熊本/天草

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天草地方の噂[編集 | ソースを編集]

  長崎
  宇城
苓北     大矢野
天草 天草 上天草
    御所浦
  長島
  1. 天草四郎時貞
    • その実体は担がれた単なる美少年だったらしい。
      • よくあるパターンとして推察するなら、担いだのは女ではなく暑苦しい風体のオッサン。自称「黒幕orボスorキングメーカー」とか言う類。
        • 九州式ヒエラルキーの典型。オッサンたちが期待すると、それを叶えなければ村八分にされてしまう。
      • 肥後加藤家取りつぶしのため浪人となった旧臣たちが担ぎあげた、てな話がありました。
      • 記録されているのは器量良し、当時の器量良しは美形という意味を持たず、有能を指す…つまりそういうことだ
    • ちなみにこの人宇土市民らしいよ。
    • 他にも長崎出身だとか、じつは天正遣欧少年使節の千々石ミゲルの孫だとか、極めつけは豊臣秀吉の孫だったんじゃないのかという説まであるらしい。
  2. てんぐさ」じゃない。
  3. よく長崎と間違えられる。実際雲仙が見える。
  4. 『平成の大合併』でほとんどが「天草市」、「上天草市」となったが、火力発電所がある苓北町だけは合併しなかった。
  5. 天草の方言と熊本の方言は別物(天草のは長崎の方言に近い)
    • 確かに天草の人と話してても違和感ない(長崎人)。
    • 五橋が架かるまで、島民に運転免許所持者がいなかったという噂、そのくらい船文化だったから天草南部は鹿児島弁の影響を受けている。
  6. 熊本の中心部に出かけることを「熊本に行く」と言う
  7. アンチ熊本の市民が多い
  8. 正月のしめ縄は一年中飾ったまま。
    • 切支丹と疑われないための自衛策が慣習となったらしい。夏でも秋でも真っ黒になったダイダイをつけたしめ縄が飾ってあります。
  9. 第1回世界サンタクロース会議が2013年に開催された。
    • 第2回も天草で行われることが決まった。

主な市の噂[編集 | ソースを編集]

上天草市の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 市名案には「天草シオマネキ市」なんてのもあったらしい。
    • 笑い者にならずにすんでよかった。
    • ハクセンシオマネキ市なんてのもあった。
    • 公募では、その「天草シオマネキ市」がトップだったってマジ??
  2. 経済難から市長が市を捨てて県議に立候補するが落選し、市民の笑いものになったらしい。
  3. ジャスコが市民の憩いの場(人気のデートスポットもジャスコ)
  4. 市を名乗っているが、核となる(基本となりお手本となる)自治体が無く4町(町役場)が適当に合併しただけなので、職員のレベルは所詮旧役場並。
  5. 上天草市=天草上島のことかと思ってしまうが、じつは上島の半分以上は上天草市じゃなくて天草市。市名案にもあったらしいが「東天草市」のほうが妥当だったかもしれない。(by他県民)
  6. 市章の一部分がヒトの鼻に似ている。
  7. 鶏肉・天草大王の産地。
  8. ロバートの秋山が「クリエイターズファイル」のロケに来た際に、市長が出演した。

大矢野[編集 | ソースを編集]

  1. ここだけ天草諸島の中で牛深簡裁管内でも天草簡裁管内でもない。
    • 宇城簡裁の管内だ。
    • 市外局番も郵便番号も宇城地区。
  2. 大矢野と残りの三町には、深くて狭い溝がある。
    • 正直、合併した理由がいまだに理解できない。
  3. そんな浮いた場所に市役所が置かれようとは…
    • それでも、上天草市の中では人口が一番多い。いや、旧牛深市とほぼ同じぐらいかそれ以上かと。
  4. 西の沖合、島原半島との中間付近に湯島という島がある。
    • 別名、談合島。むかし島原・天草の乱の首謀者たちがこの島に集まって作戦会議をしたからそう呼ばれるらしい。
      • 決して、土建屋がゴニョゴニョ・・・という意味ではない。
    • この島のためだけにミニサテ局(テレビ中継局)がある。集落が南側にあり、山で電波が遮られるせいらしい。

松島[編集 | ソースを編集]

  1. 「天草松島」という名所がある。
    • 本家松島、長崎の九十九島と並んで「日本三大松島」らしい。なんのこっちゃ。
      • だから小さな島がたくさん浮かぶ風景のこと。ちなみに長崎の九十九島とは、佐世保の「くじゅうくしま」のことなんだが、島原の「つくもじま」のことだと言い張る人がいるらしい。

姫戸[編集 | ソースを編集]

  1. とある鍾乳洞は島原まで続いていると言うが真相は…

龍ヶ岳[編集 | ソースを編集]

  1. この山があるからこの町名。
    • となりの倉岳も同じ。あっちは天草市になった。
  2. 三角八代本渡に船が出ている。港の周りへ行くだけなら八代から船のほうが便利かもしれない。

天草郡の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 平成大合併でいくつもの自治体がいっぺんに合併したのであっという間に苓北町1町だけに…。

苓北町の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 天草を別の呼び方で「苓州」と呼ぶそうだが、その北に位置するって意味でついた単純な町名。こんな単純な地名に限って残っちまったか。
    • 合併するもしないも結局は「税収÷住民数」
  2. 長崎市へフェリーが通っている
    • そのフェリーは国道フェリー
  3. 火力発電所でもっている
  4. 富岡城の石垣と櫓が復元されている。
    • 島原の乱の時に数で圧倒する一揆軍に対し、二の丸をわざと明け渡し殺到した敵に大砲を打ち込むと言う「肉を切らせて骨を絶つ」作戦で撃退した。
    • 島原の乱までは、唐津藩の飛び地だった。
      • 乱の責任を取らされて唐津藩(寺沢氏)は天草領を没収された。
      • 苓北町だけじゃなくて天草ぜんぶが唐津藩領だったそうです。
      • ↑に書かれてる撃退作戦でかろうじて富岡城を守ったので、唐津藩お取りつぶしは免れたらしい。でもまあ、その後に藩主は自害して寺沢氏は断絶してしまったんだが。
    • その後天領となったが「城なんて維持する余裕があったら領民の税を下げよう」と幕府に抗議の自殺をしたり、城を破却して陣屋のみにする様な領民思いの代官が続いた。
    • いいからGoogle Earthで富岡城周辺ぐるぐる廻して見てみよう
  5. 四季咲岬のあるエリアとは砂州で繋がれていて、その上に街がある感じである。
    • 四季咲岬といえば、四季咲きというだけあって、本当に、四季毎にハマユウやツバキなど様々な花が咲き乱れる。
    • 夕日が美しいことで知られているが、場所が不便すぎて人はあまり来ない。
    • こんな岬でもご当地ソングがある。昔、小柳ルミ子が歌っていたらしい。
  6. 昔は、大塩田があったらしい。
  7. 東シナ海に面しているだけあって、海中の自然が豊かだ。
    • サンゴ礁の間を熱帯魚が泳ぐさまは竜宮城のようらしい。
  8. 自称、熊本県庁から最も遠い町。
    • 牛深が天草市の一部となった現在では、小国町産山村水上村よりは確かに時間がかかりそうである。