っている。
  5. 上品・下品という地名がある。語源は山科とか信濃と同じか?(「しな」は山裾を表す地名らしい)
  6. 国道の大宇陀中心部の交わり方が「カザグルマ」を連想させる・・・。(国道166号と370号の交差の仕方が)
    • 2005年頃まで大宇陀市街の国道370号はすぐ横を平行して新道が通っていて、しかもそれが国道166号に指定されているにも関わらず、頑なに旧道を国道指定し、新道を無視していた。
      • 因みに並行区間の南北両端ではそれぞれ30m位しか離れておらず、しかも榛原から370号を通って来た車は、一度何の指定も受けていない道路を少しだけ走って国道166号に入り2km程南下の後、再び国道370号で吉野を目指すように誘導される構造になっていた。
  7. スーパーヨシムラの発祥の地らしいが,今本部機能は奈良市のハッスル2にある。

松山[編集 | ソースを編集]

  1. 旧市街地の松山町は江戸時代前期の城下町が起源。明治中期の町村制施行時から奈良県にあった10しかなかった町の一つ。
    • ちなみに、この藩は松山藩という3万石程度の小藩だが織田信雄の領地だった。父親(信長)が死ぬ直前で推定750万石程度だったことを考えると戦国時代がいかに凄いものかが分かる。
    • 実は大宇陀町結成までの間、松山町はその周りを神戸村とかいう村に完全に包囲されていたらしい。
      • 地図上ではそれこそレソト王国みたいな感じであったみたいだが、それ以外で見れば松山町が南アフリカで神戸村がレソトというような力関係だったことは言うまでもない。
    • 今でも宇陀松山藩の城下町だった面影が色濃く残っている。城下町であることに加え街道沿いの宿場町の機能も持っていたことがデカいかも。
    • 宇陀松山藩はお家騒動を起こして、減封。でも本当だったら、改易だったはずのところ信長さんの末裔だということで、1万石の減封で済んだあたり、まだマシだった。(宇陀崩れ)
      • 減封され転封。転封先は丹波柏原。その関係で大宇陀町と柏原町は姉妹都市だった。
  2. 又兵衛桜が有名。
  3. 昔は週末ともなると阿騎野の湯にはマイカーが押し寄せたもんだが、最近はそうでもない。
    • 最もそれでもそこそこ流行っており、道の駅とともに公営事業の中では数少ないアタリの部類。
  4. 中心部の街並みがすばらしい。
    • 重伝建地区に指定されているエリアもある。街の入口の門なんかもまだ残ってたんとちゃうかな……
  5. 実は日本の歴史上、はじめて薬草採取が公式に行われた地らしい。
    • 日本書紀に大宇陀エリアで薬猟という行事が行われたという記載があるらしい。
  6. 藤沢薬品工業(現:アステラス製薬)の創設者である藤澤友吉は、宇陀松山の薬商であった細川家で生まれた。
    • お母さんが細川家の人だったらしい。
    • 細川家住宅は町営の歴史文化館として開放されている。
  7. 阿紀神社は県社で格が高い。
    • 延喜式内社の一つ。
  8. 日本最古の薬園は、大宇陀の森野旧薬園。小石川植物園なんかよりも更に古い歴史がある。
    • これを民間で作ったというのがすごいことだと思う。
  9. ロート製薬やツムラの創業者も宇陀松山出身。
  10. 又兵衛桜が有名。見頃を迎えるとライトアップされる。
    • 奈良県の保護樹木。
    • 昔、確か『葵・徳川三代』のオープニング映像に使われた等、ロケ地にもなる。
    • 植わっているのは、大坂の陣で豊臣方の武将だった後藤又兵衛の屋敷跡。自分の屋敷に植えていた桜が、後に徳川家康~家光の番組で毎週使われたことに、又兵衛はどう思ったんやろ。
  11. 松山地区の中でも中心部のごくごく小さいエリアだけで、松山町という自治体を作っていた。(明治の町村制の時代の話)
    • そしてそこから取り残されたエリアは神戸村という村になった。神戸村は松山町を完全に囲い込んでいた。
    • 因みに道の駅のある辺りとか小学校のある辺りは神戸村のエリアだった。松山町は宇陀松山の中でも古くからの街のエリアだけ。

菟田野[編集 | ソースを編集]

  1. 「宇陀の血原」って地名がある。
    • それ、旧室生村じゃなかったっけ?
    • これは古典からの地名解読になるので難しい。エウカシという豪族の死体で血まみれになったという由来から、菟田野の宇賀志を指すという説もある(宇賀神社前の橋の名前も血原橋)。
  2. 人口が室生村の約半分だったのに「町」だった。
  3. 毛皮工場が多い。
    • 菟田野町岩崎~古市場にかけての区間に集中している。そして水分橋を渡って宇陀水分神社の側へ行くとそんなもんが無くなる。
    • 古市場という地名から察するに、昔は市場が並んだ街道沿いはそうでもないんだろうが、その裏手に当たる岩崎地区は完全に×××なんだろう。
  4. ここに現場仕事に行った時に見知らぬオバサンが暖かいコーヒーをくれたことがある。田舎の方は親切だな・・
  5. 宇太水分神社の上社と中社は菟田野。下社は榛原。
  6. 菟田野の中心部は昔、宇太町を名乗っていた。

室生[編集 | ソースを編集]

  1. 血原橋というホラーな名前の橋&バス停がある。
    • 菟田野の箇所にありましたが、血原橋バス停は室生区です。
    • ちなみに血原って地名はそこで水銀(丹)が取れて地面が赤かったから。東京の赤坂も昔は水銀が取れたらしい。
      • 一般に水銀(丹)の産地には「丹生」という地名が多い。
    • 血原橋バス停は奈良交通から宇陀市営バスに転換。というか、室生口大野~室生寺以外の室生区内の奈良交通バスは全て市営に転換。
      • あっ、若宮橋は三重交通だ。
      • へえ×20=満へえ!トリービアー!(トリビアの泉)
  2. 下田口は「室生区 下田口」なのに、上田口は「室生区 田口元上田口」という長ったらしい住所。
  3. かつて室生村は奈良県の村で一番人口の多い村だったが、合併で宇陀市の一部になった事で明日香村にそれを明け渡す羽目に…。
    • まあ市の中の室生地域を村とすれば良いんじゃない♪諦めんのは~まだ早い~
  4. 昔、火山があったらしい。
  5. 三本松駅は急傾斜の場所に無理矢理立っているので、ホームが異様に傾いている。網棚に荷物を載せている人は注意。
    • 確かに注意!お年寄りは荷物どてーんでこけると危ない(本気で危ない)!
      • 室生口大野駅の間違いのような気が…。
        • 観光地の最寄駅とは思えないバリアフリーとは無縁な駅。室生村が駅からバス停まで(桜の大木を犠牲にして)スロープを設置したが、駅構内は急な階段がそのまま残る上、あのカーブを描くホーム…。
        • 三本松駅も室生口大野駅と同じようにカーブ上にある。
  6. 旧山辺郡も含んでいる。
    • 旧東里村域ですね。市外局番も0743(天理市などと同じ)みたいだし。
      • 郵便番号も宇陀標準の633ではなく天理市や奈良市都祁と同じ632。
    • ADSLが早く来た。しかし、Docomoのアンテナは遅かった。
  7. 国道沿い「しまづ」のカレーうどんと室生寺前で売ってる奈良漬けがうまい!
  8. バスの便のない新興住宅地がダムの近くにある.駅からは見えない。
  9. 東端に龍口という集落があるが、隣接して名張市に竜口という集落が!
    • 大和龍口・伊賀竜口と旧国名を付けて区別してるんだと。
    • 竜口は忍者の里らしく、かの百地三太夫の墓は大和龍口にあるのだとか。
      • 忍者屋敷もある。
    • 五條市橋本市にも「田殿(たどの)」『只野(ただの)』・「大深(おぶか)」『谷奥深(たにおぶか)』と県境越しに兄弟集落があるよ。
  10. 滝谷花しょうぶ園があるが、正確な所在地を知るまで大阪府富田林市にあると思っていた。
    • 向こうの滝谷にも近鉄が通っている。(駅名は滝谷不動)
  11. 室生寺より更に南へ歩いて進むこと30分、室生龍穴神社という古い神社がある。
    • 平安時代には雨乞いのために勅使が遣わされたとか言う記録があるくらいすごい神社らしい。その名の通り龍神を祀っている。
    • 近所に天の岩戸と呼ばれている大岩があったりする。

大野[編集 | ソースを編集]

  1. 室生口大野駅は、「ホームは10輛(ちゃんと平日は10輛編成の運用あり)・朝の上り電車は1時間9本」「ICカード対応自動改札設置」とだけ聞けば大きな駅っぽいが、現実は山村の駅そのもの。
    • 室生口大野駅は、その名の通り室生寺へのアクセスのための駅。
  2. 明治の町村制から室生村はあったが、昭和の合併で三本松が村役場所在地となった。
    • 村役場があるのは大野。いや旧・三本松村の村役場のあった土地に役場ができたという意味では間違ってはいないが……
  3. 大野寺と宇陀川挟んで反対側の崖の磨崖仏が有名。