宮古市
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宮古市の噂[編集 | ソースを編集]
- 駅付近のビジホでは、廊下が寒く、朝はお湯が出ないが、廊下に電子レンジがあり、便利。
- この世の楽園といわれる「浄土ヶ浜」なる場所がある。
- だが砂浜ではなく大小の丸い石ころが埋め尽くしているため、足の裏は灼熱地獄。
- 観光情報では白「砂」と記載されているが、白「石」が正しい。
- 昔 坊さんが「まるで浄土だ!」ってことで名付けたらしい。
- 浄土の地名にちなんで近くに剣ノ山とか賽の河原とか血の池とかも名付けられている。。
- だが砂浜ではなく大小の丸い石ころが埋め尽くしているため、足の裏は灼熱地獄。
- 県立科学館の臨時休館情報が最寄バス停に掲示されておらず、無駄な時間を費やしてしまう。
- 本州最東端の地。
- だが、宮古市民の99%はその場所に行ったことが無い。
- その所在地がまた難しい地名である。
- その岬には徒歩でしか行けない。しかも、結構な距離である。
- 魹ヶ崎(とどがさき)。駐車場から徒歩1時間、遊歩道ではなく、ハイキングコースと思った方がいい。さらに、その駐車場までも、最寄りのバス停(姉吉)から2km位あり、そもそもその姉吉に行くバスが最寄り駅から何本もあるわけじゃなく、山道をうねうね十数kmあるので。
- 宮古市には潮吹穴という穴がある。
- 浄土浜から観光船に乗るとみられます。
- 宮古市で「この前のいくさ」と言うときは第2次世界大戦ではなく、倒幕戦争時の「宮古港海戦」のことだ。
- 東京・目黒のさんま祭りに毎年サンマを寄付している。
- 猛暑で不漁だった2010年も、優先的に回してもらっていたとか。
- 沖縄県の「宮古市」発足に難色を唱える。住民投票を経て沖縄県では「宮古島市」になった。
- 当初沖縄から喧嘩を売られた。
- 絶滅危惧にある頭に剃り込みを入れたヤンキーが生息している。
- もちろん、いつでもどこでもダブダブのジャージ姿で徘徊中。
- 盛岡市をライバル視している。
- その割には盛岡市のイオンショッピングセンターに行くと必ず宮古人がいる。
- 盛岡市は宮古市など眼中に無い。
- そんな宮古市民が盛岡市に対して唯一優越感を感じるのは盛岡市にはない「大戸屋ごはん処」が宮古バイパス沿いに出店していることである。
- 個人商店など宮古市内にしかないお店では、店員が客に品物を片手で渡すのは当然。
- お釣りを片手で渡すのも当然。
- 無愛想なのも当然。
- 求人で宮短を訪問すると、職員が駅まで送ってくれるが、これは全国的に極めて珍しいサービス。
- 国道106号宮古~盛岡間の所要時間自慢をしたがる。
- 106急行バスが毎時1本走っているが、並行する山田線は3時間に1本程度しか走っていない。これを三鉄に転換し、盛岡、久慈間を車体傾斜車両で高速運転してほしい。
- それにかけるカネを国道106号の交差点整備・市街地4車線化資金に充てた方が宮古市にとっては有難い。貨物輸送も無い山田線の存在意義を教えて欲しい。
- JR東日本にそんな体力はないよ。残念だが。
- 磯鶏は「そけい」だ。1文字足りない気が…。
- 磯鶏(そけい)を逆にした、鶏磯(ういそ)という地名も宮古市内にある。
- それは鵜磯。
- 岩手なのに「津軽石」という地名がある。
- お盆やお彼岸などの墓参りシーズンは、墓から爆竹などの音が鳴り響く。
- お正月には、お雑煮の餅を胡桃だれにつけて食べる。
- 花原市は「けばらいち」だ。
- 市制前は宮古町。もちろん当時の町長は宮古町長(みやこちょうちょう)だった。
- 「宮古」の発音の種類が多すぎてどれが正しいかわからない。
- 「み」にアクセントを置いた「みやこ」、「や・こ」にアクセントを置いた「みやこ」、「こ」にアクセントを置いた「みやこ」。
- 北上高地の国道をひたすら走った後に宮古に入ると、まるで仙台並の大都会に来たかのような錯覚になる。(実際に走るとその理由が嫌というほど分かるはず)
- 女遊戸(オナッペ)という、何やら卑猥っぽい地名がある。
- 宮古市の水道料金は日本一安いらしい。しかも水道の水がうまい。
- 真夏でも半袖では寒かったりする。
- 中心部の末広町を通る道路は、戦前の市制施行時に20mに拡幅する計画が公表されたものの、いまだに工事すら行われていない。
- 宮古高校の近くに、決まった時間に音楽がなる公園があるが、現在は仮設住宅街になっている。
- 宮古駅近くの中華そば店「多良福(たらふく)」はオススメ。
- 煮干し出汁のあっさりラーメンが絶品で、三陸鉄道ユーザーには特にオススメ。
田老[編集 | ソースを編集]
- 津波が多い。その為、2.5kmにも及ぶ堤防ができた。
- R45を走っていると「昭和8年 三陸大津波 ここまで」という標識がある。それがかなりの山側だから、かなりリアルで怖い。
- 避難経路を表示した標識がそこかしこに立っている。
- 「がっかり島」というものがある。
- 田老は宮古市と合併したらしい。
- 「らしい」の3文字は余計。
- 三王岩がある。
- 三王岩の展望台があるが、木が生えている関係で展望台の手前の駐車場から見た方が良い。三王岩を見る遊歩道は2012/5現在 通行止め。
新里[編集 | ソースを編集]
- 駅の噂:茂市駅
- 釣りのメッカだ。
- 新里地区の4つの小学校では週に1回必ず、児童が4校のうちのいずれかの学校に集合して合同で授業を行う、『四つ葉の学校』というユニークな取り組みをしている。
- 超小規模校だからといって安易に統合に走らなくても、アイデアしだいで単独校としてきちんと存続できる、という一種のモデルケースといえるのでは?
- これは確かにグッドアイデアだ。地域内のいくつかの学校をネットワーク化して、一緒に体育や音楽の授業をやったり、スポーツの合同チームを結成して大会に出たりするのであれば、小規模校のチャームポイントを生かしつつウィークポイントも最小限に抑えられるだろう。
- 小学校で合同授業や部活を通じてほかの学校の児童と仲良くなれば、中学生になってからもスムーズに学校生活を送れると思う。少子化と学校の児童減少に悩む全国のほかの自治体も是非参考にしてほしい。児童数が激減したからといって、すぐに統廃合に走るべきじゃない。
- きちんとした志をもって、いい仕事をする公務員もいるということを忘れてはいけない。一概に公共・公益部門をすべて悪いと決め付けるのは間違いだ。長い記事
- 結局2016年で1校に統合されましたとさ。
川井[編集 | ソースを編集]
- 厳しい北上山地で生きる知恵が凝縮された民族資料館がある。
- 山間の開拓地の日常をフィルムに収めた「タイマグラばあちゃん」という不朽の映画がある。
- 「あんな傾斜地になぜ人が住んでいるんだ」という土地だが、どうも先祖は平家の落人らしい(談:川井村出身の母)
- 106号線沿いに紅葉の名所が多い。
- 門馬地区と川井地区の仲は完全に冷え切っている。
- 門馬さんは早く離婚して盛岡さんと一緒になりたいが、川井さんがハンコを押してくれない。
- 門馬地区のアンケートでは、合併相手で盛岡を望む人は78.2%。一方、村が丸ごと合併しようとしている宮古はわずか3.2%。
- いくら分村を訴えても村長には届きません。「盛岡」という単語が出たとたん、話し合いを断固拒否されるので。
- 旧3村のひとつとはいえ、人口は村全体の1/6弱しかなく、このまま数の論理で宮古市に全村編入でしょうね・・・。
- 盛岡市で生まれ育った市民は、小中学校時代に区界にある「盛岡市少年自然の家」で泊まったり、兜明神岳に登山したりと慣れ親しんでおり、区界は盛岡市という感覚が強い。
- 門馬をカドマと読める村民は少ないらしい。
- 門馬さんは早く離婚して盛岡さんと一緒になりたいが、川井さんがハンコを押してくれない。
- 区界は鉄道マニアにはスイッチバックで有名なところ。
- 30年前は無村医のため台湾からじい様ドクター呼んだはいいが、外妊の中学生を盲腸と診断し、大変なことになったことがあった、幸い少女は宮古市民病院で一命を取り留めたとか。
- むかしは年に一度、全校で薪拾いに一日を費やした。
- 岩手県で最初の交通事故が起きた所らしい。
- 被害に遭ったのが何と新渡戸稲造先生だったとか。
- 地域高規格道路「宮古盛岡横断道路」の開通後106急行バスの大半の便がそちらにルート変更したため、逆に村中心部への行き来が不便になってしまった。
- 3往復の急行便(旧道経由)しか寄らない。JR山田線も存廃が議論される状況だし、横断道路側にバスストップ設置すべきだと思う。
- 旧村の特産は紫蘇。なかでも片面赤紫蘇という品種の栽培に力を入れている。
- 標高700m以上あり冷涼な区界では蕎麦の生産も盛ん。