宮崎/中部
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宮崎・中部 | ||||||||||
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宮崎県中部の噂[編集 | ソースを編集]
椎葉 | 美郷 | 日向 | ||
西 米 良 |
西 都 |
木 城 |
都農 | |
川南 | ||||
高鍋 | ||||
小 林 |
綾 | 新富 | ||
国富 | 宮崎 |
- 県央とする場合は宮崎市と東諸(綾・国富)を合わせたイメージが強いような。
- 言い換えれば、「児湯地域」。
- 天気予報の予報区分では「北部」になる。(西米良村が北部山沿い、それ以外は北部平野部に該当)
- 「中部」という言い方は農道で見られる程度(中部グリーンロード)。区間は高岡~西都。
- ソウルフードは冷汁。冷汁に肯定的なイメージを持つ人は高確率で児湯出身者。
- 宮崎市以南や日向市ほど目立たないがサーフポイントが複数ある。
- そうした環境にほれ込んで移住する人もいる。
- スカイ・ブラウン(2021年の東京五輪で銅メダルを獲得したスケートボード選手)の父もその一人。
- そうした環境にほれ込んで移住する人もいる。
西都市の噂[編集 | ソースを編集]
- 砲台のような形をしている。熊本市を狙っている。
- 地元では「ウサギ型」と習います。
- 0930(オクサマ)の出身地だが、全国的に0930への賛否は真っ二つに分かれていた。
- 0930は結局、一人は一般人になり、もう一人は細々とローカル番組に出たりしてます。
- ルックスがちと災いしたな…。
- 穂北・妻・三財・三納・都於郡・東米良の地区が一つになってできた。地元民は他地域の人に「西都出身」とはいわずその地域名で言う。
- 出身聞いて三財といわれたときはキョトンとしてしまったよ。西都市って言ってくれないと他地域の人はわからない。
- 「入船」という有名な鰻屋がある。ヤクルトの選手のサインがいっぱいある。
- ビートたけしや中田英寿も訪れた。
- ヤクルトの選手がキャンプに来るが、全員二軍なので盛り上がりに欠ける。
- 中心は妻地区だが、神社名では「都萬」と表記する。
- 「都萬神社(都万神社)」の読み方は「ツマ神社」と「トマン神社」の2つが存在し、よくわからないが、使い分けをしてるらしい。
- 日向国の各郡に同じ名前の神社があるらしい。諸県郡の都萬神社は鹿児島県大崎町にある。
- 実は、日本人としては初めてヨーロッパ諸国に行った、天正遣欧少年使節の一員・伊東満所の誕生の地だ。
- 都於郡地区の都於郡城址がその誕生地である。
- 市内にある長谷観音では、何故か観音様の首から上の部分だけを祀っている。
- 観音様の首から下の部分が枕崎台風で倒壊した為。
- 西都原古墳群が有名。
- 国府跡の周辺に住む人たちは、防人の子孫であるとも言われている。
- その昔、「日向の嵐山」と呼ばれた杉安峡がある。
- 一ツ瀬ダムの建設とローカル線の妻線の廃止によって、現在は見る影も無い。
- 合戦場でもないのに、川中島がある。
- こちらの川中島は、「川仲島」と書く。
- その「川仲島」にある「杉安川仲島公園」は、西都市民のレクリエーションの場として活用されている。
- 廃止された国鉄妻線の線路跡が、サイクリング・ロードとして活用されている。
- 何故か、海水の湧いている井戸のある神社がある。
- 寒川集落では洗い場やかまどが破壊されている家屋が見受けられるが、決してDQNの仕業でなく市の命令である。
- 児湯地区唯一の市だが、なぜか他の児湯地区(主に高鍋)から仲間外れにされている。
- 県内の市で唯一、駅が存在しない。
- おかずクラブのオカリナの出身地。
児湯郡の噂[編集 | ソースを編集]
- 日向国の5郡では唯一、平成の大合併も乗り切った。
- 諸県と臼杵は明治に分割されている。那珂はそれを抜きにしても全域が市になった。
- (特に西米良が)合併に非積極的だったのは、東米良の衰退を目にしていたから。
- 米良が児湯郡入りしたのは明治になってから(それまでは肥後国球磨郡)
高鍋町の噂[編集 | ソースを編集]
- 関連項目
- 高鍋高校には南九州大学生と付き合ってはいけないという校則がある。
- 太平洋戦争終結時に、最後の日本海軍連合艦隊司令長官であった、小沢治三郎海軍中将の出身地。
- この他にも、上杉鷹山、石井十次、大審院長の三好退蔵、住友財閥の大番頭の鈴木馬左也など、教育に特に力を入れた高鍋藩らしく、人口の割に歴史的に有名な人物が多い。
- かなり貧乏な街である。
- 児湯郡の中心であると思っているらしく、平成の合併の時に市役所の位置が川南になると決まったとき猛反発し、結局破たんした。
- その後、お金持ちの町である新富、木城と合併の話し合いをしたが、これもあえなく失敗。お金持ちは合併には興味無かったようです。
- 何故か宝酒造の工場がある。
- 元は通産省のアルコール工場だった。
- 持田古墳群の近くの高鍋大師という石仏群を名所にしている。
- 元々、持田古墳群の慰霊の為に心ある人が建立したもの。
- だが、高鍋大師の境内にある古墳(もちろん持田古墳群の中のひとつ)まで石仏に侵蝕されている。
- 元々、持田古墳群の慰霊の為に心ある人が建立したもの。
- 南国宮崎には珍しい、高鍋湿原という湿原がある。
- 川南町にも存在する。
- かの有名な銘酒「百年の孤独」の原産地である。
- 町内の黒木本店がその製造元。
- 青い眼の人形が宮崎県内で唯一高鍋東小学校に現存する。
- 童謡にも歌われた「青い眼の人形」は、戦争中に焼き捨てられたものが多かった。
- 町の中心駅は日豊本線の高鍋駅。しかし、中心市街地からは距離がある。
- 町なのに商工会議所がある(普通は商工会)。
- 上記1.の南九州大学は宮崎・都城へ移転してしまった。事前に止めに入ったりはしなかったのだろうか。
- 町内で人が一番集まるのは「めいりんの湯」だと思う。
- 2010年代より、ひまわりの名所としても知られるようになった。
- 当時の県知事が、ここのひまわり畑を題材に一句詠んだことがある。
- 決してでかい規模ではないが、人口2万で町立の美術館があるというのは特記事項かもしれない。高鍋藩以来続く教育と文化の土地柄?
- 有名餃子専門店は「馬渡」と「たかなべギョーザ」
- 国道沿いにある「ママンマルシェ」(民営の物産館)にどっちも出店している。馬渡の本店は夜間のみ営業なので、観光客にとってありがたい。
- たかなべギョーザのほうは撤退した。こちらは本店が昼間も営業しているためだろうか。
- 国道沿いにある「ママンマルシェ」(民営の物産館)にどっちも出店している。馬渡の本店は夜間のみ営業なので、観光客にとってありがたい。
川南町の噂[編集 | ソースを編集]
- 川南町にはトロントロンという地名がある。
- 地名の由来としては、湧き水の音が「トロントロン」と聞こえたからだとされる。
- しかし実際には普通にチョロチョロとしか聞こえない
- 地名の由来としては、湧き水の音が「トロントロン」と聞こえたからだとされる。
- なぜか、川南合衆国と言われている。
- 全都道府県の出身者が川南にいるらしい。
- 宮崎県のへそと言われている。
- 国道10号線を通っていると、川南の地域だけ臭いと言われる。
- 酪農家が多いから?
- 2010年秋に通過した時には下記の事情もあり、全く臭わなかった。
- 意外と知られていないが、実は日本における落下傘部隊の発祥の地。
- 軍歌「空の神兵」は、元々ここにいた落下傘部隊を扱った記録映画の主題歌である(実話)。
- 多賀小学校の付近に、十文字という名前の交差点がある。
- このあたりの地名でもある。
- 驚くべきことに、その交差点は、四叉路(=十字路)交差点ではなく、五叉路の交差点である。
- 耳川の戦いの際に戦死した将兵の供養塔が建っている。
- 地元の人々は供養塔のある場所を「カンカン原」とも呼ぶ。
- 口蹄疫ですっかり全国的に有名になってしまった涙(2010年5月)
- 殺処分された牛・豚の半数は川南からだった。
- 口蹄疫を扱ったNHKのドラマでも「児湯町」として登場。
- 川南には銀座、新橋、赤坂がある。大都会川南。
- あと清瀬、白鬚もある(東京のは地名ではないがどっちも白鬚神社由来)。
- お隣にも、都農町には朝草、高鍋町は山王、真米(まごめ)ともはや馬込文士村である。
- 東九州自動車道のパーキングエリアがある。宮崎~延岡間では唯一なので重宝されるはず。
- 川南しか大字がない、と思わせておいて他にもある。
- 国道10号のカントリーサインも牛と豚である。まさに畜産の町。
- 海沿いの集落のテレビアンテナがやたらと高性能。
- 宮崎局が十分に拾える場所なのだが、条件によってはNHK松山教育の宇和島局の電波がここまで飛んできて、映らなくなることがあるらしい。その対策でアンテナがやたらとでかくなった。川南よりも北にある都農町では普通の14素子アンテナで済むのに。
- だったら北にアンテナを向けたら愛媛のテレビ局(4系列)が映るのでは・・・そういうわけでもないらしい。
- 宮崎局が十分に拾える場所なのだが、条件によってはNHK松山教育の宇和島局の電波がここまで飛んできて、映らなくなることがあるらしい。その対策でアンテナがやたらとでかくなった。川南よりも北にある都農町では普通の14素子アンテナで済むのに。
西米良村の噂[編集 | ソースを編集]
- 西米良村の村営施設のTVはいつもNHKである。
- カリコボーズの里というものがあります。
- そのカリコボーズは、地元では「古くから米良地方に語り継がれる独特の存在」とされる。
- 名前の由来は、山で獲物をかりだして追う勢子(狩子(かりこ)とも)のように、山の尾根から尾根を「ホイホイ」と鳴いてまわる様子から。
- 実は、そのカリコボーズに関するビデオアニメも存在する。
- そのカリコボーズは、地元では「古くから米良地方に語り継がれる独特の存在」とされる。
- 常設信号機は1つしかない。工事用仮設信号機は多数。
- 明治初期にどさくさに紛れて宮崎県入りした地域。それまでは熊本の球磨地方との結びつきが強かった。
- 道路が2車線化したのも熊本側が先で、酒店の看板も「白岳しろ」ばかり。
- その道中には「早稲田スクール」(熊本の学習塾)の看板まである。
- 今でも結び付きは強く、村営バスがくま川鉄道の湯前駅まで路線を設けているほど。
- 西都市まで車で1時間。人吉市も1時間。
- 道路が2車線化したのも熊本側が先で、酒店の看板も「白岳しろ」ばかり。
- 「東」米良は一ツ瀬ダムの建設により西都市へ統合されている。
- 天気予報では児湯郡で唯一「北部山沿い」。
- 宮崎県では唯一、ワンセグが使えない市町村。
- 山の上まで行けば、鰐塚山か人吉の電波を拾えるかもしれないが。
- カーラジオも雑音が乗る程度なら、まだましというレベル。
- 「米良」姓を名乗る住民が多い。
- 江戸時代まで、西米良村や旧東米良村の地域を治めていたのも、「米良」氏。
- 南北朝の戦いの折、南朝方に付いた肥後国の豪族・菊池氏の子孫とされる。
- 中武さんも多い。
- 江戸時代まで、西米良村や旧東米良村の地域を治めていたのも、「米良」氏。
- 村内の各道路に「○○街道」なる愛称をつけているが、国道219号線以外は1車線の山道だ。
- あの国道265号線は「紅葉街道」。紅葉を眺める余裕がドライバーにあるのだろうか・・・
- 2015年現在、宮崎県内の自治体で一番人口が少ない。秘境として知られる椎葉村の半分もいない。人口密度でも負けている。
- エフエム宮崎(JOY FM)で結構前から村の観光PRを行っている。
- 一時期は単独番組ですらあった。
- なお上記のとおり、西米良村ではFM宮崎はradikoを使わないとまともに聞けない。
都農町の噂[編集 | ソースを編集]
- 都農町は雲丹で有名だったが最近は全国的にワインで有名になった。
- 川北しか大字名が無い。
- そこそこ難読な町名。
- あの若山牧水が歌の中で詠んだ「尾鈴山」がある。
- 神武天皇だか、日本武尊が矢を研いだという「矢研の滝」がある。
- 神武天皇だろうね。日向の美々津から出向して東征してるから。
- そこへ行くには川南町を通過しないとたどり着けない。
- 実は、河童塚がある。
- 地元では河童の事を「ひょうすんぼ」と呼ぶ。
- 県民には、日向国一之宮都農神社が鎮座する町として広く知られている。
- だが、県民のほとんどは都農神社に、どういう神様が祀られているかについてはまったく知らない。
- 最近、「大己貴命(大国主命の別名)」と判明。
- 最近、本殿、拝殿を再建した。
- だが、県民のほとんどは都農神社に、どういう神様が祀られているかについてはまったく知らない。
- テレビ・FMは本局のエリアだが、60km離れているので若干受信しづらい。
- 東九州自動車道の延岡-宮崎全通の半年前、というもの凄く微妙なタイミングで道の駅を作った。
- とりあえず最初は好調だそうだが、2014年以降はどうなるやら。
- 都農町には都農高校があるが、同じ県内の都城農業高校とちょっと紛らわしい。
- 都城農業を縮めて「都農」と表記することもあるので尚更である。
新富町の噂[編集 | ソースを編集]
- 鳥インフルエンザに悩まされた自治体の一つ。
- 新田原(にゅうたばる)基地という、基地マニアと地元民の人しか読めない基地がある。
- New田原
- 福岡には同じ字で「しんでんばる」という地名があるらしい。
- さらにそこも基地の最寄り駅だから余計に紛らわしい。
- ブルーインパルスがほぼ毎年来る。そして(宮崎基準で)大渋滞。
- 国道10号線沿いにあるビジネスホテルの名前は『新富』を英語にした、『ニューリッチ』という!・・・「新」→NEW、「富」→RICH・・・なかなか、ふざけてるでしょ?(笑)
- 東京にもある。
- おとなりの佐土原も一文字違いだが東京にある(市谷砂土原町)
- 座論梅という梅の木が国指定の文化財になっている。
- 近所のゴルフ場の名前にも使われている。
- 一個人が庭に整備した芝桜が観光スポットになっている。
- 東九州道からも見える…よそ見しないでね。
- 2017年を最後に規模を大幅縮小するとのこと。
- 「初音」という旅館がある。別に聖地化はされていない模様。
- カフェレストランに変わっているらしい(詳細求む)
- 「新田」と「富田」が合併したから新富。
- Jリーグクラブがやってきた。
- 小さいけどそこそこ立派なサッカースタジアムもできた。
木城町の噂[編集 | ソースを編集]
- ダムが多い。
- そのせいか財政的には裕福。
- 「木城えほんの里」という絵本だらけの施設があるが、町の中心部からずいぶんと離れているため町民はたいして行かない。町外の人が結構来る様子。
- 同じく町の中心部から随分離れた場所に「新しき村」がある。
- ダム建設によって、村の領域の殆んどが沈没し、村民の殆んどが毛呂山町に移転した。
- そもそも村が作られたのは大正年間の為、全然「新しく」なく、「古い」村。
- 「新しき(発想の)村」と読み取ればいいかと。
- 武者小路実篤さんが農業を基盤に(だっけ?)理想郷を作ろうとしたやつ。新しく作ろうとしたから既存の集落からは離れてるんでしょうね。
- 新しき村創設時、当時の村長が営農指導とかをしていたらしい。のちに彼は国内最高齢の男性となった。
- 韓国の王族を祀った神社がある。
- 耳川の戦いの古戦場がある。
- 実は「木城」町という地名は、「椎木」村と「高城」村が合併したことにより生まれた合成地名。
- 町民がよく集うのは「木城温泉館 湯らら」。こちらは町役場から近い。ついでに高速道路からもそんなに離れていない。
- 夏場に露天風呂へ行くと床が熱い。
- 実は全世帯光ファイバー対応。
- バスが1日5往復しかない。
- ちゃっかり元肥後国の区域も含んでいる。