香美町

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香美町の噂[編集 | ソースを編集]

部分的に残された余部鉄橋
  1. 旧城崎郡香住町+美方郡村岡町・美方町
    • 合併経緯は新温泉町の頁を参照の事。
  2. カニとスキー。スキーとカニ。後民宿。
  3. 観光名所は餘部駅横の余部鉄橋。2006年4月からコンクリートの橋(ラーメン橋)への架け替えがはじまる。だが、元々鉄橋は鉄道橋の略なので、コンクリートになっても餘部鉄(道)橋。
    • 2006~2007冬シーズンのJR西日本では、カニとセットで「最後の余部鉄橋」をウリにしている。明石駅のみどりの窓口には、よく出来た模型まで飾られてた。
      • ちなみに、餘部駅には撮影スペースがある。
    • 渡る分には、まだ支障は出てない。とりあえず絶景なんで乗る価値はアリ。
      • 餘部の東隣の駅、鎧駅からの眺めも素敵。海の蒼が本当に美しい。餘部からは少し距離があるものの、鉄橋で写真を撮り、歩いて鎧まで行き、次の列車に乗る…なんてのもできなくはない。本数少ないから。
        • 餘部駅は開業が昭和34年。それまで利用者は汽車の合間を縫って鎧駅まで線路上を歩いたんだそうな。
    • 現在、鉄橋は部分的に残され、上を歩けるようになっている。
    • 鉄橋の下、道の駅の横に「鉄橋資料館」と言う施設がある。マンガの作中に出てきたらしく、「ゆりてつ」の顔ハメ板もある。
  4. 朝の連ドラ「ふたりっこ」のロケで使われた岡見公園のそば屋さんが潰れた。
  5. 「ふじっ子」というバス停がある。勿論目の前にはフジッコの工場が…
    • 「畑」というバス停もある。
  6. 香住・村岡間のバスが休止対象。
  7. 美方郡4町と香住町の合併協議は市庁舎位置をめぐり瓦解。村岡町が断固候補を譲らなければよかった。温泉町の反対にあわずにすんだ。
  8. 強風が原因で列車が落ちた事がある。
    • それ↑にある餘部鉄橋の事ね。
  9. インデアンの形をしたインデアン島がある。
  10. 区がある。香住区、村岡区、小代区。
    • まるで政令指定都市
    • 姫路市にもあります。
      • そういえば姫路にも余部がある。しかも新字体にすれば同じになる駅名と区も。
  11. 英語版ウィキペディアによるとこの町がAirの聖地らしい。でもどうみてもこっちの方が(ry
  12. 同じ兵庫県にあった加美町(今は多可町)とは同音だがかなり離れている。
  13. ふるさと納税の返礼品は養父市と共通。
    • 香美町に寄付して岩津ねぎや養父市の但馬牛をもらうこともできるし、養父市に寄付して香住ガニをもらうこともできる。

香住区[編集 | ソースを編集]

  1. 香住駅前にあるカニのモニュメントに書いてある「ようこそ香美町へ」かなんかの文字をよ~く見ると…「美」の文字に違和感があり、(旧香住町時代の)「住」という文字だけを付け替えたのが丸わかり。
    • 竹野との旧町境の所にもあった気が…。
  2. 香住町時代は城崎郡だったが、豊岡市に吸収されるのを嫌がって美方郡に入る道を選んだ。
  3. カスミは進出していない。
  4. 「先生」こと、福本清三さんの故郷。

香住[編集 | ソースを編集]

  1. 三姉妹で船長やっている遊覧船がある。
    • 今は三姉妹の娘達3人(従姉妹同士)が船長をやっている。
    • しかし客の減少で2016年11月いっぱいで廃止される予定…。
  2. 香住鶴という地酒が旨くてだな…… 但馬の魚をアテに一杯……
  3. 但馬銀行はかつては香住銀行と言う名で、本店も豊岡ではなくここに設置していた。
    • みなと銀行の支店もあったが、関西みらいFG入り後、豊岡に店舗を移転(BinB化)した
  4. 実は、香住漁港は但馬で一番大きな港だったりする。
    • 大きすぎて、香住西港と香住東港に分かれている。因みに、三姉妹の娘たちの船は、東港から出航する。
  5. まだ若く貧しい無名の画家だった円山応挙に、出世したら絵を描きに戻ってくることを条件に銀3貫目を貸し付けたお寺がある。(森の大乗寺
    • 後に京都で大成した応挙は、その約束を果たすため弟子を引き連れ、襖絵やら屏風やらを大量に描きにやってきて、数ヶ月、香住に逗留したとか。おかげでお寺にはとんでもない点数の国指定重要文化財が残されている。
    • このお寺は、西国薬師四十九霊場の第28番札所にもなっている。
  6. 香住ふるさとまつり海上花火大会は兵庫4大花火大会の一つ。
  7. 下浜の帝釈寺庭園、「実は小堀遠州が築庭したかもしれない。」と言われている。
    • 御本尊の仏像は県指定重要文化財らしいよ。

今子浦[編集 | ソースを編集]

  1. 柴山の方に今子浦という夕日の美しい海岸がある。
    • 丘の上に国民宿舎があるが飯が旨い。因みに、日によってはお一人様8000円台で泊まれる。
    • 今子浦のところまでは、柴山ではなく香住地区になるらしい。
    • 今子浦は日本の夕陽百選に選定された。
  2. 今子浦には、かえる岩というちょっとカエルっぽい感じの岩がある。
    • 昔は、北前船や漁船の乗組員が「蛙」と「帰る」が同じ音だというので、この岩に向かって無事帰れるように願掛けをしていたとか言われている。
  3. 今子浦のビーチは千畳敷と呼ばれる岩畳で外海と仕切られているため、波は穏やか。
    • その千畳敷には溺れる心配のほぼない潮だまりが幾つもある。なので小さな子供を連れての海水浴に向いていると思われる。

余部・鎧[編集 | ソースを編集]

  1. 余部と鎧、それから御崎で、余部村という村だったらしい。

余部[編集 | ソースを編集]

  1. 言わずとしれた餘部橋梁の下にある集落。
  2. 餘部駅は道の駅、空の駅、電車の駅の三冠王。

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  1. 海沿いの柱状節理の崖が鎧に見えたから「鎧」なんて、いかつい地名なんかなあ。
  2. 山陰線が通るまでは陸路で行けない集落だったらしい。
  3. 麒麟獅子舞が踊れる人が住む東の果て。
    • と思われているが、実は遠く北海道の利尻島にも伝わっているので、本州では東の果てというのが適切だ。
  4. 余部漁協の事務所があるのは鎧漁港。
  5. 鎧の袖とかいういかつい名前の崖がある。
    • 鎧集落側ではなく、香住の方からなら行くことが可能だとか。
  6. 鎧集落の小学生は、余部小学校ではなく香住小学校に通う。
    • 昔は、余部小学校鎧分教場というのがあったが、分教場廃止とともに校区変更が実施されたんだとか。
  7. 断崖絶壁の合間に小さい集落がある。
    • その集落を見下ろすような高いところに駅がある。この駅はその雰囲気から、NHK連ドラのふたりっ子等のドラマのロケ地になったこともある。
      • 実は、元SMAP・中居くんが主演のドラマ『砂の器』のロケ地にもなっている。「ふたりっ子」をみていたドラマ関係者がここでロケをしたいと思って、ロケ地に選んだらしい。

御崎[編集 | ソースを編集]

  1. 平家の落人が逃げ延びたと伝わる集落。
    • 今の住民は平教盛と平家長の末裔と伝わっているらしい。お二方とも壇ノ浦の戦いで負けて、関門海峡に入水自殺しているので、実際には彼らの臣下とか縁者の末裔だとは思うけど。
    • 三方を山に囲まれ、残る一方は急峻な崖の下に広がる日本海。余程のことでもない限り追手はやってこれんわ。
    • 海沿いの集落だが、そこそこの山の上にある。浜坂の三尾も御火浦の集落で陸の孤島状態だが、あそこは海辺にある分も海路で外へ行けるが、こちらはそれすらも厳しい感じがする。
  2. 余部埼灯台があるのは御崎。
    • 灯台の灯光の高さで日本一らしい。
    • 建設当時は御崎道路も通っていなかったため、海路で資材・職人らを運んで組み立てたらしい。
  3. 最寄りの集落は余部。
    • 小学校の校区割でも余部小学校の校区になっているが、距離がある上に途中の林道は鹿や熊も出ることがある等の理由から、小学校に関しては御崎分校が設けられている。
      • 中学生になると、香住の香住一中に通わなくてはならなくなる。
  4. 美伊神社があるが、参道は危険な獣道。簡単に参拝することはできない。

柴山[編集 | ソースを編集]

  1. 香住の中心部から一山越えた入江にあるザ・漁村といった所。
    • 結構入江が深い。
  2. とにかく松葉がにで有名。選別基準の厳しさ世界一とか。
  3. 柴山温泉がある。知名度は高くないが柴山駅の目の前に立派な高級旅館が建っている。
    • 1人1泊70,000円くらいする。それでもカニの時期の土曜日とか年末年始は予約が取れない人気の宿。
  4. 一応海水浴可能なビーチもあるが、漁港の続きといった感じで水質や雰囲気はイマイチ。
    • なので、海水浴シーズンになると、沖の無人島(臼ヶ浦島)の海水浴場まで渡船を出して、そこで泳いできてもらうようにしている。
    • 北の方の海沿いの断崖絶壁に葉が年中黄金色に光る松がある。黄金の松として町の指定文化財に登録されている。

佐津[編集 | ソースを編集]

  1. 柴山から更に山一つ越えた所にあり、香住の中心部が遠く感じる。
    • その佐津の中心部より更に東に安木や相谷がある。香住区東に手を伸ばし過ぎw
      • とはいえ昭和の中頃にはすでに香住町やったからなあ、あっこも。
  2. 口佐津(海岸寄り)と奥佐津(山間部)に分かれていたようだが、駅や下記スポットの存在により外来者にとっては佐津≒口佐津である。
    • 高速のICは奥佐津にある。なので、ただ通過するだけのドライバーにとっては奥佐津も佐津に含まれる気はするが、この地が目的地の観光客からするとやっぱり佐津≒口佐津って感じやろね。
  3. ここまで来ると、香住に出るより豊岡や竹野に行くことが多いのではないだろうか?
  4. 竹野浜ほどではないが、広くて長いビーチの佐津海水浴場があり人気。
  5. 海水浴場のすぐそばに佐津温泉が湧く。知名度は高くないのに結構な数の旅館が立ち並んでいる。
    • 旅館からそのまま海水浴が楽しめるのが売りと思われる。但馬は温泉も海水浴場も数多いが、海水浴場直結の温泉はさすがにレア。
    • 夏の海水浴と冬のカニで食ってるのは、他の集落と同じ。
  6. 伊丹米とガソリンスタンドで有名な伊丹産業の社員向け保養所があったと思う。
  7. 温泉街は佐津川の東岸の訓谷に広がる。
    • その温泉街の中にある沖野神社。大きなケヤキが植わっている。樹高25m、幹周り5mらしい。

相谷[編集 | ソースを編集]

  1. 香住区の東端。
  2. もうここまで来ると生活圏は完全に竹野かと思われる。
    • 事実、香美町のコミュニティバスはデマンド運行なのに、竹野から来る豊岡市営バス「イナカー」は定期路線。
  3. 鉄道ファンには、かつて相谷信号場が存在した所として知られる。
    • 相谷信号場は集落から離れた人家0の所にあったので駅に昇格できなかった。もっとも宿南や滝山は近くに集落があっても昇格してないからどっちみち無理だったかも。

村岡区[編集 | ソースを編集]

  1. 村岡県庁所在地から美方郡役所、村岡町役場、さらに地域局所在地へ転落。
    • さらに昔は全国でもレアな交代寄合の山名氏(応仁の乱のきっかけとなった山名氏)の領地だった。
      • 旧七美郡がまるごと山名氏の領地。旗本が一郡をまるごと領有していたケースはレア。
  2. 町教育委員会、全但バス営業所は香住ではなく村岡にある。
  3. 町制が敷かれたのは香住町より村岡町が先。
    • 宿場町、城下町として栄え、郡役所、法務省出張所、警察署など官公庁が集積し、バスターミナル、映画館、パチンコ店など商店街にひしめいた村岡の現在の扱いは何故に。
    • 位置的に不便だからじゃね?鉄道が来なかったのも大きいと思う。
  4. かつて、「マクドなるほド」というハンバーガー店があった(その後「ハンバーガーなるほど」に改名)。
  5. 射添(和田)にローソンができる。16年4月1日オープン予定。村岡ではローソンは2店目となる。
    • 射添は、のんきや・ドライブイン・道の駅に加え、コンビニもできるなんて栄えてて羨ましい。(by温泉・照来地区民)
  6. 「兎和野高原」は冬になると関西ではよく聞く地名。
    • 因みに「うわのこうげん」と読む。
  7. 国道9号は通る。
  8. 香美町内にある道の駅のうち3つがここにある。しかし1つは経営が悪く「まじでつぶれる5日前」といわれてる。
  9. 長楽寺の但馬大仏、歴史的価値はないが木造座像の中では世界最大のものらしい。

小代区[編集 | ソースを編集]

  1. 美方町が名を変えた姿。本来はこっちだったらしい。
    • 中学校名は小代。
    • もともと美方町は小代村と射添村の合併でできたのだが、村岡町に射添を丸ごと取られてしまったので結果的に「美方町=小代」となった。
  2. 合併前の美方町は県内で一番人口が少なかった。(2005年3月1日推計人口で2,550人。)
    • 兵庫の町の要件は人口3,000人以上。これは明らかに村だろう。
      • もし村になってたら、兵庫県の「過去50年間村がなかった」という記録もなかった。
        • 日本一早く村が消えた県は隣県の香川となっていただろう。
  3. スキー場があるが(ニューおじろとか)マイナーである。
    • 鳥取市内(白兎海岸沿い)にはニューおじろの看板が立っているが、色あせている。
  4. 「みかた残酷マラソン全国大会」というとんでもない名前のマラソン大会がある。
  5. 和牛のふるさと。
    • 近代まで全国各地で育てられていた和牛。明治に入り、国の方針で、和牛を軍用や農耕用、運搬用に使えるように、もっと足腰を強くしようという、今にして思えばトンデモ政策の見本みたいな政策をやってのける。しかしそれで交配が進んだ和洋雑種は肉がクソ不味く、慌てて純粋な和牛種が必要となった。
    • 純粋な和牛種が捜索された結果、洋種との交配から難を逃れていた純粋な黒毛和牛が国内に4頭だけあり、それがいずれも小代区貫田にいたことから、和牛のふるさとと呼ばれることになった。
    • 国内の黒毛和牛個体の99.9%は、ここにいた田尻号という牛の血を引いている。