競走馬/地方競馬

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  • 地方競馬の馬たちの噂。
  • 生年+五十音順です
    • 節はクラシック世代(3歳時の年)
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マル地(中央移籍馬)[編集 | ソースを編集]

1950年代[編集 | ソースを編集]

コガネマル[編集 | ソースを編集]

  • 不明(1953~1963現役)
  1. 春木競馬場にいたアラブ系競走馬。
  2. 平地と障害で476戦したらしい。
    • 1953年から10年かけて達成したとか。
    • 日本競馬史上でコトブキライアンに次ぐ出走回数。

1960年代[編集 | ソースを編集]

トーオクオー[編集 | ソースを編集]

  • 1962~不明
  1. 294戦104勝という最多勝記録の持ち主。
    • 1964年~1974年で達成した。
  2. ばんえい競馬の昔の馬であるため、どういう馬なのかはよく分からない。
    • 鹿毛の半血種ってことくらい。
    • 種牡馬にはなっていた。

1980年代[編集 | ソースを編集]

キンタロー[編集 | ソースを編集]

  • 1977~1992
  1. ばんえい競馬史上、獲得賞金第一位。
    • 1億円以上賞金をとった最初の輓馬。
    • こんなだが能力開花したのは古馬になってから。
  2. ものまねタレントではない。
    • 顔はでかい。体はもっとでかい。だから相対的には小顔。
      • 輓馬の中での比較で言えば、1t強でそんな大きい方ではない。
  3. リアル黒王号。
    • 青毛の巨体。
    • 実はキンタローの方が黒王号より先輩。
      • 北斗の拳で黒王号が初登場したのは1985年ころ。
        • キンタローは既に活躍しており、この年も農林水産大臣賞典(後のばんえい記念)を制覇している。
  4. 11歳定年制があったため1987年に引退。
    • ラストランは斤量差70kgで2着。
      • このハンデで2着は大健闘。
      • まだまだ走れると惜しまれながら引退した。
  5. 岩見沢SA(下り)に銅像がある。
    • ここから1kmくらい北にキンタローも走った岩見沢競馬場があった。

シャルロット[編集 | ソースを編集]

  • 1979~2019
  1. 史上最長寿サラブレッド。
  2. 競走馬時代の名はアローハマキヨ。
    • 主に大井で61戦2勝。
      • なので長寿で話題になる30代後半までは、ほぼ無名だった。
  3. 運よく乗用馬になり各地を転々。
    • 後半生は長野のスエトシ牧場で過ごした。

カウンテスアップ[編集 | ソースを編集]

  • 1981~?
  1. 東北・南関東・愛知で活躍した地方の名馬。
    • 愛知競馬時代はアンカツも騎乗していた。
    • 唯一の中央競馬出走だったオールカマーでは7着と大敗。ほか愛知の中京芝でも敗北していることから、完全なダート向きであったと思われる。
  2. ウイニングポストシリーズでは地方競馬の門番として長らく居座る馬として有名。

フェートノーザン[編集 | ソースを編集]

  • 1983〜1989
  1. 少し後の世代のオグリキャップやイナリワンらとは逆に、地方から中央に転籍して頭角を表した馬。
  2. 中央時には当時オープンの平安ステークスを勝利するも、仁川ステークスを取り消し、当時数少ない中央地方の交流レースだった帝王賞を11着惨敗(その後裂蹄を発症)という結果に。
  3. だが1987年秋に笠松に転籍すると、18戦14勝3連対(除外されたレースを除く)の大活躍。
  4. 満を持して挑んだ笠松の全日本サラブレッドカップ、圧倒的人気で挑んだものの骨折で中止となり、その半月後感染症を併発して帰らぬ馬となってしまった。

マーチトウショウ[編集 | ソースを編集]

  • 1985〜?
  1. 笠松で唯一オグリキャップに土をつけた馬。
    • ただ超早熟なだけだった可能性が高そう。
  2. 名前に反してトウショウ牧場とは全く関係がないし、トウショウボーイら同牧場の種牡馬の産駒というわけでもない。
    • 単にあやかっただけ。そもそも牡馬だし(トウショウ牧場の場合牡馬が前トウショウ、牝馬が後トウショウ)。
  3. オグリキャップの中央移籍後は地方重賞の岐阜王冠賞を取れたくらい。
  4. その後中央に移籍するが、トップクラスの活躍を見せたオグリキャップの裏で準オープン(1500万下)、降級後の900万下(当時)でも惨敗。
  5. その後笠松復帰も復帰戦を惨敗し高知に移籍。ここでは下級戦でこそ強さを見せたものの昇格すると勝てなくなり、1992年に引退。
  6. 「ウマ娘 シンデレラグレイ」にも偽名(フジマサマーチ)で登場する。

1990年代[編集 | ソースを編集]

トウケイニセイ[編集 | ソースを編集]

  • 1987~2012
  1. 盛岡競馬の雄。
  2. 父トウケイフリートは地方競馬で活躍しながらも種付けできる牝馬が少なく、母エースツバキも競走能力はパッとせず、元居た牧場で繁殖牝馬を整理する際売り出されるも売れ残りだった。
    • 後に産駒(トウケイニセイの半兄と半姉)が地方重賞を勝つのだが。
  3. 生涯成績43戦39勝、2着3回3着1回とすべて複勝圏に入っていた。
    • 唯一の3着も旧9歳で挑んだ地方交流元年のマイルCS南部杯(1着はJRAのライブリマウント)。この年でここまで善戦するのだからさすがである。

カネユタカオー[編集 | ソースを編集]

  • 1988~1995
  1. タケユタカ産駒。
    • と言っても当時新人だった(現在では競馬界を代表する)名ジョッキーのことではなく、パーソロン産駒の繁殖牝馬。
    • 父はカツラノハイセイコ。
  2. 栃木三冠を達成するなど栃木競馬を代表する競走馬であったが、1995年外厩舎から戻る際、交通事故に巻き込まれ急死。
    • 外厩舎問題は後の宇都宮競馬場廃止の一因になった。
  3. のちに「カネユタカオー記念」が制定されるも、その約10年後に宇都宮競馬場が廃止されてしまった。

メイセイオペラ[編集 | ソースを編集]

  • 1994~2016
  1. 砂の王。
    • 宿敵はアブクマポーロ。
  2. 地方競馬所属で中央GI勝利した唯一の馬。
    • 1999年フェブラリーステークス。
    • コスモバルク、フリオーソなど惜しいところまで行く馬はいたが、未だメイセイオペラに続く者は出て来ない。
      • 長い不況で地方と中央の差が歴然としたこと、地方交流競走の制定で中央ダート馬が強化されたことなどが要因。
  3. 母は方々まわってようやく繁殖牝馬になったテラミス、父グランドオペラは種付け料が安いから選ばれた、というそんなに期待できそうもない出生。
    • グランドオペラは父ニジンスキーと母グローリアスソングなので良血。
      • 競走馬としては1戦しかしておらず、種牡馬として結果もいまいちだったので種付け料が安くなってた。
  4. 水の味が分かる馬。
    • 地元の水しか飲まない。
      • キンチェムもそんなだったっけ。
  5. どういうわけか産駒が韓国で大活躍。
    • 結果、種牡馬として韓国に渡る。
      • そのまま亡くなるまでの10年を韓国で暮らした。

スーパーペガサス[編集 | ソースを編集]

  • 1996~2007
  1. 前代未聞のばんえい記念4連覇。
  2. ばんえい最後の1億円ホース。
    • 旭川、岩見沢、北見が閉場して、帯広競馬場だけになったため。
    • 2013年を底に賞金は増加傾向なのでそのうちまた出てくるかもしれない。
  3. 裂蹄が原因で引退し、その後蹄葉炎で亡くなった。
    • このため残念ながら産駒はいない。

ハルウララ[編集 | ソースを編集]

  • 1996~
  1. 走る社会現象。
    • 地方馬としてはまず間違いなく最も有名な馬。
      • 中央移籍組も含めるならオグリキャップやハイセイコーがいる。
  2. 113戦0勝。
    • 88連敗の頃にメディアに取り上げられる。
    • 90敗を超えて「負け組の星」に。
    • 実は別に最多連敗記録とかではない。
      • 当時でもハクホークインの161連敗記録があった。
      • ハルウララの影響なの何なのか21世紀には大連敗馬が多数現れている。
        • 平地競走の連敗記録10位までは全部21世紀デビューの馬。
        • ダンスセイバーはハルウララの倍以上連敗してる。
      • 連敗関係ない日本競馬全体の最多敗記録はコトブキライアンによる451敗。
        • そもそも450戦以上した馬が他にいないんだからそりゃあそうなる。
  3. 獲得賞金は約110万円。
    • 出走手当は1回6万円出ていたそうなので、合わせて800万円近い収入はあった。
      • まあ自分の生活費くらいは稼いでいる。連敗を続けても引退までいかなかったのはそのおかげ。
      • 小さいけど頑丈だったのでガンガン出走できた。
  4. 2着は5回ある。全然勝てそうにない馬というわけではなかった。
    • 馬主や厩舎は勝たせようと頑張っていた。
      • それだけに負けて人気になったのは賛否ある。
        • 馬の直接の関係者には還元されない人気だし。
        • ハルウララブームの際、先行モデルとなったアメリカのジッピーチッピーに対しても否定的な意見は多い。
  5. 高知競馬場の救世主。
    • ネット販売やナイター競馬による売上改善まで持ったのはハルウララの功績。
      • あとグランシュヴァリエのおかげもある。
  6. 飽きっぽい性格。
    • 練習も途中で投げてしまう。
      • 本番は真面目に一生懸命やってた。
    • ハルウララという名になったのは競走馬として厄介な性格だったので名前くらいかわいくのんびりしたものにしようという理由。
  7. 引退前後は闇が深いことになっていた。
    • 特に2009年から2013年頃は消息すら不明に。
    • その後、2014年になってようやく安定した余生を過ごせるようになった。
  8. 競走馬時代は0勝だが、引退後は一勝している。
    • ソフト競馬で勝利。2019年の第1回そふと女子会での出来事。
  9. 牝馬であることはあまり知られていない気がする。
  10. Wikipediaで競走馬の特筆性を考える際に参考でよくあげられる馬。
    • ブームがWikipedia日本語版の黎明期だったこともあってか、削除されるリダイレクトの事例にこの馬がいたりとあちこちのルールで彼女が事例にいたりする。
  11. テイエムオペラオーらと同期…とかいわれてもピンとこないよなやっぱり。
    • 話題になった時期が違うから。テイエムオペラオーのグランドスラムが2000年で、ハルウララブームは2003~2004年。
      • ディープインパクトの三冠が2005年だからイメージ的にはこっちのほうが近い。

2000年代[編集 | ソースを編集]

モナクカバキチ[編集 | ソースを編集]

  • 1999~2014
  1. 地方競馬で最多勝利をあげた軽種馬。
    • 216戦55勝。
      • 競走馬としてのキャリアは10年にも及ぶ。
    • 重種馬(ばんえい競馬)にはトーオクオーという104勝した怪物がおり、地方・中央合わせてだと62勝したフクパークがいる。
  2. 最後を見送った馬。
    • 2012年7月、アングロアラブとして最後の勝利を獲得した。その翌月引退。
      • 2013年度以降、アングロアラブの出走自体がない。
    • 福山競馬場所属だったが、引退から5か月後に福山競馬場は廃止された。
      • かくて中国地方から競馬場は消滅した。

コトブキライアン[編集 | ソースを編集]

  • 2000~2016
  1. 488戦というレジェンド。
    • 日本競馬史上最多。
      • 重種馬だから、サラブレッドとは直接比較できないが。
    • 14年という長きに渡る競技生活。
      • 晩年の愛称は「じいじ」。
  2. 37勝、収得賞金912万円と、突出して強い馬ではない。
    • 最後の一勝は14歳10ヶ月とばんえい競馬最高齢勝利で、やはり大した馬。
      • こっちは逆に16歳5か月で勝利したオースミレパードという、更に上を行くサラブレッドがいる。

コスモバルク[編集 | ソースを編集]

  • 2001~
  1. ホッカイドウの星
    • でも、北海道ではそんなに走ってない。
    • 48戦中35戦は中央競馬で主戦場はそっち。
      • 芝馬だからしょうがないんだ。
  2. 地方馬で、唯一獲ったG1がシンガポールのレースという不思議な経歴。
  3. 斜行が何度か問題になる。
    • 問題視されたのは、主に五十嵐騎手だけど。
  4. 後年、中央競馬では着順が低いのに出走枠を一つ取ることもあって嫌われるようになってしまう。
    • 中央で3着以内は2006年オールカマー2着が最後。
  5. 日本の外厩制度について語る上で外せない馬。
  6. 2009年引退後、アイルランド移籍が計画される。結局、故障で実現せず。
  7. G1級27戦出走はワンダーアキュートと並ぶ記録。
    • JRAのG1にかぎると23戦で単独首位。地方馬なのに。

ヒカルアヤノヒメ[編集 | ソースを編集]

  • 2004~2023
  1. 2022年現在も現役の最年長牝馬。
    • 世代的にはダイワスカーレット等と同期。
  2. 父メイショウオウドウは重賞戦線で活躍したサンデーサイレンス産駒。
  3. 中央競馬時代は6戦0勝(3着1回)といいところがなかった。
    • 対戦相手で特筆できる馬というと、ウェンブリー(2022年現在もJRA障害戦線で活躍するマイネルレオーネの母)くらいか。
  4. その後愛知競馬に移籍、一度は大井に移籍するも1年半で愛知に戻る。
  5. 2010年頃までは掲示板に入る活躍を見せるが、衰えは隠せず最後の勝利が2015年、最後の複勝圏入りは2020年。
    • にもかかわらず引退できないのは、馬主が変わって牧場との関係が薄れたこと、かといって馬主の生活面も厳しく引退させるわけにもいかないのが理由らしい。
      • なんとか細々と出走手当を稼げてるうちは現役を続けそう。
  6. 2022年には(馬齢の計算上でこそあるが)年下の騎手を載せて走ることに。
    • 来年(2023年)まで現役だったらいよいよ満年齢でも年下の騎手を載せることになりそう。

フリオーソ[編集 | ソースを編集]

  • 2004~
  1. 最強の地方馬。
    • 獲得賞金額は地方馬歴代一位。
    • ジーワン6勝も地方馬最高記録。
    • NAR年度代表馬に4度選ばれた唯一の馬。
  2. 地方競馬場でしか勝ってない。
    • 中央で一番勝利に近づいたのは2011年フェブラリーステークスの2着。
    • 3歳春だけ中央芝で走ってた。
  3. 市松模様のメンコが印象的。

2010年代以降[編集 | ソースを編集]

オレノココロ[編集 | ソースを編集]

  • 2010~
  1. 重賞勝利数歴代最多のばんえい馬。
    • でも獲得賞金は7720万円。
      • ばんえい競馬は、2006年以降は1億円馬が出てない。
        • 2007年度から帯広だけになったから仕方ないね。
    • 「楽天競馬」の歴代ばんえい最強馬ファン投票でも一位になる。
      • 引退年の投票だからってのはあるけど、2位にダブルスコア近い差を付けてるのは流石。
  2. コウシュハウンカイがライバル。
    • 同い年で、父が同じウンカイ、出身牧場も一緒という深い縁。

メジロゴーリキ[編集 | ソースを編集]

  • 2014~
  1. ここ一番で勝つ馬。
    • 高重量戦で強い。
  2. メジロ牧場とは関係ない。
    • 母メジロルビー、母父メジロショウリ、母父の母メジロと4代続くメジロ。これはこれで伝統がある。
  3. ばんえい記念2度目の制覇で競走生活に幕を下ろした。

アオノブラック[編集 | ソースを編集]

  • 2016~
  1. 青いのか黒いのか。
    • 鹿毛です。
    • 馬主が青山さんです。
  2. 大レースはメムロボブサップに持っていかれる。
    • 全然勝てないわけじゃないんだが。
    • 帯広記念を制し、メムロボブサップの先を行った。

ミューチャリー[編集 | ソースを編集]

  • 2016~
  1. 地方馬としては史上初めてJBCクラシックを制覇した。
    • 2021年にはこの実績によりNARグランプリ年度代表馬に選ばれる。
  2. 父はパイロ。
    • 母父はブライアンズタイムで、いかにも地方馬らしい血統。
    • パイロにとってもミューチャリーのJBCクラシックが産駒初のジーワン級勝利。
  3. 2023年ダイオライト記念で跛行が出て競走中止。
    • もともと不整脈があったのでそのまま引退した。
  4. 引退後は去勢され、船橋競馬場で競走馬から誘導馬へ転職した。

メムロボブサップ[編集 | ソースを編集]

  • 2016~
  1. イレネー記念、ばんえいダービー、天馬賞と世代戦BG1を総なめした世代最強馬。
  2. 2023年ばんえい記念覇者。
  3. 2023年夏は6連勝。
  4. なんで今更ボブサップなのかと思ったら父がナリタボブサップ。
  5. 買い手がつかなかった。
    • 幼いころは小柄だったため。ばんえいでは大きいが正義。
    • 仕方ないので生産者が馬主になって走らせることにした。

関連項目[編集 | ソースを編集]

競走馬(五十音順一覧)
日本 JRA 三冠馬 | 1980年代 | 1990年代(1990年/1992年/1998年)
2000年代 | 2010年代 | 2020年代 | 障害馬
地方競馬
海外 三大始祖 | 日本輸入繁殖馬 | 欧州 | 北米 | アジア・オセアニア | 中南米・アフリカ
関連項目 ざんねんな競走馬事典(日本:あ~そ/た~わ) | 偽競走馬の特徴
もしあの競走馬が○○だったら(故障していなかったら/長生きしていたら)