関東の神社
日本の神社 > 関東
茨城[編集 | ソースを編集]
鹿島神宮[編集 | ソースを編集]
- 鹿島アントラーズの次に有名な鹿嶋市の名物。
- アントラーズの必勝祈願はもちろんこの神社。また、リーグ優勝すると大抵ここで優勝報告会が行われる。
- 神武天皇即位元年の創建。多分大和朝廷の前線基地だったんでしょうなあ。
- 平野のど真ん中にそういうもんがあることに違和感がなくもないが、湿地帯が邪魔してたんでしょうかねえ。
- 武士を祀った神社である。
- 大半の人にとっては、東京駅から高速バスで行くのが一番簡単。
- ただし、誤って鹿島セントラルホテル止りに乗ってしまうと手前で降ろされてしまう。ここから神宮までは約8キロと歩くには辛すぎる距離なので、タクシーを使う羽目になる(経験者談)。
- 敷地は広いが、神社そのものはそれほどでもない。
- 鳥居の後すぐに本殿があるので、歩くのは楽だが情緒もへったくれもない。
- 神社では珍しいクレジットカードがある。
息栖神社[編集 | ソースを編集]
- 東国三社の1つらしい。なのに常陸国二宮のタイトルは静神社に持ってかれた。
- 事実上、鹿島神宮の子分。Wikipediaにすらそういう趣旨のことが書かれている。
- 元寇対策の祈祷はここで行われたらしい。
静神社[編集 | ソースを編集]
- 織物を日本で最初に織った人が生まれたとかなんとか。
- 東国の三守護の1つらしい。息栖神社とどっちが格上なの?
大洗磯前神社[編集 | ソースを編集]
- 大洗海岸にある祭神が降臨するため神磯の鳥居と呼ばれる岩場がなかなか格好いい。
- 本殿の形状が独特。一間社流造りの普通のもののはずだが……
- 最近は、新たな痛絵馬の聖地になりつつある。
筑波山神社[編集 | ソースを編集]
- 寺から神社へ変わった廃仏毀釈組の1つ。
- 山全体が神様なんだっけ?その割には色んなもん置いてる気がする。
笠間稲荷神社[編集 | ソースを編集]

- 一応、日本三大稲荷の一つらしい。
- そろそろ、三大稲荷がどこなのか決めてほしい…… 笠間、豊川、伏見、最上、祐徳……
- 坂本九は生前、ここを信仰していたそうだ。結婚式もここでやったとか。
- 最寄の笠間駅からは微妙に離れている。
栃木[編集 | ソースを編集]
日光二荒山神社[編集 | ソースを編集]
- 下野国の一宮。宇都宮市にも二荒山神社があり、こちらも一宮。で、一宮がなまって宇都宮になったとか。
- 読みは「ふたらさんじんじゃ」
- そもそもは男体山に対する信仰。男体山の山頂に奥宮がある。
- 日光の地名もここが元。「二荒」を音読みして「ニコウ」、文字を変えて「日光」。
- お隣の日光東照宮の方が超有名。そっちのついででお参りする人も多いかも。
群馬[編集 | ソースを編集]
生品神社[編集 | ソースを編集]
- 新田義貞挙兵の地。
世良田東照宮[編集 | ソースを編集]
- 日光東照宮へ家康を祀る際に、改築する前の古社殿を移築したもの。
一之宮貫前神社[編集 | ソースを編集]
- 世にも珍しい下り宮。
- 12年に1度、式年遷宮がある。
- わざわざ神社名に「一之宮」と入れたのは、旧社格がなくなり知名度低下を恐れたからだそうな。
前橋東照宮[編集 | ソースを編集]
- 創建は江戸初期、何と越前国勝山で。
- そのあと、創建者の松平家の転封とともに、越前大野、山形、姫路、村上、姫路、日田、山形、白河、姫路、前橋、川越と遷座し、明治になってようやく現在地に落ち着いた。引っ越し大名ならぬ引っ越し東照宮。
- 現在の社殿は川越から遷したものだそうである。
高崎神社[編集 | ソースを編集]
- 高崎総鎮守。群馬県神社庁もある。
- もともと熊野神社を名乗っていたが、明治になって高崎市内の神社計36社を吸収合併し、現在の社名に改称した。
埼玉[編集 | ソースを編集]
鷲宮神社[編集 | ソースを編集]
- 特にヲタなみなさん推薦
- 由緒正しい神社ですよ、一応。
- 何気に関東最古の大社。さらにお酉様(鷲や鳥に因む神社)の本社でもある。
- かつては準勅祭社(東京十二社)の1社だった。
氷川神社[編集 | ソースを編集]
- 初詣の参拝者数では埼玉一。
- というか全国でもトップ10には入ってる。
- 全国の参拝者数ランキングでは毎年6位~8位をウロウロ。
- セーラーマーズはいません。
- そっちのモデルは赤坂の氷川神社。
- 武蔵国の一宮。
- 上のを含めてあっちこっちにある氷川神社はここの分社だろう。
- 全国にある「氷川神社」の総本山でもある。
- 初詣や十日町の時には、恐ろしく混む。
- 氷川きよしの芸名は氷川神社から。
- でもこいつって某学会の人間だよな。あそこ神道を完全否定してなかったっけ?
- 今はあちらはそこまで強硬ではない。むしろ完全否定しているのはご近所のライバル教団である。
- でもこいつって某学会の人間だよな。あそこ神道を完全否定してなかったっけ?
- 参道がやたら長い。さいたま新都心の手前辺りまで続いていたりする。
- 航空写真で見ると、高層マンションや住宅街の間を一直線に貫いているのがわかる。
- 横浜の山下公園に係留されている氷川丸の名前の由来である。
- 最寄駅は東武線大宮公園駅だが、そっちからだと神社の裏側から行く事になる。
- 毎年12月10日には氷川神社の大湯祭に合わせて「十日市」が開かれる。ここで熊手を買うのは埼玉県民の恒例行事。
箭弓稲荷神社[編集 | ソースを編集]
- 弓の神様だが、「やきゅう」と読むことから野球関連の参拝も多い。
- 箭は矢の異字。
- 三大稲荷には入らないが、五大稲荷には入ると自称しているらしい。
- 一段下げる謙虚さは評価するけど、自称三大稲荷の方々だけでも5つ以上あるし、残り二枠を7社で争っている現状を考えると……
久伊豆神社[編集 | ソースを編集]
出雲伊波比神社[編集 | ソースを編集]
- 結構歴史のある神社だが、知名度は低い。
- 戦国時代のど真ん中に大改築をやっている。今の本殿はその頃の名残。
- 「毛呂明神」とか言われて地元の信仰を集めていたらしい。今はその面影すらないとか。
川越八幡宮[編集 | ソースを編集]
- 八幡宮だけどちゃちい。
- 観光客が通る通りから参拝に行こうとすると神社にとっての裏手から入ることになる。
- でっかい銀杏の木がある。もともと雌雄一対の別の木だったのがひっついてしまったらしい。
- それが原因で縁結びの神様呼ばわりされるようになった。植えた人間と樹木の成長による所為なのに勝手に祀り上げられて神様も迷惑だろな。
- 摂社の民部稲荷神社はマラソン選手や駅伝選手に人気らしい。
- 仙波東照宮の御朱印はここで頂ける。
三芳野神社[編集 | ソースを編集]
- 川越市
- 川越城のすぐそば。徒歩30秒の好立地。
- かつては城内天神曲輪と呼ばれたゾーンに位置しているらしい。
- パット見は大したことがないが、ここは日本人ならみんなが知る名曲の舞台らしい。
- 信号から流れてくる「通りゃんせ」。あの天神様の細道ってここの参道らしい。
- 川越城の郭内にある神社だったにも関わらず、殿様が折角の神社をみんなが参拝できないのは勿体無いと開放。しかしスパイ対策のための警備が厳重なため、「♪行きはよいよい帰りは怖い」というフレーズが生まれたとか。
- 信号から流れてくる「通りゃんせ」。あの天神様の細道ってここの参道らしい。
- 喜多院などとともに幕府直営の宗教施設として栄えたらしい。
- 譜代or親藩とはいえ、川越藩も城の中にこんな厄介なもん抱えてさぞかし面倒だっただろう。
- 歴史がありそうで実は無い。所詮江戸時代に幕命で適当に作った神社と言ってしまえばそれまでのもんだったりする。
薬師神社[編集 | ソースを編集]
- 川越市
- ニアリーイコール「時の鐘」の付属品。
- 鐘の下を抜けると小さい神社がある。それが薬師神社。
- 眼病にご利益があるらしい。でもそれよりも観光客のための施設と地元の御老人方の憩いの場としての要素が強い。
千葉[編集 | ソースを編集]
香取神宮[編集 | ソースを編集]
- 関東に多い、香取神社の総本社。
- 下総国一の宮は言うまでも無くここ。
- 伊勢神宮・鹿島神宮と共に平安以前から神宮を名乗っていた。
- ただ、あまりマスコミに登場しないせいもあってか、地元以外ではあまり知られていない。
- 成田山や鹿島神宮に匹敵する規模の神宮でありながら、今まで参詣のための鉄道路線計画がされた事が無い。
- 強いて言うなら成田鉄道(現JR成田線)だが、当時の終点だった佐原駅から3km程離れていたので考えにくい。
- 今では考えられないけど、昔は利根川を船が行き交っていたため、そこに配慮して計画がされなかったのかもしれない。
- 「千葉交通100年のあゆみ」という社史に、京成成田から大栄を経て香取神宮へ向かい、小見川で利根川を渡って鹿島方面へ行く鉄道の構想があった事を紹介している。
意富比神社[編集 | ソースを編集]
- 通称、船橋大神宮。
- 日本で一番小さい「大神宮」らしい。
玉前神社[編集 | ソースを編集]
- 一宮町の名の由来になった神社。上総の国の一宮の一宮はここ。
玉﨑神社[編集 | ソースを編集]
- 九十九里浜の北にある神社
- 一見、上の玉前神社と混同しがちだけど、こちらは玉﨑である。
東峰神社[編集 | ソースを編集]
- 成田空港の滑走路付近にあり、何かと空港反対派との闘争の象徴と言われる。
- そのため以前はここの訪問者は警官によって必ず職務質問を受けていた。
- 現在の地に移転する前は習志野市のある飛行機工場の敷地内にあり、名前を「航空神社」にしていたなど空港反対派の件がなくても何かと航空には縁が深い。
東京[編集 | ソースを編集]
湯島天満宮[編集 | ソースを編集]
- 学問の神様として親しまれている菅原道真公が祭られているとして、全国から受験生が訪れる日本一メジャーな合格祈願スポットの1つ。
- 実は天神さんがここへ来訪したという記録は1つもない。それでも由緒正しき天満宮扱いという不思議。
- そもそもは天之手力雄命を祀っていた古社であり、道真公を合祀したのは南北朝時代のこと。
- それなのに2000年には「湯島神社」から「湯島天満宮」と改称し、道真公をメインとした神社になった。
- 関東なんだし足利学校の復興に尽力した上杉憲実とか、儒学者の林羅山あたりを祀っていたほうが良いような気もするが……
- 上杉憲実は顕彰してくれるような子孫は残ってないし。羅山は後世、林家が持ち上げまくったため過大評価されがちだが、生前は幕府に学問で奉仕する一技能官僚にすぎず、そんな人を幕府のお膝元の江戸で神として祀ったら身分秩序が壊れてしまう。明治以降なら不可能ではないが、その頃には林家自体が時代遅れだし。
- 湯島聖堂とは全く関係がない…ように見えて実は共通点が少しあったりする。
- 場所に関しては全然違う所にある(天満宮:湯島、聖堂:御茶ノ水)なので、すぐ近くにあると思ってはいけない。
- 御徒町駅から徒歩8分である。
- 3-4月は中学・高校・大学(学部)入試が終わる頃で、お礼参りに訪れる人でごった返す。
- このため、2,000円程度ではお金を払ってすぐ退場、となる。
- しかし、7月あたりになるとほとんど誰も来ない。一応お礼参りは受け付けているが、このときは2,000円でも本堂に上がらせてもらえ、お祓いも受けられる。
- 私の場合、第二志望の大学へ行くことになりお礼参りもする気が起きず季節はずれにのこのこと行ったのだが、この時ほど第一志望に落ちてよかったと思えた日はなかった。これを見た方、一度季節はずれのお礼参りを検討してみてはいかがだろうか。
- 最も、1-3月以外の入試(大学推薦・AO・特別入試や大学院入試など)で受かった人はすぐ行っても安く好待遇が受けられるが。
- お金を払うと後日小型の国語辞典とカレンダーを送ってもらえる。
白山神社[編集 | ソースを編集]
- 文京区
- 加賀の白山神社を勧請した江戸のまあまあ有名な神社。
- 歯の神様ということで知られている。
- あじさい祭りの時には、歯ブラシの供養をやっている。
- 紫陽花が名物。
- その紫陽花がある庭園は、年に一回あじさい祭りの時にしか解放されない。
- 庭園周辺が住宅なのが原因っぽい。
- その紫陽花がある庭園は、年に一回あじさい祭りの時にしか解放されない。
- 駐車場にある町内会の倉庫群には、歴史がありそうな物が目立つ。
- 中には町会名が旧字体だったり、左読みだったりするのもある。
金王八幡宮[編集 | ソースを編集]

- 渋谷の中心街にある神社。金王桜と呼ばれる由緒ある桜が植えられている為お花見スポットとしても人気がある。大通りから一歩入った場所にあるものの参拝客が絶えることはない。
- 実は渋谷城址でもある。
- 非常に失礼なので「、」をつけないこと。
日々是決戦神社[編集 | ソースを編集]
- 大都会のど真ん中、新宿の某タワーの16階にある小さいながらも有名な神社。
- 自殺防止のためか。周囲を強化ガラスで囲っている。
- 受験生の
嘲笑の的となる殺伐とした空気の中にユーモアを提供する為に存在しているとしか思えない。(元代ゼミ講師氏談)- 「ここに参るくらいで合格できるなら、とうの昔にそこへ行って帰りにヨドバシでDS買ってるよ!」って大半の受験生の方が思っている気がする。
皆中稲荷神社[編集 | ソースを編集]
- 新宿区
- ギャンブルの神様
- 府中へ行く前に行ってお祈りしたけど、普通に外したぞ。
- 楽して儲けようとする輩にご利益なんぞない。
- そういえば万馬券が出たお礼に新しいお札とお守りをたくさん買い「釣りはいらない」と言ってくれたおじ様がいらっしゃいましたが、やはりそういうことがサラッとできる人を優先されているのではないでしょうか?
- 府中へ行く前に行ってお祈りしたけど、普通に外したぞ。
- スナイパーの神様
- 弓道部員が試合前にお守りを買いに来る。
- ジャニーズファンがアリーナ席の当選祈願に訪れる。
- 10年ちょい前この神社で飼われていた白猫に触ると福がよってくると近所で噂になっていた。
- 当時この噂をネット上で公表すれば猫ちゃん達に迷惑をかける輩が出てくる危険があったため、飼われていた猫ちゃん5匹が全て旅立つまで黙っていました。
- いたいけな小動物に迷惑かける無礼者にはご利益ではなく神罰が下るぞ!!
- 当時この噂をネット上で公表すれば猫ちゃん達に迷惑をかける輩が出てくる危険があったため、飼われていた猫ちゃん5匹が全て旅立つまで黙っていました。
- この神社の看板犬だった柴犬♀は享年20歳弱というご高齢で、ご近所のお年寄りが毎日会いに来るのが日課になるほど大人気だった。
- 土日は交番横の簡易社務所も開かれるが、何故かお巡りさんではなく簡易社務所に道を尋ねに来る人が多いという謎現象があった。
- そこのお巡りは平日は開いていないからと勝手に簡易社務所の前に自転車並べていた。交番は神社の敷地内にあるんだぞ!
- 韓流通りの先にある夫婦木神社の総本山。
- 古いアパートを改造された小さい神社で簡素な私服神前式を行ってくれる。
花園神社[編集 | ソースを編集]

- 新宿区新宿5丁目
- 新宿の一般人のためのオアシス。
- 歌舞伎町が男のオアシス、2丁目がオカマのオアシスなのとは対称的。
- 今の時代にあの土地を買おうとするといくら位になるんだろうと思うような好立地。
- 神社だから税金掛かんないしなあ…… 普通だったら固定資産税いくら位になるんだろう……
- 昔、よく唐十郎がゲリラライブ的なことをよくやっていたらしい。
- 『圭子の夢は夜ひらく』の歌碑がある。
- 恒例、酉の市では身動きが取れない程の大混雑になる。
- 場所が場所だけに毎年人でごった返す。近年は外国人観光客も増えカオス状態に。駅に1番近い靖国通り沿いの出入口は、時間によって出口専用に規制され、正面か裏側から入らないといけない。
五條天神社[編集 | ソースを編集]
- 上野公園の中にある。
- 医薬の神様らしい。
富岡八幡宮[編集 | ソースを編集]
- 元々は西宮えびす神社からえべっさんを勧請したはずが、気がついたら八幡神を祀っていたという食わせ物。
- 勧請させたのは頼朝公なのだが、完全にその意志を無視して源氏の神に媚びた結果にしか見えない。
- 陶器市しか無い。
- 2017年暮れに跡目争いが最悪の結末を迎えたことで話題になった。
- 代々の宮司家が断絶してしまったため、現在は別の人が宮司を務めている。
- 境内に「横綱力士碑」「大関力士碑」「超五十連勝力士碑」がある、大相撲ゆかりの神社。
- 初めて寺社奉行許可での勧進相撲を興行したのが縁らしい。
- 1945年3月10日の東京大空襲で焼失した際、昭和天皇が空襲罹災地巡幸のために境内を訪れた映像が残っている。
野見宿禰神社[編集 | ソースを編集]
- 北斎通りを錦糸町方向へ少しばかり行った亀沢2丁目にある小さい神社が、初代高砂親方が祀ったことに始まる野見宿禰神社。
- ホントのこじんまりとした神社。そのくせ、よっぽど資金が潤沢なのだろうか?賽銭箱がどこにもなかった。
- 相撲の神様をお祀りするだけあって相撲協会との関わりが深そうなのがよく分かる。
- 地味にこの場所、津軽藩上屋敷の比定地らしい。結構な外れに屋敷をおいてたんだな。
- 歴代の横綱は、横綱襲名の御報告を必ずこの神社で行い、土俵入りの儀も神前でやるらしい。
- 因みにこの御報告を御奉告と言うらしい。読みは同じなれど、字面は違うことに要注意。奉りお告げするから御奉告なのかな?
大國魂神社[編集 | ソースを編集]
- 武蔵国の総社。
- ここの例大祭の日には、近所の東京競馬場が土日でも開催しなかったという時代がある。
- そのせいでNHKマイルカップがGIなのに土曜開催になったこともある。
- 最近は神社側が時間をずらして、競馬開催については問題なくなった。
- 敷地内に市立図書館がある。かつてはここが中央図書館だった。
- 府中駅からまっすぐ南に歩くとここにぶつかる。
- 2020東京オリンピックでは自転車ロードレースで選手達の自転車が鳥居をくぐり抜け、参道を通過した(ただし試合開始前のパレード走行部分)。
小野神社[編集 | ソースを編集]
- 武蔵国一ノ宮。所在地の地名も一ノ宮。
日枝神社[編集 | ソースを編集]

- 千代田区永田町
- 江戸城の鎮守から、皇居の鎮守に鞍替えした過去を持つ。
- 東京十社の1つ。
- 溜池山王駅の「山王」とは、この神社の事。
- 山の上というか丘の上にあって急階段を上らないといけない。
- 参道の1つが「千本鳥居」と呼ばれる、無数の鳥居が連なった階段になっている。
- 上からTBSの社屋がよく見える。
浅草神社[編集 | ソースを編集]
- 台東区
- 令和早々、限定御朱印に群がる悪質な参拝者にぶちギレた。
- 寺社関係者は「よく言ってくれた!」と思ってるのでは。
- 信仰心がなく、御朱印欲しさで、職員や巫女にオラつくような輩には、寺社へ来てもらいたくない。
- 2014年から、6月30日の夏越の祓い終了後に初参拝する、「夏詣」を流行らそうとしている。
- 年々、夏詣に参画する寺社が増えてるので、少しずつ認知されている模様。
- 元々は浅草寺とひとつだった。
- 神仏分離された今でも、ほぼ浅草寺の境内にあるような感じだけど。
- 境内摂社の被官稲荷神社では、蝋燭を奉納する習わしがあるので、その辺りも寺院的。
- 神仏分離された今でも、ほぼ浅草寺の境内にあるような感じだけど。
- 近くの浅草富士浅間神社も管理している。
- 境内にこち亀の記念碑がある。
- 2005年に、単行本の累計発行部数が1億3千万部を突破した記念に建てられた。
- 主人公の両津勘吉が、子供の頃に浅草神社の境内でよく遊んでいたという設定があったのが、記念碑建立の由縁だったり。
- なお両さんは吉原神社の近くで生まれ育ったという設定もあるので、わざわざここまで遊びに来てたことになる。
- ジャンプの読者から集められた手紙が入ったタイムカプセルも埋められ、こち亀の連載が終わった2016年に掘り起こされた。
烏森神社[編集 | ソースを編集]
- 港区新橋
- 新橋駅から歩いて3分、ビルの隙間にある神社。
- 建物もコンクリート造りの現代的なデザインで、まさに「都会の神社」って感じ。
- 烏森はかつての町名。新橋駅の実質的な南口が「烏森口」となっているのも名残りの1つ。
- 稲荷神社なのだが、マスコットキャラはキツネではなくてカラス。
- お守りの種類がかなり豊富で、癌封じなんてのもある。
- 御朱印が色鮮やかなデザインで人気がある。
- 基本的には書き置きだが、御朱印帳へ直々に書いてもらえる日が不定期にある。
日比谷神社[編集 | ソースを編集]
- 港区
- 2009年に今の場所へ遷座したので、建物が割りと新しい。
- 同じ新橋に鎮座していて、お稲荷さんを祀ってる烏森神社とは、大祭を交互に隔年でやってる。
金吾龍神社 東京分祠[編集 | ソースを編集]
上神明天祖神社[編集 | ソースを編集]
- 品川区
- 通称「蛇窪神社」。境内の洗い場に白蛇が住み着いていたことから、白蛇も祀るようになった。
- 白蛇のオブジェ(フィギュア?)が、いたるところに置いてある。
- マスコットキャラの「くぼっち」がひたすらブサイク。
- 初めて見たとき、鳥かと思った。
- 下半身が蛇になった男版ラミア(?)なのだが、着ぐるみには「脚」が付いてる。
- この間タモリ倶楽部でやってたけど、境内のブロック塀に何種類もの透かしブロックが使われてるらしい。
- 荏原七福神の弁財天担当。
- なお、荏原七福神の各イラストは、キャラデザコンテストの公募によって選ばれたのだが、コンテスト開催を提案したのがここの宮司さんだったりする。
浅草富士浅間神社[編集 | ソースを編集]
- 台東区
- 富士山へ登りに行けない人のための神社。
- 境内の富士塚を登れば、富士山登頂と同じ御利益があるんだとか。
- ここのお守りや御朱印が欲しいけど、社務所が閉まってる場合は、お近くの浅草神社までどうぞ。
鷲神社[編集 | ソースを編集]
- 台東区
- 酉の市で有名。
- 関西で言うえべっさん的なところ。
- お賽銭箱を兼ねてるおかめさんを撫でるといいことある…かも?
- 「わしじんじゃ」ではない。
- 正式な読みは「おおとりじんじゃ」、つまり大鳥神社系である。
東京大神宮[編集 | ソースを編集]

- 千代田区富士見・飯田橋
- 東京のお伊勢さん。
- 京都大神宮とともに、初めて神前結婚式を編み出した神社。
- 境内に隣接して、結婚披露宴を行えるマツヤサロンのビルが建っている。
- 最近は縁結びに御利益があるとかで、女性人気が高いらしい。
- 場所は飯田橋駅から徒歩3~4分といったところ。
- JR西口を出て、2つ目の道路を左折するだけだが、他の道から来ようとすると、分度器みたいな形状の街並みなので、迷路みたいに迷う。
筑土神社[編集 | ソースを編集]
- 千代田区
- ビルの隙間に鎮座している不思議な雰囲気の神社。
- 創建自体は1000年以上前だったりする。
- 実は平将門を祀る神社としては最古。
- 将門公と言えば神田明神の方が有名だが、あちらが将門公を祀るようになったのは、筑土神社創建から300年以上後のこと。
- 創建時の社地には将門公の首が安置されてたそうで、それが入った首桶が伝わっていたが、東京大空襲で焼失してしまった。
- 実は平将門を祀る神社としては最古。
- 創建自体は1000年以上前だったりする。
- ヘルメットに貼れる工事安全守が独特。
- 日本武道館の氏神様でもある。
- 本当は平将門だけを祀っていたが、朝敵ゆえに、明治時代は政府からのウケが悪かったので、霧島神宮から呼ばれたニニギを主祭神にし、将門公を相殿神へ格下げせざるを得なくなった。
- 相殿神の菅原道真は、かつての境内末社・木津川天満宮の神様で、現在の社殿兼ビルの完成時に天満宮が取り壊されて本殿へ合祀された。
水天宮[編集 | ソースを編集]
- 建て替えたら、全面鉄筋コンクリート免震構造の超近代的境内になってしまった。安徳天皇もびっくりであろう。
- 最寄駅はおなじみ「水天宮前」
- 安産・子授けの神様。少子化の世の中で悪戦苦闘中。
大宮八幡宮[編集 | ソースを編集]
- 杉並区
- 東京のへそ。
- 小さいおじさんのアジト。
穴守稲荷神社[編集 | ソースを編集]

- 大田区羽田
- 羽田空港の大鳥居で有名。
- その鳥居は1999年2月に無事、撤去・移築が完了した。
- 羽田空港の歴史とは切っても切り離せない。
- 元々は、現在の羽田空港の敷地内にあった。当時は穴守町という町名で、この神社を中心に海水浴場が出来たりと発展して賑わっていた。しかし戦後、GHQがここにあった東京飛行場に目を付け、突然一帯住民に対し48時間以内の立ち退きを命じ、この神社も移転を余儀無くされた。
- 最初は12時間以内という無茶振りを通り越した鬼畜命令だった。必死の交渉で何とか48時間に延長されたらしい。当然(?)転居先等の補償も一切無く、住民は家を捨て、持てる荷物だけを持って海老取川を渡った。
- ただし流石のGHQも神は畏れたのか、神社にはそれ以前から話は行っていたらしい。
- その際、例の大鳥居だけは取り壊そうとするたび事故が起こり撤去を断念。以降、現在の位置に移設されるまで、当時の空港駐車場内に何故か鳥居が立つという、異様な光景を晒し続けた。
- 因みに現在の場所は、空港敷地内の1番西南の端っこ、弁天橋の袂に置かれている。地図でいうと1番左下。
- 元々は、現在の羽田空港の敷地内にあった。当時は穴守町という町名で、この神社を中心に海水浴場が出来たりと発展して賑わっていた。しかし戦後、GHQがここにあった東京飛行場に目を付け、突然一帯住民に対し48時間以内の立ち退きを命じ、この神社も移転を余儀無くされた。
- 現在の場所は、穴守稲荷駅の東側、環八の脇。環八には「穴守稲荷交差点」もあるので分かり易い。入ってすぐ。
- これに因んで穴守稲荷駅には、改札の先に鳥居が建てられている。
- 移転前は多摩川を挟んで、左右で川崎大師と対になるぐらい流行っていたらしい。
- これに目を付けたのが京浜電気鉄道、現在の京浜急行。実は大師線が創業路線で、川崎大師への参拝路線として既に成功していた為、続けて穴守稲荷への参拝線路を敷こうと作られたのが穴守線、現在の空港線。
- 当時は現在の羽田空港の敷地内まで全て地上を走っていて、海老取川を越えて旧穴守稲荷の近くに「穴守駅」が作られたが、後に退去命令により廃止。それから紆余曲折を経て、大師線を遥かに凌ぐ重要路線になったのは皮肉というべきか。
- これに目を付けたのが京浜電気鉄道、現在の京浜急行。実は大師線が創業路線で、川崎大師への参拝路線として既に成功していた為、続けて穴守稲荷への参拝線路を敷こうと作られたのが穴守線、現在の空港線。
- 堤防などの「穴」(水害)から「守」るというのが本来の意味らしいが、何故か穴という事でギャンブル関連で来るのがいるらしい。
神奈川[編集 | ソースを編集]
鶴岡八幡宮[編集 | ソースを編集]

- 所在地:鎌倉市雪ノ下
- 今なら大銀杏復活の様子を毎年観察できる。2011年現在あと999回観察可能。
- 源氏の崇拝厚かった。
- が、公暁による源実朝暗殺の舞台もここ。
- 相模国の一宮。
- 違います。相模国の一宮は寒川神社。
- 現在は筥崎宮に取って代わって、日本三大八幡宮に入れられることがある。
- 鎌倉の定番観光スポットの1つ。
稲毛神社[編集 | ソースを編集]
- 川崎駅前の神社。
- あんな所にあるけど歴史は古いらしい。
走水神社[編集 | ソースを編集]

- 所在地:横須賀市走水
- 観音崎の近くにある。
- 馬堀海岸から真っ直ぐ進んで行って、走水港の16号線から1本入った所にある。脇にある路地から山を登っていくと防衛大がある。真正面にはズバリ「走水神社」バス停もあるので、バスでもどうぞ。
- 浦賀水道に飛び込んだ日本武尊の嫁さんの弟橘媛を祀っている。
- 対岸の房総半島へ渡ろうとしていた夫の乗る舟が、海神の怒りに触れ、荒天により往生。そこでこの妻が自ら人柱となり海に身を投げ海神を鎮めた。これにより夫婦の絆はより深まった、という伝説。
- 単に夫婦神という事で、縁結びのご利益があるというだけではなく、背景にこういうストーリーがある事を知っておくと、願掛けの際の気持ちも変わって来るのではないだろうか。という事で(?)どちらかというと女性に人気のある神社。
- 対岸の房総半島へ渡ろうとしていた夫の乗る舟が、海神の怒りに触れ、荒天により往生。そこでこの妻が自ら人柱となり海に身を投げ海神を鎮めた。これにより夫婦の絆はより深まった、という伝説。
- 河童伝説でも有名。
箱根神社[編集 | ソースを編集]
- ちまちま特別展と称して文化財の公開をやってるらしい。
- よく、東京のTVのロケでちょっと遠出しました的なノリの時に出てくる箱根の名所。
寒川神社[編集 | ソースを編集]
- 元は武蔵国だった地区の県民も参拝に来る
- 東京の、裏鬼門当たるとかで、東京からの参拝者が、多数在るそうだ。
- ゆえに 八方除
- 御祓いを受けるためだけに寒い中3時間以上待たなくてはならないこともある。
- 毎年初詣客は、県内5本の指に入っている。
- 神奈川では3位だそうです。
- 4位ってどこだろう?
- 横浜の伊勢山皇大神宮と藤沢の江島神社が毎年のように争ってる。
- 4位ってどこだろう?
- 神奈川では3位だそうです。
- 北海道や鹿児島からバスツアーを仕立てて参拝する団体を毎年見かける。
- 正月から節分までは毎週末交通渋滞に悩まされる。
- 産業道路から神川橋までつながっているときもあるしね。
- 相模の国 一の宮!である。BY非寒川人です。
- ちなみに相模国は、一の宮・寒川神社、二の宮・川匂神社、三の宮・比々多神社、四の宮・前鳥神社、五の宮・平塚八幡神社、総社六所神社となっている。
- 「平塚八幡宮」は明治6年から昭和53年まで「平塚八幡神社」呼ばれたので、今は「八幡宮」
- 平塚八幡宮は「五の宮“格”」であり「五の宮」ではない。自らもそう名乗らない。
- 年末になるとよくテレビラジオで宣伝しているよね。
- ちなみに相模国は、一の宮・寒川神社、二の宮・川匂神社、三の宮・比々多神社、四の宮・前鳥神社、五の宮・平塚八幡神社、総社六所神社となっている。
- 寒川神社は寒川駅が最寄り駅だと思っている人が多いが、実際は宮山駅が近い。(電車のアナウンスや、駅で張り紙をしているがいまだに勘違いしている人がいる)
- 橋本・八王子行きで寒川を出てから「次は宮山です、寒川神社下車駅です」と放送があったが、寒川で降りてしまった人にはもうすでに遅し・・・
- 仮に寒川駅で降りたとしても、神社までの道のりが楽しければ問題はないのだろうが
- 降りてびっくり無人駅。駅前にコンビニが一軒・・・・
- 橋本・八王子行きで寒川を出てから「次は宮山です、寒川神社下車駅です」と放送があったが、寒川で降りてしまった人にはもうすでに遅し・・・
- 宮山駅の名前を寒川神社前駅にすればいいんじゃないかと思うが宮山人はどう思っているのか。
- 折衷案で宮山(寒川神社前)駅、ということで。
- 正面位置から考えると「前」ではないな。「横」とか「脇」だな。
- そこで新駅設置ですよ。踏切の手前に作ればちょうどあの参道を歩けるし、場所柄平塚方面からの利用者も見込める。
- いや、「前」でいいでしょ。全国には遠くても「前」って言ってる所はいっぱいあるんだから。
- 寒川神社が神奈川県内で有名だが、藤沢・茅ヶ崎・平塚に挟まれてるため、正月は周囲に不良が集まる。
- 寒川にもいることはいるけどね。
- お正月になると、寒川神社の周辺の空き地は突然「臨時駐車場」に早変わり。結構な収入になるらしい。
- 馬場の交差点や、近くのファミマの周辺の空き地は正月以外は使われているのを見たことがない。もったいないね。
- 最近その一部が「サザン」の仮駐車場になっていたりする。
- 「寒川病院」は「寒川神社」が経営している。
- 「参集殿」で結婚式を挙げた人は本当の寒川人。
- いや、結構寒川以外の利用者多いらしいよ
- 神社のすぐ目の前に宝くじ売り場がある。ちょっと当たりそうではある。
- そこから100万円が出たってのは聞いた事がある。
- すぐ近くの藤沢市宮原にも寒川神社があったりしてね。
- 寒川神社のすぐ横に宮山神社なんてのもあったりして。
- 毎年9月になると「流鏑馬」が行われる。
- 昔、寒川神社で挙式する娘に父親が、自分たちもかつて寒川神社で結婚したんだぞと語りかけ、新生活への訓示を垂れつつ祝福する、というラジオCMをやっていた。
- 御朱印帳の種類がかなり多い。
- 令和に改元してからは、令和元年限定の御朱印帳の授与を開始している。
阿夫利神社[編集 | ソースを編集]
- 大山にある神社。
- 「あぶり」の読み方の通り、雨乞いの神様。
- 形が良く航海の際の目印になることから、雨乞い以外にそっちの方でも信仰の対象となっていたと思われる。
- 江戸時代、ここ参拝した男衆は帰りに江ノ島に行き、歓楽(女房にバレるとまずい遊び)をしていたそうな。
- バスの終点~ケーブルカー駅の上り坂には両側に土産物屋が並ぶ。こんぴらさんの小型版みたいな感じ。
金山神社[編集 | ソースを編集]
- 鍛冶、金属関係と性風俗、エイズ避け、子宝の神様。
- 毎年4月第1日曜日に開催される、奇祭「かなまら祭り」で世界的に有名。
鎌倉宮[編集 | ソースを編集]
- 鎌倉市
- 中先代の乱で暗殺された護良親王を弔うべく、明治天皇の勅命で創建。
- 護良親王の異称に準えて、大塔宮とも呼ばれている。
- 「おおとうのみや」と呼ぶのが正しいのだが、「だいとうのみや」と呼ばれることが多い。
- 斬られた護良親王の首は、山梨県都留市に鎮座する石船神社に祀られているとされる。
- 護良親王の異称に準えて、大塔宮とも呼ばれている。
- 戦前、日本郵政が保有していた鎌倉丸(旧・秩父丸)の艦内神社として分霊されていた。
鶴嶺八幡宮[編集 | ソースを編集]
- 源氏が初めて創建した氏社。
- ここの銀杏もかなりの巨木。
- 鶴岡さんとこの大銀杏が倒れて以降は、県内で一番大きいんだとか。