素晴らしき将棋棋士の世界/は行

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畠山成幸[編集 | ソースを編集]

  • はたけやま なるゆき
  1. 史上唯一の双子プロ棋士の兄。
    • さらに四段昇段も同日。(三段リーグ二位通過)
      • いくら双子とはいえ、一回に2名しか通過できない三段リーグで同時通過は異例中の異例。というか奇跡。
  2. 棋風は受け将棋。
  3. 棋界のダジャレ王豊川孝弘が駒が成るときに「畠山成る」と使う。
  4. かつて自宅で英会話スクールを営んでいたことがあった。
    • 英語に限らず語学に堪能で、大学時代の香川愛生にフランス語の指導を行ったことがある。

畠山鎮[編集 | ソースを編集]

  • はたけやま まもる
  1. 史上唯一の双子プロ棋士の弟。
    • さらに四段昇段も同日。(三段リーグ一位通過)
  2. 棋風は攻め将棋。
    • 名前をもじって「マモルは攻める」と言われる。
  3. 奨励会幹事をやっていたころ、当時奨励会員だった糸谷哲郎を厳しく指導。現在も事あるごとに糸谷の名前を出す。
    • 糸谷以外にも厳しく指導を行い、後の関西所属棋士の活躍につなげていった。
    • 糸谷同様スイーツの差し入れをよく行う。「りゅうおうのおしごと!」でもケーキ屋の名前が「ハタケヤマ」と「糸谷堂」になるぐらいに。
  4. 奨励会員の頃、連盟既定で将棋以外のアルバイトが禁止されているにも関わらず、コンビニ店員をしていたことがある。
    • 辞めようと思ったが、やむにやまれぬ事情ができて、四段2ヶ月前まで勤務。
  5. 弟子の斎藤慎太郎に対し、「いつか一番長い持ち時間の棋戦(=順位戦)で対局しよう」と約束し、2018年に実現した。
    • 1期前に斎藤がB級1組に昇級したものの、その時は入れ替わるようにB級2組に降級。しかし1期でB級1組に復帰し、残留した斎藤との師弟対局を実現させた。
    • それまでの師弟対局は全て斎藤が勝利していたが、順位戦では畠山が勝利した。
      • 直後の王座戦第4戦でニコ生解説に出演し「タイトル戦であと1勝の棋士が、二回り上のベテラン棋士に負けるのを目の前で見て複雑な気持ちになった」と発言。
      • 両者残留となった2019年の対局も勝利し、八段昇段を決めた。
    • なお順位戦では、総当たりになるB級1組以上にならないかぎり師弟対局は行われない。
  6. 揮毫が独特。
    • 「一勝三十敗 恋なら勝ち」など恋の格言シリーズが人気。
  7. 棋界きっての熱い男。
    • 四段昇段時から相手が誰であろうと正面突破を図る
    • 弟子の斎藤慎太郎や黒田堯之いわく「弟子の仕事は師匠が暴走するときに止めること」
      • twitterに投稿する前には、弟子や周りにいる棋士などに確認するとのこと。
    • Abema師弟トーナメント決勝戦の最終局。「ここまで斎藤に頼っていたが、最後までそれだとトーナメントの意義がない」と自ら対局を希望。
      • なお、相手は直前の対局で敗れた梶浦宏孝。
        • 本局も投了直前まで押し込まれたが土壇場の一手で梶浦を破り、勝利者インタビューで人目をはばからず大泣きした。

羽生善治[編集 | ソースを編集]

  1. デビュー当時はあまりの強さに「ハブにはマングースでなければ勝てない」と言われたほどだった。
    • 当時は「ハブ対マングース」という動物同士の対決が見世物として流行していた。
      • 書くまでもなく、動物虐待になるため、近年は全く行われていない。
      • 動物の方の勝率はハブ3:7マングース。当然負けた方は死ぬ。
  2. 対局相手が悪手を指すと露骨に嫌そうな顔をする。された相手は負けを確信する。
    • 並みの棋士なら喜ぶところである。
  3. 対局後の感想戦において、自らの負けパターンまで説明する。
    • 「羽生は自分の勝ち負けでなく、将棋界全体の底上げを考えている」と言われる。
  4. 何気にイケメン。奥さんは元アイドルの畠田理恵。
  5. チェスでも日本はおろか世界トップレベルの実力を持ち、棋戦の合間を縫って海外で対戦していたりする。
    • 現在日本に8人しかいないFIDE Masterの持ち主。後1回大会で上位に入れば3人しかいないInternational Masterに昇格する。
  6. 寝癖で知られ、連盟の公式中継サイトでも「羽生の入室は8時52分、後頭部に見事な寝癖がついている。」と書かれたほど。[2]
  7. 携帯電話を持たず、代わりにテレフォンカードを持っている。
  8. 飼っているウサギを溺愛し、夜な夜ないつくしんでいる。
    • ウサギが亡くなったときには普段では想像できないくらいの悲しみようだったらしい。
    • Twitterを始めたらうさぎの写真や動画を頻繁にツイートするので「うさぎおじさん」なる珍妙な称号が与えられた。
  9. 羽生善治は、棋士仲間でも特別な存在。
    • 10歳の頃からのライバル・森内俊之は「同じ時代に将棋ができて良かった」。
    • 悲劇の天才棋士・故村山聖は、もの凄い負けず嫌いで有名だったが、羽生に負けたときは「がんばって昇級してください」。
      • また、上京する時には「羽生さんと一緒の空気を吸いたい」。
      • 村山が亡くなる直前、仕事でたまたま広島(村山の地元)に来ていた羽生に、村山本人の強い希望で会いに行った。
    • 渡辺明は「羽生がいなければもっとタイトルを獲れたのではないか?」との質問に対し
      • 「3~4は。ただ羽生さんがいなければ(羽生の棋譜の)勉強ができないので」と答えている。
    • 他にも羽生信者は棋界に多数いる。
  10. 子供の頃、巨人ファンであるにも関わらず、母親が「探しやすいから」という理由で広島東洋カープの帽子をかぶらされていた。
    • それであちこちの少年将棋大会で連戦連勝したので、当時の通り名は「赤い帽子の少年」または「恐怖の赤ヘル」。
  11. 実は初めてタイトルを獲って以降、一度もタイトルホルダーから陥落したことがないらしい…?
    • 毎年何らかのタイトルを獲っていると言えば聞こえはいいが、将棋界のギャラの半分を持っていくとも。
    • 実は2か月ほど空白がある(竜王を失った1990年11月~棋王を獲得した91年3月)。
      • その間は当時存在した「前竜王」を名乗っていた。
    • そして2018年12月、ついに無冠となった…。
      • この時は本人の希望で前竜王を名乗らず九段を名乗る事に。ちなみに羽生が段位を名乗るのは1989年に竜王を奪取する直前の「六段」以来29年ぶり。
      • それでもNHK杯で優勝し、一般棋戦の最多優勝記録を達成。
    • 余りにもタイトルを取りすぎて、(棋戦ができて日の浅い叡王を除いた)永世7冠を達成。色々とおかしすぎる。
  12. 無事でも無いが通算最多勝達成。
    • その後1500勝に到達。
  13. 勝ちを確信すると手がプルプルする。解説やテキスト実況でも「震えてますね」と言われるほど分かりやすくプルプルする。
  14. 2021年、ついに年間負け越し&B1降格が決定した。
    • 今度こそ羽生も終わりかと思ってたら2022年にまた勝率6割&王将戦への挑戦が決定、ほんとに衰えてるんですかこの人。
  15. 2022年度王将戦、相手が藤井聡太故に「将棋星人の仲間割れ」とか言われている。

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日浦市郎[編集 | ソースを編集]

  • ひうら いちろう
  1. 羽生善治が七冠を達成した前後、羽生が番勝負で対局するたびに控室に現れる「追っかけ」をしていた。
  2. C級1組に30年以上にわたって居座り続けている。
    • C級1組に在籍したまま勝ち星昇段で八段まで上り詰め、将棋栄誉賞(通算600勝)も達成している。
      • 竜王戦では1組の経験があるので、現在の昇段規定なら八段昇段はもっと早かったことだろう。
    • 最悪でも4勝6敗という成績で降級点は回避し続けていたが、2018年度は1勝しか挙げられずに初の降級点を喫した。
      • 2年後の2020年度に無事消去。

平藤眞吾[編集 | ソースを編集]

  1. 若手キラーと呼ばれている。
    • ただ、藤井聡太にはデビュー後14勝目と最年少50勝を差し上げてしまった。
      • 終盤力が強みかと思ったら受けも上手いし、マスコミはいっぱい来るし。
  2. 結構ギリギリのタイミングで三段になった遅咲き棋士。
  3. 1996年に「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」と聞かれて「ゲームセンターで2回負けた」と答えた。
    • そんな平藤も将棋ソフトで研究する時代になった。

広瀬章人[編集 | ソースを編集]

  1. この人も早稲田大学卒。
    • しかし王位を獲得した時点でもまだ学生(6年目)だった。
  2. デビュー当時は振り飛車穴熊を得意としていたが、現在は居飛車党に転じている。
  3. 麻雀の腕は将棋界でもトップクラスで、麻雀番組に出演したこともある。
  4. 早指しに強い。
    • ABEMAトーナメントではほぼ無敵状態。

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深浦康市[編集 | ソースを編集]

  1. 順位戦では不運続きなことで有名。
    • 9勝1敗で頭ハネ食らうこと2回。
    • A級で4勝5敗の成績を上げたのに頭ハネ食らってB級1組に降格したこと2回。
    • タイトルホルダーなのに初めてB級1組に降格。
      • これらの多くで命拾いをしたのが三浦弘行である。
        • この事をヨハネスブルグのガイドラインのコピペ改変でネタにされる。
  2. あだ名は「地球代表」
    • 元々は2ch(当時)のスレで「将棋星人が侵攻して全てを将棋で決めるとなった場合、羽生と深浦どっちがふさわしいか(大意)」という羽生派の挑発文句だったのだが、2018年現在は「叡王戦で羽生、藤井聡太を撃破し、六者プレーオフを実現させた深浦こそが地球代表」という認識に代わってきた。
    • 「タイトル戦の間は相手のことをずっと考えるので、恋愛に似ている」と発言したことから「恋愛流」と言われることもある。
  3. 棋界きってのサッカーファンで、将棋連盟サッカー部の初代部長。現在も弟子の佐々木大地らとともに活動している。
    • 2018年にはフットサルで右手を脱臼し、しばらくの間左手で指していた。

福崎文吾[編集 | ソースを編集]

  • ふくさき ぶんご
  1. 「勝負師のオーラが微塵んも感じられない」と言われ、実際に一般人と間違われる事多数。
    • 対局の時間になっても現れないので探したところ、入り口で見学者と勘違いしたガードマンに止められてロビーに座っていた。
    • 将棋会館に入ろうとしたら、藤井聡太のグッズ販売の整理券を渡された。
    • 関西将棋会館で奨励会員を相手に教師役で、持ち時間10秒の10秒将棋を指し「5、6、7、8、早く指さなー10やでー」「これで5番僕の勝ちね」などと騒いでいたところ……。
      • 道場整理のアルバイトの学生に「お客さん、もうちょっと静かに将棋を指してください」と注意される。
        • 福崎も福崎で、怒りもせず「うわあーごめんなさい」とその場をしのいで、アルバイトがいなくなるとまた騒ぐ
    • 名人戦の立会人として棋士の正装(和服姿)で来たにもかかわらず、大盤解説会場に入るときに係員に止められた。
  2. 奥さんに「クーラーを買ってきて」と頼まれ、何をどう間違ったのか、クーラーではなく、パソコンゲームを買ってきた。
    • 最近もゲームのやりすぎでご飯を作ってもらえないことがある。
      • なお、奥さんは元女流棋士で結婚当時は「棋士と結婚したのではなく、好きな人がたまたま棋士だったんです」と惚気ていたのだが…
    • ゲームはゲーセン・ファミコンからスマホゲームまでSLG中心になんでもやっており、ついにはニコ生で若手棋士とゲームを語ったりDARK SOULSの実況をやるなど、ゲーマーとしての活動も盛んになっている。
  3. 自転車に「モナリザ号」と名付けている。
  4. 研究会に来たにも関わらず、将棋を指さずに「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を1時間歌って帰る。
  5. 対局の時、自分の方が先手なのにいきなり考え始める。
    • 意味不明だが「対局開始時のルーティーン(黙祷)ではないか?」と言われている。
  6. 谷川浩司が福崎の将棋を称して「彼と将棋を指すと感覚を破壊される」と発言したことがある。
    • 変幻自在の指し手は「妖刀」と呼ばれることもある。
    • 今でこそ「関西弁でしゃべるおもろいおっちゃん」だが、昔は盤外でも威圧感を漂わせていたらしい。
  7. 大盤解説では真っ当な手を指さず、二歩や王手放置などの反則手順の解説を行う。
    • 二歩→「1秒で取ったら大丈夫」「三歩にしたら反則やない」
    • 王手放置→「成ってもええんやけど、あえて成らないのが武士の情け」
    • 場が温まってきたきたところでちゃんとした手を指し「僕もプロだからね!」というところまでがセットである。
  8. 新聞のインタビューに応じた際「ご自身の棋士人生についてお聞かせください」と聞かれて「これといってお話しするようなことはないんですよ。僕は棋士になれただけで満足で…。」と大真面目に回答。
    • 当然記者は食い下がるが、さらに本人曰く「プロ棋士になるにはものすごいエネルギーが必要。だからプロになった時点でもう9割方満足、僕の半生はほぼ完結したんです。」とやはり本音だったらしい。
  9. タイトル獲得歴があり、段位も九段なのにA級に在位した事がない。
  10. 王座を獲得したものの、1期で羽生に奪われた。
    • その後羽生は19連勝し、福崎は「前王座19連覇中」と言われ、本人もネタにした。
    • 羽生から渡辺明がタイトルを奪った際には「名誉前々王座」の称号に。
  11. タイトル戦の立会人として対局開始の宣言をする時は「時間になりました。これより第○期○○戦第○局を○○で行います。」と開催の会場も含めて行う。
  12. 青野照市と小林健二の対局で記録係をつとめていたところ、持将棋や千日手で夜明けまでかかる対局となり、途中で寝落ち。
    • 一手指すごとに両対局者が「おい福崎起きろ!」と起こす羽目になった。
  13. 奨励会時代ある棋士から「お前の将棋は座布団敷く値打ちがない」と言われ(当時初段)、四段に昇段するまで座布団を敷かずに対局を続けた。
    • なお、それを見習って?座布団を敷かずに対局する奨励会員が他にもいた模様。

藤井聡太[編集 | ソースを編集]

  1. 言わずと知れた最年少棋士。
    • 加藤一二三の記録を5ヶ月更新した。
    • 初の21世紀生まれの棋士。
      • 藤井のプロ入りから4年を経てようやく他の21世紀生まれ棋士も現れ最年少ではなくなった。
  2. 鉄道マニアとして知られており、タモリとの対談ではほとんどが鉄道の話に終始した。
  3. ニコ生で解説をしたとき、研究用PCにAMDのRyzen7を使用していると発言。
  4. キノコが苦手で、関西将棋会館のレストランでバターライスを注文するときは店側がマッシュルーム抜きで作るほど。
    • キクラゲは食べられたのだが、キノコの一種と知って食べられなくなった。
  5. メンマも苦手で、師匠の杉本昌隆と一緒にラーメンと食べに行くと杉本のチャーシューと交換してメンマを食べてもらうほど。
  6. 五段に居たのがわずか16日(朝日杯取得による特別昇格)。
  7. 2020年、棋聖を取得し最年少タイトル記録を更新。
    • それ以前に非公式ではあるが、詰将棋解答選手権で優勝している。しかも初戴冠が小学生だわ、そこから5連覇だわと、こちらも記録ラッシュ。
      • その後の取材で分かったことだが、普通の棋士が持っているはずの「脳内将棋盤」を持っていないらしい。
  8. 詰将棋を自作していたが、奨励会在籍中に先輩からの助言で止めている。ただサインに詰将棋も書くという形でその趣味は残っている模様。
    • そして偽物のサインが出回った時、それを見た瞬間「駒が足りないので積まない」と見抜いていたとか。
  9. 新人王戦の資格決定日のせいで七段で出場するという反則的な状況になった。
    • 資格決定日時点では四段だったのに、C1昇格で五段、一般棋戦優勝で六段、竜王ランキング戦規定で七段と一気に駆け上がってしまったたため。
  10. 将棋に熱中しすぎて赤信号に気付かず、車にはねられそうになったことがある。
    • その場にいた同い年の高田明浩いわく「これくらいしないと上には行けないのか」
      • 普通ならただの不注意扱いだけど、上に行ってるから凄いエピソードとして語られる。
  11. 彼が最年少記録を更新し続けるせいで、将棋を題材とした作品を手掛けている人が頭を抱えまくっている。
    • 一番の被害者は「りゅうおうのおしごと」の白鳥先生。
  12. 完全な居飛車党。今のところ振り飛車に浮気する気配はない。
    • 師匠は振り飛車党なんだけどなあ。
    • 振り飛車ができないわけではないらしいが、姉弟子に負けてしまうレベルだとか。
    • 最近は「たまに振り飛車指してる」くらいになっている気がする。

藤井猛[編集 | ソースを編集]

  1. 5chでは絶大な人気を誇り、関連スレの数では羽生善治に匹敵する。
    • 壮絶な逆転負けを喫することから5chでの通り名は「終盤のファンタジスタ」。
    • 勝勢から劣勢に転じる一手のことは「ファンタ」と呼ばれる。
  2. 将棋の解説で「よくわかんない」「なんとなく気持ち悪い」といった、テキトーな発言を連発。
    • 相居飛車戦の場合、聞き手や相手棋士に解説を丸投げしようとすることもある。
  3. 定跡講座の最後の締めの言葉で「自分独自の手を自由に指せば良い」。定跡講座なのに……。
  4. いわゆる「画伯」で、中学校の美術の時間にモデルにした女子生徒に泣かれた事がある。
  5. 藤井聡太とは、藤井猛の方が当然先輩であるにも関わらず、同姓であることから間違われるので「元祖藤井」を名乗っている。
  6. マイナビが実施した「好きな棋士ランキング」で、羽生に次いで2位を獲得[3]
    • ただし同率2位で菅井竜也がいる。
  7. 羽生世代の一人として上げられるが、プロ棋士になったのは羽生が竜王位を獲得した後。
    • 木村一基が王位を獲得するまでは「四段昇進がもっとも遅いタイトル獲得経験者」だった。
    • そのため振り飛車に特化し、当時主流だった居飛車穴熊を打破する戦略として「藤井システム」を開発。序盤戦に革命を起こした。
      • それまで序盤戦は淡々と駒組をすすめ、時には棋士同士で雑談(盤外戦の一種)もあったという。
      • 羽生善治いわく「創造の99%は今まであったものの組み合わせだが、藤井システムは残り1%だ」
      • なお、居飛車が全くできないわけではなく「藤井矢倉」という矢倉の戦術も考案している。
  8. 子供の影響でポケモンカードにハマり、個人で大会に出場している。
    • ニコ生の解説で延々とポケモンカードのことを語り「今は将棋番組じゃなくてポケカの番組だから、将棋番組見たい人は他へ」と発言。
      • その時AbemaTVでは弟弟子の三浦弘行が真面目に手番の解説をしていた。
    • 親子でPVに登場したり、CMにエキストラで出演したこともある。
  9. 流行物にはとにかく乗ってみるタイプ。
    • 昼食にタピオカミルクティーを注文し、ネットニュースになったことがある
    • そして叡王戦の対局中継に合わせドトールのタピオカミルクティーを注文し、対局中に飲むというパフォーマンスを行う。
      • 対局後のインタビューで理由を訊かれ「ニコ生の視聴者なら喜んでくれると思って」とコメント。

藤森哲也[編集 | ソースを編集]

  1. 母親は女流棋士の藤森奈津子。
    • 女流棋士の息子が棋士になったのは初の事例。
  2. トーク力の高さは棋士でも随一。
    • ニコ生で行われた中川大輔と窪田義行の登山対局では、通信環境の関係でなかなか棋譜が届かないの中、山崎隆之と届いた2手の棋譜だけで1時間近くトークを展開した。
    • 競馬・ゲームなどの用語を随所に使う解説は「実況スタイル」と呼ばれ、超早指しのABEMAトーナメントではなくてはならない存在になっている。
  3. 俳優の東出昌大と交流があり、月数回は東出宅を訪問したり、東出一家の旅行に同行したこともある。
    • 東出がトーク番組に出演する際には、知人代表としてコメントを寄せることも多い。

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星野良生[編集 | ソースを編集]

  • ほしの よしたか
  1. 奨励会時代、二つの大きな軌跡を残している。
    • 超速▲3七銀戦法で三段にして升田幸三賞を受賞。
      • 奨励会員が受賞したのは今泉健司以来二人目。
    • 中川大輔と行方尚史の24時間にわたる対局の記録係をつとめた。
      • 対局後、両者+観戦記者は築地の寿司屋へ向かったが、記録係は昼過ぎまでかかって3局分(持将棋局、千日手局、指し直し局)の棋譜を清書した。
  2. 「正社員でないとローンが組めない」という理由から就職活動を行い、シルバースタージャパンに入社した

本田奎[編集 | ソースを編集]

  • ほんだ けい
  1. 藤井聡太より後に四段昇段し、藤井聡太より先にタイトル挑戦を果たした唯一の棋士。
    • 初めて参加した棋王戦で一気に挑戦者まで躍り出た。
      • これは屋敷伸之もできなかった史上初の記録でもある。
      • タイトル戦自体は渡辺明相手に1勝3敗で敗退。
  2. 2023年に女流棋士の山根ことみと入籍。
    • 入籍発表前日に六段昇段を決めたものの、予定稿の変更がされず「本田奎五段と山根ことみ女流二段が入籍」で将棋連盟から発表されてしまった。
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