競走馬/欧州

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  • ヨーロッパで調教された馬たちの噂。
  • 日本に種牡馬・繁殖牝馬として輸入された競走馬については競走馬/日本輸入繁殖馬、日本に競走馬として輸入された馬(いわゆるマル外)は競走馬/中央競馬などを参照。
  • 生年+五十音順です。
  • 競走馬を新たに追加する場合は競走馬#五十音順からもリンクして下さい

独立項目[編集 | ソースを編集]

19世紀以前[編集 | ソースを編集]

オルコックアラビアン[編集 | ソースを編集]

  • 1700頃~不明
  1. 芦毛の祖。
    • サラブレッドに広がる芦毛遺伝子の源。
    • フェアファックスモロッコバルブが芦毛の祖の可能性もある。
  2. 三大始祖と同世代。
    • 19世紀初頭に父系が途絶え三大始祖には入れなかった。
    • インドには三大始祖のほかにオルコックアラビアンの名が付いたレースがある。
  3. コンスタンティノープル出身。
    • 実はカーウェンズベイバルブの仔という説もあり、それが正しければイギリス生まれ。
  4. 別名がすごく多い。
    • 馬主が2回替わってるからその影響もある。

エクリプス[編集 | ソースを編集]

  • 1764~1789
  1. サラブレッド前夜の名馬。
    • サラブレッドという呼称が誕生するのは彼の死後まもなくのことである。
  2. Eclipse first, the rest nowhere.
    • 「唯一抜きん出て並ぶ者なし」という意味のことわざになった。
    • 発言時の意味としては「エクリプスが一着、他は失格」。当時のルールでは一定距離以上一着から離されると失格になるルールで、エクリプスが圧勝したため実際こうなった。
    • 速すぎて挑戦者すらいなくなって引退した。
  3. 1764年4月1日生まれ。
    • エイプリルフールに現れた嘘みたいな馬。
    • 日食(Eclipse)があったので、エクリプスという名になった。
  4. サラブレッドにおいてエクリプス系を除く父系は滅亡寸前であるため、21世紀半ばには全サラブレッドの始祖となる可能性がある。
    • もっともマッチェム・ヘロド系の馬も母系からエクリプスの血を引いているが。
      • 母系込みだと遅くとも19世紀末には全サラブレッドの先祖となっている。
  5. 気性難。危うく去勢されるところだった。
    • そうなっていた場合の競馬史は想像を絶する。

ポテイトーズ[編集 | ソースを編集]

  • 1773~1800
  1. 元祖・珍名馬。
    • ポテイトーズってだけでもちょっと変だが、綴りはまさかのPotoooooooo
      • Potooooooooでどうしてポテイトーズなのかというと、語尾の8つのOをエイトオーズと読ませて、Pot-8-Osでポト-エイト-オーズ→ポテイトーズというわけ。
      • 当時の厩務員が初めてジャガイモを食べたとき「ポテト」だと聞いたけど綴りが分からずPotooooooooってメモっといたら、それが馬主のアビンドン伯爵にウケてPotooooooooを馬名に採用してしまったらしい。
        • センスのある厩務員と、ふざけた馬主だな。
  2. エクリプスの子。
    • 親譲りの強さを発揮した。
  3. 種牡馬としても活躍。
    • 子供に、アスパラガスラディッシュ、ナイトシェイド(ナス科植物)などがいる。
      • 味を占めるんじゃあない!
      • サイヤ人かよと思ったけど、競走馬としての圧倒的血筋を考えるとあながち間違いでもない。
      • ちなみに現在の主流血統のルートであるWaxy(ワキシー)は「もち種(もち米やもち麦など)」とのことである。
    • 21世紀、サラブレッドの9割以上はポテイトーズから続く父系に属す。
      • 父系だけでこれなので、牝馬経由の血統も含めるとポテイトーズの血をひかないサラブレッドはおそらく存在しない。
      • 結果、たいがいの珍馬名は「こいつの祖先なんてPotooooooooだぜ」で許されてしまう。誰か、アビンドン伯爵を止められなかったのか。

ホワイトロック[編集 | ソースを編集]

  • 1803~?
  1. ブラックロックの父。
    • 他に特筆性はない。
  2. デルピニの隠し子疑惑がある。
    • 公式にはハンブルトニアンが父。
    • 遺伝子調査でセントサイモンがヘロド系だったっぽいので、セントサイモンの先祖のどこかが間違いということになり、こういう説が出てきた。
      • ブラックロックから先は代々みんな気性難だしな。

ウェストオーストラリアン[編集 | ソースを編集]

  • 1850~1870
  1. 史上初の三冠馬。
    • ただ当時は三冠馬という概念はまだなかった。
  2. 11戦10勝だが接戦が多い。
  3. 種牡馬としてはそこそこの成功を収め、以降の全マッチェム系サラブレッドの祖先となる。
    • 失敗扱いされることもあるけど、産駒にオークスで勝った馬や2000ギニー勝った馬がいるんだから十分じゃないかと思う。
  4. こんな名前だがオーストラリアとは関係ない北イングランド生まれ。
    • 父はメルボルン、子にオーストラリアンがいる。
      • 都市→州→国という流れに見えるが、父のメルボルンはオーストラリアの都市とは本来無関係。
        • メルボルン(馬)の誕生が1834年、メルボルン(都市)の命名が1837年。
        • ウェストオーストラリアンのデビュー当時はちょうどオーストラリアでゴールドラッシュが起こり、メルボルンに政庁を置くヴィクトリア植民地政府が誕生した頃。
          • なのでウェストオーストラリアンの命名者がメルボルンが都市名由来だと思い込んでた可能性もある。

キンチェム[編集 | ソースを編集]

  • 1874~1887
  1. ハンガリーの至宝。
    • どのくらい凄いかと言うとハンガリー最大の競馬場の名前がキンチェムパークになったくらい凄い。
    • ハンガリーはアッティラ王以来の一大馬産地。
      • バイアリータークもハンガリーから来た。出身地はどこか分からないけど。
      • そのはずなんだが、今はパートIII国でいまいち。
        • 21世紀だと世界的に知名度ある馬はウーヴェルドーズくらい。
  2. 54戦54勝という異次元の生涯成績。
    • この54戦にはドイツのバーデン大賞、英国のグッドウッドカップと今日まで続くG1も含まれる。
    • カマレロっていう77戦73勝した更に上の馬もいるが、カマレロはパートII国のプエルトリコしか走ってない。それにしたって異常な成績だけど。
  3. 週3で走ってたり、同じ日に3200m2回走ってたり、とんでもない出走履歴で唖然とする。
    • 現代だと地方競馬でも週1くらいだし、当時は全然事情が違ったんだろう。
    • 76.2kgという凄まじい斤量で出走したこともある。もちろん勝ってる。
  4. 初陣はなぜかベルリン。
    • 別にハンガリーで走ってないわけではなく、ブダペストとショプロンで合わせて20戦してる。
      • 54勝目を挙げたのもブダペスト。
  5. 史上最強牝馬の筆頭候補。
    • レースではもちろん、繁殖牝馬としても偉大。
      • 未だに牝系子孫が連綿と続き繁栄している。
  6. 遠征が大変。
    • 食べなれたものしか食べない。
      • つまり、飲食物は全部地元から持って行かないといけなかった。
    • でも汽車は好きだったらしく、そういう意味では遠征適性があった。
  7. 3日も水を飲まなかったことがある。
    • 3日目ようやく水を飲んだのがバーデンバーデンの「キンチェムの井戸」。
      • この井戸は今はもう枯れてしまっているらしい。
  8. ヒナギク大好き。
    • むしゃむしゃする意味で。花を食べるのが好きな馬は多い。
    • 競馬場でも花を見つけると食べていたという。
      • あれ?地元の物じゃなくても食べてるな。「キンチェムの井戸」の話もあるし、他所のものでも案外大丈夫だったのかもしれない。
  9. ハンガリー農業博物館へ行くと骨になったキンチェムに会える。

ヴァンパイア[編集 | ソースを編集]

  • 1889~不明
  1. 史上最悪の暴れ馬。
    • 移送すら危ぶまれる危険生物。
  2. 父はガロピン。
    • ブラックロック以来の呪われた血統、同じくガロピンの子にセントサイモンもいると考えると納得の気性難。
  3. 現役時代の成績は2勝。
    • こんなんでよく出走させられたな。
  4. 呪われたとは言われているものの、競走馬としては実績ある血統なので繁殖牝馬になれた。
    • こいつは牝馬なのである。だから去勢しておとなしくさせるという手も使えなかった。
    • 自ら産んだ仔をかみ殺す。
    • やばすぎて種牡馬にも危険が及ぶことから、同じ牧場にいた甥のオームと交配することになった。
      • そして生まれた仔・フライングフォックスは無事すくすくと育った。
        • ついには史上8頭目のイギリスクラシック三冠まで達成する。
        • 引退後のフライングフォックスはフランスでリーディングサイアーになるなど種牡馬としても活躍。
          • つまり、フライングフォックス経由でヴァンパイアの遺伝子はサラブレッド界に広まってしまったのであった。

アイシングラス[編集 | ソースを編集]

  • 1890~1911
  1. 史上6頭目の英三冠馬。
    • 無敗に限定すればオーモンド以来2頭目。
  2. 種牡馬としては隔世遺伝感が強い。
    • 孫に6代連続ドイツダービー馬の起点となるランドグラフ、一大父系を築くスインフォードがいる。

20世紀・第二次世界大戦前[編集 | ソースを編集]

テディ[編集 | ソースを編集]

  • 1913~1936
  1. 競走馬時代は第一次世界大戦に押されて活躍できなかった。
    • 代替重賞は何勝かしているが。
  2. 種牡馬入り後は父系としてもさることながら、母系にテディ直系を持つ活躍馬が多い。
    • 一例を挙げれば、サンデーサイレンスの母父アンダースタンディングもテディ直系である。
    • ニアークティックとともに、スピード競馬の礎を築いた馬として言っても良いだろう。

ファラリス[編集 | ソースを編集]

  • 1913~1931
  1. 現代の競走馬の9割の父系祖先にあたる。
    • ファロス=フェアウェイ兄弟のほか、Sickleの曾孫にネイティヴダンサー、Pharamondの孫にトムフールがいる。
  2. 競走成績はというと短距離寄りだったためダービー等は取っていない。

ナスルーラ[編集 | ソースを編集]

  • 1940~1959
  1. 20世紀中葉〜後半に大繁栄。
    • 2022年現在だとエーピーインディのラインが生き残っている他は土着のカロ・ミルリーフ(欧州)・サクラバクシンオー(日本)がまあまあいるくらい。
  2. ウイポでも1980年代〜90年代になるとナスルーラ地獄に陥りがち。
    • 気性難因子を持っているためそれがインブリードでより強調される展開に…

20世紀・第二次世界大戦後[編集 | ソースを編集]

コロネーション[編集 | ソースを編集]

  • 1946~不明
  1. 1949年凱旋門賞の勝者。
    • 凱旋門賞が世界的大レースとなったのはこの年から。
      • いきなり、賞金額が前年の5倍になる。
      • 実は賞金額大幅アップの立役者はコロネーションの馬主であるブサック氏。
  2. コロネーションの意味は「戴冠」。
    • 凱旋門賞の勝馬が「戴冠」って、なかなか合ってる。
    • イギリスのコロネーションステークスにちなんだ馬名とかではないと思う。
  3. 落ち着きがない。
    • なので凱旋門賞のような大舞台で勝ったりレースレコードで勝ったりしたかと思うと、ボロ負けしたりもする。
  4. 父父も母父もトウルビヨンというやべえ近親交配。
    • そのせいか不妊症で子孫は一頭もいない。
      • 1960年頃までは繁殖が試みられていたようだが、その後の消息は不明。

ニンバス[編集 | ソースを編集]

  • 1946~1972
  1. ダービーと2000ギニーで勝った英国二冠馬。
    • ニンバス2000ギニー制覇、略してニンバス2000
      • いや、たぶん関係ないんだろうけど。
  2. 種牡馬としては微妙。
    • 日本の馬との関係で言えばグリーングラスの母父にあたる。

ネヴァーセイダイ[編集 | ソースを編集]

  • 1951〜1976
  1. 名前の由来は「死ぬなんて言うな」=「死ぬな!」
    • 生まれたとき瀕死の状態だったことに因む。
  2. 米国産馬ながら英二冠(ダービー・セントレジャー)を達成した。
  3. 産駒は軒並み日本に輸入された。
    • そしてなんというか、産駒には「ネヴァー」をつけたがる。
      • ネヴァービートって、「弾くな!」ってことなのか?
      • ネヴァービートは日本産馬ではないのだが、まあ…
    • それ以外だとテンポイントやヒカルイマイなどもこの子孫だが。

リボー[編集 | ソースを編集]

  • 1952~1972
  1. イタリアの英雄。
    • 天下無双の名馬。
    • 伝説の馬産家フェデリコ・テシオの大いなる遺産。
      • この方、ネアルコも生産してるし、どうしてこんな名馬がつくれるのかわけ分からん。
    • イタリア育ちなんだが、種付け・出産の都合で出生地は英国になってる。
  2. 生涯無敗。しかも大半のレースで何馬身差もつけて大勝する。
    • 凱旋門賞で8馬身差で勝利するのは脱帽するしかない。
  3. 後年、アメリカに引っ越してから偏屈になった。

ニジンスキー[編集 | ソースを編集]

  • 1967~1992
  1. 日本で馬がニンジン好きだと言われているのは、むかしニジンスキーという名馬がいたから。
    • という噂を聞いたけど、たぶんガセ。
    • 馬名はキーウ出身のバレエダンサーであるヴァーツラフ・ニジンスキーに由来する。
      • 本馬はソ連とは縁もゆかりもない。父がノーザンダンサーなので、北国の有名ダンサーの名前をもらったのだと思われる。
  2. カナダで生まれアイルランドを拠点にイギリスクラシック三冠を獲った馬。
  3. この馬以降、イギリスクラシック三冠は達成されていない。
    • すでに半世紀以上経過しており、最後の英三冠馬になるかもしれない。
    • そもそもクラシック三冠全部出走する馬が今となっては珍しい。
      • 距離ごとに専門化してしまっているので。
        • 特にセントレジャーステークスが問題。有力馬は凱旋門賞とかに行っちゃう。
          • ニジンスキー自身はセントレジャーと凱旋門賞の両方出たが、間が約3週というスケージュールは少々無理があったようで、凱旋門賞は2着に終わった。
      • それでも、たまに全部出走する馬もいるので欧州の他の国よりはマシ。
  4. 種牡馬としても活躍。
    • 日本で有名な産駒としては、マルゼンスキー、ラムタラがいる。
  5. 競走馬・種牡馬としてマルゼンスキーがあまりに活躍しすぎたので、産駒がネヴァーセイダイ・プリンスリーギフトのように乱獲の憂き目に遭ってしまった。
    • マルゼンスキーと似たような血統のヤマニンスキーは競走馬としては活躍できなかったが、種牡馬としてヤエノムテキらを輩出。
    • 直仔としてはイルドブルボン・ラシアンルーブル・ファーディナンド・ナグルスキーらが種牡馬、ダンシングキイが繁殖牝馬として輸入。孫もノーアテンションやフサイチコンコルドなどがいる。
    • そのせいでニジンスキー直系はいまや風前の灯火。
      • 2010年代生まれの現役種牡馬はマルゼンスキー系のクラグオーのみ、その他日本でも供用されたロイヤルアカデミーIIのラインが若干残るが…。

ケーニッヒスシュトゥール[編集 | ソースを編集]

  • 1976~1995
  1. 馬名の由来は「(王の)玉座」。
  2. おそらく、最初で最後のドイツ三冠馬。
    • メールミュルヘンスレネン(独2000ギニー)・ドイチェスダービー・ドイチェスセントレジャーを制覇。
      • 独セントレジャーはG3降格、後に古馬解放されているため、無理して狙う馬はもう出てこないと思われる。
  3. 種牡馬としてはモンズーンなどを輩出している。

シャーガー[編集 | ソースを編集]

  • 1978~不明
  1. 1981年、英ダービーの勝者。
    • 遥か彼方に突っ走り過ぎて、2着の騎手は自分が先頭だと勘違いしたというほどの圧勝。
  2. 英ダービーの3週間ほど後にはアイリッシュダービーも制覇。
  3. なぜ20世紀後半のダービー馬の没年が不明なのか、それは行方不明になったから。
    • 1983年に誘拐される。
      • 7億円の身代金が要求され、その後ぷっつりと消息が途絶える。
      • 実はこの頃のヨーロッパでは馬の誘拐は結構あることだったらしい。
      • シャーガー自身が名馬なのは元より、馬主がニザール派の第49代イマームだったり、犯人がIRAとされたり、話題性の大きさから有名な事件となった。
        • そのせいもあって、後に生存・発見のニュースがエイプリルフールの定番ネタにされてしまうことに。
  4. アスコット競馬場の騎手招待競走であるシャーガーカップは、この馬から命名された。

サドラーズウェルズ[編集 | ソースを編集]

  • 1981~2011
  1. 欧州競馬を支配した血統。
    • 英愛リーディングサイアー14回獲得は異常な記録。
    • 更に産駒も種牡馬として活躍しまくった結果こんなことに。
    • 日本でも孫のテイエムオペラオーやメイショウサムソンが活躍した。
      • 父系は日本ではそこまで広がっていない。
  2. 現役時代はG1三勝の名馬。
    • とはいえ、種牡馬としてここまでなるとは誰も思ってなかった。

モンズーン[編集 | ソースを編集]

  • 1990〜2012
  1. いかにもドイツって感じの血統から生まれた馬。
    • 父ケーニッヒスシュトゥール、母父ズルムーいずれもドイツで活躍した馬。
  2. 競走馬としてはアラルポカルなどを勝利し、ドイツダービー2着など。
  3. 種牡馬としても一代父系を築き、今となってはブランドフォード系(というは非ファラリス系)の最後の砦となっている。

シーヴァ[編集 | ソースを編集]

  • 1995~
  1. 日本産馬初の(海外)国際G1制覇を成し遂げた馬。
    • とはいえ、シーキングザパール・エルコンドルパサーの日本調教馬(外国産馬)による制覇や、フジヤマケンザンの香港G1(国際G2)制覇、後年のステイゴールドの日本調教馬かつ日本産馬による制覇と比べると地味。
  2. というのもこの馬、日本産馬であるが調教されたのは海外。
    • 外国の繁殖牝馬にヘクタープロテクター(日本に輸入されていた種牡馬)を種付けするため日本に輸入され、海外に輸出された。
      • 言うなれば持込馬ならぬ「持出馬」といったとこか。

21世紀[編集 | ソースを編集]

シャカラカブンブン[編集 | ソースを編集]

  • 2004~
  1. ご機嫌な名前のアイルランド馬。
  2. 障害競走で24戦4勝。
  3. 寝そべってシロツメクサ食べる。
    • なぜかグラスワンダーと間違われて動画拡散された。

フランケル[編集 | ソースを編集]

  • 2008~
  1. 世界最強馬。
    • 控えめに言っても、史上最強マイラー筆頭候補。
    • 14戦全勝、うちGIは10回。
    • 2年連続カルティエ賞年度代表馬。これは唯一。
    • 史上最高のレーティングがついている。
  2. 英国限定、マイル・中距離限定。
    • これを理由に最強議論でマイナスされる向きも。
    • 競走馬の距離特化が進んでるから、これは時勢として仕方ないのかもしれん。
    • 凱旋門賞に出てくれていれば、より評価しやすかったんだが。
      • 第91回凱旋門賞に出走する噂はあった。
        • オルフェーヴルが2着になったレースでもある。もしフランケルがいたらどうなっていただろうか。

バーイード[編集 | ソースを編集]

  • 2018~
  1. 英国で生まれたマイルの怪物。
  2. 11戦10勝。
    • ラストランが4着になってしまった。
  3. アラビア語で「遥か」という意味。
    • シェイク・ハムダンが馬主だったのだがバーイードのデビュー3か月前に亡くなった。
  4. 牝系はエリザベス2世ゆかりのハイクレア系
    • 女王陛下もお喜びでしょう。
      • バーイードはエリザベス女王崩御まで無敗を維持していた。

オーギュストロダン[編集 | ソースを編集]

  • 2020~
  1. ディープインパクト最後にして最高傑作。
  2. 英ダービー馬。
    • アイリッシュダービーも勝利。
    • 父は日本ダービー馬、祖父は米ダービー馬
  3. 2歳のフューチュリティトロフィーでG1を初制覇。
  4. 基本1着だが大敗もある。
    • 2000ギニー12着、KGVI & QES最下位。
      • 英愛ダービーもブリーダーズカップ・ターフも勝って欧州の2023年度代表馬になれなかったのはこれが原因か。
  5. 馬名は「考える人」で有名な彫刻家に由来。
    • クールモアスタッドは偉人の名前の馬が多い。
      • それこそオーギュストロダンの母父ガリレオが代表例。
競走馬(五十音順一覧)
日本 JRA 三冠馬 | 1980年代 | 1990年代(1990年/1992年/1998年)
2000年代 | 2010年代 | 2020年代 | 障害馬
地方競馬
海外 三大始祖 | 日本輸入繁殖馬 | 欧州 | 北米 | アジア・オセアニア | 中南米・アフリカ
関連項目 ざんねんな競走馬事典(日本:あ~そ/た~わ) | 偽競走馬の特徴
もしあの競走馬が○○だったら(故障していなかったら/長生きしていたら)