穂高岳
穂高岳(ほたかだけ)
穂高岳の噂[編集 | ソースを編集]
- 穂高だけといわない。
- ドコモダケは別名ではない。
- 長野県の旧穂高町にある山ではない。
- 穂高岳は北穂高岳、西穂高岳、奥穂高岳と三つ存在する
- 穂高岳ってよく言うけど、一般的には奥穂高岳のことを言うのかな?
- 奥穂高岳は日本の百名山のひとつで、日本で3番目に高い山。
- 一応深田氏は穂高に関しては山群全体で1つの山として見ていたので、奥穂だけが百名山というわけではないですよ。
- 岩場が多いため、初心者は縦走して踏破することを控えた方がよい。
- …にもかかわらず、人気の高い山のため初心者が平気で入ってくる。
- でも岳沢、涸沢は山岳部の新人雪上訓練のメッカ。
- 前穂高岳のことも忘れないでね。あと涸沢岳も。
- 西穂高岳はどの岩峰か判別しづらい。
- 頂上へたどりつくには最低2日かかる。一日で頂上へいくことは不可能。
- 穂高岳山荘が凄い場所にある。
- よくあんな所に300人も入れる小屋を建てたもんだ。
- 北穂高山荘はもっとすごい。
- 奥穂高ではケルンに石を積んで2m高い北岳を抜かそうと意気込んでいる。
- …が先日北岳の標高が3193mになり差が広がってしまった。
- 夏のシーズンの涸沢団地はまだ健在?
- 実は涸沢が最も混雑するのは秋の紅葉の時期だったりする。
- 10月の三連休の涸沢の山小屋は1つのふとんに2人…どころではない、3人4人も覚悟した方がいいらしい。
- 実は涸沢が最も混雑するのは秋の紅葉の時期だったりする。
- 日本三台岩場:滝谷は飛騨側にある。
- 初心者は横尾~涸沢のルートで登ったほうがよい。
- 群馬県にあるのは「武尊山」。
- 登山道の入口へはロープウェイで。
- 井上靖の小説「氷壁」の舞台になった。
- NHKで最近放送されたドラマは舞台が穂高からK2になってる。
- 槍ヶ岳との間の「大キレット」はある程度山に慣れた人の目標になったりするが、「ジャンダルム」はもう一つレベルが高い、気がする。
- 「大キレット」ルートは府県によっては高校山岳部が行くのを禁止しているとかどうとか。
- ジャンダルムとはフランス語で憲兵・前衛兵という意味らしい。
上高地の噂[編集 | ソースを編集]
- なにはなくとも河童橋。
- いつ行っても記念撮影している人がわんさか。
- 高山らしいすがすがしい空気を味わいたいなら、明神・徳沢まで足を伸ばした方がいい(夏山・紅葉最盛期は×だけど)。
- いつの間にか横尾にできた橋が河童橋に似ている気がする。
- 横尾大橋のことですね。どう考えてもに似せてあるとしか言いようがない。
- 河童橋のたもとで水をすくって呑む観光客がいるが、その上流には山小屋などが結構あるため水はイメージほどきれいではないらしい。
- 大正池と河童橋だけ見て帰ったらええと思っている人も多い気がする。
- 分からんでもないんだけど、できれば、涸沢くらいそうでなくとも明神か徳沢くらいまで歩いて一足早い紅葉でも見てもらえたらなあと思う。
- 物価が何でも高い。
- 臨時駐車場からのシャトルバス代から、ホテル代に至るまで、何でも。
- 連休の午後は観光客と登山帰りの客が入り乱れてカオス状態になる。
- 真の上高地好きは冬に中の湯から歩いて来るらしい。
- 当然、冬山装備で来ないと確実に遭難します。あくまで1500mの高山。
- 釜トンネル(国道から上高地までのトンネル)は昔完全1車線交互通行の難所として有名だったらしい。
- 当時は素掘りのトンネルだった。
- 他県民はアルピコの偉大さを知ることになる。
- ここにも帝国ホテルがある。お茶にだけ立ち寄るにも革靴、お泊まりには相当早くからの予約不可欠。
- いくら有名な観光地とはいえ、こんな山奥にあるという不思議。
- こんな所を開拓しようとした人間が居るという謎。不便やし気候はきついし、何のメリットがあったんだ?
- いくら有名な観光地とはいえ、こんな山奥にあるという不思議。
- 観光客から巻き上げる金額は、夏場の信州のGDPの半分くらいありそうなイメージ。
- 実際には、軽井沢とか蓼科とかがあるのでそんなことはないんだが、それでもそういう感じのイメージが有る。
- 穂高神社の奥宮があるのは、明神池の辺り。
- でも存在を知らない人は多い。
- 立山黒部とセットで3泊4日のバスツアーが毎年夏に近づくと現れる。新聞の全面広告で黒部峡谷とコラージュされてるイメージ。
- 上は大阪の話だが、東京とかだとどうなんだろう?
- 大昔はマイカーでも入れたが、今は沢渡か平湯でバスに乗り継がされる。
- その頃は、松本側から高山へは安房峠越えで行かねばならなんのだが、道なりに進むと峠へは行けず国道を逸れて上高地に進まされるはめにあったことがある。
- 交差点の構造は今も変わらずなのだが、マイカー規制とトンネル開通の影響で、夜間でも比較的わかりやすくなった。
- バスが開通してからも、戦後しばらくまでは、島々からの徒歩による徳本峠越えが一般であったらしい。
- その頃は、松本側から高山へは安房峠越えで行かねばならなんのだが、道なりに進むと峠へは行けず国道を逸れて上高地に進まされるはめにあったことがある。
- 上高地の各ロッジは島々の上條姓が運営している。この上條家は島々の鍛冶屋であったらしい。アルピコ交通の社長も上條姓であるが、こちらは島々の庄屋であったらしい。
- 島々の先祖は安曇族といい、もとは九州の水軍であったらしいが、6世紀頃坂上田村麻呂の蝦夷征伐に従って北上。出雲系の残存勢力である諏訪族と戦い、これを打ち破り、上高地(神河内)の支配権を奪い取った。それ以来代々、上高地への入口である島々で警備についてきたという。
- 安曇族に由来する地名は日本各地に見られるが、大和政権の時代は大阪住之江付近に主力が居住していたらしい。住之江も安曇ノ江が変化した地名である。
- 島々の先祖は安曇族といい、もとは九州の水軍であったらしいが、6世紀頃坂上田村麻呂の蝦夷征伐に従って北上。出雲系の残存勢力である諏訪族と戦い、これを打ち破り、上高地(神河内)の支配権を奪い取った。それ以来代々、上高地への入口である島々で警備についてきたという。