KDDI

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KDDIの噂[編集 | ソースを編集]

ガーデンエアタワー(本社)
  1. KDD+DDI+IDO=KDDI・・・あれっ?
    • IDOはauになったとさ
  2. 今では「ケイ・ディー・ディ・アイ」でよいが、もっと昔に合併していたこんな社名は通用しない。
    • 国際電話電信+第二電電+移動通信電話=国際第二電電?
    • 合併した当初の正式社名は「株式会社ディーディーアイ」。KDD・IDOがDDIに呑み込まれたという事実をまざまざと見せつけてくれた。
      • 旧第二電電を築き上げた者は旧京都セラミック(現京セラ)の稲盛和夫氏であり、稲盛さんは鹿児島出身で鹿児島大学卒である。
      • 「株式会社ディーディーアイ」を略してKDDIのはずだったが、後に正式社名がKDDI株式会社になった。株式会社DDI株式会社?
  3. 社長兼会長が仙台二高→東北大卒のためか、東北地方でのシェアが高い。
    • ここの社長兼会長とJR東日本の社長は仲良し。(東北大学のパンフより)
  4. NTT同様、元をたどれば公営企業。
    • なのにKDDIはNTTと違って民間だから使うという人は多い。確かにNTTと違って京セラやトヨタなど民間の血をバンバン引いてるけどね。
    • よくよく考えてみれば、NTT、KDDIのみならずJR通信を継承したソフトバンクグループも公営企業の血を引いているのである。KDDI同様傍系であるが。
    • 旧KDDは電電公社から独立した特殊会社だったから。
      • NTTグループに入らなかったのが今となっては不思議である。
  5. サービス名称に「α」「DX」がやたら多い時代があった
    • DDIポケット(現ウィルコム)のメールアドレスのドメインにその名残がある(PDX.ne.jp)
    • そのウィルコムは知らぬうちにライバルの傘下に入っていた。
  6. 東京電力と旧パワードコムの威を借りている(参照)
  7. ここの人達にとっては、本社新宿ビル屋上のPVでおなじみ。
  8. 新宿ビルではつららがおちてくる。
  9. ここでネットの申し込みをしたら「(私の住んでいた地域は)工事が込み合ってるのでキャンセルしておきましたぁ~。」と知らない内に決められていた。
    • 申し込んだら最後「回線握り」でユーザーを逃がさないこっちとはえらく対照的というか…(苦笑)。
  10. 最近「iida」なる名前のブランドを始めた。
  11. デフォルトで提案してくる回線が個人向けと法人向けで異なる、いまいち怪しい会社。
    • 個人向け:ひかりOne、イー・アクセス
    • 法人向け:フレッツ光、フレッツ・ADSL、アッカ・ネットワークス(旧)
      • 法人向けだと電力系光ファイバとNTT東西の専用線orダークファイバもある。
    • ひかりoneを法人向けに提案しない理由があるなら教えてくれ。
    • 個人向けですら、地域によってはマンション用しか提供していない所が(ひかりone→auひかり)。
      • 電力会社の息がかかったエリアで、過疎地域ではなく東海道沿線。東海・近畿ではコミュファ光やeoひかりがホーム用として展開されている。
    • 系列会社の中には昨今、固定回線不要なんてことを宣伝する移動通信事業者も現れた。
  12. 前述の通り社長兼会長が仙台出身のため、新サービスは仙台に優先的に開始する傾向がある。これには通信関係の強い東北大の関係もあるらしい。
  13. KDDは特殊法人で、名実ともに国営企業だし、郵政省とか道路公団が主要株主だったが、考えてみればトヨタ系のIDOも道路公団が出資していたので、こっちも半官半民だったようなものである。
    • 純粋民間企業だったのは京セラ系のDDIだけ。
      • あくまでも我々は新電電であるというプライドなのか登記上の存続会社はIDOになっている。
  14. 稲盛氏はじめ京セラ社員のなんとかして電話代を下げられんかという欲望が、DDI立ち上げと政府への通信自由化要求につながったようである。
    • だから敢えて電電公社に喧嘩をふっかける意味も込めて第二電電という社名にしたとかしなかったとか。
  15. 契約している監査法人は準大手のPwC京都監査法人
    • 京セラの稲盛名誉会長の意向でできた監査法人だから、当然といえば当然だが。
  16. 英会話の方のAEONはKDDIの子会社だったりする。
  17. auWALLETポイントをPontaに統合するらしい。
    • 統合に合わせて、ロイヤルマーケティング社にも出資するらしい。


ツーカーの噂[編集 | ソースを編集]

  1. 風前の灯。KDDIの完全子会社になったものの、会社清算を前提にしてたのがミエミエ(KDDIは一応否定)。
    • 既に新規受付を終了している。今後、新機種が出る事はない。
    • ついに2008年3月31日に電波の終了が決定。
    • プリペイド携帯(プリティ、プリケー)だけは好調だった。
    • そして2008年3月31日、サービス終了。
    • NTTパーソナル(→ドコモ)・アステルのPHSやドコモ・テレメッセージの無線呼び出し同様、ひとつの時代が終わった感はある。
  2. 純粋に「ツーカー」だったのは関東東海関西だけ。他地域は「デジタルツーカー」だった。
    • デジタルツーカーは、J-PHONE→ボーダフォンと流れ流れて今ではソフトバンクに。日産自動車が経営危機で株を売り払ったのが関係している。
      • 本来ならば末期にはソフトバンク傘下になる予定だったが、旧DDIが株式売却価格への不満から旧日本テレコムへの株式売却を拒否したため、結局KDDI傘下に収まっていたという経緯がある。
  3. ドコモやソフトバンクでは出しておらず、唯一出しているauでも評価が散々な京セラが、ここぞとばかりに頑張って機種を提供していた。
    • 京セラのNTTドコモ向け端末として、「KY」シリーズと「データスコープ for DoCoMo」がありましたけど…
  4. 京セラの独擅場(だった)。
    • 着メロ全盛時代には、64和音携帯とかも出してた。
      • 通話しか出来ないシンプルケータイも、京セラ製。
        • Ez-Web対応一号機も京セラ製。
          • ↑これはハズレ。正しくは三洋電機の「TS01」。その次が京セラの「TK01」
  5. KDDIの完全子会社になる前(グループ企業の一員だった頃)は、身内のauが大嫌いだったらしい。
    • そもそもツーカー内でも東京・東海vs関西てな構図だったらしい。tu-ka.co.jpに入ると、東名阪3社のリンクしかなかったりしたし・・・。
      • 東京と東海はツーカーセルラーで関西はツーカーホンと別のブランドがついていたしね。
        • 資本にDDIが入っていた東京・東海と、DDIが入っていない関西の違い
      • 東名阪以外のローミングパートナーであるJ-PHONE→ボーダフォンにはリンクしていた
  6. ♪ヘイヘイヘイ ツーカー、使ってほしーいー(ツーカー!)
    • どこのツーカーのCMソング?
      • ツーカー東京。モッくんが歌っていた。
      • 演奏していたのはツーカーズというビートルズ風のバンド。メンバーは本木雅弘、大浦龍宇一、山口忍、原秀樹の4人。
      • 同じメロディで「使ってほしい」が「今すぐほしい」になっているバージョンもある。
      • 曲名は「ツーカーズのテーマ」。非売品ながらCD化されている。
    • かつて携帯電話(自動車電話!?)においてDocomoとの2強だった時代のCM。
      • 自動車電話かも?昔は日産系列だったから。
  7. 話せりゃええやん。電話やし。
    • 売れないので開き直った。
      • ツーカーショップにアンケートしに行ったら、販売員もため息交じりで「負け惜しみですから」と語ってた
    • シンプルって、うつくしい・・・か?
    • この精神は、もともと同じDDI系だった今日のウィルコム(最後のPHS)に引き継がれていると思う。
      • ただし当時とは違って、今日では「2台目」戦略が使える所が異なっている。
      • また時代の最先端を行くサービスを提供したが、普及は後続他社に取られてしまったところ(スマートフォンに自社間通話定額など)や、京セラ端末が強い所も共通しているように思える。
  8. DoCoMoでパケ死が多発していた頃、時間課金だったツーカーは最初の1分でどんなサイトを開こうが3円だった。
    • 今もそう。パケット通信を廃止したハズだから。
  9. 「ツーカーだったら~、買ってから安く済む~♪」(ツーカーセルラー東京のCMソング) ・・・そもそも端末をタダで配りまくっていた。
  10. 本木雅弘と安西ひろこが、ともにCM契約終了後にNTTドコモ北海道のCMに出演していたのは極秘事項
    • モッくんは中国セルラーのCMを経由
  11. 一時期、「CMを聞くと一定時間の通話が無料」という実験をしていたが、実験だけで終わった…
  12. フェラーリモデル、浜崎あゆみモデル、メッセンジャー内蔵ケータイ、薄型ケータイ、骨伝導ケータイ、簡単ケータイ…と、時代の一歩先を行ったが、踏み台で終わってしまった悲劇のキャリア。
    • 骨伝導はこっちが何をどう間違えたか積極的に取り組んでいる。
    • カメラ内蔵ケータイではJ-PHONEに先を越されたが、それでもJ-PHONEの次に市場投入できた。
      • 外付けカメラと連動したのはこちらが先。それをパクってカラーに対応したのはここ
    • 64音MIDI音源による音楽配信サービス「FunStyle」もお忘れなく。
  13. pya!では「さる」でおなじみ。
  14. 某週刊誌で、かつて「皇居でもつながる携帯電話」として紹介されたこともある。
  15. EZweb導入直前まで、EZwebと異なる規格のケータイネットサービスを準備していた。後に「Cara」「CaraMio」として発売されたメール端末に、その断片が残っていたらしい。
  16. 結局、auに移行した人はどれだけいたのだろうか。
    • どう考えてもソフトバンクモバイルに逃げられている気がする。
    • イー・モバイルもかなりいそう。
    • さすがにNTTドコモに移行した人というのは見たことがない。
    • サービス終了が見えてきた時期から、auへの移行を案内するスカイメールがSPAMのごとく押し寄せて、終了直前になるにつれあまりにもしつこくなり、辟易した人は他社に流れたらしい。
      • そうでもしないと、「突然通話できなくなったんだがどうしてくれるんだゴルァ!!!1」などと逆ギレするDQNが出てきてしまう…
    • 停波数日前にauに移行したら「I AM THE "LAST USER"」と記載されたツーカーのロゴ入りのストラップを貰った。1人1本限りだが、ショップの店員がどうせ他の移行する客はいないだろうと言わんばかりに5本余計にくれた。ツーカー時代から続く電話番号も今ではauのiPhoneに。

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