肝付町

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肝付町の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 合併する前の名前は、高山(こうやま)町と内之浦(うちのうら)町。
  2. 2万人も人がいないのにFM局がある。通称「鹿児島のFM802」。
  3. 高山町と内之浦町の間には標高800mほどの山がある。だから歴史的には全く別の地域。
    • 通称「国見山」。正確には「肝属山地」と読むらしいが地元では知名度ゼロ。
      • 合併前の町名募集時に「国見」がトップだったほど。
      • 高山の人は「国見岳」って呼ばない?
    • 合併する2年半前、21世紀になってようやく山を貫く(両町中心部を結ぶ)トンネルが出来た。
      • しかも県道561号線なので普通の県道。3kmもあって結構長いトンネル。
    • 「歴史的」ではなくて「地理的」ですね。
  4. 「肝付」は高山を本拠地にした戦国大名の名前。
    • だから戦国時代まで島津氏は大隅を支配しきれていない。
    • 肝付氏は大隅の大部分と日向のごく一部(志布志)を支配しており、一時期は島津氏をも圧倒していた。
  5. 何気に国の史跡・天然記念物が複数ある。
    • 肝付氏の居城であった高山城、二階堂進の生家であった二階堂家住宅、塚崎古墳群と大クスやら。
      • 塚崎古墳群は前方後円墳がある最南端の地らしい。
  6. 町内全地域に光ファイバー網が整備された。町最南端の大浦集落でもちゃんと使える。
  7. 実はニトリエディオン、ナフコがある。もっとも、どれも鹿屋店だが・・・。
    • その周辺にもいくつか商業施設があるが、そのほとんどが「笠野原」か「鹿屋」を名乗り、肝付町内にあると思われていない。
      • 数少ない例外はジョイフル(鹿児島肝付店)。ちなみに中心地寄りに鹿児島高山店もある。
      • 市内局番が65番(高山で使われる番号、鹿屋は40番台)なので、そこでようやく気付くかも。
      • セブンイレブンとファミリーマートも肝付富山じゃなくて「鹿屋笠之原」。
        • セブンは中心地に「肝付町高山店」がある(ファミマ・ローソン・エブリワンもある)
      • バスの鹿屋営業所(車庫があるとこ)も肝付町内である。市内局番も65。
  8. JAXAの施設がある自治体と「銀河連邦」を組んでいる。
    • 単なるお遊び企画ではなく、災害派遣もちゃんと行っている。
      • 2011年には肝付町が音頭をとって「大隅半島4市5町復興支援チーム」として大船渡市へ。
  9. 種子島宇宙センターがある南種子町とは「宇宙兄弟」の関係だ。
  10. ここ最近のトレンドは「はやぶさ」。
    • 町内の光ファイバー網にも「はやぶさネット」と命名するほど。
  11. ユーカリの一大産地でもある。冬場を狙って全国の動物園へ供給している。
  12. ここの某高校は随分とレベルの移り変わりが激しいらしい。
  13. アメダスが肝付前田(旧・高山)と内之浦の2箇所あることからも伺えるように、気候は高山と内之浦で異なる。
    • 単純にいえば、内之浦のほうが多雨になりがち(高知県や紀伊半島に近い)
  14. ス○夫くんの声優とは関係ない。(読みが違うが)
    • ちなみにス○夫くんの声優は偶然にも鹿児島県出身(鹿児島市喜入町)
    • いや、肝付氏の末裔だから関係は大有り(肝付氏の「肝付」は郡名由来)
      • ただし幼い頃に東京に転居したため鹿児島育ちというわけではない。

高山[編集 | ソースを編集]

  1. 実は「ゲゲゲの鬼太郎」のいったんもめんは高山町出身。
    • 最近になって地元紙が特集して知った住民が多いらしい。
      • それもそのはず、一反木綿の話す言葉は博多弁色が強すぎるもの。
  2. 高山は流鏑馬(やぶさめ)の町である。故に何でもかんでも「やぶさめ」と絡める傾向がある。
    • 町内商業施設のスタンプは「やぶさめスタンプ」。
    • ゆるキャラには上記はやぶさと合体して「はやぶさめ」と命名。
      • はやぶさめはNHKで喋ったことがある。
    • 高山温泉ドームの壁に、流鏑馬をタイルで描いている。
      • 隣にある公園は弓の形をしている。
    • 図書室は年末年始以外基本休みなしだが、10月第3日曜日(やぶさめの日)だけ休む。
    • 各種スポーツ大会にもわざわざ「やぶさめ」を冠している。
    • 中心地にあるファミマも「高山やぶさめ通り」店。
      • ちなみに元・エブリワンだったファミマは「高山」店。
  3. お隣・鹿屋とローマ字の綴りが似ている(Koyama Kanoya)
  4. 江戸時代の麓(郷士中心の集落)や野町(商人中心の集落)が比較的原形をとどめていた街…らしい。
    • 野町については、家が縦長なのがその名残らしい。
  5. 街中に「サンエー」という店がある。おそらく沖縄のそれとは無関係。

内之浦[編集 | ソースを編集]

  1. ロケット基地があるのはこの肝付町のうち旧内之浦町。
    • ロケット打ち上げ場の現地調査に、東大の教授が鹿屋からタクシーで行こうとしたところ、運転手に道が悪いから行きたくないと断られた。
    • で、教授が自分でタクシーを運転して内之浦にやってきた。1960年の話。
  2. 問題の迅速な解決や地元との協力体制のため、内之浦に来る大学の先生やJAXA職員は酒が飲めることが必須。
  3. 内之浦は榮倉奈々の出身地。実際にいたのは2歳まででそれ以降は相模原で育ったものの現在でも公式のプロフィールでは鹿児島県出身、と書いてくれている。
  4. 岸良は以前からずっと内之浦町の一部だったが、内之浦とは別物という認識がある、というかそういう風に扱われている。「岸良」で一地域が成立している感覚。
    • 江戸時代初期に数年だけ独立していたことがある。
    • 内之浦町時代は支所があり、現在も出張所がおかれている。それだけ地理的に隔絶されているということか。
      • 地理的隔絶は今に始まった話ではなく、伊能忠敬があまりにもの険しさに岸良の測量を諦めて波見へ引き返したという逸話がある。
        • 波見からはいったん半島を横断して南下、佐多岬を回ってから北上する反時計回りのルートで測量した。
    • 高山から岸良へ行こうとすると内之浦とは別の道路を使うことになる(内之浦中心部は国見トンネル、岸良は川上から県道542号で峠越え)
    • 郵便番号は1998年以前(5桁時代)から内之浦(北方・南方)と岸良で別に設定されている。市内局番も内之浦が67、岸良は68と異なる。
      • 郵便については、さすがに内之浦の管轄になっている(集配局ではなくなった)らしい。
  5. 上記事情から「内之浦」と言う場合、旧・内之浦町全域を指す場合もあれば、旧・内之浦町から岸良を除いた範囲(北方と南方)を指す場合もある。
    • そして岸良小学校・中学校の校区と、住所としての岸良の範囲が微妙に異なるからややこしい。
  6. 安土桃山時代の頃からおよそ半世紀の間、都城扱いだったことがある。
    • 霧島酒造の江夏さんは、その頃に内之浦へ流れ着いた渡来人の子孫らしい。内之浦がなければ今の都城は存在しない、といっても、過言ではないかも。