競走馬/中央競馬/1990年代クラシック世代

提供:chakuwiki

競走馬 > 競走馬/中央競馬 > 競走馬/中央競馬/1990年代クラシック世代

  • 中央競馬に所属していた馬のうち、1990年代のクラシック世代を飾った馬。
  • 生年+五十音順です。
  • 年代ソートはクラシック世代(出生年+3年)に合わせています。
  • 競走馬を新たに追加する場合は競走馬#五十音順からもリンクして下さい。

独立項目[編集 | ソースを編集]

1991年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

トウカイテイオー[編集 | ソースを編集]

  • 1988~2013
  1. 不屈の名馬。
    • 骨折に悩まされるも三度の復活を果たす。
  2. 生まれながらの帝王。
    • 幼名がハマノテイオー。
    • 母はトウカイナチュラル。
      • 兄弟もみんな「トウカイ」。
      • 一度は滅びかけたヒサトモの牝系。
        • この牝系を復活させたのが他でもない「トウカイ」の馬主。
  3. 無敗二冠馬。
    • ダービーで左後脚骨折。これにより菊花賞断念。
      • 出走できていれば初の親子無敗三冠になっていた可能性もある。
    • 無敗記録は1992年天皇賞春で断たれた。
      • メジロマックイーンに敗れ5着に。
        • 1991年菊花賞に出走していたイブキマイカグラも先着している。故障がなくてもトウカイテイオーの三冠は難しかったかもしれない。
  4. 1992年ジャパンカップ制覇。
    • 日本で国際GI競走として認定されたのはこのレースが最初。
      • つまりトウカイテイオーは国際GI制覇した最初の日本馬となった。
  5. 有馬記念の次に出走したのが有馬記念。
    • ほぼ1年ぶりの出走で有終の美を飾る。
      • 本当はまだ走るつもりだったが、また骨折した結果こうなった。
  6. 天敵メジロパーマー。
    • 負けたレースは全てメジロパーマーも出走している。
      • 逃げまくるせいで調子が狂う。
    • ともに出走したレースで唯一勝ったのが最後の有馬記念。
  7. イケメンホース
    • 前髪サラサラ。
  8. 種牡馬としては奮わず。
    • G1馬を三頭出すも後継種牡馬にはならなかった。
      • トウカイポイントは騸馬、ストロングブラッドは地方冬の時代のダート馬、ヤマニンシュクルは牝馬だったため。
    • 血を繋げるためクワイトファインが後継種牡馬になった。
      • 父系にこだわらないならブレイブスマッシュがいる。
        • 日本よりオーストラリアの方がトウカイテイオーの子孫が多いってことになるかもしれない。

ナイスネイチャ[編集 | ソースを編集]

  • 1988~2023
  1. ブロンズコレクターの代名詞と呼ばれる存在。
    • 有馬記念3年連続3着、5年連続出走などの記録も持つ(G1で3年連続3着は他にナリタトップロードがいるが)。
      • 1994年はライスシャワー・アイルトンシンボリの後塵を拝し5着、1995年は9着(それでもマイラーとはいえ同年ダービー2着の3番人気ジェニュインには先着)。
    • あまりに3が多いので、ワイド馬券が発売されたときはそのモチーフキャラクターになってしまうほどに。
    • 良くも(悪くも?)愛され続ける名馬である。
    • なんだかんだで重賞4勝してる。
  2. しかし、賞金額では怪我に泣かされながらもG1を4勝した同期のライバル、トウカイテイオーをわずかに上回っている。
    • 「無事是名馬」の代名詞とも呼べるだろう。
  3. 1996年まで現役を続けた。バブルガムフェローの天皇賞秋にも出走している。
    • 6年連続有馬記念を前に引退した。
  4. 2022年現在も存命中。
    • 昭和生まれの重賞馬では最後の生き残りになってしまった。
    • 2021年に33歳に到達している。
      • 牡馬長寿ランキングの歴代3位には入ってくるのか。
  5. 30代になってから1億円以上を手にした唯一の馬。
    • 誕生日に寄付がどんどん集まる。
      • ウマ娘のおかげ。
        • もちろん、もともと愛された馬だからってのもあるし、今年が最後かもって不安のせいもある。
  6. 種牡馬は早くに引退したが、血は今でも(母系で細々ではあるが)現役。

1993年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

ネーハイシーザー[編集 | ソースを編集]

  • 1990~2018
  1. 1993年春まではダートや短距離を中心に出走。
    • 8戦目の春蘭S1着後に京都4歳特別へ出走する予定だったが、フレグモーネで出走を取り消し。
    • その後仕切り直しとなった中日スポーツ賞4歳ステークス(現在のファルコンステークス)では8番人気だったが、芝1800mの日本レコードを更新する好タイムで重賞初勝利を飾った。
  2. 同年秋は初戦の神戸新聞杯でビワハヤヒデの2着に入り、三冠最終戦の菊花賞に出走。
    • しかしレース中に心房細動を発症してしまい、勝ったビワハヤヒデから約40秒も遅れる大差のシンガリ負けを喫してしまった。
  3. 1994年春は産経大阪杯と京阪杯(コースレコード更新)を連勝し、宝塚記念には2番人気で出走したがビワハヤヒデの5着。
  4. 同年秋は初戦の毎日王冠で自身が保持していた日本レコードを更新して重賞4勝目を挙げ、天皇賞・秋に出走。
    • ここではビワハヤヒデ、ウイニングチケットに次ぐ3番人気に支持され、レースでも上位人気2頭の故障もあり念願のGI初勝利を果たした。
    • その後は有馬記念に出走しナリタブライアンの9着に敗れたが、天皇賞・秋の勝利が評価されこの年のJRA賞最優秀父内国産馬を受賞。
  5. 1995年は初戦の産経大阪杯に単勝1.6倍という圧倒的人気で出走したが、インターマイウェイの9着に敗れてしまう。
    • その後は安田記念・宝塚記念と人気に推されたが6着・14着に敗れ、宝塚記念後に屈腱炎を発症し秋は全休となってしまった。
  6. 翌1996年は産経大阪杯6着・京阪杯3着と復調気配を見せたが、その直後に屈腱炎が再発し現役引退となった。
  7. 引退後は北海道の日高スタリオンステーションで種牡馬入り。初年度の1997年は種付け料無料ということもあり83頭の繁殖牝馬を集めた。
    • 初年度産駒から重賞2着を2回記録したヒマラヤンブルーを輩出したが、その後が続かず2005年に種牡馬も引退。
    • 晩年は功労馬として北海道の牧場を渡り歩き、2018年に28歳で亡くなっている。
  8. 産駒は3頭の牝馬が繫殖入りしたが2頭は産駒が競走馬登録されず、唯一競走馬登録されたのはネーハイクィーンの子のメガスターキング。
    • 父は菊花賞3着があるメガスターダムという渋い血統だったが、佐賀で17戦走って未勝利のまま引退。獲得賞金は僅か3万円だった。

ホクトベガ[編集 | ソースを編集]

  • 1990~1997
  1. 砂の女王
    • 芝で走れないとは言ってない。
      • エリザベス女王杯一着。
        • この一戦はベガの牝馬三冠がかかっていたレース。
        • 「ベガはベガでもホクトベガ!」
    • 芝と砂の両方でジーワン制覇した元祖。
      • ダートグレード制導入直前なので、正確に言うとGI勝利はエリザベス女王杯のみ。
      • 95年から始まった中央地方交流競走を大いに盛り上げてくれた立役者。
      • ダートに本腰を入れた後年にも芝を走ることはあったが勝てなくなった。
        • ダートの方は95年以降負けなし。
  2. 牡馬相手でもダートで勝てる稀有な牝馬。
    • それができるのも納得の恵まれた体格。
  3. 障害レースに出る計画もあった。
  4. ドバイにて死す。
    • 検疫上の理由で日本に帰れたのはタテガミだけだった。
    • 彼女の死は鞍上の横山典弘騎手及びその息子達に強く影響を与えたという。
  5. ヒシアマゾンとは同厩舎で仲良し。
    • ホクトベガの不幸から一月後にヒシアマゾンも屈腱炎を発症し厩舎を去る。
  6. この馬を記念してスパーキングレディーカップは、ホクトベガメモリアルと銘打たれている。
  7. 期待にそのまま応える。
    • というのも、最後の1年間は馬券の人気順と着順が完全に一致している。
      • ダート戦は1番人気で1着だから単純明快だが、エリザベス女王杯の4番人気4着や有馬記念9番人気9着はあまりにもぴったり。
      • 馬券販売がなく人気順もないドバイワールドカップでゴールできなくなってしまったことに奇妙な運命を感じる。

1994年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

オフサイドトラップ[編集 | ソースを編集]

  • 1991~2011
  1. 3度の屈腱炎を乗り越え、旧8歳にして悲願の初G1を天皇賞で果たした不屈の名馬。
    • なのだが、そのレースがレースだっただけにイメージはあまりよくない。
  2. 若葉Sを勝利しクラシックに挑むも、ナリタブライアンの8着、7着と大敗した。
    • そしてラジオたんぱ杯4着の後に屈腱炎を発症、そこから長いこと療養を余儀なくされる。
  3. 1995年2月にはバレンタインSを勝利するも、そこから善戦を続けるも長いこと勝利から遠ざかる。
  4. バレンタインS後、そして1997年5月のエプソムカップ後に屈腱炎を再発してしまう。
    • エプソムカップ後に引退も検討されるが、現役続行を決断。3度目の療養に入る。
      • この時点で引退していたら下記のステイゴールドは1998年の天皇賞・秋を勝っていたのかもしれない。
  5. 1998年に復帰、その後も勝ちきれなかったが、主戦騎手が蛯名正義に変わると七夕賞で初の重賞制覇、続く新潟記念も連勝。約4年5ヶ月ぶりとなるG1、天皇賞へ挑むことに。
  6. 同年の天皇賞秋は重賞5連勝のサイレンススズカ、宝塚記念2着のステイゴールド、春の天皇賞馬メジロブライトなどがおり、オフサイドトラップは10頭立て6番人気だった。
    • 天皇賞秋には柴田善臣が騎乗、レースは先頭を突っ走るサイレンススズカが故障で大外に逸れると、オフサイドトラップは中団からその間に突っ込み、G1初勝利を遂げた。
      • これには笑いが止まらなくなるのも頷ける。
        • しかしサイレンススズカが予後不良になってしまったことで、非難囂囂になってしまった。
    • 余談になるが、この日の東京8レースの南武特別を勝ったのは半弟のワールドカップ(父アンバーシャダイ)
  7. その後は同年の有馬記念10着を最後に引退。
  8. 引退後は種牡馬入りするも、目立った活躍馬を残せず引退、2011年に死亡した。
    • 中央2勝のリュウハヤテ、中央1勝のコスモウェンブリー、産駒唯一の重賞出走馬であるチアズマジック(名古屋所属)あたりが代表産駒か。
      • 繁殖入りした馬は1頭もおらず、金沢で最後まで現役を続けていたタノムバンチョウも2012年12月に引退し、血は完全に途絶えてしまった。
  9. 馬名の由来はサッカーにおける同名の戦術より。
    • 馬主の渡邊隆が慶應義塾大学時代にサッカー部(慶應では「ソッカー部」)に所属していたのが由来になっていたのだろうか。
      • その影響でオフサイドトラップの兄弟馬も「ワールドカップ」「プレミアリーグ」「フラットスリー」といったサッカーにまつわる馬名を名乗っていた。

サムソンビッグ[編集 | ソースを編集]

  • 1991~?
  1. 1994年の牡馬クラシック戦線皆勤を達成した馬。他の皆勤馬は三冠を達成したナリタブライアンしかいない。
  2. しかし着順は皐月賞17着・ダービーと菊花賞は最下位入線と、もう少しで逆三冠を達成するところだった。
    • 皐月賞は鹿戸雄一、日本ダービーは田所秀孝、菊花賞は小島貞博がそれぞれ騎乗。
  3. 3歳時は函館3歳Sでそのナリタブライアンに先着(サムソンビッグ2着、ナリタブライアン4着)した以外はあまり目立たない成績。
    • 初のGIとなった朝日杯3歳Sではナリタブライアンからブービーの14着という成績だった。
  4. 4歳時もシンザン記念でブービーの11着だったが、続くきさらぎ賞ではシンガリ人気で逃げ切り勝ち。
  5. 古馬になってからはほとんどが大敗続きの成績で1996年に障害競走へ転向。
    • 障害では2勝を挙げオープン入りしたが、1997年の小倉障害ステークス6着を最後に引退。
  6. 引退後は故郷の牧場へ帰った後、筑波大学の馬術部に譲渡され馬術大会にも出場。
    • 2008年に栃木の乗馬クラブへ移籍し、翌2009年まで馬術大会に出場していたが現在は行方不明となっている。

タイキブリザード[編集 | ソースを編集]

  • 1991~2014
  1. 主な勝ち鞍は安田記念。
  2. ブリーダーズカップに挑戦した最初の日本馬。
    • 1996年のブリーダーズカップ・クラシックで最下位となる。
    • 翌年の挑戦では6着と改善される。1着からの馬身差はあまり変わらないけど。
  3. たぶん適性は芝のマイル戦。
    • 唯一のG1勝利は安田記念だし、京王杯はレコード勝ちしてるし。
    • これでBCマイルじゃなくてBCクラシックに出るのはよく分からない。

ヒシアマゾン[編集 | ソースを編集]

  • 1991~2019
  1. アメリカから来た黒き女傑。
    • 当時、外国産馬は出られないレースも多かった。
    • ケンタッキーで生まれケンタッキーに帰って行った。
      • 日本にいたのはほぼ競走馬時代だけ。
  2. ヒシアマゾネスで馬名登録しようとしたら却下され、ヒシアマゾンにしたら通った。
  3. 主な勝ち鞍は阪神3歳牝馬ステークス、エリザベス女王杯。
  4. 2歳、3歳(当時表記の3歳、4歳)は連対率100%。
    • 5歳で衰えが見える。
  5. 名前のせいで女傑と言われるが、本当はおとなしいタイプ。
    • それから甘えん坊。

1995年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

タヤスツヨシ[編集 | ソースを編集]

  • 1992~2008
  1. 日本競馬史に残る、地味に画期的な馬。
  2. サンデーサイレンス産駒初のダービー馬。
    • ダービー後は5着7着6着と奮わず。
      • それで「ツヨシしっかりしなさい」なんて言われたりもする。
  3. 日本産馬では最初期のシャトル種牡馬。
    • バブルガムフェローやフジキセキとともに2000年からシャトル種牡馬をしている。
    • 産駒が海外G1勝利した最初の日本産種牡馬、だと思う。
      • 日本の馬産にとっては結構な転機だった出来事。
      • 香港国際カップをG1扱いするとラッキーキャストが最初になる。
      • 同時期にシャトル種牡馬やってたシンコウキングはアイルランド産馬。
  4. 産駒ではナスダックパワー、トップオブツヨシ、グランシュヴァリエ、There Comes a Timeが種牡馬になっている。

フジキセキ[編集 | ソースを編集]

  • 1992~2015
  1. サンデーサイレンスの実質的な長子。
    • 競走馬・種牡馬としてその力を示した初年度産駒。サンデーサイレンスの血統を証明した。
  2. 競走馬としては早期引退。
    • 4戦して4勝。うち一勝がG1の朝日杯3歳ステークス
    • クラシック前に屈腱炎になってしまった。
      • クラシック制覇は産駒だとイスラポニータが、同じ陣営だとジャングルポケットが達成している。
  3. 日本初のシャトル種牡馬。
  4. 産駒のJRA通算勝利数は歴代種牡馬で6位。
    • 産駒のG1初勝利は2005年にカネヒキリによるもので、なかなか時間がかかった。
  5. 「みどりのマキバオー」でライバルとして登場するカスケードのモデル。

1996年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

エアグルーヴ[編集 | ソースを編集]

  • 1993~2013
  1. 女帝。
    • ダイナカールと母子オークス制覇。まさに女帝の血統。
    • さらに娘のアドマイヤグルーヴはエリザベス女王杯連覇している。
  2. 幼名はベロちゃん
    • ベロベロするから。
  3. 調教助手からギャルと呼ばれていた。
    • 「ギャルを信じてやってください」
      • なんだこのセリフ。まあ90年代の女性ボーカルバンドでありそうな名前してるけど。
      • それで秋の天皇賞に出したら1着になった。信じて良かった。
  4. 1997年度の年度代表馬。
    • 牝馬の年度代表馬はトウメイ以来26年ぶりの快挙。
    • この次もウオッカまで11年の歳月がかかった。
  5. 重賞勝ち馬を4頭輩出した名牝。
    • 出産が原因で亡くなる。
      • 最期の力を振り絞って初乳を与えた。
      • このときの子はショパンと名付けられ32戦して引退。
    • 孫たち、曾孫たちも大活躍。
      • 種牡馬となった子のルーラーシップ、孫のドゥラメンテの存在が大きい。
      • 2024年現在、牝系は1頭除いて全て誰か1頭が重賞以上の競走を制覇している。
        • その除いた1頭が下記のエリ女で空馬1着になった子の牝系である。がんばれ。
    • その一方でエリ女で空馬で1着になった子も排出している。

ダンスインザダーク[編集 | ソースを編集]

  • 1993~2020
  1. サンデーサイレンス産駒初の菊花賞馬。
    • といっても2年目の産駒だが、初年度からあれだけ旋風を起こしたにもかかわらず菊花賞を勝てなかったため、「長距離に弱い」というレッテルを危うく貼られるところだった。
  2. 母はニジンスキー直仔のダンシングキイ。上にエアダブリン・ダンスパートナーがおり、後にダンスインザムードも産む。
  3. 弥生賞は勝利したものの、皐月賞は回避。ダービーではフサイチコンコルドにゴール前で抜かされ2着。
  4. 秋は京都新聞杯から菊花賞を制覇。しかしこの直後屈腱炎が見つかり引退。
  5. 引退後は種牡馬としても成功を収め、一時はサンデー後継の筆頭だったことも。
    • しかしサンデーの血の広がりが圧倒的になる中で、母父もニジンスキーであり、産駒もステイヤー傾向の強いこの馬は不利となってしまい、その後は続いていない。
      • 安田記念馬ツルマルボーイですら早期で種牡馬を引退、菊花賞馬ザッツザプレンディ・スリーロールスは言うに及ばず、メルボルンカップも制したデルタブルースに至っては種牡馬入りすらしなかった。

1997年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

  1. 次の1998年世代が「黄金世代」と称されることが多いが、実はこっちも充実している。

ステイゴールド[編集 | ソースを編集]

  • 1994~2015
  1. 「黄金航路」の名にふさわしい、映画のような劇的な人生を送った名馬。
    • 主な勝ち鞍阿寒湖特別のまま重賞戦線を善戦、黄金世代前後の名馬の活躍を見届け、目黒記念で悲願の勝利、強力なメンバーの揃ったドバイG2を制覇、そして引退レースの香港ヴァースでG1制覇…
  2. 気性難で知られたこの馬の産駒は、やはり個性的。
    • ドリームジャーニー、オルフェーヴル、ゴールドシップ…
    • そして父以上に長い活躍を見せる馬も。
      • 死後もう7年(2022年9月現在)経っているのに、未だに第一線にいる馬が多い。
        • 何ならラストクロップの世代は同期のGI・重賞馬が去った後に暴れ始めた。
  3. ヘイルトゥーリーズン、ヘイロー、サンデーサイレンスの気性難系譜の後継者。
    • と思いきや、むしろ母のゴールデンサッシュから受け継いだ気性らしい。
      • 考えてみれば、名前の「黄金」も母から来てるのか。
    • 「肉をやったら食うんじゃないか」なんて言われる。
      • かつてハムが好物のサラブレッドもいたから、普通にありうる話。
      • 本当の好物は青草。
  4. 生涯成績50戦7勝。
    • G1出走回数20回は日本馬最高記録。
    • G1一勝ながら生涯獲得賞金は約10億円。これは引退当時で日本歴代3位。
      • 無事是名馬の見本。

タイキシャトル[編集 | ソースを編集]

  • 1994~2022
  1. マイル最強馬。
    • 短距離最強議論は複数いるのに対して、マイル最強馬といえば未だに彼という印象が強い。
    • マイルが強いと大体200M伸ばしていく傾向にあるのに対し、彼はマイル以外走らなかったのも最強馬に君臨し続けている理由だそうである。
      • これは彼がマル外であるという事情がある。
  2. マイルだけなら芝ダート不問という強さを見せた。
    • 何なら海外でも強かった。
  3. 2着以下を2回しか取っていない。しかもそれぞれ2着と3着。
    • 3着の方は引退しようと陣営が思っていたのにJRAが無理矢理引っ張り出した結果だという。

1999年クラシック世代[編集 | ソースを編集]

テイエムオペラオー[編集 | ソースを編集]

  • 1996~2018
競走馬/中央競馬のトークに、2000年有馬記念に関連する動画があります。
  1. 世紀末覇王。
    • 当時の獲得賞金世界一。
    • 2000年は8戦8勝、21世紀になった2001年は7戦2勝。そういう意味でも世紀末覇王。
      • よく考えたら、1999年と2001年も全部5着以内でGI一つずつ獲ってるので十二分に強い。それさえ霞むほどに2000年がおかしい。
  2. テイエムオペラオーのアルファベット表記はT.M. Opera O。
    • T.M.は馬主のイニシャル、オペラは父・オペラハウスからとった。
      • つまり竹園正繼歌劇王。なお、実際の中国語表記は「好歌劇」です。
    • 「O」を取ると「帝エムペラー」。
  3. 2000年の古馬GIはギャンブルじゃなかった。
    • 1着2着がテイエムオペラオー、メイショウドトウで固定状態。
  4. 脱走常習者。
  5. メイショウドトウとは引退式も一緒にした。
  6. 大変賢い馬。
    • 2000年有馬記念の包囲網突破は凄すぎた。
    • 僅差圧勝するタイプ。勝てていれば、それ以上無駄な労力は使わない。
  7. ラクダみたいな顔してる。
  8. ニンジンは丸齧りなんてしない、ささがきにすると食べる。
  9. なぜか馬なり1ハロンでブロンズコレクター扱いされていたことがある。
    • 皐月賞を制したものの、その後2着や3着が多かったため。
    • その後G1で勝利を重ねたためクビを宣告され(のちに名誉会員入り)、その後「ゴルコレ倶楽部」を立ち上げたとか。
競走馬(五十音順一覧)
日本 JRA 三冠馬 | 1980年代 | 1990年代(1990年/1992年/1998年)
2000年代 | 2010年代 | 2020年代 | 障害馬
地方競馬
海外 三大始祖 | 日本輸入繁殖馬 | 欧州 | 北米 | アジア・オセアニア | 中南米・アフリカ
関連項目 ざんねんな競走馬事典(日本:あ~そ/た~わ) | 偽競走馬の特徴
もしあの競走馬が○○だったら(故障していなかったら/長生きしていたら)