熊野市
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熊野市の噂[編集 | ソースを編集]

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- WAYに行けば友達に会える。
- オークワが全国チェーンだと思っている。
- 第三銀行やオークワは熊野市が発祥
- オークワの第一号店は今の新宮仲之町店
- 旧河芸町にあるオークワのコピー機に貼ってあるサービスマンの名刺の住所が和歌山だったぜ。
- 新宮が大好き。
- ちょっとした買い物ならすぐ県境の大河を越えて行く。
- 名産品は山伏。
- めはり寿司と言う言い方を好まない。
- たかな寿司と言う。
- ちゃっかり鬼ヶ城と獅子岩が世界遺産に登録されてる。
- 熊野古道までも世界遺産に登録された。
- 世界遺産で爆発させてたのか……。
- 「花の巌」は世界遺産に登録されなかった。
- 日本初の神社なのに・・・。
- えっ!?たしか花の巌で世界遺産登録を記念した旗が立ってたような・・・?
- 「花の巌」正しくは「花の窟」で、世界遺産です。
- 夏に行われる熊野の花火は大渋滞を発生させる。
- 渋滞90kmはフツー。100kmの大台は近い。
- その花火は観客の真上で破裂するため迫力満点。
- しかし火がついたままの花火が満員の観衆の中に落ちること多数。
- お盆の初精霊供養が起源であるため、一発ごとにアナウンスがある。
- 「この花火は○月○日に亡くなった○○さんの花火です」→台詞自信なし。
- 昔は毎年のように山火事。
- 大仕掛けの体感震度は7らしい。そうアナウンスしとる。
- 粘着質でしつこいことを「しわい」と言う。
- ケチなことをいうんじゃないの? by大阪出身者
- 普通高校がふたつしかない。
- ひとつじゃないですか?
- 私立高専と県立高校が各一校ですが・・
- 熊野高専ですね。大阪市内の某工業高校から編入した同級生が、下宿生活に耐えかねて自主退学・・・理由は「寮・学校周辺が山林田畑しかなく恐怖だった」とのこと。
- 高専は伊賀に逃げてしまいましたが・・・。
- 熊野高専ですね。大阪市内の某工業高校から編入した同級生が、下宿生活に耐えかねて自主退学・・・理由は「寮・学校周辺が山林田畑しかなく恐怖だった」とのこと。
- 昔の町村を元に19の町がおかれてるが、町ごとに標識があってそれぞれ独立した町のような雰囲気。
- テニスが強い。
- 那智の滝で売ってる那智黒石の生産地
- 那智黒と言えば黒飴を思い出す人も多い。
- 土方歳三の写真を撮った田本研造の出身地
- 新宮に一人で行けるように成って大人の仲間入り
- 筆の名産地・・・ではない。
- ワイドビュー南紀を使って日帰りで訪れようとすると、滞在時間が6時間半しか取れない。お蔭で北勢エリアからは企業の営業も観光客も誰も来ない。
- なぜかモスバーガーが出店していたりする。
- ここのさんまは秋ではなく1月が旬。
- この辺でのコンビニはサークルKが独占している中で、つい最近ローソンができてビックリした。
- 「サークルKじゃないコンビニがこんなところに出店するのは意外だな」と思う人も。
- 甫母町は神武天皇が神武東征の折に上陸した地。
- 楯ヶ崎という高さ70m・周囲600mの柱状節理の大絶壁が圧巻で、熊野灘の荒々しい白浪とマリンブルーとともに映える素晴らしい景観。そんな所に神武帝は上陸したらしいが、なぜ七里御浜の辺に上陸せずわざわざこんなところから上がったのか……
- 大丹倉は修験の地という感じがいかにもする大断崖。高さ300m・幅500mの断崖は上から覗くと小便ちびりそうになるほど。
- 和製の「青の洞窟」がある。
- 熊野三山は全て和歌山県側にある。
二木島[編集 | ソースを編集]
- 熊野市の駅がある集落としては最東端。普通列車で二木島駅に停車中は車体が傾く。
- 捕鯨の地としてかつて栄えていた。
- 雰囲気は尾鷲市の九鬼とよく似ているがこちらは熊野古道のルート上にあり陸路での往来も盛んだったと思われる。
新鹿[編集 | ソースを編集]
- 日本でも有数の美しさを誇る新鹿海水浴場がある。紀勢線の車窓からもよく見える。
- 夏の間だけ特急「南紀」が停車することがある。
- 自動車専用道路「熊野尾鷲道路」のインターがあるが、本線から砂浜が一望できて絶景。
- 山の方に温泉があるらしい
- 三重交通のバスが走っているが市が運営している代替バスであり、三重交通時代の古いままのバス停が残っている。
- 人口も1000人ほどいて熊野市の北西部の海岸部では唯一の中学校があるのだが、生徒数は20人足らずと意外と少ない。
- 新姫という柑橘の原産地。
波田須[編集 | ソースを編集]
- 波田須地区は秘境。ただし駅がある。
- かつて日本一美しい海水浴場があると聞いたことがある。自分が子供のころそこに海水浴に行きたいと思っていたのだが結局勝浦に行った。
- それってたぶん隣の新鹿地区の新鹿海水浴場
- 新鹿とかいて「あたしか」と読む。
- それってたぶん隣の新鹿地区の新鹿海水浴場
- かつて日本一美しい海水浴場があると聞いたことがある。自分が子供のころそこに海水浴に行きたいと思っていたのだが結局勝浦に行った。
- 徐福伝説の残る雰囲気のいい半農半漁の村。徐福神社がある。
- 波田須駅はかなり無理やりつくったような立地で、秘境駅にも認定されている。
- 波田須の村の中の道路はずっと坂道の狭い道なので自動車の運転は慣れていないと困難。
- 村の中を通る熊野古道の石畳が世界遺産に指定されている。
- P.A.WORKSのアニメ「凪のあすから」の舞台であることが判明し、それ以降その作品の聖地として扱われている。
大泊[編集 | ソースを編集]
木本[編集 | ソースを編集]
- 熊野市のかつての中心・・・であったが最近は少子高齢化が進み隣の井戸町にその座を奪われてる。
- この地方では珍しく古い町並みが残り、町中に(人工ではあるが)石畳がありそこそこ雰囲気(?)がある。
- 町はすごく狭いけれど碁盤の目に整備されていてわかりやすい。
- ここが二木島、三木里、八鬼山、九鬼と繋がる○木シリーズの始まり(御浜町の市木という説もある)
井戸[編集 | ソースを編集]
- 昔は有井村といって沼地だったけど熊野市駅や熊野市役所、ジャスコなどが出来てあっという間に熊野市の中心に。
- 今では木本の町の一部といった感じだが、井戸は新宮藩、木本は紀州本藩の領地と別の地域であった。
- なので「熊野は昔新宮(県)の領土だった」という話は半分本当で半分嘘。
- 木本に比べて土地が低いため、2011年の台風では浸水の被害を受けてしまった。
- 獅子岩が有名だが、その隣にも人面岩があってふたつ合わせて町内にある大馬神社の狛犬と言われている。
有馬[編集 | ソースを編集]
- 日本一古い神社と言われれる花の窟神社の所在地。
- 神社の前にちょっとしたおかげ横丁のようなものが誕生した。
- ロードサイド店が多く立地し熊野市では一番人口の多い町となった。
飛鳥[編集 | ソースを編集]
- 国道42号は海沿いでは無く矢ノ川峠を越えてここを通っていた。
- なかなかの山間部にあるので、南紀の42号線沿いでは珍しく雪が積もることもある。
- 熊野尾鷲道路の開通で国道を通る車は激減し道の駅の売店が閉店してしまった・・・
- 熊野名物「めはり寿司」の材料である高菜の産地
- ここを流れる清流・大又川は北山村方面へ大きく迂回しなんと新宮に注ぐ。
- 本来はここと五郷・神川が「北山郷」で今の北山村のあたりは「西山郷」だった。
- 「飛鳥(あすか)」の地名は新宮の「阿須賀神社」をルーツとしている。
五郷[編集 | ソースを編集]
- 5つの村が合併してできたため「五郷」というそのまんますぎる村名。
- ちなみに「いさと」と読む
- 紀伊山地では珍しいコンビニ・サークルKがある。今は北山村にもヤマザキショップがあるけど。
- 隣町飛鳥町の地名の元となった飛鳥神社は五郷の寺谷が長女、飛鳥神山が次女、飛鳥小坂が三女、飛鳥大又がオトンボ(末の男子)という伝承が残っている。
- 明治の合併の際には、桃崎・寺谷・和田・湯の谷・大井谷の氏神である飛鳥神社の社名を戴いて飛鳥村と名乗る予定だった。しかし、一日前に隣村が飛鳥村として申請していたため、五郷村と名乗った。
- 第三銀行・オークワの発祥の地
- 第三銀行の発起人13名の内、7名が五郷の出身。社長が五郷の人で、昭和30年頃まで社長を務めていた。(昭和30年以降に本店が熊野市から松阪市に移転した。)
- オークワの創業者の出身地。苗字の大桑から名称をつけた。
神川[編集 | ソースを編集]
- 那智山でお土産に売られている「那智黒石」は実はここが生産地。
- 熊野市の中心部とは山で隔てたてられてるため北山村の方が近い。
- 生徒数はものすごく少ないけれど中学校がある。
育生[編集 | ソースを編集]
- もはや北山村の一部である。
- ただでさえ人口の少ない神川町から分離したため人口はかなり少ない。
- 赤倉地域は秘境
紀和[編集 | ソースを編集]
- 50年くらい前は1万人居た人口が現在は1500人程度に・・・
- 典型的な鉱山閉山都市
- 閉山するまで銅が採取された。
- 小口谷と湯ノ口温泉を結ぶトロッコ電車がある。昔はもっと多くの路線があった。
- トロッコ電車には珍しく複線である。
- 化石が取れる
- 海が無いのに海洋センターがある。
- 紀和駅はここにはなく、遠く離れた和歌山市内にある。
- 丸山千枚田ってここや無かったっけ?
- 江戸時代には1000どころか2500枚もの田んぼが存在したらしいが1990年頃の測量で500くらいにまで落ちていることが判明している。
- 県や市の情報では、2013年現在1340枚だそうな。
- 保存に力を入れていて「立ち上がる農山漁村」とか言う訳の分からん賞を頂いている他、市も「丸山千枚田条例」とかいう条例を制定しているらしい。
- 江戸時代には1000どころか2500枚もの田んぼが存在したらしいが1990年頃の測量で500くらいにまで落ちていることが判明している。
- 実はここが三重県の最西端。
- 隠れた名所 赤木城跡
- 典型的な山岳地帯に築かれた山城は、あの藤堂高虎公が一揆鎮圧のためだけに築城したものらしいが、その割には非常に良く出来ている。兵庫但馬の竹田城をちゃちくした感じ。
- 行くのであれば、丸山千枚田などとともに桜が咲く春先をオススメする。
- 木津呂集落は変わった雰囲気だ。