新潟と他地域

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新潟と東京(関東)地方[編集 | ソースを編集]

  1. 大学進学などで上京してきた県民が新潟のことをしつこく自慢してくる。
    • しかも自慢している割には新潟の本当に良い所は知らない人が多い。
      • 市内の若い人は標準語を喋っているコが多い。上京して東京の人に新潟弁喋ってといわれるとよく思い出せなくて困る。
    • 新潟出身者が郷里から送ってもらったスルメを振舞ってもらった事があったが、あまりの旨さに驚いた。後年、新潟へ何回も行ったが、そのスルメには再会できていない。
    • それはその人だけじゃないのか?新潟人だけど、他県の人に自慢してうらやましがられる要素が見当たらないんだけど。(新潟にいいところが無いと言っている訳じゃなく)
  2. 新潟は昔から自然が厳しく、農作物の生産性が関東ほど多くはなかったので、(江戸時代を境に)「江戸(東京)への出稼ぎ(短期バイト)」が当たり前になってるから。
    • そう思うと、今の激しい人口減の対策は、雇用待遇の改善や、産業の振興などで地元に金を巡らせ、雇用の増加をさせるのが新潟に人を留める良い手段という事になるのか。
      • 首都圏でやたら貧しい田舎のイメージがあるのはこの出稼ぎのイメージと、当時の排他的な江戸民の気質が合わさった結果、出来上がったモノが続いてるのだろうなぁ。更に現在も関東圏へ多くの人を起りこんでるのもそんなイメージに拍車をかけるものなんだろう。
      • 昭和の頃までは、県人会が機能してて効率的に東京での職の斡旋が出来た反面、地元民に「潟衆」や「三助」(風呂屋の釜の番の人。職業柄汗臭く、煤で薄汚れていた)と新潟出身者は蔑視を込め呼ばれてた。
      • 親切な人がいる一方、県人会の有り様がお気に召さないのか、金にがめつく、百姓根性が強いと嫌われて居たらしく、差別的な言葉を浴びせられたり、東京の人との結婚の際に相手方の親類に圧力をかけられていたという。新潟のイメージが未だに全国的にイマイチよくないのは、関東ではそのイメージが下敷きとなってるから。
        • しかし東京に日本一多い新潟県人…
        • 新潟人は東京にあこがれが強い言われるのに、人一倍新潟思いの泉田知事が支持されるのは何故だろう?
    • 現代では大学に「学問研究の場」でなく学歴で高収入を得ようと「就職予備校」を求めていくから流出が止まらない。就職だけなら個人的には資格の方が大事のように思うが…
  3. 東京へのツアー扱いの高速バスは片道3,500円で、結構人気があるらしい。
  4. 東京の神田駅地下街に匹敵する(嘘です)西堀ローサ地下街がある。
    • 昔、新宿地下街に似ているってことで映画の撮影が行われた。
  5. 新潟市の中心部にあるシンボルタワーは「ラフォーレ原宿新潟」である。昔は市役所だった。
    • ビルの名前はNEXT21である。ラフォーレ新潟はB1から5Fまでのショッピングフロアのことです。
    • 「昔は市役所が有った」じゃないの?、あの建物が新潟市役所だったらチョービックリ!
      • あのビルが新潟市役所なんてかっこいいじゃないか。
  6. 関東甲信越という言葉が大好きである。新潟を関東の仲間だと思っている。
    • しかし「では長野も関東なのか?」と訊ねると閉口する。
    • そもそも甲信越自体繋がりが希薄。武田vs上杉くらいではないか。
      • 古道が通じてたので方言等に文化的に強いつながりがある。
    • 甲信越の「甲」は何県かは知らない。(山梨県)
    • 他県民(特に南の方)には、ほぼ新潟県は東北地方だと思われている。
      • 大阪出身の私は(北陸地方)だと思う。
        • 結局関東甲信越ばかり意識しているので実際の北陸や東北の人達からはあまり仲間意識を持たれていない。
          • 東北はまだマシだけど、北陸3県の人達からはむしろ敵対心すら向けられているかと。
          • 新幹線が出来る前から「田中角栄さえいなければ金沢に先に出来ていた」と息巻いて言われてる。むしろ新幹線が開通すれば首都圏資本に地元が食い荒らされる現実が見えてくるので、良くも悪くもプライドが高すぎる今よりも仲良くできるようになると思う。衰退を願うわけではないけど、日本海側・越国の共存共栄を描ける未来を望みたいね(親不知のムコウから新潟へ移民してきた子孫より)
    • 入梅宣言では必ず「関東甲信地方」で一旦区切られる。「越」だけは時期がずれている為だが、結構「関東甲信越」と報道されたと思い込む人多し。
      • 「新潟って東北だよね」と尋ねられると、「関東甲信越だから」と反論する。
        • すると東北人に「何言ってんだよ。一緒に戦った仲じゃないか」と言われて、無理やり仲間にされてしまう。
          • 長岡藩も新発田藩(その後すぐ裏切った)も新政府軍とは戦いたくなかったが地理的圧力に屈した。高田藩は東北の魔の手から逃れた。
        • 東北の知事たちは、道州制移行のあかつきには新潟が東北州に参加すると信じて疑わない。
          • というより宮城だけがこだわる。
        • 新潟県に電気を供給する会社は北陸電力でも東京電力でもなく東北電力である。
      • 入梅宣言等が別なのは、である新潟の新潟地方気象台が北陸を統括する気象台だから。時期がずれているためではない。(確かに他の北陸3県とも関東甲信ともずれてはいるが)ネタ殺し
        • しかし、気象レーダーは昔は南東北に入れられていたというわけの分からなさ。
    • 東京に電気(原子力発電)を供給しているのは新潟と福島である
    • 「湯沢」の言い方の違い。新潟人は「湯」にイントネーションを置くが県外の人は「沢」を上げていう。
    • 東京でサザンオールスターズの関口を自慢するのが生きがいである。阿賀野市(旧水原)出身なのに・・
    • 関東では知られてない日本海側唯一の海底トンネル(新潟みなとトンネル)を誇らしく自慢する。
    • なにかと上杉謙信・山本五十六・田中角栄を新潟の誇りと自負してる。しかし新潟市との関係はまったく無い。
      • ていうか「武田信玄と上杉謙信とではどちらが強かったか」「戦国最強の武将は誰か」という話になると、根拠も示さずにいきなり「上杉謙信に決まってる!」と断言する新潟人って何なの?
        • 当たり前。郷土の英雄を贔屓するのは全国共通のこと。鹿児島人に尋ねれば「島津義弘」と答えるだろうし、広島人に尋ねれば「毛利元就」と答えるだろう。それだけの話。
    • 東京に着くと標準語に切り替えられる器用な人種である。(2ヶ国語話せる)
      • 30才以下の若い世代は標準語しか話せない。
        • 甲信越はどこもそんな感じみたいだ
      • 新潟の街ではそんな感じだがな、あの街は横並び志向が強い。
    • 新潟みなとトンネルは「横浜みなとみらい21」に似てるから自慢するのではないのでしょうか?それか本州日本海側雄一ですからね。しかも、関東甲信越が大好きなのも当り前です。NHKは関東甲信越のニュースと行っています。東京電力もCMがやっています。昔は東北電力と東京電力の2つでダブルでやっていたが、今は東京電力の1つだけでCMをする。(新潟県村上市民)
    • ただ、調べてて思うたんだけど、東京大好きな面だけををいままで強調されてきてはいるが、実は(新潟よりの)権力者の怨恨の側面により我々は送り出されている側面もあるんじゃないかなぁ。そうじゃないと東京のメディアがあれだけ(もちろん新潟を気に入らない所からの要請があるにしろ)新潟をよそ者扱いする理由が分からん
    • しかし東京もローカルな商店街や、とにかく上京して楽しみたい人たちに憧れを持たれてた若者文化に衰退の兆候が現れてる。もしかしたら今後若者文化の在り方によっては関係性が変わるかも。
  7. このように現在は一部を除き東京に人を送り出す為だけにあるような県。一方的な関係ともいえるので、立場が上の首都圏のやり方に不満の声がなかなかあげ難いという面も。
  8. 関東地方産業競争力協議会へ参加も果たす。県側はさらに関東化していく方針の模様。
  9. 東京にあこがれを持ってる人種とよく囃されるが、少なくとも新幹線開通以後は新潟は関東とのつながりは生活の一部、空気のように、あって当たり前と考えの人が多い。近くなり過ぎ、憧れじゃなく人生楽な方とか無難な方へ流れる…もうそれだけの雰囲気でしかないんだろう

新潟と関西地方[編集 | ソースを編集]

  1. 新潟〜大阪への列車(「急行・きたぐに」や「特急・雷鳥」など)や飛行機の便があっても、新潟の人はあまり利用していないのが現状…。
    • かくして雷鳥は来なくなってしまった。特急は北越で金沢乗りかえ。
    • きたぐにも廃止されてしまった。やっぱり、バスには勝てなかったよ…。
  2. 県外に出るときは東京しかありえない。関西に行くやつは狂気の沙汰扱い
    • 名古屋はもはや人間扱いすらされない。日本で一番東京信仰が強いかも(進学で京都へ行ったことあり)
      • 名古屋って同じ中部地方なのにね。
    • スナックで大阪出身と語ると、ホステスに「わあ行ってみた〜い」ともてはやされるが、本心は↑の通りであるので、勘違いしないように気をつけましょう。
      • 別に東京崇拝が強い=アンチ大阪とは限らない。新潟県民は単に東京が大好きなだけで大阪が嫌いなのではない。そこは東北太平洋側とは違うところ。
    • 新潟県人の上京率は全国1位。ちなみに上京の先駆け小林幸子の生家の横の智泉院という寺の親子は朝4時くらいから檀家の家を回りとても迷惑されてる。
    • 2006年8月下旬から新潟〜釜山航路が増便したり、日露中韓の関係者が新潟〜トロイツァ港(ロシア沿海部)を結ぶ新航路の運営会社設立で合意したりと、新潟も東京依存からの脱却を目指して頑張ってはいるんですがね…(東アジアとの連携を強化している点では福岡と同じです)
  3. 自分の高校の修学旅行の行き先を決める際、クラスごとで行き先を決めたが関西が人気大きかった。関西行きから外れて東京に行くことになったクラスはガッカリしていた。
    • 理由は「東京は将来の進学先だから」つまり受験前から将来的に東京で暮らし、将来的に嫌というほど東京を知ることと生徒の中で決定していたから。
    • 対して関西は修学旅行の機会を逃すと2度と行けないから。つまり関西で暮らしたり進学したりする意思はない。
    • わが母校では修学旅行は東京が圧倒的人気で関西に行きたいと言う奴はかわいそうな子扱いをされた
      • が、上越新幹線が思い切り高いせいで新潟〜東京と新潟〜大阪(急行「きたぐに」利用)で経費がほとんど変わらない。
    • 反対のケースとしては、関西(特に大阪)エリアからの修学旅行生が新潟県内に来たときは、(観光スポットや宿泊地・食堂などにおける)会話時の声の大きさに(地元住民が)驚くケースも…。
  4. 大阪人にとっては、新潟のスキー場は「坂が急すぎる」ということで、利用しない人がかなり多い。
    • 利用するといったら、むしろ「京都府内」や「滋賀県内」のスキー場・・・。(人によっては、「兵庫県内」や「福井県内」のスキー場も・・・)
      • あと鳥取県内のスキー場もね。
  5. 天気予報は、上中下越佐渡の県内各地の後は、東京。大阪は言わない。
  6. 新潟県民の中には、今でも(少なからず)「関西人は、声が大きいから苦手。」とか、「大阪(主に河内)弁を聞くと、寒気がする。」と考える人がいる。
  7. 新潟が東京志向になるのは鉄道が開通してから。歴史的にはむしろ北前船を介しての関西との関係の方が強かった。江戸時代、鉄道がなかった時代は、関東(江戸)と越後の間には険しい山脈が横たわってるので、船で関西に行く方が楽だったからである。今でも新潟米は関西でも高い人気がある。
    • 長岡市以北の中越地方下越地方の平野部の言葉に関西弁と共通の要素(より近くは北陸弁)があるのはその名残。
      • 方言の本では山間部はウ音便等を使わないと書いているものがあるが、伝統的には東蒲原以外は上述の共通要素がある感じ。
    • 一方、魚沼地方は三国峠越えで群馬と交流があったため関東的。また、上越地方ともども北信地方長野地区含む)との交流による影響が大きい。但し糸魚川市はむしろ長野/北安曇+富山/呉東でありそれなりに関西的。
    • 関西から見た新潟については大阪と西日本各地を参照
    • 新潟が極端にミニ東京化したのは新幹線開通以後なんだという話もある
      • 新幹線開通どころかもっと前の戦後の高度成長期の集団就職がきっかけじゃないの?高度成長期に新潟の若者が集団就職で都会に出るといえば大抵東京や横浜の中小企業と決まっていた(因みに大阪への集団就職は大半が四国や九州からで、新潟からは皆無に近かった)。
        • その時点までが関西と纏まった交流のあったといえる最後の時代らしいがね。(もちろん関西へ集団就職もあったけど)主に出稼ぎモノではない世代・人々の交流なのでしょう。ちなみにそれ以前の「大大阪」時代には出稼ぎモノの新潟人(+庄内人)街といえる街があって、そこが今の西成らしい
    • 本来の京阪文化との間には親和性や共通点が結構多いものの、関西の中身そのものが高度成長期以降、瀬戸内や四国、九州といった西国の影響が強くなって変質し肌合いの違いや違和感が増したことや(前述の大阪と西日本各地も参照)、さらには関西経済の地盤沈下もあって疎遠になってしまったというのは確かに云える。
  8. 野球漫画家・水島新司が駆け出しのころ修行したのは大阪。その後東京に拠点を移すが、「大阪を第2の故郷」と思っているという。「あぶさん」がライフワークとなっているのはその現われであると思われる。
  9. 魚沼出身の世界的俳優・渡辺謙は関西贔屓。熱狂的な阪神ファンで流暢な関西弁を話す。ちなみに現奥さんは兵庫県出身である。
  10. 現在3期目の泉田知事は「北越の小京都」と呼ばれる加茂市出身でしかも京大法学部卒。そのせいか、今の新潟では珍しく関西への関心が強く、関西との交流を復活させる動きに積極的。北陸新幹線全線開業の際に大阪~新潟に直通FGTを走らせることを狙ってJR東日本、西日本両方の株を購入したほど。
    • 他には関空格安航空便開設への働きかけや観光PRショップ、新潟県の大阪事務所を作る。関西との絆復活なるか。
    • ただ、泉田が辞めた後は関西との交流の復活などすっかり忘れられるのは間違いない。残念ながら新潟県民の多くは相変わらず東京志向オンリーで関西など眼中にないし、関西の側においても新潟は東北地方だと誤解している人は残念ながら多い。それが現実なのだ。
      • それを取り戻し、日本海側へ新たな時代の風を創るのが広告と政治の力なのだよ

新潟と東北地方[編集 | ソースを編集]

  1. 地理的には近いが今も昔も東北や茨城・栃木とは余り関連性が無い。
  2. 負け組になることが分かっていた奥羽同盟に無理やり引き入れられたことが今でも許せない
  3. 同じ理由で東北電力に含まれていることが許せない
  4. だが菊を食べる点など食文化は似ている
    • 特に同じ日本海側の山形県庄内地方・秋田との文化的共通点は多い。
    • しかし言葉が結構通じない。
  5. 仙台と新潟を結ぶ交通手段が余りにも乏しいのも新潟県民が筋金入りの東北嫌いだからなのだろうか。
    • だいたい福島のせい
    • それ以上に山形のせいなのでは?内陸部は東京と仙台にばかり目を向けて新潟への関心はゼロ、新潟と交流の深い庄内も県から冷遇されているし。
    • 直通の急行べにばなも山形新幹線のせいで仙山線と米坂線が直通できなくなったため復活なんてできなくなったし。